第24話 ルフィア救出Ⅴ

 自分が死ぬまでにできることは何だろうか。

 人の生が短くとも、ルフィアの永い生を束の間、守ることはできる。

 自分は死ぬだろう。やがていつの日かまた、誰かがルフィアの座を継げばいい。

 生きている限り守る。

 ルメルにはそれ以外の想いはない。

 セフィには悪いと思う。が、幾ら愛していてもルフィアの命を守る。それが優先だ。

 言うまでもなく、今日ルメルが地に立っているのはルフィアの力があってこそ、だ。


 命そのものがルフィアに守られ、言わば生まれ変わったのだ。

 それからセフィに出会った。セフィの死への願望を壊した。

 どちらが優先されるわけでもない。ただ、愛しているのはセフィであり、その為に死ねるのはルフィアだというだけだ。


 死ぬまでにできること? ルメルに剣を振るう以外に何がある。

 徒に振るうのではない。マイアとの違いはそれだ。これは、ゲームではない。


 マイアに在って自分にないものは強さへの疑いだろう。疑いのない強さは脆い。

 強くもないのに強いと思い込むのは簡単だ。

 強さだと思っていたものが崩れ去るのも一瞬だ。

 では、自分という剣士はどうすればいい。答はなかった。


 ルメルの突入は決まっていた。威力偵察――と呼ぶには弱いのかもしれないが、相手の強さ、スペックを探る。


「白銀の鎖」、リーダーのエートス、【青の策士】イルミラ、【白の魔法剣姫】ヴァルア、ルメル、【赤の魔法使い】セフィ、【暗殺者】アリエラ、【心殺者】ヴェイユ、【大砲使い】ゴートス、【弓使い】フレンシア、【鎖使い】ミルエ。

 十人の強豪が揃っていた。ルメルにはその自覚はない。


 イルミラに『転送』して貰って――ルメルは第三の部屋に入り込んでいた。

 巨大な部屋に飛び込んでいた。並みの家ならば三階分以上はあるだろう――大空洞と呼ぶべきだろうか。見上げる先は暗闇に吸い込まれる。

 遠い高みから、水滴が落ちる音が聞こえた。まだ相手は気付いていない。

 ぽたり。

 ぽたり。

 ぽたり。

 鍾乳石から滴る水滴だ。

 兵は静寂を保っていた。

 静かだが四十以上の敵が『気配』を窺っている。ルメルは気配を消している。

 灯りは松明だけだった。足元はどうにか見えるが上は暗澹としており、岩の凹凸の影は見えはしない。

 ルメルが目にしたのは鈍い金色の鋼だった。見上げるとそれは10m以上はある人型の機械――オートマタ――であるらしかった。

 いつ、誰がこんなものを作ったのか。透視したものの言によれば、太古に存在した武器の一つだというが。

 人型。《銃》のようなものを持っている。

 それ以外にも攻撃個所に見えるものは幾つかある。

 目の上の穴。

 肩。

 背に負った何か。

 どうやら誰かが操縦しているらしく、声が響く。


「誰か来たようだな! こいつには魔法も物理も無効だぜ。お前らはもう終わりなんだよ! ここで必ず滅びるんだぜ」

 人型の顔らしい部分がルメルのほうへ向いていた。

 無表情にも見え、かつ凶悪極まりない。殺意以外の何も感じない。声も手伝っていただろうか。

 その鋼の巨人から――明らかに勝ち誇った罵声として――誰かの声が響いていたのだ。


 どうやら、操縦している誰かには、ルメルが見えるらしい。

 [エリジア注:現在、私見、注は控えている。神殿の資料室に依ればパッシブNVDの類:暗視装置が装備されていたと思われる。『気配』を消していようと、『透明』を利用しようとこれらの機器には検知される。要するに本来エルフが見えるものと同等である。ただし『気配』を消した以上、これを検知するには何らかの仕掛けがないと、見えていても意識されにくいことは特記しておく]


