第12話 レベル2祝賀会
ルメルは、念願のレベル2を自分でもあっさりと手に入れていた。
「ルフィアが居なきゃ出来なかった。狡いし何と言われてもいい。人それぞれだけど、レベル2を狙うときはシャドウ系が定番らしい」
「……あっさり倒しちゃいましたけど。シャドウウルフ。いいんでしょうか」
「三つ折りの滝辺りから厳しくなるから。こんなもんだよ」
休憩所でもあるが、その先は急峻な崖であり容赦のない滝だ。
レベル2以上を推奨。
「レベル2よ! やったじゃない!」
ルフィアの喜びようはルメルの予想を超えていた。
「たかが……」
レベル8のルフィアに比べると蟻よりも小さい。
「そこから伸びるの。恩寵を良く読んで。成長するために努力して、成長した事を褒めてあげて。ルメルの為だから」
これまで床を這っていた虫が僅かに跳ねただけだろうとも思った。
十年、泥を舐めていたのだ。レベルゼロから1への道のりは無に等しい。
精々命を賭けるという事を覚えただけだ。
ゴブリンの群れに踏み込めばいつかは自動的に1には達する。
ルメルにも推測は付いていた。シャドウウルフはレベル上げに格好の敵なのだ。
魔力の塊であり、人より素早く、苦痛に飢え、ほぼ視認は不可能だ。
だが、鋭敏さを自覚さえしないルメルには敵ではなかった。
刺突は出来なかった。
だが戦法を切り替えれば倒せる。
「いいですよねえ。エリジアには想像も付きません」
見えない敵を倒す? 傷も負わずに? 気付いてもいない相手を勝手に防御するほど魔装は万能ではない。だからまだ『透明』が有効なのだ。
「明日もアリエラに付き合えばオークも倒せそうだけどね」
「……今日分かりました。これ以上あの人はダメです。私がダメになります」
「分ってればいい」
《魔装の現状・メモ》
※エリジアの備忘録代わりに記載する。
・防御意識が有れば確実に反応する。
・防御意識が有っても一部の蟲は突破する。
・防御意識が無くても矢には反応する。
・軍用は矢だろうとそれ以上高速なものだろうと反応する。見える必要はない。
《メモ終》
恩寵は想像以上だった。
「戦士系魔法」と「四大の支配」を同時に手に入れたのだ。
魔法剣士の誕生である。
中距離以遠であれば炎魔法なり何なりで葬り去り、近距離であれば戦士系魔法で――「神速」の強力さは経験した者誰にでも分かる――瞬殺可能だ。
これ以上の組み合わせは――同時に3つ以上手に入れる事もあるが――当時のルメルには無いとも言えた。
後は高等魔法さえ有れば上級の剣士と――力の大小はあれ――渡り合える。
全身の強ささえ変わるのだ。
十倍、と良く言われるが強さが十倍である為には、かつ人間として「異常でない」為には研ぎ澄まされた肉体と反応、柔軟であり強靭さを兼ね備えた超人的な身体が必要になる。
ただ強くするのであればオークのように肉を盛り上げればいい。
(エリジア注:上半身の膂力だけを強化し魔力で維持している身体なので、一例として飛び上がる力は皆無に近い。防御力として溜め込んだ脂肪と、上半身に比較して弱い下半身の為である)
ただ素早くするのであれば人並の筋力を持ちながら体重は十分の一程度のゴブリンに成ればいい。
レベルが上がったからと言って直ちに全身が鋼のように成る訳ではない。
ルメルには強い違和感が残った。
レベル上昇は必ずしも――高揚感は当然有ったが――万能への一歩を意味する訳ではない。強さばかりが宣伝されるが、帰途で――感覚としては空まで――飛んだルメルはレベルへの違和感に呑み込まれそうでもあった。
感覚の鋭敏さはさらに極まり、エルフの感覚――レベル8でありかつエルフであるルフィアのものを想像すると震えたという――に近づいていた。
延びるものは単に筋力、敏捷力ではなくルメル自身の世界との関りそのものだった。
世界を剥き出しで感じた。
逆に鈍くも成っていた。これが深刻に成るのはさらに次のレベルを待たなければならない。
