第26話 そして、バージョン2が発売される 後編
ギークはチート・アイテムを置いて一度落ちた。
ぼくは、「はあ? ふざけんな」と思ったが、仕方なくそのまま待った。
バージョン2発売前から猛威をふるったチート・アイテムは、バージョン2になってからもその勢いが衰えなかった。いや、さらに膨れ上がっていたといえる。
なにしろ、バージョン2発売にさきがけて流されたCM動画には、バズーカ砲だのパラソルだの魅力的な新武器が満載。プレイヤーたちはあの新武器に心躍らせていたのだが、いざ蓋をあけてみると、やはりレア武器は全く出ず、その出現率の低さはやっぱり宝くじ並だったのだ。バージョン2になっても、そこは一切改善されなかった。
一方でソニック・チームのチート狩りは厳しく、チート・アイテムを所持しているプレイヤーは次々とアカウント剥奪されてゆく。正当に手に入れたレア武器を持っていた人が垢バンされたり、それどころか同じ部屋にいただけの人まで垢バンされたという噂がネット上を駆け巡っていた。
ギークはおそらく、改造コードで作成したレア武器ロケットパンチを自キャラ間で移動するために、ぼくを呼び出したのだ。
PSOでは複数のキャラクターが作れるが、そのキャラクター間でアイテムを移動することはできない。それをするためには、オンラインに繋いで、そこにアイテムを置き、誰かにいてもらってその部屋が消えないようにして、ちがうキャラクターで再びログインしてアイテムを拾うしかない。その、部屋番を何の説明もなくぼくにやらせたのだ。
問題は、そのチート武器が置かれた部屋にぼくだけがいるということは、ぼくがチートアイテムを所持しているという判定になり、ぼくがアカウント削除されるかもしれない危険があるということだ。
ギークで平気でそんなことをしてきた。
やがてメインのキャラで入室してきたギークは、何事もなかったように「森に行こう」と誘ってきた。
自分のしたことが分かっていないのか、分かっていて平気でそういうことをしているのか、ぼくには分からない。尋ねもしなかった。
黙って二人して、森に降り、敵を蹴散らした。
ごついロボキャラのギークは、ロケット・パンチを撃ちまくっていたが、あれはレア武器であり、格好いいは格好いいが、飛んでいって敵に当たるだけのネタ武器である。
アルティメットでは、フォースの高レベル上級魔法のほうが遥かに火力がある。
ぼくはギークのチート武器がクソであることを証明するかのように、出てくるエネミーを片っ端から殲滅していった。
ギークは満足したのか、空気を読んだのか、しらーっと挨拶だけして落ちていった。そのあとぼくは接続してきたブルースと恥辱王ランスにことの顛末を告げる。
彼らは怒り心頭だった。
チート・アイテムに手を出すだけならまだしも、何の罪もない仲間をアカウント剥奪の危険にさらすような行為は許されない。
ブルース「もうギークと一緒にやるのはやめましょう」
恥辱王ランス「ほんとだよ」
本人不在での弾劾裁判は、すぐに判決が出た。
で、それだけで終わっていたら良かったのだが、恥辱王ランスがギーク本人に電話で文句を言ってしまう。それで喧嘩になったらしい。
ちなみに、二人ともいい大人である。
その翌日くらいに、ギークのホームページの掲示板に、「落ちたあと影で『さいてーだよね』とか言ってんじゃねえよ」という書き込みがされる。
文脈的にぼくのことを指して非難しているようなのだが。
翌日オンラインでブルースと恥辱王ランスに会ったときに聞いてみた。
きいちこ「『さいてー』なんて俺、言ったかな?」
恥辱王ランス「言いました」
ブルース「いや、言ったのはランスで、きいちこさんはうんうん、と」
つまり、恥辱王ランスは、ギークに電話して、自分が彼のことを『さいてー』と言ったところを、すっかり勘違いして「きいちこさんが、『さいてー』と言ってましたよ!」と告げたらしい。
ひどい話だが、正直『さいてー』だと思うし、言ったとしても不思議でもない。
しかし、なんだろう? まったくチート・アイテムに手を出していないぼくばかりが、なぜか被害を受けている気がするのだが。
さて、そんなこんなでもアルティメット攻略が進むのだが、ある日恥辱王ランスとブルースと一緒になったときのことである。
そのころはみんな、それぞれに仲間を増やしてあちこちでプレーしていた。ぼくは特に友達を作ったりしないので、異様に顔が広い恥辱王ランスのチームに参加したり、そこで紹介された人に協力して潜ることが多かった。ブルースがどこで何をしていたかは知らない。ギークはすっかり来なくなっていた。
久しぶりに恥辱王ランスとブルースの三人で潜ったその時、二人に神妙な調子で、変なことを言われた。
ブルース「ぼくらの理想とする魔法使いは、きいちこさんなんですよ」
いきなり何の話かと思った。
そのころのぼくらの仲間は結構増えていて、メンバーにはフォースも何人かいた。だが、それらの魔法使いでは不満らしい。
すなわち、確実に回復してくれて、補助魔法を漏れなく掛け、合間には攻撃魔法も連発する。そこが素晴らしいという評価だ。
ついでにいうなら、その間に変なショートカットで名台詞も吐いているのだが、そこには触れてくれなかった。
たしかに後半、ぼくは自分なりに考えて立ち回りを変化させてはいた。
まず、確実に味方を回復するためには、絶えずレーダーとゲージを見て味方の状態と位置を把握する必要がある。いつも味方の中心、全メンバーが回復魔法の範囲内にいるようにポジショニングすること。そして、もう一つ、エネミーの攻撃をとにかく喰らわないようにしていた。
攻撃を喰らわないのは、HPを削られないためではない。
攻撃を受けてぼくが倒れていたら、その数秒間回復魔法が撃てないからだ。この数秒で味方が一人死ぬことがある。それがアルティメットだった。
味方を死なせないためには、自分は倒れてはいけない。それがフォースの仕事だった。
そういった部分を評価してくれるのは嬉しい。だが、なんで二人してわざわざそんなこと言いに来るんだろう?
