第15話 セフィとの狩り

 レベル2に成ってからセフィは家を出ている。無料の宿泊所、公衆浴場を渡り歩く以外は森の洞窟に――オーク近辺までは森で夜を過ごしても魔力汚染に打ち勝てる――住んでいた。魔導書は図書館で読む。


 セフィ・イート・オル・エゼカ。

 代々の魔法使いの家系である。

 他のあらゆるものを犠牲にし、従順であることを強いられ、さらに意に染まぬ者との婚姻も決定されていた。

 相手は宮廷の魔法使いとは言え、人格破綻者とも言われるハンダフォア・レーグ・エゼカであった。(エリジア注:既に宮廷には居ない。消息は不明である)名からも分かる通り、家系は繋がっており、叔父である。

 魔法使いの家系に限らず決して有り得ないことではないが、セフィには耐え難かった。

 五千年前からの伝承では(あくまで伝承である)娘あるいは息子以外を皆殺しにした上での一等親での婚姻を伝えるものも何件かある。


 婚姻は避けられたとしても特に貴族の家系においては厳格な規律があり、暁に於いてさえ――ルフィアの魔力とレベルがこれまでの方式を瓦解に導いてはいるが――想像を絶する過酷な修行・修養・教育をよしとする名家は存在する。

 また政治的意図もある。

 エゼカ家ではそれを免れているが、早くから有力者に浸透するために女子は早くから房中術を仕込まれ、七歳程度で嫁入りをすることも有る。この場合男子は魔法使いと成る為にやはり過酷な日々を送ることになる。

 伝聞であるが房中術の一環として羽毛での刺激、淫魔の使用等数百の方式があるとも聞く。詳しくは宮殿の図書館に資料があるので参照されたい。

 また、魔力の不足している者は魔晶で補うのが一般的であるが、これも家ごとに秘法が存在する。これについては資料はない。


 以下は資料のない伝聞である。(私見は差し挟まない)

 男女を問わず、暗い、牢に繋がれ、召喚した魔物の責め苦を受け続ける。高等な魔物から下級の魔物までが――魔物の食物は激しい感情であり感覚である――責めては感情を、感覚を喰らう。

 呻き声も誰にも聞かれることはない。

 肉を噛みちぎられようと高等な魔物が『治療』をかけ――終わりのない苦しみは続く。

 陰惨であり無残であるほどに呪術的効果はある。

 滴る血も多ければそれだけ効果があるのだ。

 代々の血を吸って来た部屋であればやはり効果は強い。何人かがそこで狂死していればなおよい。

 蟲も放たれ、恍惚と狂乱、苦痛が絶え間なく続く。

 食物は与えられる。殺すのが目的ではない。秘法を尽くし味など考えられてもいないが。ある者は贅を尽くしある者は粗食を主とする。

 魔法学校がある?

 あくまで一般的な魔法を与えるだけで実践的ではない。

 系統樹で名の知れた魔法が必要なのでもない。

 家に唯一つ伝わる魔法こそが引き継がれるべきなのだ。

 継承できなかった者はやがて食事と水を絶たれ、死ぬ。

 代わりとなる者は幾らでも居るのだ。産ませればよい。

 暁にさえこの秘法は根強く存在する。

【深き森】の都市にはさらに発達した秘法が存在するという。

 ――ある程度は、セフィもこうした残酷さに晒されたものと思われる。

 そしていわば拷問の末にレベル1を、2を獲得する。

 その先は森でしか得られない。


 ともあれ、再び深紅の魔装に着替えたセフィとルメルはルフィアを森の広場で探し、どうせ帰るだろうと二人だけでルメル邸に戻った。

「あのルフィア様の話が聞けるだけで凄いわ」

 セフィの目に生気が戻っていた。

「半分も分からないよ。セフィと話が合うと思う」

 たまには自分たちで食事を作ろうと――ルフィアが酒場に寄って来ればそれはそれでしょうがない――していた。

 ルメルは火龍亭に寄らなければ屋台で買うか、豆と干し肉のスープを作るかの二択であり、セフィはこの所酒場で誰かの自慢話を聞いては振る舞いを食べていたばかりで、家に居れば料理人が全て作るのだから作り方を聞いた事はあれ作れるわけではない。

 キッチンに山積みの高級食材――ルフィアへの途切れない贈り物である――の扱いなど想像も付かない。

 どうにか塩漬けの豚肉と野菜の煮物を作っている所に、ルフィアが焦った顔でリビングに戻った。

「帰りをどうするか決めていなかったわね。次からは広場にしましょう。……あら、セフィさん」

「わ、わたしの名前を?」

 びくん、とセフィは背を伸ばす。畏れ多くもルフィアが名を呼んだのだ。

「セフィ・イート・オル・エゼカ。有名ですもの。大変だったでしょう。魔晶なしでレベル1に成るのは。あの家は厳格に過ぎるとは思うけれど」

「おかしいのよ。エゼカの者は誰一人正気じゃないわ。いえ、それより、突然お邪魔して申し訳ありません」

 ルフィアとしては「誰かが来る」事までは予定の範囲だ。呪印でそう仕向けたのだから。

 資質も悪くない。ルフィアはセフィの系統樹を一通り読んだ。


「……お願いがあるのよ。これまでルメルはずっとお父さんと二人で戦っていた。最近は私と、と言ってもレベル8でしょう? ほとんど一人で戦ってたの。二人か三人で戦えるようにしないと、この先は厳しい。明日からでも同行して貰えるかしら」

