第25話 ルフィア救出Ⅵ・そして終章

「あの機械が見えないはずだっていうのが……」

 巨大オートマトンの説明にルメルは「実感」がなかった。

 物理無効について、日頃から考えているわけでもない。

「完全に無効なら、っていうだけよ。気にしないで。グイユももう襲ってこないだろうし」

『静かに。やっと第四の部屋なのよ。せめて念で喋って。セフィ』

 イルミラがセフィに注意する。

『そこ、気配ないじゃない』

『だからこそ、じっくり調べるんじゃないの? 最後に手薄とか、私には考えられないわ』

『……そうね。勝手に喋って、ごめんなさい』


 最大の集中で、第四の部屋の中が調査される。

『思ったより、人数が少ない?』

 この部屋さえ抜ければ『封鎖』のかかった怪しい部屋である。

『封鎖』がある以上、直接の『転送』で乗り込むことはできない。


 とある部屋。中規模の大きさである。『封鎖』がかかっている。

 扉に向けて兵が――「極限の光輝」の団員が――並ぶ。

 奥にはベッドがあり、ルフィアが横たえられていた。

 落下してきた時のままではない。泥や汚れは魔装が吸収したか、あるいは運んだ団員が、つい払ってしまったのだろう。


 ルフィアは綺麗に、紺色の魔装で眠るように横たわっている。白銀の髪が広がっている。

 周囲には瓶、小さな炉、鍋などが集められていた。

 ルフィアの昏睡――あるいは気絶――状態が続くように、鼻には管が差し込まれていた。粉末化した「眠りの実」の揮発物が吸い込まれるようにしてある。

 匂いだけで眠りは続く。


 部屋の中央には処刑のためにギロチンが置いてある。

 ギロチンの傍には緋色のソファーがある。そこにデディアとクレイアムがいた。


【無色のデディア】と【狼人のクレイアム】は対立していた。

「……殺す、理由がわからない」

 ずっと下を向いたままのデディアが言う。

「やらないと進まないんだよ。何もかも」

 クレイアムは立ち上がり、手を振ってデディアに訴える。


「……どうなるっていうの? 誰も私を女王だなんて思わないし、ルフィア様が死んだ後で名乗りを上げたら、犯人です、捕まえて下さいって言っているようなものでしょ? そんな無駄なことのためにルフィア様を殺すなんてできない」


 豪華な天井から下がっているのは、わざわざ『死骸化』をかけて作り出した本物の頭蓋骨と身体各所の骨で作ったシャンデリア。

 女を抱き締める死神の大きな絵が壁に飾られている。

 そもそも建材の殆どは『強化』された骨だ。

 至る所に死の意匠が施された部屋は「極限の光輝」の代表、アエリエ・ディラ・フォム・ディラエの趣味であるらしい。

 自ら「死神」を名乗る男だ。神に至った、レベル5になったとそれだけで「死神」を自称している。


 ソファーの前のテーブルには頭蓋骨に金箔を張った酒杯が置かれている。

 金と白、緋色。それが部屋に充満している。

 部屋の隅に置かれた壺に、時折兵が槍を入れては恐る恐る、一滴も零さぬように灯火で乾かしている。アエリエ代表が支配下に置く錬金の工房で作られた毒だ。

 部屋の黒。拷問道具が並ぶ。

 死と悪意以外の何もここにはない。

 デディアは緋色のカーペットを見詰めたままだ。


「いいか。ルフィアが死ねば内乱になる。それだけでチャンスだろう。誰が勝つかなんてそりゃわからない。でもデディア、お前はレベル7なんだぞ?」

「レベル8の候補もいるわ。もう五年近くルフィア様の座を狙っているの。私は今でも充分恵まれていると思うの。これ以上なんて望めない」

 広い部屋を守るものはこの会話に何も言いはしない。


 混乱は「極限の光輝」の好機でもあり、アエリエ・ディラ・フォム・ディラエ代表の望みでもある。一気に権勢を伸ばすのだ、そう聞いている。

 クレイアムの家から、アエリエ様でさえ驚く額が渡った――噂だが――とも聞く。

 誰もやろうとしないからこそやるんだ。

 そう主張するクレイアムの言葉に、部屋の誰もが疑問はあったが。


「できないと思うからできないんだよ!」

 クレイアムは繰り返す。

「これでいいと思っているからその限界を超えられない。やった通りにしかならないんだぞ世界は。今の自分に満足してるだろう? 例え可能性が低くてもゼロじゃなければやるべきなんだ」