 また声を拡大して伝えることも、できるようだった。

 必要以上に声は大きいように思えたが。

 部屋――洞窟全体に響き、岩の壁に反響する。ルメルを圧する。


 気付かれた以上、偵察は迅速を要する。

 ルメルは一瞬で判断をした。

 声の主の歳は同じくらいか、少し上。

 仮に声がルメルの世界と同様だとして、そう推測した。


 一斉に兵が振り返りルメルを迎え撃とうとする。既に矢が向けられていた。

 肝心だったのは――第一に成すべきことは攻撃だ。

 呆気に取られている場合ではない。

『神速』、『貫通』。これで何も効果がないはずはない。

 だが、ルメルが飛び込んで脚部に剣で強打の一撃を与えても、傷一つ付いた様子はない。


『貫通』を使っているにも関わらず、空しく、カンッ、と剣が叩く音が響いただけだった。

 全力の一撃だった。だが何一つ効果はない。

 オリハルコン、あるいはアダマンタイトか? 伝説の金属か? 元々それほど憶えているわけではないが、仮想の金属を含めて疑問が頭を巡る。

 存在自体が伝説である鋼の巨人に何が使われていようと不思議ではないが。


『攻撃は無効らしいから、急いで帰って。ルメル』

 セフィの念が届く。

『……無駄そうだな』

 ルメルの剣そのものが否定されたようにさえ感じた。

 これが、物理無効か。


『落ち込まないで。違うの。見てれば分かるわよ。完全に物理無効ならば、歩くときにガシャっとか鳴る? 岩がミシッって鳴る?』

『何を言っているのかわからない。どういうことなんだ?』

『戻って。説明するから。イルミラさん、『転送』をお願いします。私も使えるけど、慣れてそうだから』


 ――エートスがメモしながら言う。

 ルメルは岩の上に――通路に――座っていた。

「完全に物理無効ならば、そもそも見えない」

「……はあ」

 ルメルには原理がわからない。

 じゃあ何故、マイアは見えたのか。と、考えていた。マイアは物理無効ではなく硬すぎたというか設定が途方もなかったのだが。


 原理が違う世界二つを立て続けに見たのだ。無理もない。

 マイアは見えるが、物理法則が違う。そもそも幻影に近い。


 巨大な機械。それは古代だろうがこの世界の物理法則に従って作られたのだから、それ自体は同一世界線上にある。と、エートスが言ってもルメルにはわからなかった。

「俺は神に別世界線の本も貰っている。言っておこう。声も聞こえない」

「……何で、ですか?」

 ルメルは生粋の冒険者である。説いても無駄である。いや、時間と説明の仕方にもよるが。


「そこにいないのと同じで、別の宇宙にでもいるのと同じ……細かいことはいい。シャドウが物理に強いのは魔力でダメージを吸収しているからだ。その上でシャドウウルフであれば牙に物理的強さを集中している。君が見た「古代兵器」は一見無敵だが、原理が違うだけで、物理はある」

「さっき石を『制作』してあの足の上に載せてみたの。載ったのよ」

 セフィが、やれやれという顔で言う。

 ルメルには意味がわからないが、何か重要なことらしい。


「だから、ゆっくりね。焦って理解する必要はないの。そもそも何で天井が高い部屋にいるの? 物理無関係ならこの通路にだって来れるでしょ。来れたら蹴られても痛くないってことだけど。向こうからこっちも見えないし、何も聞こえない。それが物理無効。光も物理だし音も物理。私も神殿の本は読んだから」


 ルメルは一人でバカになったような気分だったが、セフィがわかっているのならばそれでいい。学校にも行っていない。

 父に、ルフィアに教わったことが全てだ。補足的に魔導書が幾らか世界を説明はしているが。

 [エリジア注:ショックを受けていたのであり、本当にここまで]


「いや、そんなもんだよ、今でも」

「でも、その、原理はわかってらっしゃるんですよね」

「どうとでも書けよ。知らないものは知らないよ」


 [エリジア注:本当にルメルが理解不足だったのではない。行動を見れば判然としている]


「で、どうすればいいんだ。セフィ?」

 何の捻りも無いバカな質問だとルメルも思うが、他に気に成ることはない。何をすればいいか、それだけだ。


「突っ込んで乱戦して部屋を抜ける。全滅させてもさせなくてもいい。エートスだけは守って。他の手もあるけど。とにかく部屋を抜ける」

 分かりやすい。ルメルが首肯する。

 セフィが微笑んだ。イルミラとも意見は同であるらしい。


 中央突破。密集する。エートスを囲む。

 被害を最小限にするために、部屋に入る前に、部屋の中に魔物を召喚する。召喚した魔物は、おおよそルメルの思ったように動くが――得体の知れないものではなく――挙動のわかっているオーガを召喚し、さらに『貫通』『加速』『鉄の肌』のエンチャントを乗せる。


