第20話 ゲームは23時から始まる


 あのころ、ぼくらは毎週月曜日、仲間の家に集まってゲーム大会を開いていた。

 PSOをみんなでやらないかと紹介したのは、そのうちの一人、ギークだ。

 だが、それに付き合って参戦したぼくと恥辱王ランスとブルースの3人が、このゲームに嵌ってしまう。逆にギークは少し置いていかれてしまうのだった。



 時代はインターネット黎明期。現在のWi-Fiや光通信なんてものはない。

 当時は電話回線をつかったアナログ通信。すなわち、ネットに接続するには電話料金がかかった。


 だもんだから、当時存在したNTTの「テレホーダイ」というサービスが使われた。これはマストだった。


 テレホーダイとは、あらかじめ指定した2つの電話番号への通話料金が、どんなに掛けても定額になるサービスで、夜の11時から翌朝8時までという時間制限はありはするものの、どんなに通話しても料金が一定だった。


 なにせ、こちらは毎日何時間もPSOに接続する生活を送っている。従量なんかで電話料金は支払えない。

 これは、ラグオルにくるプレイヤーはみんな同じだった。というより、このテレホがなければ、PSOはあんなに流行らなかっただろう。


 テレホ・タイムの始まる夜の11時になったとたん、ロビーに人が増え始める。

 ゲームはまさに、夜の11時から始まるのだった。そして、休みの前日なんかは朝の8時直前まで続く。明るくなったら、そろそろ終了の時間だった。



 もっとも、ぼくらがPSOをプレイしている間に、日本のネット環境もずいぶん変化し、ブロードバンドだの常時接続だのが開始される。その素晴らしさをいち早く実感したのは、もしかしたらぼくらPSOプレイヤーたちだったかも知れない。

 常時接続革命をぼくらはPSOで知らせれた。

「ブロードバンド!」

「常時接続!」

 出てくるキャラクターがそう叫ぶクエストがあったことを、今でも思い出す。当時は意味不明な単語だったが、ぼくらはそれをすぐに実感した。


 それと同時に、ネットのコミュニケーションの難しさなんかも、知ることになる。



 最初ぼくらは四人だった。


 最初に始めようと言ったギークの白いヒューキャスト。ロボットの戦士。ちょっとマジンガーっぽいデザインだった。



 同じくヒューキャストの恥辱王ランス。こちらはエヴァンゲリオンっぽいデザインで、色は青だった。これはある意味、ありがちなキャラメイクである。


 恥辱王ランスは中の人はおっさんである。

 ぼくらと同じバイトをしているくせに、いつも金がなく、女癖が悪く、人として信用ならん人物なのだが、その最低な人格ながら仲間内では愛されていた。


 ただし、彼にゲームソフトを貸すと絶対返ってこないので、ファミコン・ブラックホールとも言われていた。場合によっては中古で売りさばいて生活費にしていた。



 いっぽうブルースは、当時不人気なレンジャーを選択。

 殺し屋っぽいヒューマンのキャラクターをメイクしていた。ブルースの中の人はガンマニアで、PCに詳しく、ゲームもすごく上手い。そんなキャラに反して中の人は体格が良く格闘技もやっていた。


 ちょっと正反対な印象のある恥辱王ランスとブルースだが、妙に二人は仲が良かった。


 そして、そこにぼくのきいちこが加わる。

 小さい女の子のフォースで、黄色いコスチュームで髪はギャルみたいな金髪。可愛い外見だが、毒舌だった。戦闘中にショートカットでおかしな台詞を叫んでいるフォニュエールだった。






 その二人とぼくの3人でつるむことが、だんだん多くなる。最初は四人だったのだが、ギークがだんだん来なくなったのだ。


 だが、定例のゲーム大会は続いていた。そこでギークとは普通にあっていた。



 ギークはバンドをやっていて、当時のバンドの人にはありがちだが、音楽やる傍らゲームやコミックやアニメ&特撮にも必要以上に力を入れていた。


 ギークももちろん、それで、当然の流れとして、筋肉少女帯や電気グルーヴなんかが好きだった。モーニング娘はもっと好きだったが。


 ギークは特に新しいもの好きで、のちに問題になるファイル交換ソフトWinnyにも早い段階で手を出し、最新の映画やら昔のファミコンゲームやらをネットから大量に手に入れていた。


 今は違法アップロードになるのだが、当時まだ法律は全然追いついていなかった。


 それが法で規制されるとなったとき、彼は「そこに無料で置いてあって手に入るのだから、それをもらって何が悪いんだ!」と憤っていた。


 のちに聞いたら、彼は音楽を真剣にやっていて、プロを目指していたらしい。

 てっきり趣味でバンドをやっているのかと思ったが、もしかしたらバンドをやっている人って全員プロをめざしているのだろうか。ぼくはよく知らない。


 あのとき映画やゲームのアップロード規制に憤っていた彼だが、果たして自分がメジャーデビューして、自分たちのCDが勝手に無料で配られたとしたら、彼がどういうリアクションを取ったかは不明である。




