第20話 ルフィアの救出Ⅰ

「銀の鎖」の集団は地下へ降りようとしていた。

 ルフィアを失うわけにはいかない。

 暁の街が単に混乱するだけではない。内戦さえ有り得る。数名は宮殿に――まだ確証はない以上、直ちに救援は呼べないが――走った。


「銀の鎖」の団員は地下へと降りて行った。いずれも幾度も危機を切り抜け、生き延びた剛の者ばかりである。皆ランプを腕から下げ、縄梯子を降りていく。

 背嚢には数日は動けるだけの物資を入れていた。


 中でもリーダー格の四名が地下へと入る。

 青の短髪。イルミラ。金の瞳。

 白い髪と紫の瞳。ヴァルア。

 リーダーのエートス。

 腹心のヴァイユが続く。

 いずれも魔法剣士である。


 洞穴に入るのも不慣れではない。森の洞穴はほぼ把握している。夕暮れ以降の避難所として必須である。最低限の食糧程度は配布して回っている。

 代表はフォート・グレン・ワイスト・ギョシェ。団への資金面での補助を惜しまない。

 今日は行動を共にしていないが、統率力もあり信頼は厚い。

 エートスがその代行として動いていた。


 洞穴――鍾乳洞内部――に人の手が入っていることは、壁に吊り下げられた死体にさえ見える身体でわかる。

 救助すべき、そう記録し、数名が地図の作成に入る。

「決して我々の中から遭難者を出さないように。方向感覚も時間間隔も狂う。少しでも不安であればこの地点に戻ること。3名程度の組を作って動け」


 エートスは落ち着いた、しかし緊張感のある声で指示を出す。

 捜索で二次被害など、「銀の鎖」の恥だ。

「敵と遭遇するものと想定しろ。何者かがこの場所を利用している。侵入したというだけで攻撃されかねない。……しかもあまり日常的な目的だとは思えない」


 壁に磔になっている身体を指差した。

「こちらも躊躇なく応戦しろ。ここへ落下したのはルフィア様、ルメル、セフィの三名であると考えられる。つい先ほど会話したばかりだ。顔の分からない者は今の内にイメージを送り合うか、模写した紙を配れ。間違っても攻撃は許されない」

「いい? エートス」

 イルミラがランプを振る。

「何だ」

「洞穴の規模感が分からないよ。三日くらいは構わないけどさ。ずっと探し続けるのなら交代しないと。どこを拠点にするの?」


「現在の地点だ。目印に誰かテントを張っておけ。空気の悪い場所もあるだろう。具合が悪く成ったらすぐに戻れ。ここに棲む蟲や動物が無害であるとは限らない。その点も注意しろ。準備ができ次第、捜索に入る。五人くらいはここに残れ」

 やがて団員が散って行く。

 エートス一行、イルミラ、ヴァルア、ヴァイユも水音を立てないよう慎重に探索を始めた。

 四人とも互いに何も言わなくても、仕草で、指先のサインだけで行動できる。


 魔装のためにそれほど冷えはしないが、全体に冷気が満ちていた。流れる水も冷たい。

 青髪のイルミラが鋭敏な感覚で先頭を進む。攻撃に決して遅れは取らない自負のあるヴァイユ――暗殺任務もこなす――が続き、ヴァルア、エートスと続いた。


 魔法的であろうと機械的であろうと罠がある可能性もあった。発動させてしまっても被害を受けるよりは、とイルミラは伸縮式の鉄の棒で水面下を探りながら進む。

 レベル的に侵入が不可能な場所は除いて――ほぼ森全ての地図を作り上げている「銀の鎖」である。探索は専門とも言えた。この洞穴は初めてであるとは言え。


 ルメルも一人で探索を続けていた。ルフィアが、セフィがまるで『気配』に反応しないのが不安を募らせる。

 まさか、とは思う。死んでいれば『気配』はない。

 気絶程度であれば微かな反応はあるはずだ。


 レベル3に上昇してさらに鋭くなった感覚を総動員していた。時折、背よりも低い箇所もある。なるべく、人が使いそうな場所を選んだ。何者かがこの場所を我がものとしているのであれば、物資を運ぶのにも不便な場所は選ばないだろう。