 その上で飛び込み、精神系の禁呪で敵を戦闘不能にする。主に『混乱』を使う。

 オーガは十体もいればいいだろう。敵の行動を制限するには足りる。


 部屋から出られない場合に備え、ルメルの剣にも『貫通』は行使しておく。

 ドアを打ち破る為だ。

 剣を叩きつけて破れない場合には、ゴートスが扉を吹き飛ばす。

 ゴートスが背負う砲は、攻城戦に使われるものである。対人ではない。

 岩を吹き飛ばす程度のことに何ら支障はない。

 鉄の、青銅の分厚い扉を打ち壊し、石垣を崩壊させるためにある。


 あるいはミルエの「鋼の蛇」が――薄い所であれば岩ごとぶち抜く力がある――石の扉を壊す。

 全員が加速系のエンチャントを互いに行使しておく。最大で五割、動きが加速される。

 突破さえすればいい。その後で、大掛かりな兵器――鋼の巨人――を外から無力化する。


 ルメルには理解できなかった。今、無力化すればいいのではないか。

 疑問はあった。

 理解できてはいない。

 だが、そうはいかないようだった。理由はセフィにいずれ説明して貰う。


 ――そう、作戦が立っていた。最後の無力化は除いてルメルにも理解できる。

「任せてくれ。俺が最後の無力化、後始末に失敗しても、他に策は浮かんでいる」

 エートスがセフィに向けて笑って見せた。

「そうね。大丈夫よ。ルメル」

「……僕も少しは頭が使えるようにしておくよ。――『召喚』オーガ。十体。『加速』『鉄の肌』」

 高等魔法と魔物の支配が使えるようになってから、かなり魔法の幅は拡がった。

 ルメル自身にも理解できないほどに。恐らく所持する全魔法の系統樹は理解できないだろうが。これは珍しいことではない。


 ふっ、とルメルは息を吐く。

 行使した魔法は実感できる。

「召喚とエンチャントは成功した。『気配』で見えている通り、対オーガで混乱は始まっっている」

 イルミラが消える。

 内側から扉が開いた。

「いいわよ。来て。『加速』したオーガは速過ぎて巨大兵器でも狙いが付かないか、あっちの団員を撃ちそうで何もできないか、とにかく突破できそうね」


 全員が突入した。

『光の使える者は光を展開。火のみならば大型の兵器に集中。残りは精神攻撃を』

 エートスの指示が飛ぶ。

『混乱させたら敵に混じって移動』

 痺れを切らせたのか、オーガを狙ったらしい白い光の奔流が鋭い破裂音と爆音を立てる。

 ズキューンというような高い音を伴っていた。


 発射したのは古代兵器のようだった。《銃》がオーガのいた辺りに向いていた。

 ただの一撃でオーガは形を崩していた。溶け崩れたように変わっていた。

『鉄の皮膚』でエンチャントしたオーガ。内部まで鉄であるのとそう変わりはない。

 その巨躯が崩壊しているのだ。


 とてもではないが人の魔装では役に立たない。焼けてしまうだろう。

 オーガの近くの岩までが削れていた。

 さらにもう一撃。

 目も眩む白い光。破裂音とはまた違う。

 ズキューン、と耳を破りそうな高音が響いた。

 ドロドロに溶けたオーガが灰に変わり、風に流れていった。


 周囲の兵も粉々になっていた。

 破壊力は想像を絶する。

 耐えられる建物などないだろう。


 あるとすれば岩だ。岩盤は手の幅ほどしか削れていない。それでも直撃しただろう突端は深く窪んでいる。

 何故こんな絶望的なものを作った。誰が。


「ルメル。急いで。突破するのが先よ」

 セフィも完調ではないだろうが、走り続けていた。

「こんなもので何がしたかったんだろう」

「どうせろくなことじゃないわ」


「――ああ、畜生、馬鹿野郎、この拠点ごとぶっ壊してやる、って言ってるわね」


 セフィは『透視』と『遠耳』で、走り抜けたばかりの部屋を確認していた。

「銀の鎖」の各員も大空洞の中を監視していた。

『混乱』で暫くは――戦いは終わらないだろう。


 さらに、まともな対処もできない状態の敵をオーガが襲う。

「だいたい、こんな狭い所じゃ活躍できない、だそうよ。どこが物理無効なの。本当にそうなら追いかけてくればいいでしょ」

「セフィ、どういうことなんだ?」

「無事ルフィアを救出して、家に帰ったらゆっくり説明してあげる。ルメル」


 俺はカンストなんだぞ。世界一強くなったんだ。

 なんでこんな狭い部屋なんだ。

 誰でも良いから攻撃してこい。

 このグイユに何の侮辱だ。

 飛ぶ機能くらい付けとけよ。衛星軌道までじゃなくていいから。


『遠耳』で聞こえた声を、セフィが呆れたように伝える。

 古代兵器の操縦士はグイユという名であるらしい。

