第16話 『グランツーリスモ2』後編


 仲間内でタイムアタックをやることになった。


 コースは「ローマ」。マシンは400馬力以下という設定で。



 ログ夫くんは、ランサー・エヴォリューションⅣで走るといい、ブルくんはスバル・インプレッサで出るという。ぼくは、もちろんRX7FDタイプを調整して挑むことにした。



 が、ライバル二人は、4WDである。

 うちのマシンは、FR。うかつにコーナーでアクセルを開ければスピンしてしまう。FRのRX7とちがって、奴らの4WDは安定している上にトラクションも強い。



 しかも、タイムアタックに選ばれたコース「ローマ市街」は、基本菱形のレイアウトであり、コーナーはほとんどが直角。急減速して低速でコーナリングしたのち加速する必要がある、ある意味4WD有利なコースである。



 ぼくは試しに走ってみて、これは困ったぞと思ったものだった。




 FRのRX7は、たしかに旋回性能は高い。が、直角コーナーでは、急減速からきっちりマシンの方向を曲げ、そののち加速しなければならない。ちょっとでもスピードがついていれば後輪が滑り、アクセルオンと同時にスピンする。しかも、ほとんど止まってしまうような低速コーナリングからの加速競争で、4WDに勝てるはずがない。



 ぼくは対策を考え、ドリフトによる、スピンターンみたいな急旋回で一気に車体の方向を変え、なおかつ速度を落としきらずにコーナリングする作戦を思いつく。

 ただし、普通のドリフトでは、車体がなかなか回りきらない。そこで、一気に車体を回すために選択したのがこれ。



「逆ドリフト!」




 逆ドリフト。もしかしたら、その表現は不正確かもしれない。これはマンガ『サーキットの狼』から得た知識だったからだ。



 やり方はこう。

 右コーナーを想像してもらいたい。


 通常は減速しつつ、一番左により、そこからアウト・イン・アウトで緩い弧を描いて、コーナー中央で一番右により、そこから大きく左に寄りながらフルスロットルだ。



 が、逆ドリフトは、ライン取りがちがう。


 まず、インにつく。右側だ。そこから左、すなわちアウトへ急旋回。そこでブレーキング。

 すると、タイヤの荷重は遠心力により、右側の二輪にかかってるため、摩擦力の増大した制動力によって、マシンは右に急旋回する。そこから全開加速でコーナーを抜けてゆく。



 理屈はこうだ。

 だが、言うは易く、行うは難い。なにせ、急旋回といったって、こんなの半分スピンしているようなものだ。コントールが難しい。

 おまけにFRは、旋回中にアクセルを迂闊に開けると、リアが滑ってそれだけてスピンする。

 この半分スピン状態からのアクセル・オンは、極めて難易度の高いコントロールが必要とされた。ちなみにアクセルはボタン操作である。



 また、逆ドリフトの練習と同時に、ぼくはマシンのセッティングも決めなければならなかった。



 まずは、前後輪のスプリングレートから決める。

 これはもうあちこちいじったら分からなくなるので、設定して一度走り、1ヶ所だけ変えてまた走るを繰り返した。グランツーリスモ2では、走行画面でマシンセッティングはできない。毎回毎回、設定できる画面に移動して、1ヶ所だけ変えて乗り味を確認し、ふたたび設定画面へ行くという、根気のいる作業。



 そして、スプリングが決まったら、ダンパー、スタビライザー、トーイン、キャンバーともうほんと1個ずつ決めてゆく。


 何度も走り、何度も逆ドリフトに挑戦し、何度もコースに挑んだ。そりゃもう、ゲーム一本クリアするくらいの時間をかけて、このマシンをセッティングした。


 レーシングモディファイが施されてワイン・レッドにカラーチェンジした中古のRX7。

 ぼくはこのマシンに「カオリン」という名前をつける。このカオリンとは、当時モーニング娘。に所属していた飯田圭織さんからとっている。理由は単純。

 飯田圭織さんをログ夫くんとブルくんが「嫌い」と言ったから。ただそれだけの理由だ。



 マシンのセッティングが出来上がってゆくのと同時に、コースの攻略も出来てゆく。こちらの技術も向上し、逆ドリフトも決まるようになってきた。


 ローマ・コース最長の直線。その手前のコーナーで逆ドリフトが決まり、きれいに立ち上がった場合の、到達最高速度262キロ。いまも覚えているが、この最高速度に合わせて、ファイナルギアが決められた。



