ルメル冒険記・戦いと強さ・自分の手札だけで勝つには
歌川裕樹
第1話 出逢いⅠ
暁の街。夕刻。
全世界に広がる魔法都市の中でも、最も権勢を誇る都市の一角に聳え立つのは女王の宮殿だ。
ルメルはその宮殿の一部、自室に居た。飾り気はないが黒の騎士と呼ばれている間に何故か家具が黒いのばかりが揃った。艶も有って綺麗な漆の箪笥が多い。あるいは黒い金属の棚だ。
若干19歳にしては最高位についたと言ってもいい。
高級士官の部屋ではある。調度品はいずれも高価だ。
寄贈された物が多い。捨てる訳にも行かない。
部屋自体は広いから――問題はない。
夜の予定が増えていた。夕日が沈めばその合図だ。
会議室に向かう。こともあろうにルメルの話を記録として残したいという話が有ったのだ。
インタビューを受けては文章に落とす作業を繰り返すという。
会議室は広かった。
白いテーブルにはルメルと、宮廷書記官のエリジア・アール・イルギリアが座っている。輝く滑らかなクリーム色の髪。紅の瞳。見た目は女性だ。
貴族の出身。代々、宮廷の書記を務めている。
あえて聞かないがエリジアの性別は不明だ。神に繋がる血筋として重用される。その出自だからと言って拒む者は居ない。
何より優秀だと聞いている。
今回は過去の記録を取って宮廷の書庫に収める為にエリジアに頼んでいる。
「回顧録、というほど前じゃない。冒険の記録でいいよ」
「じゃあ、ルメル冒険譚でどうでしょ」
「大袈裟だ」
「冒険記はどうです?」
それほど違いはないがルメルとしては「記」のほうがしっくりくる。
記すには足りるかもしれないが語るほどの話でもない。
「……そんな所かな。あまり脚色はしなくていいけど、足りない所は聞いて欲しいし、調べてくれてもいいし、何なら創作したっていい。僕の話だけど今じゃ思い出だ。これから森の最奥を探検するんだ。昼は探検、夜はこの記録。付き合わせて悪いね」
「いいえ将来は将軍のルメル様ですから。ひ、秘書とか要りますよね」
エリジアの狙いは、はっきりしている。コネを作りたい。英雄候補第一の傍に居たい。
「……秘書は居た方が良いとは思う。忘れやすいからね。君がやりたいなら止めないよ」
「本当に? 絶対にですね? 別に発言録として記録しちゃいますからね」
もう記録していた。
「いいよそれで。――恥ずかしいな。まあ始めよう」
「ルメル・フェアート・レグリス冒険記。略歴も書きましょうか」
「その長い名前には慣れてない。ルメルだけでいい」
《前文》
本記録はルメル・フェアート・レグリス(以下ルメル)の16歳からの冒険の記録を綴ったものである。
ルメルは現在宮廷付きの剣士であり、ルフィアの身辺警護の長でもある。
将来は将軍に
「将軍とかそれは要らないかな」
「もう事実上そうじゃないですかぁ」
「……後で違ったらこの前文が恥ずかしいだろ?」
「そんな事はありませんから、ね」
将来は将軍に任ぜられると専らの評である。
若干19歳として、栄誉と言う栄誉を勝ち取って来た。
「前文だけで僕は死にそうなんだけども」
「……お任せ下さい。多少の脚色は必要なのです」
中でも「黒の騎士」として帝国軍五百とも千とも言われる騎士を斬り、勝利へと導くだけではなく敵全てに恐れられたのは有名な事実である。
「……何か言いたそうですね」
「いいよもう。好きにしてくれ」
この戦功によりルメル・フェアート・レグリスの名が与えられたのである。
いかなる貴族と比しても恥じない名を獲得したのだ。
戦功は十字勲章として称えられ授与されている。
本文書はエリジア・アール・イルギリア(以下エリジア)が記す。身に余る光栄である。
本文書は記載時点より三年ほど前の事を主に記述する。
※なお本稿は初稿なので訂正を前提とする。(本稿時にはこの部分抹消)
《出逢い篇・少女は高みから現れる》
高く――少女の叫び声が響いた。旧ルメル邸(以下ルメル邸)の玄関の前であった。