「……それ、何にでも該当する言葉じゃないでしょ?」

 デディアは首を振る。

「いや、混乱こそ好機だ」

 クレイアムは自信に胸を張り、言う。

「ねえ、ルフィアを超えるってどうやるか知ってるの?」

「レベル9だろ。白銀の塔を作ればいい。そうだろう?」

 クレイアムの自信に満ちた顔は変わらない。

「そうしたら、あなた、魔法生物だから消えるのよ? 私もただの人になる」

「煩い。俺は消えても構わない。デディア」


「消えた後のことも考えて。残された私はどうなるの。クレイアム。死んで終わりなんて気楽すぎる。魔法の使えない魔法使いが何をして生きるの。あなたは私に何かを感じているかも知れないけれど、私はあなたに何も感じていない」

 溜息を吐き、デディアは頭を抱えた。

「……じゃあ何でお前はここにいるんだ?」


 クレイアムにしてみれば反乱に等しい。この期に及んでなぜ躊躇い、先に進もうとしない?

「あなたが連れて来たからでしょう。他に何かあるの?」

 デディアの半透明な服。鈍く、灯りを反射していた。自己意思を消すように育てられ、従順以外の何も是とはされなかった。誘う者がいれば乗れ。そういう意味でしょう?


 自分には魔法以外の何もない。

 意思がない。

 この私から魔法を引いたら何が残るというの。

 仮にレベル9は目指さず、他のレベル8の候補たちと女王位を争ったとして、どうやって勝つというの。それぞれが私兵を持ち、軍には及ばないにしても人数はいる。

 クレイアムと、「極限の光輝」の団員だけで?

 まさか。一時的な擾乱はあるにせよそれだけだ。

 張り巡らせた罠。もう第三の部屋まで突破された罠。終わり、そのものではないか。


 ルメル一行は、第四の部屋へ入り込んでいた

「いらっしゃい。待ちかねたわ」

 高く、強く声が響いた。茜色の髪に琥珀色の瞳。魔装は茜色だった。

 部屋の奥は階段構造になっていた。城の一部と見えないこともない。

 身体を隠そうとすれば凹凸のある階段の突き出した部分に隠せばいい。


「予め言ってしまいましょう。この奥こそがあなたたちの探している場所よ。さあ、時間は短縮したわね。もう余計なことは考えなくていい。こちらからお時間を差し上げたんですから、提案があります。この部屋を抜けるには、ゲームをクリアしなければならない。どうかしら?」

「気前がいいじゃねえかよ。乗ってやるぜ」

「あ、アリエラ?」

 そんなことをしている場合ではない。そうルメルは思ったが、面白そうに微笑しているアリエラに反論できない。


「そっちの方が面白いじゃねえかよ。なあ、ルメル。……もう一つくらい気前良くよお、ルフィアが生きてるかどうか、教えてくれれば最高の気分でゲームできるんだけどな。ああ、そうそう、あたしはアリエラってもんだ」

「申し遅れました。フェリシティアです。……いいでしょう。ルフィアさんはまだ生きています。――これでよろしいかしら?」

 フェリティシアは扇で口元を隠す。顔は笑っているように見えた。


「ルメル、なんかあるか? なきゃあたしは正面からどんな勝負だろうと受けてやるぜ」

 作りかけの岩の城、そしてその前に広がる岩の平地。

 岩の平地に集まった十人から、アリエラがすっ、と一歩前に出る。

 フェリシティアを見上げて――敵として充分、と自信に満ちた瞳で見据えた。

 薄暗い照明の中でもアリエラの魔装の金が輝く。

 圧倒的で――ルメルは何も言えない。

 さらに聞きたいことはあったが、言葉にはならなかった。


「ではルールから。お互いが魔物を召喚します。魔物同士を戦わせるもよし、それに加勢するもよし、どちらかの魔物が倒れた時点でその勝負は倒した側の勝ちとします。こちらの兵は三十。そちらは十。何か差を埋めるようなハンデは必要ですか?」

「なしで構わねえよ。こっちも弱いわけじゃねえ」

 エートス、イルミラを含めて――数人がちょっと待て、とアリエラに相談する。


「ルフィア様の命がかかっているんだぞ。質問させて貰う」

「……勝手にしな。あたしは喋るな、なんて一言も言ってないぜ」

「負けたらどうなるのか言って貰おうか」

 エートスが前に出る。

「勝負は三回戦。二回勝った者の言う通りにする。それだけです。もし仮に――ここから帰れと私が言ったのならば従って頂きます。あるいは、無抵抗で死ねと。勝ったら何をしていいのかと聞かないあたり、リスクを先に見ているのやら、それとも単に――怖いのか」

