第16話 セフィとの狩りⅡ

 あらやだかっこいい。どうしよう。

 と、上空でセフィが身悶えしている間にもルメルはきちんと強弱をつけて――セフィが狙いやすいように――オークを屠っていく。

 瞬時に刺突を繰り返し、振り返り、自らの魔装の氷だろうと砕きオークを横一線の振りで割断する。集まって来ていれば割断を繰り返し、ずるりと滑り落ちる巨躯の上半身と噴き出す血飛沫が後に続く。

 剣は自らに纏わりつく肉と脂と血を吸い続ける。魔剣として――刃こぼれすることもなければ増して折れることもない。


 ゴアアアアと、ルアアと、オークが吼えていても、ルメルと会話はできる。

 肉の貫かれるドシュ、ズブッという音と、振り返り斬り捨てる肉の千切れる音。

 セフィはいつの間にか魅入られていた。

 援護、しなくちゃ。

 そうは思うのだがルメルから目が離せない。


 魔法は予期した通りに必要なだけ力を発揮する。

 とは言え見ている所に攻撃する事にはなる。お互い合一しているとはいえ、つい凝視してしまうルメルに直撃コースで撃つのは避けたい。失礼極まりないし、邪魔なだけだろう。

 見蕩れている目を、剥がす。


 燃え上がりそうな気持を鎮めて、ルメルに隙がない以上、周りを削るとセフィは決めた。

 可能な限り冷静に周囲に目を移すと、久々に基本中の基本ファイアボールを撃つ。

 指先で見る間に膨れ上がった灼熱の火球。


 ――待って待って待って。大きすぎる。

 身長を超えた火球が自分の三倍を超えていく。

 自分にこんな力が有ったのかと冷汗をかくほどに巨大に成っていた。

 もはや放つしかないのだが――躊躇している間にさらにサイズを増して行く――「赤の魔法使い」といずれ呼ばれることに成る、その片鱗が現れていた。


 やむを得ず撃った。とにかく指先から離した。

 いまルメルを気にしてはならない。そこに飛ぶ。ルメルの右前を見詰める。

 どん、と衝撃波が周囲に走る。それだけで粉々に成った血肉が飛び散る。

「……やっちゃった……」

 予定していたものとまるで規模が違う。

 オークの巨体には効力が殆どないはずだが、ぽっかりと巨大な穴が出現していた。

 十数体を吹き飛ばし、半死半生のものを含めればルメルの右前は折り重なるオークだけに成っていた。


 ルメルは吹き飛ばされたオークを空中で割断しながら、惨状を見ていた。

「本当にレベル2?」

「あの、たまにね、制御が効かなくなる時が」

 原因は分かっている。やだかっこいいとルメルの美技に昂ったせいだ。


 もういい。どうなってもいい。頭のどこかでそう思う。

 勢いがついて止まらない。

 二発、三発。ルメルの周囲はのたうち回り燃え上がるオークだけに成っていた。

 小規模の『煉獄』と大した変わりはない。


 爆風に巻き込まれた誰かがいても不思議ではないが、ルメルが奥へ奥へと進んだ結果、怪我人数人で済んだという。

 火の王、妖精、その他諸力が集結した結果であろうと思われる。

 より感情が高ぶった状態を、魔力そのものも好む。

 魔力それ自体、そして森自体もまた強い感情、感覚を好むのである。

 勝手な推測であるが、火球で消費していなければ魔力漏出寸前の状態であったと思われる。漏出の途中であればさらに激しいことになっていただろう。

 漏出こそしていないがセフィの内部からもまた大量の魔力が発していたのである。

「ど、どうしよう……ルメル君。そこらじゅう吹き飛ばしそう」

「……いいよ、どうなってるのかは分からないけどしたいようにして」


 既に死にたくない者は逃げている。

 そこまではルメルも『気配』で確認していた。


 脂肪が燃焼して気持ち悪くなっているオークを片付けながら――これまでは骨で止まっていた剣が『割断』なしでも胴切りを可能にしていた――今度はルメルが考えていた。

 支援というには強力過ぎる。

 どう、セフィと共に戦えばいい?