「それは、はい。ルフィア様も一緒なんですよね」

「……後ろから見てるだけ。それでも良ければ。……魔導書なら二階にあるから好きに読んでいいわよ。魔液やポーションの予備は隣の研究室。気にしないで出入りして」

「魔装は……これでいいですか?」

 深紅の魔装には独自に研究したらしい魔晶が――ルフィアの流儀とは違うが――回路を作り出している。

「改良の余地はあるけれど、慣れた魔装で」

 それともう一つ、と頼まれたのはルメルと寝食、風呂を共にする事だった。

「屋台で串焼きは買って来てあるから、煮物と一緒に食べましょう」


 ルメルはその晩から三人で眠ることになった。成り行き上仕方のないことである。


「ハーレムっぽく成って来ましたねぇ」

 意味ありげにエリジアが笑みを浮かべる。

「合一だよ。別に何をするわけじゃない」

「比較的手っ取り早くやったんでしょう?」

「……まあ」


 昨日までは酒場の無銭の部屋でごろ寝をしていたセフィではある。公衆浴場で裸体を晒してもいた。酔漢の求めるままにテーブルに上がりもした。


 無銭の部屋は奇妙な所だった。飲んだくれて倒れている者もいれば甲斐甲斐しく部屋を掃除して回る者もいる。掃除をしているのは恐らく長期逗留者だ。

 そんな所でも言って見れば見せびらかすように身体を任せる――あるいは売る――者もいる。「必要とされたい」。分からなくもない。そうでもしなければ温もりが足りない。

 酔漢を次々に受け入れれば金貨の一枚にでもなるだろう。

 押し殺した嬌声を聞きながら寝た。

 無料の公衆浴場でも同じようなことをしている者はいる。

 薄暗がりがあるだけ、相手が酔っていないだけ幾らかはましだ。

 社交の一環だ。

 奇妙な合意。清浄な湯の流れがその程度は当たり前なのだと訴えかけて来る。


 あるいは酒場のテーブルの上。

 そこで身体を開く者だっているのだ。大抵は過剰だと体格のいい用心棒に追い出されるが。触る程度ならば咎める者もいない。

 セフィも太腿の付け根あたりまで見せれば夕飯に困ることはない。

 都市の淫猥な部分だけを取り出して一日中浸かっていたようなものだ。


 あげく好奇と欲望の対象としてのみパーティーを組む連中とだけ森を回っていた。

 正直に言えばそれを望んでもいたのだ。

 あの家。都市の暗がりなど比較に成らない狂ったエゼカの家。

 暗い檻の中で魔法の発現ばかりを望む日々は孤独という言葉では足りない。

 辿り着いたレベル1は誇らしく――何より檻から出られたのだ――四大の支配を手に入れたのも歓迎され、将来を一手に背負わされた重圧もそう悪いものでもなかった。

 妹が、兄が、どうなったのか。

 禁句である。

 恐らくは狂死でもしたのだ。

 一通り祭り上げられたあとは家長である父の玩具になるのが生まれた時からの約束であるらしかったが、檻の中で魔物に身を任せた甲斐はあった。彼らが伝えた秘法。ヴァギナ・デンタータ。