 見下された物言いだったが、エートスの表情に変わりはない。

 挑発には慣れている。


「じゃあ勝ったら死ねって言ってもいいんだな? おい」

 アリエラがむしろ挑発に――楽し気に――乗った。

「ええ。言う通りにするのですから」

「……いいぜ。時間がねえ。とっととやろうぜ。もしルフィアが死んでても復活させて貰うからな。言ったことはやるんだからよ」

「いえ。それは……できないことまでは」

 フェリシティアが言い淀む。

「――今さら言い訳はなしだ。やってもらうぜ。あんたが死のうが生きようが知ったことじゃないんだよ。できないからって死ぬなよ? やれよ?」

 刃のようなアリエラの口調に、フェリシティアが呑まれたようだった。

「……少し時間を頂きます」


『封鎖』された、赤いカーペットの部屋。

「フェリティシア? 正気か? 君のゲームのために処刑を遅らせろだと?」

 クレイアムが怒鳴る。

「私は本来は「極限の光輝」の第一位。あなたにその座を譲った覚えはありません」

「アエリエ代表からは、この計画は任せると言われているんだぞ? 君が口を挟む余地など、どこにもない」


「団員も皆が納得しているわけではありません。ルフィアの処刑は、一つ間違えればこの団が壊滅するほどの話です。団の維持はこのわたくしの責務。あなたこそ口を挟む余地はありません。わたくしが許可するまでは執行は停止して頂きます。……どうかしら? デディア、そして団の皆」


「……フェリティシアに同意するわ」

 デディアが俯いたまま、答える。

 元から反対ではあるのだ。悪知恵として考えても――ルフィアの生殺与奪を握っているからこそ誰も、宮廷も、思い切った行動に出られないのであり、殺したとわかれば攻め落とされると予想するのは間違いではない。


 デディアとしてはルフィアは尊敬の対象でこそあれ、殺害対象などではないが。

 顔を上げて見渡せば、兵も――団員も――厳しい顔をしていた。

「フェリティシア様に賛成致します」

 一人がそう言うと、他の団員も賛意の声を上げた。


 言い換えれば、ルフィアがいなくなった世界を本気で望んでいる者などクレイアムくらいだ。そうデディアは思う。

 アエリエ代表だかが「任せる」と言ったから? だから?

 ただの口約束。

 いざ宮廷から――あるいは第二位、第三位から追われる身になったら「クレイアムが勝手にやった」とでも言えるようにしているだけだ。

 実際に、クレイアムは勝手にやろうとしている。

 アエリエは実行命令など出さないだろう。

 私だって言う。「反対したのにクレイアムが勝手にやった」。事実だ。


「たかが君のゲームのためにだぞ? この俺に折れろというのか? それとも実権を取り戻そうとでも……」

 またクレイアムが大声を上げている。

「クレイアム。理由なんかどうでもいいわ。取り戻すんじゃないのよ。フェリティシアが事実上のトップなのは変わらないでしょう? あなたはそこにお金を積んで入り込んだだけ。悪いけどあなたをいつでも殺せるのよ。私は。そして、仮にそうしても誰も何も言わない」

「デディア……」

 大袈裟に嘆いているけれど、私はあなたに従順であるように躾けられたのではない。

 仮に――内部でも意見が割れているだろうと踏んで、フェリシティアにルフィアの話を出したのだとすれば、相手にはそれなりの策士がいることになる。

 デディアは小さく笑う。案外、いまの強引な――先の見えない策をどうにかしてくれるのは、攻め込んで来ている誰かかもしれない。


 フェリシティアはゲームの会場へ――第四の部屋へ――戻りながら、言いたいことは言ったと笑顔になっていた。デディアの支援も嬉しかった。大金を積んでクレイアムが入り込んだ、まさにその通りだ。

 幾らかはわからないが、アエリエ代表がクレイアムの独走を許すだけの額ではあるだろう。画期的な案を持ち込んだように見せておいて、その実は暁を混乱に陥れる案以外の何だというのか。