 レーダー。暗視装置。カメラ。想像も付かない言葉が続いた。


 俺はカンストなんだぞ。世界一強くなったんだ。

 の、辺りでコンソール――計器や操縦装置の集まった場所――を殴ったらしく、激しい音はセフィにも聞き取れていた。

 それから、音にノイズが混じるようになっていた。

 まあ、この世界に則っているからこそカンストと言えるのだろうから、レベルは10。魔力の制御がどこまでできるかは不明だが、本気で殴って壊せないものの方が少ない。


 ドン、という歩き回る音が激しく響いていた。

 ドンドンドンドンドンドン、ズン。ガラガラガラ。

 あるいは歩きっぱなしになっているのかもしれない。

 幾ら部屋が広いとはいえオートマタのサイズが大きすぎる。


 どうやら壁に衝突したりしているような響きもあった。

 ズン、ガラガラガラはそれだ。岩の床が揺れる。

「止めを刺してあげましょうよ。エートスさん」

 セフィの目は既に第四の部屋に向いていた。

「……遊んでいる暇はないと思うわ」

 第四の部屋の中はあまり人がいない。それがむしろ不気味に感じる。

「さて、片付けるか」

 エートスが岩壁に目を向ける。第三の部屋を『透視』しているのだ。

 セフィも振り返る。岩壁を凝視した。

「魔法、っていうのかな。特殊能力とも言えない。魔法でいいんだろう」

 エートスが自分でも首を捻りながら、詠唱を始める。

「大したものじゃないが。『摩擦ゼロ』」

 エートスの固有に近い珍しい魔法だった。

 部屋全体にまで行使の範囲を広げた。魔液の色はすぐに薄くなる。

 セフィが予備の魔液をエートスに渡す。


 歩き回っていた音が、ズドン、と倒れる音に変わる。

 透視していた者には、三番目の部屋の床に倒れ、起き上がれないオートマタの姿が見えていた。

 起き上がろうとしても滑る。それは殆ど残っていないが敵、オーガについても同じことだった。

 どうにか制御しようとしていた操縦者、グイユも遂には諦めて、オートマタから降りた。

 やはり転んだが、オートマタを蹴った反動で壁を目指そうとしていた。

 逃げるか――追撃してくるのか。まだ魔法には慣れていないらしく、他に脱出手段は思いついていないようだった。倒れた痛みとパニックもあるのだろう。


【心殺者】ヴェイユが壁の向こうを示すように腕を伸ばす。

「集中させてもらう。さすがに相手はレベル10だからな」

 ヴェイユは右手に松明を持っていた。

 左手を下から焼く。ぐっ、と痛みに耐える顔が歪んだ。

「そう何度も使える魔法じゃない。犠牲が大きい。だがまだ魔力の使い方に慣れていない者になら、格下の俺でも……やって見せる」

「熱い! 手が焼ける!」

 グイユが左手を抑える。

「熱い、という意識だけになるんだ。早く」

 ヴェイユの左手も焼け爛れている。

「よし……支配した」

 松明を離す。

「深層意識まで潜り込んだ。永劫の痛みと戦え。心の痛みには『治療』は効かない。いまだに治す方法は見つかっていない。これが俺の痛みだ。味わってくれ」

 壁の近くまで滑って来ていたグイユが動けなくなる。そのまま壁に当たってずるりと滑った。壁もまた摩擦がないのである。

 グイユは意識を失っているようだった。

「さようならだ。今度はいい世界に転生するといいな」

 そう、ヴェイユが言った。左腕には『治療』をかけていた。

「いいのかよ放置でよ」

 アリエラが屈んで、部屋の中を透視していた。


「意識は戻りませんよ。起きればそのうち脱出してくるでしょうがね」

「大仰なことしてたけどよ。『気絶』よりきついのか? その魔法は」

「ま、まあ」

「……流儀は流儀だ。別に文句言ってるわけじゃねえよ? 今回に関しちゃエートスがとんでもなかった。派手じゃねえけど強い。あたしもこの部屋の中じゃ……楽しそうだけどな。簡単に出られるわけだし」


「奥地で探検は続けている。これまで掘ったことがなかったけれど、崖で似たものを見つけてから、地精に地下も調べて貰っている。鉱脈もあるだろうし」

「……けっこう、あるんですか?」

 エリジアが純粋に学術的な興味を持ったように聞く。

「使える状態のものは今の所ない。なくていい。そのうち見に来るといいよ。珍しいものはそれなりに多い。敵も、出土品も」


 ほとんどは金細工と宝石だ。かつて埋葬する習慣があったときの人骨も出る。

 暁の都市も切り良く歴史を二百年と言っているが実際にはもっと長い。

 最も初期の記録は遺失してしまっているだけだ。

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