 一度行使しただけで二度と私に触れようとはしなかった。

 見て来た、触れて来たものは魔法学校の平均的な学生とは比較に成らないだろう。


 が、それら穢れが三人で並ぶベッドの上のセフィの睡眠を奪っていた。

 一見してお嬢様であろうとすることはできる。

 暫くは露見しない。

 ほぼこれまでの一生が穢れたものである、とは気付かれない。

 ただ、触れられれば燃え上がるだろう自分が怖かったし、あのルフィアの前で恥ずかしい真似はできないし――と、どうしていいものかそればかり考えていた。

 それに、こんなことで――傍に寝ているだけでいいのか。


 合一はまだ足りていない。

 本気を出して『業火』なりを使えばルメルを焼いてしまう。

 まだ『強制合一』を覚える前のセフィである。

「明日から一緒に回って欲しい」と言うのならそれはもう「合一」の為にルメルに滅茶苦茶にして貰って構わない。さもなければ間に合わない。何でもう寝ているのか。

 考え付く限りの手段は尽くして――セフィは仕上げにルメルと密着して眠っていた。

 ルメルと二人、時間結界の中であった。おおよそ三日をそこで過ごしたという。


 翌朝、森の広場に着いた時は既に合一は済んでいた。

 セフィは――ルメルを介して――ルフィアとも合一している。

 前衛がルメル。後衛がセフィ。

「もう少し欲しいわね」

 と、ルフィアは思案していたが、まずは二人でどう動くかを試そうとしていた。


 手始めにオークを狩る。次は定番のオーガの予定だった。

「人と魔物の区別が付かないのは一時的なもの。私は生まれた時がレベル5。何も不自由は感じなかったわ」

 集団を渋るルメルにそう言い聞かせて、ルフィアは遠くから見守るだけだった。

「私には普通に見えていると思うけど。でもこれだけ混んでると、援護をどうしよう」

 みっしりと人が並んで――オークに斬り込んでいる者もいる――範囲系の魔法は使えない。ファイアボール程度だろうか。

「昨日よりは苛々してないな。慣れか……」

 外形の違いはルメルにも識別できる。ルメルに自然に備わっている気配の察知――もはや目や耳より頼りにしていた――が違和感を訴えるのだ。

 微細でも違うものは違う。そう思えるまでやる。

 開き直ったとも言える。

「じゃあねぇ、たぶん死角に成ってるかなって方向をファイアボールで撃つから。運が良くないと一撃では死なない。ちょっとした時間稼ぎだと思ってね」

「……いい方法が見つかるまでここでやってみよう。たぶん、今の僕の問題が全部ここにある」

「『気配』使って見たら? 自分の気配じゃなくて」

「……やって見る。『気配』」

 レベル、動き、敵か味方か。色分けでもしたかのように明瞭に感覚が変わる。

 利便性を追求し発達した魔法と、未分化な――恐らくは『妖精系』の魔法で強化された生得的な気配との違いは歴然としていた。

 人によっても見え方は違うのだが――ルメルには敵は赤みを帯びて見え、人は青みを帯びて見えた。視覚に頼れば間違いようがない。

 自分の感覚を上書きされる気持ち悪さはあったが――乗り越えなければ生きていけない。

 赤い群れ、オークの群れに飛び込んでいったルメルをセフィは境界線のすぐ外で見守る。


 セフィはほぼ魔法使いだけに特化している――換言すると魔法剣姫ではない。

 境界線を踏み越える為には、定期的に周囲を吹き飛ばす程度のことはしなければならない。

 同じような位置で誰かを応援している者の数も多い。

 いじらしくは思うが、何か考えなければ、とも感じる。

 一様に祈るように援護している。悪い言い方をさせて貰えば気持ち悪い。

 セフィは溜息を吐く。まだ課題は多い。


 見た目がどうであろうとルメルへの援護を止めるわけにはいかない。

 周囲と何度か頭をぶつけては謝る内に、さらにはオークの巨体でほぼ見失いかける内に、セフィは『飛行』することにしていた。

 ルフィアが遠距離からどうやって見張っているのかは見当もつかない。


 一度オークの群れの中心部に入ってしまえばルメルの動きには迷いはない。

 足音が聞こえれば斬ればいい。

 殺気を感じれば。何にせよ研ぎ澄ました感覚に飛び込んで来るものがあれば片端から斬ればいい。

 ここまで押し込んで来る者もそうはいない。


 恐らくレベル上昇と共に違和感を感じたのには理由が二つある。

 妖精から見れば人も魔物も似たようなものであること。ルメルの感覚は妖精のものに近い可能性があった。妖精系という系統樹はあまり知られていない。

 そして、ルメルの鋭敏過ぎる感覚がレベル2上昇と共に必要以上に伸びたこと。


 ――セフィはどうしたものか空中で悩んでいた。

 ルメルに死角らしいものがない。

 後ろに目があると言われた、と昨日食事時に言っていたがその通りだった。

 果たして援護など必要なのか。

 と、高みから見ていた。

 構わずルメルの上空まで飛んだ。

 弓矢だの投げた槍だのは魔装が弾く。大体、飛び交う弓矢は人の撃ったものだ。オークに槍はあっても弓はない。

 暫く観察するつもりが見蕩れていた。

 刺突だけでは背後から押し寄せる巨躯を止められない。

 と、思うが振り返り胴ごと切り払う。レベル2で剣士系のエンチャントを駆使すれば何でもないことなのか、とは思うが目の当たりにしていても信じられない。

「どこを狙えばいいのか分かり難くてごめん」

「あ……いえ」

 上空のセフィに声をかける余裕まであるのか。

 困った。かっこいい。すごい。どうしよう。

 応援しかしていない気がする。


「……エリジア。どうやって書いてるんだここ」

「セフィさんには書簡で回答頂いております」

「こんな事書かないだろ」

「直接インタビューもしています。あらやだかっこいい、と思ったそうです」

 好き勝手に書いていい、そう許可も貰っている。

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