第27話 PSOの恋
いつの頃だったか。
ブルースがあまり来なくなって、恥辱王ランスが毎日オンラインにいた時期の話だ。
とうぜんギークは影も形もなかった。
ぼくも毎日、持て余した時間を費やすように、オンラインに接続していた。が、これといってやることがない。レベル上げはやり尽くしたし、頑張ってもレアなんて出ないし。
ぶらりと繋ぐと、恥辱王ランスはオンラインなのだが、鍵付き、すなわち入室するのにパスコードが必要な部屋にこもって、プレイ中。パスコードはいつもらぼくらが使っているものとは違った。すなわち、みんな来るなと言うことだ。
恥辱王ランスはほぼ毎日サクラさんというプレイヤーと一緒だった。二人きりでいつも部屋に籠もっている。ぼくの知らない人だった。
しばらくして紹介された。
恥辱王ランス「サクラさんです。いまぼくたち付き合っています」
このアホ、何トチ狂ってるんだと思った。
きいちこ「知り合い?」
恥辱王ランス「いえ、リアルで会ったことはありません」
だがまあ、そんなことはPSOではよくあった。ただし、当時はネットといえばホームページの掲示板がメインの時代。SNSの走りであるミクシィーもまだ始まっていない。
そのころに、会ったこともない人とネット上でだけ付き合うのは、異常だった。しかも、これはPSO。相手の女性キャラが本当に女性であるかすら怪しい世界だ。
ただし、のちにそんなことは普通になるし、実際PSOで知り合ってのち結婚したカップルも多い。
が、このときは、そんな話、SF小説にも出てこない時代だった。
しかも、この二人、付き合っているといっても、PSOでのことだ。実際に会ったりはしないらしい。ゲーム上で付き合って、それがいったい何を生み出すのかと、ぼくには謎だった。
ただ、ちょっと話してみた感じ、そして一緒に戦った印象では、このサクラさんは可愛らしくて素直な性格の人という感じだった。
恥辱王ランスにからかわれて怒ったり、ぼくらに教えられて素直に感動したり。そんな子だった。まあ、中の人は実はおっさんかも知れないが。
恥辱王ランスはそれからもサクラさんと二人っきりで潜ることが多く、ぼくらはあまり彼と顔を合わさなくなった。
で、ぼくはというと、かつて恥辱王ランスに紹介された彼経由の友達といっしょに潜っていた。
が、やがて、恥辱王ランスは何事もなかったかのようにぼくらの元へ帰って来る。サクラさんはあまり来られなくなったらしい。
ある日、彼が作った部屋に入ると、彼から話があると言われた。そのときはランスの戦友マルルも一緒だった。
恥辱王ランスによると、サクラさんが亡くなったらしい。
何の話だそりゃ、と思った。ランスの頭の上に浮かぶ吹き出しに書かれた文字の意味が把握できなかった。
恥辱王ランス「実は……」
そうして奴はサクラさんとのことを語り始めた。
奴は流しのプレイでサクラさんと知り合い、いっしょに遊ぶようになって、やがて付き合いはじめた。
そんな毎日の中の会話で、奴がサクラさんに、「いつかリアルで会えるといいね」と言ったらしい。が、その瞬間、猛烈に拒絶されたのだとか。
「それは絶対できない」と。
理由を訊くと、どうやら彼女は不治の病に侵されているらしく、入退院を繰り返しているとか。正直いつ逝ってもおかしくない健康状態だったらしい。
やがて彼女は入院し、そのまま帰らぬ人となった。
そして、恥辱王ランスの元へ、その旨を伝えるメールがご両親から届いたらしい。
『……娘は最後に入院したときも、「元気になってまたPSOでランスと遊ぶんだ」と笑顔で言っておりました。娘の最後のときにも希望を与えてくださり、ありがとうございました……』
不思議な気持ちだった。
あんな最低人間の恥辱王ランスが、そしてこのただのオンライン・ゲームであるはずのPSOが、人を救うこともあるのだ。
余命いくばくもなかったサクラさんは、人生の最後の瞬間まで笑顔と希望を失うことがなかったのだ。
そのあと、ぼくと戦友マルルは、恥辱王ランスにつきあってラグオルに降りた。
三人でサクラさんの追悼戦に挑んだのだ。それくらいしか、残されたぼくらにできることはない。ゲームをプレイすること。それくらいだ。
途中何度も止まる恥辱王ランスをぼくらは待ち、彼の涙が収まるのを待った。
ぼくはいつもより、炎の上級魔法ラフォイエを多く使った。赤く燃える炎の、画面を焼くようなド派手な爆炎が畳み掛けるように炸裂する。
それで何かを吹き飛ばせるような、そんな気がしたからだ。
サクラさんのご両親のメールに返信して、恥辱王ランスはお線香を上げに行きたいと申し出たらしい。
だが、それは駄目だと断られたとか。
事情は分からないが、サクラさんには奴に知られたくない何かの事実があり、お墓参りだのお線香を上げるだのの行為がそれを露呈させるのだろうと思うが、ぼくらはそこは深く詮索はしなかった。
とはいえ、ご両親からの梨の礫の対応に、いささか奴は落ち込んでもいた。
それでも恥辱王ランスがPSOをやめてしまうなどということは全く無く、奴はそこに相変わらず居続け、しばらくしたら今度はアオイさんという人と二人っきりで部屋にこもるようになった。
そして、今度はぼくにこう言った。
「今はアオイさんと付き合ってます」
いいかげんにしろと思った。
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