第25話 そして、バージョン2が発売される 前編


 長らく愛されたPSOに、とうとうバージョン2が発売されるというニュースが流れた。その雑誌記事を仲間の家で見せられたぼくらは、大興奮した。


 なにせもう、旧版PSOはやりつくした感があったからだ。

 あの頃は毎晩、きいちこ、ブルース、恥辱王ランスの3人で飽きるほど潜っていた。


 ブルースはそうでもなかったが、ぼくはちょうど会社をやめて失業保険で生活していた時期だったので、時間が余っていた。合計6ヶ月間遊んでいたころだった。


 また、恥辱王ランスは新しいバイト先で働いていたはずだが、なぜかぼくよりプレイ時間が長かった。

 あれこそ、廃人というものなのだろう。


 ブルースは当時テレビ局でバイトしていて時間が不規則。ただしやるときはがっつりやっていた。


 逆に全然来られなかったのがギークだ。彼はバイトをやめ、音楽を諦め、真面目に就職して社員として働いていたので、そりゃー時間がなかった。


 それでも当時は、仕事の関係であまり来られないギークもたまにオンラインに参加して一緒に遊んでいはしたのだ。


 ただし、ギークは、レベルも知識も、そして何よりゲームの腕で、ぼくらに遠く置いていかれていた。彼としてはそこに少し不満があったと思う。


 そんな彼はバージョン2の発売前に、チートアイテムに手を出していた。といっても、ツールをアキハバラで買ってきて、自分ちのデータを書き換えた程度のことなのだが。


 ところが、そのタイミングで、ソニック・チームのチート対策が激化する。

 チートアイテムを所持しているプレイヤーのアカウントを強制剥奪する行動に出たのだ。赤狩りならぬ垢バンである。



 ギークは最初、チートアイテムに手を出した理由を、

「金を出してソフトを買っているのだから、その中に入っているデータを使うのはユーザーとして当然の権利だ」

 と主張していた。

 

 ところが、運命のいたずらか、その直後にギークはレアアイテムの武器を拾ってしまう。名前は忘れたが、有名なレア武器だった。とりあえずここでは、それを仮に「ラストサバイバー」としておこう。


 が、ソニック・チームの垢バンは激化しており、チートではないラストサバイバーを所持していた、何の罪もないユーザーがアカウント剥奪されたという噂を聞き、言うことは強気だが実は気の小さいギークは慌てですべてのチート・アイテムを処分し、正当に手に入れたそのラストサバイバーまでも売却してしまう。



 その流れを聞いた恥辱王ランスとブルースは影で嘲笑っていた。


 チート・アイテムに手を出し、ソニック・チームの垢バンを恐れて、せっかく手に入れたレア武器まで慌てて処分してしまったギークのドタバタぶりを笑ってもいたのだ。

 そして、その実、知識でもレベルでも腕でも自分たちに追従できないギークのことを笑っていたのだ。


 また、正当にプレイしてレアを手に入れようとしている自分たちの努力を踏みにじるように、何の苦労も努力もせず、安直にチートに手を出すギークの態度も気に入らなかったのだと思う。


 言うなれば小学生のガキどもが、へタックソながらも一所懸命カンプラを組み上げて仲間内で見せっこしているところへ、モデラーのお兄ちゃんに作ってもらったスゲー綺麗なサザビーとか持ってこられたようなものである。


 正直、シラけるのだ。

 だが、そのブルースたちのシラけを、ギークは理解していなかった。

 絶対に追いつけないレベルと腕の差を補うために、安直にチートに手を出してその差を埋めようとしていた。そして、アイテムでぼくらに追いつけないことすら、知らずにいた。

 PSOで評価されるのは、まず一番に、「腕」だったのだ。持っている武器ではない。

 そんなことも、ギークは知らなかった。





 が、そんな折りにバージョン2発売のニュースである。

 ぼくらはつまらない齟齬なんぞ忘れ、新しいニュースとこれから発売される新しいPSOに興奮し、仲間の家で久しぶりに大盛りあがりした。



 バージョン2ではいくつかのモードが追加される。細かい仕様が変更され、すげー格好いい新武器が大量に追加され、そして何と言っても、ベリーハードを超えるアルティメットというモードが実装されたのだ。


