第2話 「バーチャファイター」
1993年リリース。
調べてみると、このときすでに格闘ゲームはブームになっていたらしい。
この年の末からのスーパー戦隊が「五星戦隊ダイレジャー」で、モチーフが中国拳法であることを考えると、「バーチャファイター」→「「ダイレンジャー」というわけでもないみたいだから、ちょっと意外だった。
ちなみに「K‐1グランプリ」も同じ年にスタートしている。時代が格闘を求めていたようだが、この年にぼくは、というよりみんな、まだその流れに気づいていなかった。
ぼくはゲーセンでこのバーチャファイターを見た瞬間、その画面に衝撃を受け……た訳では全然なかった。
そもそもゲーセンにはなんのかんのと通っていたが、ぼくはこの「バーチャファイター」の存在にすら気づかなかった。
当時バイト先の仲間たちと、仕事帰りに呑みに行く予定があり、3、4人で時間待ちにちかくのゲーセンに入った。事情は覚えていないが、友達のログ夫くんが妙に不機嫌だった。
なのでぼくは彼の機嫌を取ろうと、「ほら、格闘ゲームあるよ。やろうと」と彼の好きな格闘ゲームの機械に百円玉を入れたのだ。それがバーチャファイターだった。
ただ、百円玉を入れても機械は動かなかった。1プレー、200円だったのだ!
しかたないからもう1枚百円玉を入れてゲームスタート。キャラクター選択画面で、一番最初に出てくるアキラは、なんか鉢巻締めていて、熱血そうで、こっ恥ずかしいから、右にカーソルを動かして、しょぼくれたおっさんのラウを選ぶ。
バーチャファイターはこのあと何年か大人気で可動し続けるのだが、最終的に「一番強い」と言われたキャラクターは、このしょぼくれたおっさんラウだった。
ラウというキャラのビジュアルは、「ドラゴンボール」のタオパイパイでほぼ間違いなし。
というか、ゲームショーだかなんだかで、「バーチャファイター」をサンプル展示したときは、「タオ」という名前だったらしく、集英社から「それはちょっと……」と言われて改名したとかしないとか。
まあ、なんにしろ、このラウで格闘ゲーム初プレイしたぼくは、なんと一面で敵を倒してしまう。もしかして、天才……ということは全然なくて、一面の敵ジャッキーは、ほぼ何にもしない木偶で、だれがやっても勝てるレベル。この一面は、いわゆる「技を練習するステージ」といえた。
であるのに勝ってしまったぼくは、すっかり勘違いして……ということも全然なく、次のステージで負けてしまう。「あれ勝てないな?」と思ってもう百円入れた気がする。
が、なんにしろ、この1プレイでハマってしまった。
面白かったのだ。
ボタンを押すと即座に反応して動くキャラクター。殴られると痛そうな顔してのけ反る相手。ド派手な回し蹴りが決まると、相手は錐揉みしながらぶっ飛んでゆく。
動くのが楽しい。殴るのが楽しい。そして、殴られるのが痛い。さらに、こちらの反撃が決まると相手が吹き飛ぶのが爽快。
ほくはその日から、何度も何度もこのゲームに会うために、ゲーセンに通った。
バーチャファイターは世界最初の3D対戦格闘ゲームだという。
そこに登場するキャラクターたちは、3Dポリゴンで描かれた立体であり、ただし表面にテクスチャー・マッピングは貼られていない。カクカクとした多面体の人間であるが、きわめてソリットな造形は、一種独特の雰囲気があり、なかなかに味があった。
また一部であるが、髪の先とか道着の紐が、モーフィングというゆらゆら揺れる表現が成されており、映像を見た知り合いのCGの講師は、「これ、難しいんだぞ」と感心していた。
そしてその独特のキャラクターたちは、人間の動きを読み取ったモーションキャプチャーという技術で、極めて生き物的な動きを再現していた。
そして、なんといっても、ボタンとレバーに対する応答性が良く、プレイヤーとの一体感が半端なかった。
それほど素晴らしいゲームではあったのだが、残念ながらぼくはゲームは下手。
格闘ゲームで他人と戦って、勝てる自信はまったく無かった。なので、一台だけで置かれていて、対戦ができない台を探して、こそこそと「バーチャファイター」をいじっていたわけだ。
格闘ゲームを知らない人はいないと思うが、一応システムを説明しよう。
一人用のミディタイプ筐体を背中合わせに二台置き、向こう側とこっち側のプレイヤーが対戦する。
だれかが片側の筐体に百円を入れて遊んでいるところに、反対側の筐体で誰かが百円を入れると、乱入になり対戦スタート。