「よお。相談でもしてたのかよ。急ぎで頼むぜ」

 アリエラは頭の後ろで腕を組んでいる。退屈してきた、という証拠だ。

 勝負以外はどうでもいい、とでも言うように鋭くフェリシティアを睨む。


「では始めましょう」

「どっちからだよ?」

「……何を言っているのです?」

「じゃ行くぜ」

『ルメル。妖精系は大体思い出したか? シビレバチ呼べ』

『……魔物じゃない、ぞ。アリエラ』

『魔物以外を呼ぶなって誰か言ったかよ。ありったけ呼べ。セフィの魔液が余ってる』

『虫除けは……』

『塗ってねえやつが「銀の鎖」にいるわけねーだろ。大体、一度や二度刺されたくらいじゃ死なねえよ。虫除けぶっかけてやれ』

『……わかった。呼ぶ』


 敵の団員の頭の上に雲のように呼び出されたシビレバチが、数匹、フェリティシアのいる階段の上にも向かう。

「魔物じゃないじゃありませんかっ」

「魔物はこれから呼んでやるよ。前哨戦だよ」

 アリエラの後ろでは慌ててルメルが虫除けの液をかけて回っていた。

 ひと瓶で十人分はある。


「……くっ」

 フェリティシアが虫を避けようと結界を張る。

「へえ。結界張ってもいいんだ。じゃいつまで経っても勝負つかねえな」

「……こんなルール違反で死ぬわけにはいきません!」

「違反じゃねえだろうし、お前が死んでくれりゃそこで終わりだろ? なあ。まさか魔物にお前だけは攻撃すんなって指示すんのか? ……やったことあんのかよ。こういう勝負。……何だっけ、イルミラ。ポケット〇ンスターとか言うんだっけか? それじゃねえんだぞ? だから二回勝ったからって油断すんなよ? 三回目にお前が死ぬかもしれねえからな」

 アリエラがフェリティシアを指差す。


「いつ、殺し合いだと言いましたか?」

「殺しちゃいけねえとは聞いてねえ。命もかかってねえ、そんなバカバカしいもんなら今、扉突破して先に行かせて貰うぜ。そっちの団員もだいたい寝てるか結界張ってるかだ。手出しできねえだろ。早く結界開けろよ。ホントに先行くぜ。邪魔もできねえだろ?」

「虫はなしです!」

「途中でルール変えられんのかよフェリティシア。じゃ勝てねえ。先に行く」

 アリエラは虫の群れに突っ込むように前へと歩く。

 手出しのできる「極限の光輝」の団員はいない。

「一回……負けということにします。それでよろしくって?」

「……へぇ。まあまあ公平だな。気絶してる奴等は運んで手当してやらねえとすぐ死ぬぜ」

『ルメル。召喚は、取り消しだ』


「ルールに、不備がありました。召喚できるのは魔物だけです。相手を……」

「相手を攻撃すんなってなら呑めねえ。代表が死んだ側が負けってのも入れといてくれよな。こっちはルメルだ。そっちはフェリティシア、あんたでいいかい」

「僕……でいいのか?」

「逃げ足は速いだろうが。あたしはこの勝負に命をかけてる。じゃねえと詰まらねえだろうがよ。代表エートス、【青の策士】イルミラ、【白の魔法剣姫】ヴァルア、【赤の魔法使い】セフィ、【暗殺者】アリエラ、【心殺者】ヴェイユ、【大砲使い】ゴートス、【弓使い】フレンシア、【鎖使い】ミルエ、いいよな? こっちはルメルだけ守れば勝ち。そっちはフェリティシア、あんただけ守れば勝ち」


「……ふん。いいだろう。ルフィア様が第一に見たい顔はルメルだと聞いている。俺など見たい顔にも入っているまい」

 エートスが苦笑したように言う。

「ルメル。私もいいわよ。ルフィアが誰を待っているかはわかってる」

 セフィの目が真剣だった。

「私も忘れないで。負けないから」

 ヴァルアの闘気が相手を押しのけるほどに強くなる。

 口々に皆が賛意を告げる。

「言っとくけどよ、気が変わったらここからあたしがいきなり、あんた蹴り殺すかも知れねえからな。フェリティシア。敵は魔物だけだと思うなよ? 援護していいんだよな?」

「……撃ちゃあ終わりなんだけどな。アリエラさんよ」

 ゴートスが大砲を構えて見せる。

「勝手にしな。暗殺隊長のあたしより速いってならな。一応、リーダーはエートスだろうけどよ。お伺い立ててる暇がねえだろうな」

「構わない。俺の知恵などたかが知れている」

 エートスは何を言われても微笑したままだ。


「……好き勝手にあれこれと決めて下さいますね」

「そっちから言われた通りにしなきゃらならねえ理由は何だよ。……それにルールは守ってるけどな。さっきはこっちが先だったから、そっちが先攻でいいぜ。召喚しな」

「後からの方が有利でしょうに! 同時に!」

「審判もいねえのに、同時になんかできるかよ。先に呼んでもいいならずーっと先攻でもいいんだぜ?」

 アリエラが歯を剥き出しに笑う。

「早くしないと踏み殺す。決めろよ。それとも銅貨の裏表で決めるか? 『遠目』でも何でも使え。銅貨に魔法使うか何かで裏表変えたら負けな。表ならこっちが先攻。裏ならそっちが先攻。いいかよフェリティシア」