叫び声に反応するのは当然である。ルメルは16歳にして、生粋の冒険者なのだ。長く父レウスと共に戦って来た傷は『治癒』を経ても全身に刻まれている。
咄嗟に見上げた上には、ルフィア様(以下ルフィア)の一糸纏わぬ裸体――ではなく概ねクロッチとその左右の刺繍のあるフリルが克明に見えていた。
魔装で落下すれば――正に少女は落下中だったのだ――下着が丸見えなのは仕方がない。
形のいいお尻の曲線はルメルに晒されていたのだ。
白く艶のある下着であった。舐めてもいいとルメルは思った。
「思ってないよ!」
「脚色ですってば」
ひらひらとエリジアが手を振る。
「最低限このくらいしないとねぇ」
「宮廷書記官でこういうものを書いてるのか?」
「いいえ。これは趣味です」
言い切った。
「大体、そこ丁寧に書くとこなのか? なんかうっとりしてるし」
「ここ書かないでどうするんですか。私も下着は大体こうです。ほら」
「……見せなくていい。何で下着の話を詳しく聞かれなきゃいけないんだ?」
「聞かれたら答えてくれないとエリジア、何も書けません。さもないと全部創作しますよ。えーと大体、こう」
お尻を突き出すと鏡で下着を見ていた。人選を誤ったかもしれない。ルメルは思う。
だが宮廷書記官では優秀な方だと聞いた上での話だ。
――雨が降りそうな天気だった。冒険者にとって雨は死活問題である。地面が雨に濡れれば、戦いの場である森の足場が覚束ない。ルメルには不安が有った。(今では想像も出来ないが)まだかつかつで生きていた時代のルメルである。稼ぎが減るというだけで表情は曇る。増して、今朝から嫌な予感は有ったのだ。
父親が昨晩から帰らない。別行動を取ったのが命取りだったか。
森から戻らない。それは即ち、死を予感させる事実であった。
法的に言えば、二週間帰還しない場合には会議所は「死」を宣告する。
死人として扱われるのだ。
だが降って来たのは、麗しいお尻であった。不安は雲散霧消した。
「してない。全然してない。これ変な文章だろ絶対」
「直しますよ」
だが降って来たのは、麗しいお尻であった。不安は暫時消し飛んでいた。
何であれ即座に助けるべきだ。ルメルが選んだ行動は尻肉の下に飛び込む事であった。
身を挺して助ける。仰向けに成って見上げれば細く脚線美を描く白い肌も見えた。
紺のドレスのような魔装も見えた。
さらには美しく形良い巨乳までが見えた。
そして記憶に深く刻み込まれる事に成る、白銀の長い髪が風に舞っていた。
どんっ。
ぐへっ、と言ったかどうかは定かではない。
少女は鍛え上げられた腹筋の上にお尻から着地した。
いっそ手で受け止めればいいのに。
「……担当官変えようか」
「脚色です!」
「これ絶対感想だろ君の」
「任せて下さい」
いっそ手で感触を愉しめば良かった。――ルメルは僅かに後悔していた。
「床に寝て頂けますか?」
「理由は何だ」
「再現します。やってみないとエリジアには分かりません」
薄い乳白色の魔装は髪に合わせたのだろう。透けて見えるばかりか直視できる紅の下着と魔石。
「じゃ、テーブルの上から落ちますね。お腹で受け止めて下さい」
「戦闘も有る。一々再現するのか?」
「……必要ならば。ここは最初の部分なんです。他の場所の十倍頑張って下さい」
まさか生涯で二度もこんな事が有るとは思わなかった。
「何回かやりますから」
何回もだった。
「意味あんのかよ」
「――良好な関係を続けましょうね。それがいい結果を生みます」
やや装飾過多で高級そうな――シルクだろうか――透けているパンツが降って来る。
言い換える。エリジアがお尻からルメルの腹に落ちた。
「……リアクション無いんですね。ぐへっ、とか。適当に書いときますね。リアクションが無いと駄目ですから。はいもう一回」
ごそごそとエリジアがテーブルに登る。
「リアクション無し」
「今度は、うぐっ。いいですね。百回くらいやったらもっといい声になりそうです」
「やらないから」
またテーブルに上がりそうなエリジアを止める。