『適当な所で脱出して。力は見えたから。敵の質を上げましょう』

 ルフィアからの思念が届いた。

『レベル2じゃないわね。やってることが』

『もう、少しだけ……発射していいですか?』

 それ自体が熱を持っているようなセフィの思念。

『……責任は取るわ。どうぞ』


 丸焼けになったオークの湧き場を後にする。【赤き魔法使い】の二つ名はこの日が発端ではないかと思われる。

「横取りじゃないの!」

「台無しだな」

 と言った批判はあったようである。

 ゴブリンの湧き場でやれば、二度と酒場には出入りできないだろうが、レベル2以上3以下推奨の場ではそれほど荒れなかったという。


 次の湧き場に着いていた。

 オーガ。初心者には越えられない壁の一つである。

 体躯の巨大さでオークを凌ぎ、速度でも巨躯からは信じられない動きを見せる。

 その牙と爪は剣をも凌ぐ。

 集団戦でゴブリン並みの行動を取られれば成す術はないだろうが、数体での戦術においてはひけを取らない。

 さらに、これといった弱点がないのだ。

 ゴブリンは単体が弱く、オークは下半身のバランスが悪い。

 オーガにも巨躯を支える魔力こそ必要だろうが、オークほど極端ではない。

 さすがに狩り場に人は少ない。

 片手で魔装の分厚い氷を破り、もう片方の手で襲う知恵もある。

 人喰鬼と言われるだけはあり、噛み千切る攻撃に長ける。


 湧き場の境界線を越える。ルメルに向けて振り返った一体が、伸ばした手でガシャン、と氷を砕く。

 構える前だった。予想以上に早い。

『向こうも魔法を使う? 何かいるわね。セフィさん、排除できる?』


 オーガの魔法使い?

 聞いた事はないがセフィは宙へと飛んだ。

 魔力を使うものを『気配』で探る。

 ごく稀にだが集団を魔法で操るものが現れる。

 魔物にエンチャントをかけ逃げする者もいるのだ。


 何かの気配がする。

『気配』は生物であれば見つけ出すはずだった。魔物も魔法生物だ。反応する。

 あまりにも強力で太刀打ちできそうもない「何か」は見つけた。そしてすぐに消えた。

 魔法使い?

 どうやって消えたの? 『転送』?


 何が起きているかは推測でしかない。全体に動きが速い。

 二割程度。速度を上げるエンチャントがある。それほど多用はされないが、オーガの群れ全体に行使されれば話は別だった。

『加速』だ。

 支援系。特化すれば最大で五割速度が上がる。

 さっきの氷の砕き方だと、『貫通』も行使されている可能性がある。


 ――ルフィアの声が鋭く響く。焦りの混じった思念だった。

『セフィ、『治療』に戻って!』

『え?』

 振り返り、出来る限りの速度でルメルの元へ飛ぶ。

 湧き場の線の外まで血の跡が続き――左手を失ったルメルが座っていた。


「……油断した。幾つかエンチャントが重ねられたようだな。喰われたよ」

 噴き出す血は止まらない。痛みも衝撃もあるのだろう、ルメルの声が震えていた。

 やや顔が青ざめて見えるのも出血の影響だろう。


「『治療』。ちょっと、休んで。ね。ゆっくり呼吸して」

 出血だけは『治療』で止まった。

 セフィは大急ぎでハイポーションを背嚢から取り出す。持って来ているのは五本。

 治療だけでは腕は治せない。まだ惨い傷口にハイポーションを垂らしては塗り広げる。

 傷口に光が集中する。再生が始まった証拠だ。

 幸い――といっていいのか――オーガの牙、爪には毒性も腐食性もない。

 腕を踏み潰されていれば『施術』の対象だった。今日はこれ以上進めないことになる。


 やがて光は元の腕の形を取る。確かめるようにルメルが指先を動かしている間に、光は薄れていった。

『腕の魔装の修理をお願いします』

 ルフィアの作った魔装だ。セフィには直せない。祈るように念を送った。


『分かったわ。……対応できないと思ったらすぐに言って。ルメルにこれ以上の傷を負わせたら、そこを地獄に変えるわ。二度と何も湧かない程の灼熱地獄に変える。次が最後だと思って』