ちょっと違和感があったのは事実だ。
そして、しばらくしてぼくはその答えを知ることになる。
久しぶりにオンラインでブルースと恥辱王ランスに会った時、彼らはチート・アイテムを普通に装備していた。
彼らの言い分としては、レアを手に入れるのではなく、攻略に必要な戦闘力を得るためということだった。
つまり、それくらいアルティメットの難易度は高かった。いや、難易度が高いというより、ゲーム・バランスに問題があったのかも知れない。
チート・アイテムにいち早く手を出したギークのことを締め出し、さんざん悪口を言っていた二人は、あっさりと変節し、データ改造に乗り出した。そして、ぼくにも必要な武器があれば、作りますよと誘ってきた。
ぼくはフォースだから要らないというと、攻略に有利な便利アイテムでもいいじゃないかと誘う。そして、チート・アイテムの必要性をとつとつと解くのであった。
ただ、彼らの話を聞いて少し驚いたのも事実だ。
彼らが使用しているチート武器は高性能らしく、敵にきちんとヒットする。だが、それはあくまで、魔法使いのシフタ&デバンド、さらにはザルア&ジェルンがかかっていて初めてその攻撃力を生み出せるということらしい。
つまり、魔法使いがきちんと仕事しないと、チート武器をフル装備しても敵に対抗できないのだ。
ガハハハハと笑いながら、赤いサブマシンガンを連射するブルース。エネミーを殲滅してのち、恥辱王ランスが嬉しそうに声をかけていた。
「こんな楽しそうなブルースは久しぶりに見るよ」
あまりにも出現しないレアは、チートを呼ぶのかも知れない。
そして、まず絶対に出現しないレアアイテムに痺れを切らしたプレイヤーたちは、それを探索することをとうの昔に諦めていた。持っているという人に会ったことすらないのだから。
ゲームバランスを崩すという理由で過激なチート狩りを行ったソニック・チームは、すでに垢バンの剣を振るわなくなっていた。
そもそもチートアイテムはゲームを崩壊させなかったし、 真正のレアは絶対出なかった。そしてなによりも、この段階ではかなりのプレイヤーがチートに手を染めていたことだろう。
PSOの緩やかな死は始まっていた。
だが、PSOはそのあとも続いた。仲間とのコミュニケーションが楽しかったからだ。
結局重要だったのはレアでもチートでもなかった。
仲間だった。それに尽きる。
少し、そのあとの話をしよう。
PSOが終わりを迎える雰囲気が漂い始めた頃、ぼくらは当然、つぎのソフトを探していた。ちょうどその頃に発売されたのが、『モンスター・ハンター』だった。
ぼくたちはその新作ソフト『モンスター・ハンター』へ乗り換えることを決めたのだが、恥辱王ランスは来なかった。
ぼくとブルース二人で、他の仲間たちとこの『モンスター・ハンター』を始めるのだが、残念ながら『モンハン』には、戦闘中のチャットはなかった。ロビーでのみしか会話できない。
しかも、下の会話欄に文字が表示される、極めて分かりにくいもの。
コミュニケーション・ツールとしては『モンハン』はPSOには遠く及ばなかった。
さらに言うなら、パーティー・プレーのようではあるけれど、それは決して協力プレーといえるレベルのものではない。仲間を助けるという要素は皆無だった。仲間が足を引っ張ることは頻繁にあったけど。
つまり、『モンハン』はPSOの代わりにはならなかったのだ。
あの頃は、ネット接続のゲームが増えてきた時代だった。
PSOを入口に、ぼくらは環境を整え、新たなるフロンティアを求めてネットに接続していた。
そして、少々驚くことになる。
ネット接続に関して、ぼくらがさんざんバカにしていたドリームキャストは、おっそろしく優秀なハードだったことが判明したのだ。
まずその接続能力は簡易さを含めて、プレステ2を遥かに凌駕していた。
ドリームキャストのあとから発売されたはずの高級ハード・プレステ2。あれでネットゲームをプレイするためには、さらに高価なハードディスクを接続する必要があった。
そのくせお粗末なボイスチャットとひどい通信環境。全然ネットゲームができるレベルではなかったのだ。
おまけに、プレステ2のつぎに発売されたプレステ3も、決して褒められたレベルではなかった。その時代になっても、ドリームキャストとPSOのレベルには到達できていなかった。
そう、ドリームキャストとPSOは、時代を遥かに先行していたといえる。
ぼくらがあのとき、あそこで共に戦えたことは、ひとつの奇跡だったのだ。
と、かなりあとになってから気づくのだった……。
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