 そこに登場するエネミーは凶悪なデザインで、姿形もひとまわり大きい。テストプレーした雑誌記者は「殺意を感じた」とコメントしていた。

 その言葉にぼくらは興奮した。


 なにしろ、そのころにはぼくらは、最強のベリーハードも難なくクリアし、ラスボスのダーク・ファルスですら雑魚キャラ扱いだったのだから。


 新たなる強敵、新たなる武器、未知のフィールドにぼくらは大興奮し、いい大人が小学生のように浮かれ騒いでいた。


 そして、バージョン2の発売。

 データをコンバートし、あまたのプレイヤーがアルティメットの強エネミーに挑んだ。

 レベル100のマックス・パラメーターを持つ歴戦の勇士たちが、使い慣れた武器で精妙の斬撃で剣を振り抜く。

 そして、恐ろしい現実に直面したのだ。


 打撃武器が当たらない。射撃武器も当たらない。

 本来はエネミーにダメージを与え、その頭上にダメージ数値が表示されるはずのところ、表示されるのはmissの文字。


 にもかかわらず、無言の圧力でゾーンプレスしてくるアルティメットのエネミーたちは、まさに不死の軍勢だった。


 ハンターの打撃を受けても、その頭上にmissの文字を表示するばかりで、何事もなかったかのように爪を振り上げ、罪もないハンターたちを血祭りにあげた。


 miss、miss、miss。


 そんな文字ばかりが表示され、ダメージを受けずのけぞりモーションすら取らないエネミーたちの津波に、ハンターたちのHPゲージはたちまちのうちに真っ赤に染められた。


 最初は「面白れー」と叫んでいた恥辱王ランスもブルースも、だんだんソニック・チームへの不満を漏らすようになってきた。


 とにかく攻撃が敵に当たらないのだ。ネットでも、命中度DEXに問題があるという声がよく聞かれた。



 が、ここにきて一人、調子のいいやつがいた。

 ぼくこと、子ギャルフォースのきいちこである。


 アルティメットに来て、攻撃魔法のダメージ力は下がった。

 だが、アルティメットでも魔法は当たるのだ。


 そう、当たらないことが多い打撃と射撃に比して、魔法は100%、絶対確実に当たるのだ。

 この恩恵は計り知れなかった。


 しかも、上級魔法は、敵が多ければ多いほど、敵にあたえるダメージ総量は増大する。

 魔法1発ただではないが、利益が出てお釣りが来るくらいのダメージを敵に与えるのだ。


 単体のエネミーにあたえるダメージが100だとしても、エネミーが20匹いればあたえるダメージの総量は2000になるし、30匹いれば3000になる。


 また、敵に確実に当たるということは、迫ってくる敵が必ず仰け反るということでもあり、仰け反る以上は敵からの反撃を受けない。

 これも大きかった。


 さらに、バージョン2では、レベル30までのテクニックが追加され、20以上を使用できるのはフォースのみ。

 まさに、ここにきて魔法使いの時代到来であった。

 


 そしてそして、何よりも心強い味方がバージョン2から追加された。


 『ショートカット・ウィンドウ』!!


 これこそが、魔法使いのテクニックの可能性を無限大に開花させる一大発明だったのだ。


 トリガーとボタンの複合操作で開くショートカット・ウィンドウという小さい画面。そこには登録したアクションがずらりと並び、十字キーの選択で使用することができる。


 ぼくはそこに、パレットに入らないテクニックをすべて登録し、その番号を記憶した。


 一番上がフォイエ、二番目がゾンデ、三番目がバータ。一番下がレスタ。

 レスタは回復魔法で、連射はしないが緊急性が高い。そのため、一番下だ。ショートカット・ウィンドウを開いて十字キーで上を押せばウィンドウの一番下が選択できる。

 そして、発動。

 もちろんウィンドウの表示なんて見やしない。ボタンを押す回数ですべて入力。そもそも戦闘中である。見ている暇がないし、必要もない。

 第一、手慣れたフォースのウィンドウ画面は、基本先行入力だったから、表示が追いついていなかった。


 だから、仲間で集まって画面分割でプレイした時、みんなが驚いたことを記憶している。


 そりゃそうだ。もの凄いスピードでショート・ウィンドウが開き、テクニックが発動。矢継ぎ早にウィンドウが開き、つぎのテクニック発動。もうエヴァンゲリオンのコックピットみたいな状態の画面の人が一人いるのだから。

 しかも高速操作のため、コントローラーが延々かしゃかしゃ鳴りつづけいる。


「ショートカット・ウィンドウって、フォースのためにあるんですねー」

 としみじみ言われた。





 アルティメットが開放されてしばらくしてからだ。

 プレイヤーのほぼすべてがその難易度の高さに、というか無茶なゲームバランスに苦闘していたころ。

 恥辱王ランスと二人して潜ったことがある。

 ステージはアルティメットの森だった。


 凶悪で精強、おまけに無表情なエネミーの大群に対して、高レベル上級魔法のラフォイエを連射していると、後方から銃弾が飛んできている。

 なんだろうと思って振り返ると、恥辱王ランスがきいちこの背後から、赤のハンドガンを撃っていたのだ。


 赤のハンドガンはバージョン2から追加された武器で、正直アルティメットで敵にまともに命中するのはこいつくらいだった。だから、そういう戦い方になるのは仕方ないのかも知れないが、戦士が魔法使いの背後に隠れて、ぺちぺち銃を撃っているというのはどうなのだ?


 まあ、そこは魔法使いには分からないハンターの苦労があったのかも知れないが。


 ちなみに、PSOでは打撃を一度でも与えておけば、そのエネミーを倒さなくても経験値の一部がもらえる仕様だった。つまり、恥辱王ランス。経験値だけ姑息に得ていたということだ。




 別の日に、めずらしくギークから誘われた。そのころには、彼がオンラインにくるのは珍しくなっていた。

 鍵付きの部屋にいつものパスコードで入ると、カウンターの前に彼のキャラがいた。ギークはやりこんではいないが、キャラクターは複数持っていたようだ。

 彼のキャラは、「ちょっといいですか?」といって、床にアイテムを置くと、そのまま落ちた。


 何じゃこりゃ?とアイテムに近づいてみると、表示されたのはロケット・パンチというアイテム名。超レアの武器である。


 こんなもの今の段階でギークが持っているはずがない。

 それは、明らかなチート・アイテムだった。

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