「……いいでしょう。受けて立ちます」

 アリエラは高圧的だが、嘘はない。そうフェリティシアは思う。


『呼べそうで駆け引きに使えそうな――やり方は見てりゃわかっただろ。ただ強い魔物じゃねえ。一発で叩きのめせる奴だ。そういうのが有ったら言ってくれよな』

『援護に徹します。相手はもう同数。倒してしまえばフェリティシアを直接斬る』

 ヴァルアが剣姫らしく――そう答える。

『まあそれも手だな』

『名の知れた悪魔程度ならいつでも。……他にも考えておく。必殺の者をね』

 エートスが考えを巡らせる。


「おらよ。……表だ。悪いな。先攻だ」

 フェリティシアの表情が強張る。固まる。後攻で本当に有利なのかと考えている顔だ。

『今回は行かせて貰うぜ?』

「『召喚』、ダブル――自分自身。ありったけ。……セフィ、魔液くれ」

 ダブル、対象と同じもの――ドッペルゲンガーとほぼ同じ――フェリティシアが数十人、階段の上に現れる。

 既に誰が本物かはわからない。


「ここに呼んでいいと誰が!」

 入り乱れるフェリティシアの中から叫び声が響いた。

「どこに呼ぶとは言ってねえだろ。召喚しろよ。どこでもいいぜ」

 既にダブルからフェリティシアへの攻撃は始まっている。見た目が似ているだけではない。同じ力、同じ能力。


 苦し紛れなのか、フェリティシアが召喚した魔物は火竜だった。

 ほぼ同時に、ダブルが火竜を召喚する。

「召喚する奴を召喚しちゃ駄目とは言ってねえよなあ」

 暗殺部隊長の目だった。ぎらり、と光る。

「ベタで強いのが来たぜ。一体だけど気抜くなよ」


 フェリティシアは既に結界の中にいた。一歩出れば即死する。

 団員もまた救援に向かえない。果敢に階段を駆け上がった者は、火龍としてはついでに――という扱いだろう。焼き尽くされていた。

「結界張ったら負けにしようぜ。次は」

 アリエラが嗤う。


 たった一体とはいえ、火竜は冒険者にとっては頂点に近い魔物である。

 ルメルを最後尾に下げて、自らの最強にまで火焔抵抗を上げた剣士が、剣姫が前衛。

【白の魔法剣姫】ヴァルア、エートスに【鎖使い】ミルエ、【暗殺者】アリエラ。

 中衛に【心殺者】ヴェイユ、【大砲使い】ゴートス。

 後衛に【弓使い】フレンシア、【青の策士】イルミラ

 イルミラは『治癒』とエンチャントに専念する。フレンシアは曲射で、その前にいる者を避けて真上から火龍を貫く。

【赤の魔法使い】セフィは右中段へと回った。

 火焔抵抗は「火の王」そのものと確約したものだ。

 囮になる。火魔法以外も使える。

 ルメルは一人、イルミラの後ろにいた。

 真後ろから何かが現れても対応できるようにはしている。火竜の炎のブレス自体も避ける有効な手段がない以上、射程距離外まで下がるか、伏せるなり転がるなりで避けられるようにしておかなければならない。


 ブレスを吹く、と見えた段階で、危険ではあるがヴァルアが龍に接近し、後ろへ回り込む。

 アリエラは高く飛ぶと火竜の真上に着地した。

 エートスが左に、ミルエが右に分かれる。

 中衛は左右に分かれて、左がヴァイユ、右がゴートス。

 フレンシアが左、イルミラが右。

 ルメルはイルミラの後方につく。


 ミルエの「蛇」――鉄鎖の塊――が火竜の頭に巻き付く。

「そのまま捻り潰せ!」

 ミルエが叫ぶ。口を塞がれた火竜はブレスを吹き出せない。ミシミシと火竜の顔が歪んで潰れていく。およそ潰せないものはないと思えるほどの力だった。


「やるじゃねえかよ」

 アリエラが双剣を火竜の背に突き刺す。翼の付け根を切り離そうとしていた。

 苦しむ火竜が振り回した尾を受け損ねたヴァルアが吹き飛ばされる。

「……まだまだっ」

 唇から血を滴らせて、ヴァルアは尾の付け根を狙う。

「――顔は狙えねえな。万一鎖が解けたらもったいねえ」

 ゴートスが火竜の右前脚を撃つ。すぐに砲に次弾を装填する。逸れてもヴァルアには当たらない。硬い鱗が吹き飛び、骨まで露出する。


 イルミラはヴァルアに治療をかけていた。

 ヴァイユは長い詠唱の魔法が多い。すぐに出来ることは――イルミラの交代要員として治療を詠唱する準備くらいだった。手の空いた間にヴァルアに『加速』をエンチャントする。