「あんまり下着は見ないで下さいね。性別不詳ですからあれこれ問題があるの」
「じゃ見せつけるな!」
「はい立って。インタビューの続き」
だがお腹でも柔らかな尻肉の感触が有った。
布で覆われていないお尻もよく見えていた。滑らかでしっとりとした感触と輝き。
そしてよく見ればエルフの美少女だった。信じられない。こんな美貌の子が降って来るなんて。肌は白磁のように白く、透明で、柔らかくキメの細かそうな感触まで想像出来た。
冒険者の目はいい。ルメルの目は良すぎるくらいだった。
ほぼ身体の線から言って見れば何から何まで見えたようなものだ。
ノーブラであることも見通していた。
全裸ではないが半裸ではあった。魔装の宿命である。
余りの美しさと幸福に、受け止めた腹部の痛みも忘れていた。
エルフは美しい。だが、落ちて来た美少女はそんな簡単な表現では収まらない。
理知的かつ端整で美麗で、と美辞麗句を並べても足りはしない。
――そう、これが出会い
「まだパンツだけだろこれ」
「ニュアンスですよニュアンス」
「さっきわざわざ落ちて来たのはどこに生かされてるんだよ」
「ディティールを読めば分かります。いいですか、私はハーフエルフなんですよ?」
いきなり訳が分からない。
「ちょっとぐらいエルフ族を褒めてもいいでしょう?」
妖精茶を飲んだのが悪かったらしい。酔っている。
「知ってた。そこを褒めるか特に気にしないかは大事なんだ。ただ褒めれば……もういい。進めて」
妖精茶の酔いは直ぐに醒める。飲む度にこれでは困るけれども。
――これが出会いの、ほんの一部である。
しかし、ここで魔装について。少し補足が必要だろう。
着たことのない者も多い。補足する。
魔装は軽い。機能性が基本である。重い鎧へのアンチテーゼとして作られたと言っても過言ではない。
「頼む、水かなんか飲んでくれ」
「……何故ですか?」
「誰が読むのか考えて、書いてくれ」
「王宮の人間でしょうよ。一通り神の御託は聞いている筈です。一般読者なんか誰が想定しますか。売る訳じゃなし。いいですか? 王宮でさえレベルなしの者は半数に及ぶんですよ? 補足して何が悪いんですか」
「アンチテーゼって何だよ」
「反対命題ですよ。……分からなければ王宮の図書館に行ってください。ヘーゲルも全部置いてあります」
「やっぱり人選を間違った。いいから進めてくれ」
反対命題なら武装を薄くする方向だろう。とルメルは思ったが放置する。
魔装は重量こそ、下着並みに軽い。
だが防御力は人間が着られる限界の重さの鋼鉄より強い。
言うならジンテーゼだ。アウフヘーベンだ。
「今、馬鹿だと思ったでしょう? 誇張表現ですよ」
「何でもいいから進めろ」
魔石、魔晶による回路の活用が飛躍的に進んだのはこの数百年の事である。
数千年前には魔法回路という概念さえ存在しなかったのである。
ただ想いを込めた石と魔法回路には単に年数では越えられない発想の差がある。
魔装は常に最新の魔法回路で製造されている。
魔法回路は遂にオートマタを生み、我らの主戦力と成ろうとしている。
戦士が傷つかない日が来ようとしているのだ。
最強の魔法回路を持つ暁に栄光あれ。暁の力は魔法回路にこそ有る。
「勝手に論文だか檄文だか書いてろ」
「嫌だなあ。補足ですよ補足」
「宮廷での扱いはいいの? オートマタは」
「そりゃもう兵力要らないわけですから」
「僕の話を書いてるって事は忘れないでね」
「三年前はまだ実用化は夢って言ってましたね。そうそう」
「次に気に障ったら代わって貰う」
「………………水飲んできます」
全自動魔物狩りオートマタでも作る気か。
本気で量産すれば一万体くらいはすぐだ。
一万が作れれば百万も目の前だ。
暁は錬金の量産性が違う。たぶんそれで【深き森】との差、領土の五倍差を乗り越えて一位なのだろう。
もう記録だか日記だか分からなくなっていたが、それならエリジアの現状分析でも一章書いて貰う。
それがそもそもの本職だ。
ただ記録するだけではない。分析官としても動ける。
