第4話 「バーチャファイター2」後編


 ↘↓↘PPP。これをラウで使う。すると恐ろしい連携技が発動する。これはおそらく、開発者もこんな使い方がされるとは、思いもよらなかった連携だ。システムのバグ、ぎりぎりの強連携である。



 通称『立ち斜上しゃじょう』と呼ばれた技だ。


 これは有名プレイヤー大門ラウ氏が使いまくった技である。だが、この大門ラウ氏が有名プレイヤーとして世間に認知されていたかは、怪しい。大門ラウ氏が凄いのではなく、この『立ち斜上』が凄かっただけだからだ。


 ラウの戦闘タイプは連打系。相手を浮かせてからの空中コンボ戦うキャラだ。

 『斜上掌しゃじょうしょう』という技のコマンドは⇘P。表記は長く↘に入れてPなのだが、これはしゃがんだ状態で↘Pというシステムだ。特殊中段であり、カウンターで入ると相手を浮かせることができる。


 ↘Pは立った状態で入れると、斜下掌という、斜上掌とは似ているが違う技になり、しゃがみガードした相手を立たせる技になる。

 斜上掌も斜下掌も、その直後にPPを繋げると、連打になる。そこで止めると、立ちPの硬直になり、すぐに動けてラウは攻め手を維持できる。



 バーチャ2には、システム的に新しい『しゃがみダッシュ』というものが組み込まれていた。

 →→ですべてのキャラはぱっと前にでるのだが、↘↘や↘↓↘を入力すると、しゃがんだ状態でダッシュできるようになっていた。


 ラウで相手にPやPP、PPPでも構わないから、とにかくPを当てる。どんな状況でもいい。Pを当てて相手がガードしていればいいのだ。もちろん当たってくれても構わない。とにかく出したPをしゃがんで躱されたり、遠くスカされたりしなければいい。ここまでは簡単だ。素人がやっても作り出せる状況。



 立ち斜上は、このPの硬直時間内に先行入力する。このPをガード後に、相手が何か打撃を出すと、斜上掌がカウンターヒットになり、相手は浮く。


 そこからは空中コンボを叩き込むお楽しみタイム。


 宙に舞った相手は、ガードもなにもできない。成す術無く打撃の餌食にされるだけだ。



 この立ち斜上PPの連射の前では、敵はガードするしか選択肢がない。そして、そのまま押し出されてリングアウト負け。この連携、というより、連打を返す方法はなかった。


 かろうじて、しゃがみバックダッシュで連打をスカす方法が有効なだけだ。



 ただ唯一の救いは、この立ち斜上P。入力が難しく、正確に連射するのは高難易度であった点。また、本当に立った姿勢での斜上掌を出せるプレイヤーは稀だったことだ。

 でなければ、巷にはこの立ち斜上ラウが溢れ、対戦はとてもつまらないものとなっていき、延いてはバーチャファイターの息の根を止める結果になったことだろう。



 ただ、ひとつ、誤解してはならないのは、この『立ち斜上掌』、実はバーチャ1のころからラウにはあった技なのだ。

 一部のKを当てたあとにPを押すと、自動で出た。この時のモーションは完全に立った姿勢での斜上掌であった。



 ぼくもラウ使いであったから、この立ち斜上掌は結構練習した。だが、立ち姿勢での斜上掌を正確に何度も出すのは至難の業だ。と、同時にこれで勝っても楽しくないなという想いが心の隅にあった。



 システムぎりぎりのバグ技、チート技で、何の読み合いもせず、どんなに勝利を重ねても、それを見ている人は感動しないものだ。

 感動のないところに、人は集まらない。





 で、ぼくはというと、中の下くらいの強さでこの「バーチャファイター2」をプレイし続けた。友達とゲーセンに行ったり、一人でふらふらと対戦したり、決して強くはなかったが、随分と百円玉をつぎ込み、それに見合っただけ楽しんだ。






 では、最後に、ぼくが「バーチャファイター2」で体験した、ちょっと不思議な話をして、本稿を締めることとしよう。



 それは「バーチャファイター2」リリース直後。まだ各キャラクターの技も完全には公開されておらず、対戦においてどんな手が有効であるかすら五里霧中であったころの話である。