 セフィは火魔法を使えば火竜に力を与えるだけだ、とは心得ている。

「『窒息』」

 思いつく限り最悪の水魔法を行使する。肺を水で埋め尽くす。人であれば魔力によるが――ほぼ何も出来ずに死ぬ。


 次は飛べないように羽を凍らせる予定だ。

 フレンシアが上に向けて放った魔法の矢が千に増えると、アリエラを器用に避けて龍の背に降り注ぐ。

 主に羽を狙ったものだった。

 飛ばれれば面倒だと皆が意識していた。


 アリエラは召喚した「ダブル」の制御に意識を半分は使っていたが、まだ余裕はある。

 火竜にいきなり飛ばれても対応はできる。火竜に乗れと言われれば乗れる。

 ダブルの集団の召喚した火竜で「極限の光輝」の団員を追い回しては、ブレスを浴びせる。


 結界に籠っているフェリティシア以外の団員が戦意を喪失するか、死ぬまであと少しだった。恐らく次の一斉攻撃で終わりだ。

「フェリティシア! その「ダブル」はあんたそのものだ。三十人くらいか? 三十倍の自分に勝てるか? 言っとくけど全滅するまで召喚は取り消さねえぞ。そのうち一人使えば扉も開けられる、あんたとして『封鎖』した部屋にも入れる。何しろあんた自身だからな」

「こんな……こんなことが許されるとでも思って!」


「結界から怒鳴っても迫力ねえな。ルール通りにやってんだろ? フェリティシア全員で多数決取るか? 負けたかどうか。あたしにゃ区別つかねえからよ。……言っとくけどよ、完全にあんただってことは、その結界も破れるんだぜ? まだやってねえだけだ。どうする? 死ぬか?」

 アリエラは深く差し込んだ双剣経由の詠唱、『爆破』、で羽の付け根を丸ごと吹き飛ばす。

 火竜の身体が砲弾の爆発で削れていく。

 顔を砕かれるほどに締め付けられ、水を吐き出すこともできない火竜が、横倒しに倒れ、最後の生命力で暴れる。


 アリエラは飛び降りていた。

「それともルール通り、こいつを殺せば勝ちか? 二勝で。もう手がねえだろ。フェリティシア!」

『貫通』を自分で詠唱したヴァルアが、火竜の尾を叩き切る。次は脚を斬り落とす。

 危険ではある。瀕死の龍の蹴りを浴びれば即死しかねない。

『ヴァルア。もう無理はしないで。このままでも火竜は死ぬわよ』

 回り込もうとしたヴァルアにイルミラが警告する。

『でも、私はまだ何もできてない、です』

『死を賭するなら次の部屋にして。ここで死んでも無駄なのよ』


 グシャリ、と火竜の頭が脳ごと潰れる。

 最期の動きは止まった。

 腹も砲撃で穴だらけであり、全身に矢が刺さっている。呼吸も封じていた。

 それでも生きていた生命力が、強力極まりなかっただけだ。


「フェリティシア! 勝ちでいいかよ? そっちはもう誰も戦えない。火傷でも治してやったらどうだ? じゃ、まあまあ面白かったぜ。今度は一対一でやろうな」

「わたくしは三回戦と言ったはずです!」

 気丈、というのか悲鳴に近い叫びだった。


「またルール変更か? 二回勝ってても駄目かよ。じゃ死ね。自分自身に殺されろ。あたしが殺してやってもいいぜ?」

 ダブルの集団は、そして火竜の集団は消えてはいない。むしろ何のダメージも受けていない。


「来いよ。【屍術師】エメリ。全員で乗り込もうぜ」

 三番目の部屋の入口から入って来たのは、死体人形を連れた灰色の髪の女だった。

 死体の総数およそ三十。

「勝手なことは許しません……自分を何だと思ってるんですか!」

 フェリティシアの叫びは悲鳴がかったままだった。

「あたしか? 最強だ。ルフィアとやりあう積りはねえけどな。そっから何かやってみせろよ。特別に最後に受けてやるからよ。召喚くらいできるだろ? また火竜か?」


「もう……いいんじゃないか? 時間がかかるだけだ」

「へっ、エートスさんよ、気が済まねえって言ってるんだ。面白いじゃねえか。最後の最後に何を出してくるか。よっぽど凄いんだろうぜ。――ただし、二つ。召喚したものに、あたしが本気で驚かなきゃフェリティシア、あんたをぶっ殺す。召喚した何かを倒せたら、やっぱりあんたを絶対にぶっ殺す。三回戦を四回戦にするのは許さねえ。今なら見逃してやる」