 静かだが確実な怒り。自分の落ち度だったら即死しそうな念が伝わってくる。

「まだ動かないで。修理が終わってないから」

「……そうだな。作戦を立てないと駄目だ」

 肘から先の魔装がない。腕が剥き出しだった。

 腕を喰われる痛みを考えるとセフィの背筋が震えた。


 ルメルは『神速』の欠点は突っ込んでしまうことだけだと思っていたが――人の反射として、攻撃を今から受けるというのに、真後ろを向いて目標を定めるというのは不可能に近い。


『神速』は突っ込んでしまう上に、逃げるのには向いていない。

 回避動作には使いにくい。

 その上で、どう使うかを考えていた。

 余裕さえあればいいのだろうか。動作の緩慢なオークにはそれでいいとしても、オーガから目を離して隙を作れば頭から喰われる。

「無理はしないほうが、よくない? エンチャントのかかった敵なんて……」

「今考えてる。何も思いつかなければやめておく。一体誰がやったんだろうな」

「……ごめんなさい。見失っちゃって」

 かなり高位だという事しかわからない。


「少しずつ試してみるしかない。……行くか」

 ルメルの左手は魔装に覆われていた。修理は終わっている。

「セフィ、かなり速い相手だけど、二人で片づける方法はないかな」

「……待ってね。二人で、でしょ」


 ただ焼き尽くせというのならば『業火』を全体に行使する。

 混乱させるだけであれば『フレイムバインド』を使う。

 まだ昂りは残っているけれども本来は『ファイアボール』でどうなる相手でもない。

 火球を速い相手に追従させるのも簡単ではない。


「……思いついたらでいい。安全策で行くよ。ルフィアに呼び戻されるからね。また齧られたら」

「ちょ、ちょっと待って」

 盾にでも成りたい。そうセフィは思ったという。

 ルフィアの言う事も分かる。もう少し人数を増やしたい。

 二人、しかも一人が魔法専門だとルメルを守り切れない。


 互いにエンチャントされた爪と剣が衝突し、『貫通』を打ち消し合う。

 膂力では負けてはいない。押し返しさえする。

 ルメルは踏み込み過ぎないよう、距離を取っていた。

 囲まれかけると下がる。

 他に打開策は思いつかなかった。

「……応援しかできない。必ずどうにかするから、それまで持たせて。ルメル君」

 両腕同時の攻撃をルメルが弾き返す。

「ありがとう、セフィ」

「無理はしないでね」

 残りは十二。たった一体に苦戦していた。


「……さっきみたいにはいかないけど、残りはこっちで引き付けるから」

 セフィは飛んだ。威力は無視して上空からファイアボールを叩きつける。

 盾になれないのならばせめて囮になる。

 ルメルが二体以上同時に相手にするのは無理だ。爪が届きそうなぎりぎりまで高度を下げては敵を引き付ける。

 これで、二人で戦っていることになるのだろうか。


 エンチャント一つで――あるいは複数なのかもしれないが――これほどに苦戦する。

 この先は敵が当たり前に魔法を使って来る。

 これまでは使う側だったが、では『業火』を使われたらどうするのか。

 威力はセフィにはよく分かっている。

 一時撤退するか――水精を使うかだ。


「セフィ。敵を引き付けてくれてありがとう。一体なら倒せる」

 振り向くと、地に倒れたオーガの背からルメルが剣を引き抜いていた。

「基本に戻った。脚を狙って滑り込んだ。――次はフロスト・バインドを使って見る」

 あっさりルメルに自分を超えられそうな気がしたが、それはそれで何というか、素晴らしいので超えて欲しいとセフィは思ったという。

 ルメルがどう四大の魔法を使うのか楽しみだった。

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