 最初にそれが起こったのは、バイト帰りに座った対戦台だった。


 その日は調子が良かったのだ。

 2回か3回連勝したのではないだろうか? そこで乱入してきたジェフリーというキャラクター。パンクラチオンという格闘技をつかうというプロフィールだが、実際にはプロレス技が多い、打撃系投げキャラ。

 そのジェフリーが、新技『ヒップアタック』を連発してきた。


 『ヒップアタック』は文字通りケツから突っ込んでくる技であり、中段攻撃で判定も強い。これを潰せる技は、ラウにはなかった。


 だから、ガードした。


 が、そのジェフリー、何発も何発も、しつこいくらいにヒップアタックを入れてくる。だが、ぼくは一発も喰らわなかった。



 ──見えたのだ。来るのが。しかも全部。



 格闘ゲームをやったことある人なら、分かると思うが、相手の技を見てからガードというのは、基本的に間に合わない。


 だが、この日のぼくは、相手の技が全部見えた。見てからガードしているのだから、そりゃー喰らわない。相手はイラついたようにヒップアタックを連発してくる。


 めんどくさくなったぼくは、そいつのヒップアタックを、ラウの『昇り蹴り』で迎撃して、撃ち落としてやった。


 『昇り蹴り』は、実は全キャラにある技だ。コマンドは⇗K。斜め上にレバーを入れっぱなしにして、Kを押すと、大ジャンプしながら蹴りを出す。


 対してジェフリーのヒップアタックのコマンドはP+K+G。3ボタン同時押しの1コマンドだ。同時に入力を開始すれば、ジェフリーの技が先に出る。

 が、このときは、ぼくははっきりとした意志をもって、昇り蹴りでヒップアタックを迎撃した。見えていて、きちんと撃ち落とした。


 これは本来間に合わないはずの、迎撃だった。だが、この時のぼくには見えたのだ。



 翌日は休みで、朝から新宿まで繰り出し、ゲーセンを廻る。

 平日の午前中だったので、さすがに空いているが、それでも乱入してくる人はいた。


 一人目パイ。素早い攻撃からの突然の下段足払い。

 このときも、見えた。全部見えた。やっつけた。


 次に入ってきたのは、ジャッキー。もう全部見える。技が出てからガードするわけだから、負けるはずもない。

 するとそのジャッキー、離れた距離で上段パンチを打ってきた。


 間合いが明らかに遠く、全然届いていない。が、ぼくはそのパンチを見た瞬間、ジャッキーが下段足払いを出してくると分かった。もちろんジャッキーに下段足払いなんてものがあるなんて、知りもしない。が、この時は天啓のように閃いた。……いや、ちがうな。分かった、というのが正しい。



 結果としてぼくは、ジャッキーのパンチがまだ戻り切らないうちから、しゃがみガードの姿勢を取っていた。



 あとで後悔した。

 下段足払いと分かっていたのなら、空虎脚というジャンプ蹴りを当てて、浮かせてからの空中コンボで連環転身脚を入れれば、一発即死で綺麗に決められたのに、と。



 あのまま続けていたら、どうなっていたのだろう?と思う。

 ぼくも上級プレイヤーの仲間入りをしていたのだろうか?


 しかしぼくは、この直後、一時期「バーチャファイター2」をやめてしまう。


 出版社に言われて文庫デビューのための小説原稿を書かなければならなかったので、このまま「バーチャファイター2」を続けるわけには行かなかったのだ。



 まあ、結果として原稿はうまくいかず、バーチャの特殊な能力も失ってしまうわけだが。


 こういう経験があるので、プロ・ゲーマー梅原大吾氏の「小キック見てから、『昇竜拳』余裕でした」というエピソードも、あながち嘘ではないと思う。ご本人は「んなわけないじゃん」と否定しているらしいが、中級プレイヤーのぼくですら、アレができたのだ。世界ナンバーワン・プレイヤーなら、それくらい可能だろう。



 興奮状態の人間は脳の処理速度があがって驚異的な反応速度を得るらしいです。それを実体験しました、「バーチャファイター2」で。


 しかも、反応良すぎて、未来まで見えました、あの時だけだけど。



 語ればまだまだ語ることが出来るかも知れない「バーチャファイター2」。


 とりあえず、今回は十分長くなってしまったようなので、これにてお終いとさせていただきます。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る