「まあ諦めると思ったぜ。何を呼ぶか楽しみだったけどな」

 通路に出ていた。目の前にあるのは『封鎖』された部屋の扉だった。

 フェリティシアはフェリティシア三十人ばかりに囲まれて結界を解けないままだった。

 フェリティシアならばもう一人、傍にいた。

「助けるのは専門じゃねえからよろしくな」

「……わたくしに任せてください」

 自信に満ちた笑み。「ダブル」の一人だった。フェリティシアにしか見えない。


 死体人形は通路を封鎖するのに使っていた。それでも五体ばかりを残している。

 火竜は第四の部屋を塞いでいる。


『封鎖』された部屋に他の出入り口がなければ、邪魔は入らない。

「片付いたわよ。話があるわ。開けて」

 ”フェリティシア”が言う。

「ダブル」以外は扉の横で身体を隠している。

 重そうな石の扉が開く。

「また注文でもあるのか? フェリティシア」

「いいえ。別の用があるのよ」

 扉に滑り込むように、アリエラを最初に全員が入った。


「お前ら……裏切ったかフェリティシア」

「いいえ。…………裏切者はあなたでしょう。クレイアム」

 敵――「極限の光輝」の団員が、慌てたように、毒を塗った槍を侵入者に向けていた。

「……意味が分からんな。下らないゲームには勝ったのか? 負けたからぞろぞろ連れて来たのか? ――どっちでもいい」


 クレイアムはルフィアの元へ走ると、喉に短剣を当てた。

「貴様の言うことなど聞かんぞ。「銀の鎖」か? 宮廷の連中か? 動くな。動けばルフィアを殺す」

「ルフィアを殺して、そんでどうしたいんだよ。あんたは。クレイアムってのか? あたしはアリエラ。宮殿の暗殺部隊長。あんたがナイフを離さなきゃ殺すけどな。皆殺しだ」

「もう負けだと思わないの? クレイアム。わたくしは諦めろと言いに来たのよ。団員が全滅してもいいの? あなたがいうチャンスならばこの先もあるでしょう。自滅したいの?」

「フェリティシア。わたしもそう思うわ。この部屋から誰を排除すべきか、もう決めたわ」

 デディアが敵意も剥き出しの目でクレイアムを睨む。


「皆、槍を降ろして。構えている人は全員……そうね。首に火の輪でも巻いて貰うわ。わたしはレベル7。わかるわよね」

「意見が合うじゃねえの。デディア? よろしくな」


「……元々一人だったんだ。一人でも計画は進めさせてもらう。必要なのは内乱だ。大混乱だ」

 ルフィアの首に当てた短剣に力が入る。

 その瞬間、ルメルが放った短剣が、手首ごとクレイアムの短剣を弾き飛ばしていた。

「動けば全員殺す。僕には――まだそれだけしかできない」

「誰だ。偉そうに。人狼の力を舐めるな」

 クレイアムの右手が復活を始める。その間に左手でルフィアの頭が掴まれていた。

「終わりだ」


 ぐしゃり、と音が響いた。

 弾け飛ぶ骨と脳漿、血。ルフィアの首から上がなくなっていた。


「もう引き返せない。お前らも覚悟しろよ」

 クレイアムが毒のある笑みを浮かべる。

「別にここの団員を当てにしてるわけじゃあない。どうせそう思ってるだろうが、使っただけだよ。文句があるなら来いよ。頭を潰してやる。頭から齧ってやる。デディアも、もう要らねえよ」


 見たはずなのに、ルフィアの死は全く信じられない。

 ルメルはただひたすら、復活方法を考えていた。

 ルフィアの身体が崩れ、灰になって飛ぶ。残ったのは、赤い魔晶だけだった。

 魔法生物だからか? 赤なのは。とにかく、最後の手段があるはずだ。

 蘇りの禁呪が。『蘇生』……だったか。


 元には戻らなくても、何かが出来なくなっても、隠り世から呼び戻せるはずだ。

 クレイアムへの怒りより前に、ただ『蘇生』のことだけを考えていた。

 それに、いまさらクレイアムを殺したからといってどうなる?

 ルフィアが蘇るわけではない。


「これが欲しいか。金貨百万枚で売ってやるよ。いや、こうだな」

 クレイアムは赤い魔晶を掴むと、握り潰した。

「希望を潰すんなら、最後までってことだ」


「やっちゃったかよ。……んじゃあ、帰るか。どうにもならねえ。あたしは助けるのには向いてねえ。また殺しに来るぜ。そう待たせはしねえからな!」

 アリエラは背を向けると、部屋を出て行く。

 現実感はなかった。

 死ぬはずのない者だった。首でも生えて来るかと思ったが、終わりだった。

 宮殿に偽物でも置くのか? 候補はいる。こんなことを想定して、だ。


「え? あの、今のルフィア様って?」

「……誰が本物だって言った? いや、言ってはいるか」

「これ、書いていいんですか」

「発表するかどうかはエリジアに任せる」

「き、きっと『蘇生』したんですよね。やだなあもう」

「魔晶なしにどうやるんだ。してないよ。嘘だと思うなら機密資料を漁ってみてくれ。まだ続きはある。どうする?」

「…………有り得ません。『幻影』……」

「そうじゃない。それじゃ感触がないだろ。確かに死んでる。『蘇生』もしていない」

「……こんなの、立ち直れません。ルメルさんは?」

「立ち直れなかったよ。何日かはわからないがただ泣いた。みっともないけどね。今警備隊長をやっているのも、二度とこんなことがないように、と思ったせいもある。誰だろうと、「ルフィア」は「ルフィア」だ。僕の過去、そこに書いてあることを知らなかろうとね」