ゴブリン狩りに興じている誰かとゴブリンの識別が付かなくなるまで、あと1レベルであった。
良く見れば分かる。
だが意識しなければどちらも雑魚に過ぎない。
ルフィアには世界がどう見えているのだろう。そう思った。
帰途、ルメルは途方に暮れていた。喜びはあった。それ以上に絶望が深かったのだ。
これまでの日々が無意味に思えた。
レベル3であった父からどう見えていたのかと思った。
「……今日はお祝いをしましょう?」
慰めるようにルフィアが言った。
レベル1のルメルはその日、死んだ。
レベル2のルメルの始まりであった。
大返しを飛び降りた。ルフィアの攻撃魔法は全て通じないが、『飛行』とルフィアが唱えていた。
ルメルを落下から守る為である。
「もし仮に出来ても、やっては駄目。妖精から、守る必要はないと見放されるから」
足を痛めもしないだろうが――殊更に目立つ必要も無いという教えである。
レベルゼロは魔法への親密さが増すだけである。
レベル1から、魔法に限らず人を超え始める。
レベル2は、ルメルには想像さえ出来ない世界だった。
「大返しなんか怖くないんですね。……それこそ想像できないですけど」
「エリジアも戦闘経験が無いだけでレベルは有る。経験の違いだけだ」
(エリジア注:私事であるが筆者は現在、見做しのレベルが2である。だが全く使いこなせていない。戦闘において痛感するが私はレベル0だと思う。戦闘力は未経験の者と同じだ。剣を扱う手は頼りなく、身に付いたと言えるものは何一つない。成長は見做しのレベルが有る者は違うと魔法学校では言われているが、学んだ筈の魔法さえ使えていない)
――その晩のパーティーは華やかに始められた。
ともすると沈みがちなルメルを盛り立てる。テーブルにはルフィア自身が――妖精の助けは有るとしても――作った料理が並んでいた。
「地味かしら?」
「いや、そんな事は無いけどさ」
詰め物をした鳥の丸焼きでも充分であった。およそ二人分とは思えない肉が、決して狭くはないテーブルを埋め尽くしていた。
祝い事はやはり肉である。
嗅いだ事も無いような甘く蠱惑的な香りがどの皿からも立ち昇っている。
まるで夢のようだった。
(エリジア注:ルフィアの自室が『封鎖』されておらず『結界』も多用されていないのは、妖精境からの贈り物が普段から届くようにしている為と思われる。これは警備上は問題であるが、ルフィアには自然な事であるらしい)
妖精からの贈り物。
妖精酒で甘く蠱惑的な香りを付ける。
まず手に入らない貴重な――黄金の蜂蜜酒から恐らく一生目にする事のない花の蜜まで――食材。
無論そればかりではない。
列挙すれば切りのない貴重なものが使われていたのである。
会議所が「他世界」を駆け巡り調達しているとすれば、ルフィアは「この世界」から何であれ調達していたのである。
北限は「魔法の境界」である帝国北部まで、ではあるが。
浮かない顔だったルメルも魅せられるように食事に手を付けていた。
習慣性は無いと言うが、得られる陶酔感も含め効果は禁止薬物よりずっと高いというものも含まれていたようだ――あくまで感想である――とルメルは思うが、食べずにはいられず料理を口に運んでいた。
美味であることは当然だ。
陶然とするのもまた不可避だ。
その様子を微笑みながらルフィアが見ていたと言う。
かつてエルフの森の王族が祭りの時にのみ、普段の節制を辞め、食べていたという料理に似せた。
「レベルが上がったって言うか、ここまでしてくれたら普通じゃないって思う。有難う。ルフィア」
「いいのよ。遠慮なく。私の分も食べていいから」
『荒淫』の実から『非道徳』の実まで含まれていたらしいが、同重量の金と取引されるという(エリジア注:宮廷内では原則禁止であるが警備隊長ルメルも無粋な検査まではしない)樹々の実りも有って、憂鬱はどこかへ消え去っていた。
妖精茶と言っても等級以前にそもそも入手不能なものもある。