 ただ、残念なことに、このあとタイムアタックは結局行われなかった。理由は覚えていない。しかしぼくは、残念だとは思わなかった。最高のマシン「カオリン」をぼくは造り上げることができたから。



 このときのマシンセッティングは、きちんとメモが取ってあり、のちのち一度データが失われたあとも、このカオリンは復活することになる。

 何度も何度も、いろんなコースをぼくはカオリンで攻略した。もう本当に彼女は思い通りに走ってくれるのだ。



 コーナー手前でのブレーキング。そこからの逆ドリフトで鋭く切れ込むノーズ。フルスロットルで立ち上がる安定感。数々のレースゲームをやったが、あそこまでマシンとの一体感を感じられる車はなかった。もう最愛のマシンだった。




 だがやがて、時代は流れ、PS1のゲームである『グランツーリスモ2』もやらなくなってしまっていた。



 それはもう、『グランツーリスモ2』なんかやらなくなって何年も経ったときの話だ。


 そのときぼくは、Xボックス360で『フォルツァ・モータースポーツ』をやっていた。


 当時最新式のハードでプレイする、美麗なレースゲームである。ぼくはたしかランボルギーニに乗っていたと思ったが記憶は定かではない。

 とにかく走っていて、少し不満があったのだ。なにかが足りない。レースゲームって、果たしてこんなもんだったろうか?という疑問が消えなかったのだ。



 そしてぼくは、ふと、プレステ2を立ち上げ、古いソフト『グランツーリスモ2』を起動させてみるのである。


 S2000のレーシングカーのデータ読み込ませ、走ってみた。


 画像はがちゃがちゃ。でも楽しい。走っている!感がちがう。ああ、やはり名作は違うな、そんなことを思いつつコーナーに飛び込んだ。


 最新式のレースゲームは、ストレス軽減のためアシストが強い。が、さすがは『グラモ2』。んなもん、ありゃしないから、ぼくの乗ったS2000は、ザーっとタイヤを4つとも滑らせて、外側の壁に一直線。大激突してしまった。


 まあ、そうだよな、『フォルツァ』とはちがうよな、と思った。がふと、こうも思ったのだ。

 カオリンだとどうだろう?


 そして、何年かぶりに、かつての愛車カオリンのデータを読み込ませ、起動してみた。

 S2000で走れなかったコースに飛び出し、全開からの限界コーナリング!

 思い切って突っ込んでみた。


 ぼくは、ぞっとした。


 タイヤを4つとも滑らせたカオリンはコースにそってきれいに旋回し、立ち上がりのアクセル・オンと同時にぴしゃりと車体を安定させて、フル加速に移行。何事もなかったようにコーナーを駆け抜けたのだ。


 これがカオリン……。ぼくがつくったマシン……。


 もう、どんなコーナーも吸い付くように旋回する。思ったようにタイヤを滑らせ、思った方向に車体を走らせ、立ち上がりではどんなにアクセルを踏み込んでも、その瞬間にぴたりと走りを安定させてフル加速する。



 あとにも先にも、あそこまで自分との一体感を得られたマシンはない。これからもきっとないだろう。



 ぼくの最愛マシンは、データの中にいる。いまもきっと、あの『グランツーリスモ2』のデータの中に生きている。

 古いゲームが再発売される昨今。もしかしたら、またいつか、彼女と会える日が来るかもしれない。


 ほくはそんな希望を、いまも心の片隅に持ち続けている。




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