 最初同じバイト先の仲間で集まっていた月曜日のゲーム大会だが、バイト先の契約が切れ、やがてみんなバラバラになっていく。だが、そのあとも毎週みんなで集まることはずっと続いていた。


 月曜日にはみんなで集まり、それとは別に他の日はPSOで集まる。そんな生活が続いた。



 PSOのステージは4つある。「森」「洞窟」「坑道」「遺跡」。ノーマル・モードでそのすべてをクリアすると、ハード・モードが開き、そこもすべてクリアすると、ベリーハード・モードが開く。


 なにしろ、やっている奴は毎晩やっているゲームだ。

 毎日毎日飽きるほどプレーすれば、そのキャラクターは最高レベルに達し、やがてセカンドキャラを作り、そのキャラも最高レベルに達し、さらにはサードキャラが作られ、そのころには膨れ上がったアイテムを保管しておくための倉庫キャラまで作られる。

 それが後期のハンターたちの状態だった。


 そして、その事件はちょうど、ファーストキャラがマックスレベルへ達した辺りで起きた。



 そのころになると、最初のキャラクターたちのレベルもマックスの100に達し、すべてのパラメーターがカンスト。あとはセカンドキャラを作ってまた新しく始めるしかなくなっていた時期だ。


 だが、PSOは楽しかった。何度やっても飽きない。出てくる敵は同じだが、新規のクエストが出たりもしていた。

 だが、根本は、仲間と一緒にいるのが楽しかったのだ。


 バトルそっちのけでチャットをえんえん続けたり、知らない人と知り合い、その人と潜って、しょーもない話をえんえん続ける。


 たまに出てくる珍しいアイテムでめちゃくちゃ盛り上がる。レアが出ないとみんなで憤る。


 面白いキャラ作りのプレイヤーに突っ込んだり、変な縛りプレイをしたり、とにかくPSOはそこにいる奴らが面白かったのだ。

 ゲームはただの容れ物だった。そこにプレイヤーたちが、ありったけの面白さのアイディアをぶち込んでいったのだ。


 そのころはぼくとブルースと恥辱王ランスの3人で潜ることが多く、その日は明け方まで一緒にプレイしていた。

 ぼくとブルースに比べ、廃人レベルでプレイしている恥辱王ランスはすでにセカンドキャラのレンジャーを作っていた。ただし、恥辱王ランスのそのキャラ、実は少々問題があったのだ。


 ぼくはまったく気にしていなかった、というか気づきもしなかったのだが、恥辱王ランスの作ったレンジャーは、ブルースのキャラに酷似していたのである。

 顔も装備も、背中に背負ったマグまで一緒だったのだ。


 ぼくらはラスボスのダークファルスを倒した後、ラスボス・ステージでだべっていたのだが、そのときブルースが恥辱王ランスをからかって、「真似ー、真似ー、真似っこキャラ」とさんざん揶揄した。


 ブルースはふざけてキーボードを叩いていたのだろうが、半分は本気だ。だって、事実ブルースのキャラに酷似した、まったくおんなじキャラをランスは作ったのだから。


 最初、「真似じゃない!」と否定していたランスはそのうち本気で怒り出した。

 が、ブルースはやめない。まあ、被害者だから、いつもの調子でさんざんランスのことをからかった。


 だが、ランスは本気で怒り出し、その言葉が暴言に変わり始める。それに応じて、ブルースも怒り出した。そこから、二人の激しい罵り合いが45分以上つづいた。


 なにせ罵り合いは、キーボードによるチャットである。2人とも怒っているのはわかるのだが、それがどの程度なのか見当もつかない。彼らとは長いつきあいだが、チャット上での口論では、彼らの感情がどんなものなのか一切分からなかった。

 本気で怒っているのか、それとも実は戯れているだけなのか。


 ぼくは二人の口論が終わるまでじっと待ち、なんとか治まって彼らが謝罪しあい、会話が普通に成立したのち、ひとこと告げた。


「喧嘩しているときの二人の顔がまったく見えなかったよ」


 そう。怒っているのか悲しんでいるのか。真剣なのかふさげているのか。


 いまでは、ネット上の会話に注意が必要なのは周知の事実だが、当時はそんなこと誰も知らなかった。ちょっとした一言が誤解を招き、相手を不快にさせ、それが直接言われるよりも時として心に深く突き刺さるということを、ぼくらはPSOで初めて体験した。



 ちなみに恥辱王ランスは、そののちサードキャラとして、ぼくのきいちこに酷似したキャラクターを作る。


 正直、気分のいいものではなかった。

 というか、結構腹が立った。



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