それも含め、惜しみなく妖精境のものが使われていた。
気が付けば食べ終えていた。
ルフィアの白銀の髪が妖しく揺れる。
「レベル3はもっと盛大にやりましょうね。「実感」が湧くように」
弾んだ声でルフィアが言う。終始笑顔だった。
ルメルが「実感」に基づいて行動するのはルフィアにも画然としている。
「剣士系の魔法もどう使うか覚えないと。落ち着いたら三階まで来てね」
元々のルメル邸は平屋である。
ルフィアが住んでから二階が出来ていた。
研究室、というものが必要らしかった。
さらに大量の蔵書を置く場所がない。
元々のルメル邸であれば蔵書で家が潰れる程であったが、レンガ造りに変わっていた。
ルメルが寝ている間に、である。
いつの間にか三階が出来ていた。平然と言われた。
上に幾ら伸ばそうと誰も文句は言わない。地下も同様である。
ダンジョンを掘る者も居るのだ。
「三階? 何に?」
「広い場所が欲しくて。魔法と剣の練習に使おうかと思うの。どう?」
森で私闘をするのは自由であるが、ルフィアと剣を交えていたら目立つ上に咎を受けないとも限らない。加勢する者も居るだろう。
「有って困るわけじゃないし、それでいい」
「それに拘束衣も試してみたいの」
拘束衣。高レベルの者を魔法的かつ機械的に――強引かつ無慈悲な方法で――レベルを下げる「逆の魔装」である。
《コラム・拘束衣》
拘束衣を着る際に魔装は外す。これにより「防御力」と「魔力」はレベル1程度低下する。
囚人用であれば詠唱を禁ずるよう口枷、さらに目隠し、腕の自由が効かないよう(かつ血流に支障のないよう)拘束する。
この状態でレベル2程度までは下と見做せる。さらにレベルの高い者には恒常的に意識が混濁するよう様々な措置が取られる。
ルフィアが拘束衣として提案しているものは高位の者には日常的な、手加減の為のものである。
合一が済んでいる以上、ルフィアからの攻撃系魔法はルメルには効果がない。
従って魔法を禁じる必要は無い。
当時、剣姫としてのレベルが4であったルフィアとしてレベル2のルメルに合わせるには――かつ剣技の相手をするには――以下のようなものを用意する必要があった。
※短時間の使用に限定される。長期に亘って使用すれば致命的である。
・ゴーグル。殆ど見えない状態にする。調節可能。
・鼻と口を覆うマスク。呼吸を困難にし体力を奪う。さらに薬品で意識を混濁させるのにも使われる。
・『強化』された全身用ラバースーツ。
・関節に装着する固定具。金属製で関節の曲げを不可能に近い状態まで、抑制する。
「剣術用拘束衣」は上記の通り。
魔法を封じる(合一の済んでいない相手、主にフェスタでの私闘に使われる)物は囚人服に手を加えたものである。移動する必要が無い為である。
レベル3以上の差を吸収するものはほぼ拷問器具と思われたい。着用者には絶え間ない苦痛がある。
《コラム終》
三階に上がったルメルは、拘束衣で床に座り込んでいるルフィアを見て――そもそも拘束を見る事自体が初めてだった――言葉を奪われていた。
見た目だけは金属関節で強そうにさえ見える。デザインもルフィアである。卓越していた。
全身への負荷で、慣れるまではルフィアでさえ平衡を保てない。
『ちょっと……待ってね』
喋れないのでルメルの頭に直接話しかけて来る。
限界まで上げたらしい抵抗に逆らって、ルフィアが立ち上がる。
ルメルはさらに、ルフィアの白銀の剣を初めて見ていた。
細身の長剣はルメルのものに似ていた。
『……いいでしょう。これで互角……な筈』
例え話せなくても無詠唱で魔法を行使するルフィアには、これでも――何か異様な感じだけは禁じ得なかったが――いいのだろうか。
『『神速』から。詠唱して』
ルフィアは既に半身に構えていた。剣の切っ先はルメルの顔に向けられていた。
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