 狙いは何か。

 ルメル程度のどこにでもいる冒険者など狙いはしないだろう。

 ルフィアだ。そう確信していた。

 狙う理由があるのならば、ルフィアの地位を狙って、だろう。


 良くてこの鍾乳洞にルフィアは幽閉されるか、さもなければ殺されるだろう。

 そう考えると気が急いた。手遅れだったら。そう考えそうになる自分を叱咤する。たとえどんな結果になろうと捜索を諦めるという手はない。

 もし――仮に最悪の想定、ルフィアが殺されていたら。

 躊躇いはない。全滅させてでも仇を討つ。


(決して許さない。一人残らず殺す。最初の襲撃でさえ耐え難い屈辱だ)

 地下に『地割れ』で落とされる直前の火球が効いていた。

 魔法そのものをエンチャントする。火球に『貫通』の力を与える。たったそれだけの事だが、魔法の抜け道の一つを使われたことが怒りを燃え上がるほどに掻き立てる。


 自分の不甲斐なさでもあるとは思う。だが今はこの怒りを叩きつける相手は決まっている。


 遥かに気配が届く。

 同じ場所から動かない。倒れているセフィかルフィアの可能性もあったが、この鍾乳洞を住処あるいは隠れ家としている何者かの――もはやルメルには「敵」であったのだから――敵、の歩哨である危惧もあった。


 慎重に曲がりくねった穴を抜けていく。足音を立てないように細心の注意を払い、曲がり角から覗く。歩哨だ。セフィでもルフィアでもない時点で行動は決まっていた。

 尋問してから殺すか、ただ殺すか、二択だ。


『神速』で踏み込んで剣の柄で顎を殴り飛ばす。気絶に留めた。

 剣を奪う。装備としては魔装も含めて悪くはない。

 喉に短剣を当てたままで叩き起こす。

「ルフィアはどこだ」

 お前たちは何者だ、そうも聞きたかったが、この質問に比べればどうでもいい。

 ルフィア、と聞いた時点で反応はあった。


「もう一度だけ聞く。どこにいる」

 喉に突き付けた短剣への力を強める。

「さあな」

 知っているから嘯く。

「……そうか」

 喉を斬って鎧を、衣服の中を探す。鍵束らしいもの。特に意味のなさそうな巾着。探し尽くすと、そっと水中に沈めた。ルフィアはどこかにいる。歩哨の立っていた位置から、鍾乳洞は建築物に似て来ていた。


 平坦な石に上がると、明らかに鍾乳石を、あるいは壁とするために岩を削った跡がある。

 本拠地であるかどうかはわからないが、手掛かりはあるだろう。

 鍵を試す内に、分厚い石の扉が、重い音を立てて壁に引き込まれる。


 雑兵に捕まったらしい。とセフィは安堵していた。松明がほんの僅かに明るいだけの、ほぼ暗闇で――兵の相手をしていた。片端から『誘惑』をかけたのはセフィだ。

 出来る限り淫猥な顔で、切なそうな顔で。欲しがって見せる。


 飽きさせてはならない。報告を上げようと考える余裕など与えてはならない。

 サキュバスにでもなった積りで臨む。

 必ず、ルメルは来てくれる。

「もっと欲しいのか。こいつは根っからの淫売だな」

「無茶苦茶にしてやれよ。そうして欲しいんだろ?」

「ルフィアってのはともかくこいつは、玩具にしといてもいいんだろ」

 ルフィアも捕まっているらしいことは会話から知れていた。

「もっと舌だせよオラ」

「……はいっ。んっ」


「嬉しそうじゃねえかよ」

「奥まで欲しいですって言えよ」

「ほ、欲しいです」

 お前たちのは魔物の半分もない。勝手に盛り上がってくれ。

 こんなものは苦痛でさえない。

 地下牢の一日に比べれば何も感じないが――歓喜の表情を絶やさずに物欲しそうにし続ける。


「こいつで狂わせようぜ」

(感覚の実。とっくに体験済みです。地下牢では毎食混ざっていました。むしろ演技が要らなくなる。勝手にどうぞ)