大体ルメルの百倍くらいモノを知らなければ書記にも成れない。
魔法学校にも行っていない。
生粋の、と言えばそれまでだが学校に行ったことが無い。
独学だ。殆どはルフィアに教えられた。
ルメルはバカだったで初めてもいいくらいだ。
例えば。
――僕は何一つ、森以外を知らないで過ごした。生粋の冒険者とはそういう意味だ。
大抵はそうやって人生を始める。
魔法学校なんて聞いた事があるだけで、学費が払えるなら冒険者をしていない。
あれは特殊な人が行く場所だ。
少なくとも僕の周りではそう言われていた。
「何勝手に書いてるんですか!」
「これが僕の……手記だよ」
「……見ては置きますけど進めますよ」
トルツメ、と書いて何行か赤線を引いていた。
エリジア。まだパンツの話しか書いてないぞ。
魔装。簡単に言えば軽量化した、かつ十分な防御力を持った鎧である。
魔晶が彩り、凝ったデザインも普通である。その者の魔法の表現そのものだからである。
だから下着が見えても普通だ。
やや迂回したが、そういう理由も有ってルメルはルフィアの全身の曲線を見るに至った。
美麗だった。艶麗だった。
「ごめんなさい、『縮地』に失敗しちゃって」
そう少女は言った。
魔法の力を最大限に引き出す魔装のデザインは個々人によって違う。
魔晶を身体に埋め込み魔法回路を作り出す者、魔装に星のように散りばめる者、アクセサリとして首から、あるいは腕に付ける者、それぞれだ。
極端な話で言えば首からアクセサリとして魔法回路を下げていれば、全裸でもいいのだ。
だが、その少女の魔装は違った。
胸元までの切り込みは胸を強調してはいるが、過剰ではない。
スカートと言うよりは前垂れ、後ろにも同様、という布が垂れているのも動作を身軽にするよう無駄のない造りだ。
そして何よりも魔法文字を刻み込んだ刺繍がさりげなく――ほぼ見えない――各所に秘められていた。
正面から見て目立つのは胸の下の二重の円、陽の光を模したものだ。
冒険者にとって陽の光こそが命運を握る。
夜に成れば日中に十倍した強さを発揮する魔物。
忌避すべき存在だ。
故に冒険者は夕暮れには森を後にする。
――そして、紺色の布自体が高価に見える。
そこまで凝ったデザインにするには相応の金貨が必要なのはルメルにも理解出来る。
魔装の基本的な知識として合一が最大の要素だという事を補足しておく。
ルフィアの場合、深い紺色の瞳と魔装の紺が合一していた。
魔力を最大に引き出し、魔装との一体化を行う為だ。
銀の刺繍は白銀の髪と合一している。
ルメルにはこれまでに見た事もない、豪華かつ無駄のない魔装だった。
見蕩れているルメルの返事を促すように少女は言った。
「『縮地』はご存知ですか?」
「あ、いや」
魔法を知らない、さらにまともに女性と話もしていない、父親と二人で戦うルメルに相応しい台詞ではあったが情けない。
「もうさ、ここ終わったら自分で書こうか? エリジア」
情けないとか女性と話した事ないとか聞きもしないで書くな。
「最初は補足が必要でしょう? 魔装だって、」
そういう話じゃない。
「それは、序章にでも書いとけよ」
「……そう言えばそうですね」
縮地とは二点間を短縮して移動する魔法の総称である。やり方はそれぞれ流儀がある。
ルフィアには呼吸をするのと同じだったが、高度を間違えた。
故にルメルに好機を与えたのである。
「縮地とは、移動を短縮する魔法です。……ルメルさんですか?」
「そうだけど。君は?」
「ルフィアと申します。誠に申し訳ございません。全て私の責任です。……お父様、レウス様の死を、告げに参りました」
少女は他に術を知らないように、あるいは全身全霊を込めたものがそうであったのか、ルメルに深く、頭を下げた。声は震えていた。
――知りたくはなかった。
「……見たのか? 親父の死を」
「はい。この目で」
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