負けた方がゲームオーバー。勝った方はそのままゲームを続行することになる。
だが、当初のぼくは、ゲームは下手。対戦なんてもっての他。人と戦うなんて無理。しかも知らない人だよ。……そんな感じだった。
そんなぼくはゲーセンの一人用筐体を探してプレイしていたのだが、当然台数は少ない。塞がっていることもある。なので、仕方なく対戦台に座ってプレイしていたこともしばしばあった。当然、筐体の向こう側に座った相手がコインを入れてスタートボタンを押せば、ピローンと音がしてこちらのプレイは一時停止。乱入対戦がスタートする。向こう側の人と戦わなければならない。
そんな状況だから、最初の対戦がどんなであったか全く覚えていない。ただ、乱入されると、ぼくはいつも負けていた。乱入=ゲームオーバーだった。
……のだが、CPU相手に殴る蹴るの行為を繰り返していたほくが、勝手に向こうから入ってきた見ず知らずの人間に、果たしていつまで遠慮していたかは怪しい。こっちだって百円入れてプレイしているのだ。そうそう簡単に対戦で負けて叩き出されるわけにはいかない。こちらもプレイヤー、向こうもプレイヤー。同じ対戦者だ。同等なのだ。
それに、一面二面の弱いCPUとはいえ、なんども戦って、技も覚えた。まだまだ僕が使うラウの動きはぎこちなく、技の入力ミスも多いが、それでも多少は使えるようになっているのだ。
やがてだんだん、ぼくはレバーとボタンをブッ叩くように操作して、めちゃくちゃではあるが乱入してきた対戦者に抵抗を試みるようになった。まだまだ、俗にいうガチャ・プレーではあったが。
バーチャファイターの操作は、レバー一本に、ボタン3つ。パンチ・ボタン、キック・ボタン、ガード・ボタン、たったそれだけ。
このレバーとボタンの組み合わせで、いくつもの技が出る。
打撃は上段、中段、下段の三択。対するガードは立ちガードとしゃがみガードの二択。また攻撃も、打撃と、ガードしている相手に入る投げ技の二択。
バーチャファイターは、攻めと守りを激しく入れ替える攻防の中で、絶えずこの二択三択をプレイヤーに強いる。中段打撃でいくと相手が読めば、こちらは投げ。投げを警戒してしゃがむなら、こちらは中段打撃。この、高速で繰り返されるじゃんけんが、プレイヤーたちのアドレナリンを増大させ、格闘をリズムよくヒートアップさせて行くのであった。
そこそこ対戦を行うようになったある日、ぼくは戦う相手を求めて二駅さきのゲーセンにいた。そこで戦ったジャッキー。中段攻撃が豊富で、技の間合いも広く、強いキャラクターだ。長い列を為す筐体の向こう側で、どんな人かはまったく分からない相手。
ぼくは彼に挑み、勝ち、そして負けた。お互い何度かコインを入れ合い、打撃を交わし、投げを打ち合った。彼はこちらのヒットポイントがぎりぎりになっても、いきなりの下段蹴りでトドメを刺してくるようなプレイは一切なかった。
最後の最後まで、たとえ勝敗がひっくり返されようとも、大技を狙って真正面から打撃を入れてきた。
彼の中段。ぼくがガードする。彼が下段のバックブローから足払いに繋げる。ぼくが辛うじてしゃがんでガード。ぼくの中段。入る! 彼のジャッキーがよろける。打撃、打撃、打撃。入ってない。ガードされている。すかさず投げ! 相手を地面に叩きつける。
楽しかった。強い相手に、自分をめいっぱいぶつける快感。ぎりぎりの攻防。読みが当たったときの興奮。こちらの打撃をくらって、吹き飛ぶ相手。
……いまでも、あの興奮は覚えている。
勝てばもちろん楽しかった。負ければ悔しいが、それでも勝った時と同じくらい楽しかった。やばい格闘ゲームは、負けても楽しい。正々堂々と挑んでくる強い相手と、ぎりぎりの攻防を繰り返し、綺麗に一本取られて負けるあの爽快感。
もうどうしようもなかった。あの頃のぼくたちは、麻薬を打たれたサルのように筐体のスロットに百円玉を挿入し、レバーをガチャガチャ廻してボタンを連打していた。
みんな、この興奮がいつまでも続くと思っていた。ところが、それは唐突に終わりを告げる。そんなことがあるとは信じられなかったが、実際にあったのだから、仕方ない。
「バーチャファイター」の興奮は、あっという間に吹き飛んでしまった。
1994年冬。「バーチャファイター2」がリリースされたのだ。
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