 うっとりとした顔で、セフィは粉状の感覚の実を突き出した舌に乗せる。

 鼻をつままなくても飲むというのに。やりたいようにやればいい。魅せられていて。


 建物に一歩踏み込んでから、『気配』は強くなっていた。ルメルは増え過ぎた気配を切り分ける。分厚い扉が邪魔をしていたか、と振り返り呪う。

 松明で照らしているだけの洞窟らしい、岩肌も剥き出しの狭い道が続く。

 食糧もここから運び込んでいるのだろうか。


 他に搬入口があるのか。大型のものはとても入りそうにない。

 数人が横に並べば幅は一杯だ。

 敵との遭遇など何も恐ろしくない。ほんの僅かの時間の浪費が何よりも怖い。


 気絶していればルフィアも魔力を扱えない。ただの人だ。レベルなしと同じだ。

 かつてルメルの右拳を砕いた鋼の身体も魔力の集中の結果だ。

 肉の柔らかさになってしまう。

 魔装も気を失っていれば機能しない。

 心配で潰れそうな自分を再び鼓舞した。絶対に助けるのだ。


 その時、右側からガラガラと石の扉が開く音が聞こえた。

 咄嗟に通路を下がりながら『神速』『貫通』『連撃』を詠唱する。

 岩陰に身体を半分ほど隠した。


「リファード様。わたくしたちにお任せを」

「エリィも頑張るよ?」

 魔装の少女たち八人――魔法剣姫らしい――に囲まれて出て来た誰か、はリファードというらしい。

 隙間から見える。見たこともない服装だった。

 後に知る事になるが迷彩服とボディーアーマーである。


「ここは俺が倒して見せないとね。最強だって証明にならないしさ」

 どうも少女たちとリファードの会話を短時間聞いただけだが、数人で誰が一番強いかを争っているらしい。ゲームをしているのだ。

「そこかな?」

 リファードが何かをルメルに向ける。攻撃をしたようには見えなかった。

 目の前の床――岩である――で何かが音を立てた。

 破裂音が響く。

 何だ。これは。

 ルメルには見当さえつかない。

 混乱する頭で時間を稼ぐ方法を考える。


 何をしているのか、何が起きているのか判断する時間が必要だった。

 レベル3になって増えた魔法がある。魔物の支配・召喚だ。それだけではないが。

 瞬時に考えたのはオーガだった。天井ぎりぎりの巨躯だが、リファードたちの出て来た扉の近辺は天井が高く、さらに鍾乳洞に向けて開けていた。


 半ば混乱しながらオーガ三体を召喚していた。

 その間に何度か足に痛みは感じた。立っていられない。魔装の反応が追い付かなかった。

 それにも驚いていた。


 一斉に少女たち――魔法剣姫――がオーガに立ち向かう。

 気が逸れた間にルメルは『治療』を詠唱する。

「何だ? 召喚っていう奴か?」

 リファードが呆気にとられた顔でオーガを見ている。別世界線の誰かか? ルフィアから話だけは聞いた事がある。場合によっては途方もない力を与えられてやってくることもある、と。


 身を起こす時間はあった。

 続いてリファードが手に持ったものを向けて何かをすると、オーガの身体の一部が傷ついたようだった。

 速射弓にも似ているが破壊力が違う。

 時間はない。

 得体の知れない敵の相手をしている場合ではない。

 一気に神速で踏み込むと首を斬った。

 ごろり、とリファードの首が落ち、血が噴き出す。


「リファード様に何をっ!」

 魔法剣姫の一人が振り返って叫ぶ。

 目の前にオーガがいるのにも関わらずどうやら敵討ちが優先するらしい。

 オーガの召喚を取り消すと、六人に減っていた魔法剣姫を剣の柄で殴って回った。

 何かを聞き出せる可能性は、得体の知れない誰かよりは、あるだろう。

 一人を叩き起こして――尋問の手順はルメルにとっては同じだ――ルフィアの所在を聞いた。

「どこにいる」

「言うもんですかっ」

「……知ってるんだな」


『ルメル? この気配はルメル?』

 その時、どこかからセフィの酔ったような念が伝わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る