 デランジェ。デディア。ミリティア。望んで第一位を狙った者も、ただ利用されただけの者も、ルフィアの死に続く権力争いに巻き込まれていった。


「書いていられないので、資料室に行ってきます」

「……わかった。待ってる」


 泣きはらした顔のまま、エリジアが戻る。

「確かに死んでいますね」

「僕もただ帰ったわけじゃない。もうルメルはルメルじゃない。クレイアムは強かったよ。僕はレベル3だった。相手は5だ」

「え? え? ルメルさんも?」


 時間はルフィア殺害の直後に戻る。

 緋色のカーペットをさらに赤く染めて、かつてルフィアの頭だったものの残骸が散らばっていた。首から噴き出す血は、身体が灰に変わるとともに止まった。


 最初にクレイアムに飛びついたのはルメルだった。戦う内に、騒ぎが聞こえたアリエラも戻って来ていた。命令があろうとなかろうとどうせ全員殺す、と自分で決めた結果だ。

「帰らない者のために死んでどうするんだ? ルメル? か」

 クレイアムはルメルの首を掴んでいた。

「……何のためにここまで来たか思い出しただけだ。死んだのなら僕自体に意味がない。殺すのなら殺せばいい」

「じゃあ、ルメル、まず、剣士として死ね」

 右腕が付け根からもぎ取られる。

「もう一本」

 左腕も、だった。

「戦って見ろ、ほら」

 短剣を咥えてまで戦おうとするルメルをアリエラが止めた。


「それはルメル向きじゃねえな。いつか、これ教えてやるよ」

 ドン、と壁が鳴った。クレイアムの頭がアリエラの靴底と壁に挟まれていた。

「『巨人の足』、だ」

 ぐちゃっ、とクレイアムの頭が潰れる。岩壁にめりこんだ脚が巨大な凹みを作り出していた。

「頭潰されたんだ。頭潰さねえとな。脚だけで戦う時は覚えとけ。これ。じゃ、帰るぞ。ルメル。人狼の手だぜ? 下手すりゃ治らねえ。それと、悪いけどな、デディア以外はやっぱり死んで貰うわ。仲間は別だぜ。恨むんなら両腕千切ったクレイアムを恨め」


 宮殿でルメルに緊急の『施術』が行われた。

 見かけ上は完治したように見える。が、腕の中身は錬金の機械だ。

 人狼の力の弊害はまだ残っている。

 常に腕が元通りというわけではない。内臓への損傷も後から――毒性と呪術だと言うが――現れては都度『施術』し、既にかなりの部分が機械に変わっている。


 ルフィアがルメルの病室に現れたのは数日後のことだった。


 ルフィアは生きていた。その解説はするまでもないだろう。簡単過ぎる。

 魔法は一度、『召喚』を使っただけだ。

 死んだふり――記録上も――を続け、誰が第一位を狙うのかを調べた。


 まだルフィアにも、ルメルとの日々が全て思い出せるわけではない。

 落下後の気絶直後に水に落ちていたこと、暗闇での恐怖など原因は様々だった。

 ルフィアの『施術』も続いている。


 ルフィアもルメルも――ある程度、死んだのだ。完全な死ではないにせよ。


<あとがき>


 エレジア


 協力頂いたルメルに感謝する。


 最初の冒険から、事件を経て三年になる。


 ルメルに対するクレイアムの最後の攻撃はいまだその範囲を広げ、ルフィアの対抗呪術をもってしても完治には至っていない。魔法回路、錬金の技術により命は保たれているが、完調とは言えない。

 言い方を変えれば、不調が残るにせよ寿命は――人のものを超える可能性がある。


 後日譚としては、以下の様なものがある。


 ・ルフィア、ルメル、セフィに時折アリエラを混ぜた冒険はその後ほぼ三年間、続けられた。ルメルはレベルを順調に上げ、現在は警備隊長である。

 ・ルフィア、ルメル、セフィは、全員の同意の上で「生命の呪印」を刻んだ。これは不意の危険の際に互いの意思疎通を可能にし、気絶を暫くの間は防ぐものである。


 このルフィアの行方不明を含む一連の出来事の後、フェスタの時期となった。

 本稿はこれで終了するが、フェスタ以降の記述も行いたいと希望している。


 最期にルメルに再度感謝し、本稿の記述を終えたい。もし僅かでも楽しんで頂けたのであれば、それ以上の幸せはない。

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ルメル冒険記・戦いと強さ・自分の手札だけで勝つには 歌川裕樹 @HirokiUtagawa

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