第21話 ルフィア救出Ⅱ

『ルメル? この気配は……ルメル?』

 その時、どこかからセフィの酔ったような、蕩けていくような念が伝わった。

 待っていた。生きている。セフィが。

 安堵に身体が崩れ落ちそうになる。

 今まで、生き残ったのは一人だとさえ思っていた。


 力が抜けた。黒い剣で身体を支える。

 まだだ。ここで折れるようならば剣士ではない。ここで折れるようならば冒険者ではない。二つの守らねばならない命の一つが守られただけだ。守護者たるべく動く。セフィを愛している。だが、ルフィアを守るためであれば命を投げ出せる。


 本当の剣士はここからだ。自分が自分となったのもルフィアが惨め極まりない――今でこそ三階建てだが決して父の努力を無にする意味ではなく――ルメルの家に同居してからだ。ルフィアがいたから、ここまで来れたのだ。


 八人から六人に減った――減らしたのはルメルが呼んだオーガの攻撃のせいだが――魔法剣姫の一人を尋問している途中に、その念は届いた。


『私は生きてるから。そこから奥に入って。近いはず。待ってる』

『……僕も高等魔法を覚えたばかりだ。セフィ。必ず行く』

『思考で話せるのね』

『そうだ。いま、捕虜の尋問中だ。ルフィアがどこにいるのか聞く』

『私も居場所や構造については、大体は聞いたの。……待ってね。こっちも少し忙しいから』

『調子悪そうだな。近くなら先に助けに行く。尋問は後でもできる』


「離せって言ってるでしょう! 一生後悔させてやるから! リファード様を殺すなんて、誰にも許されないのよ。命に代えて絶望させてやる。この目が金色の内は」

 そう泣き叫ぶ魔法剣姫を再び気絶させる。リタという名だ。

 一途な想いは理解できる。

 手遅れだが、後で思慮不足については謝るつもりはある。

 攻撃力の高い武器に驚いた、というのが正直なところだった。

 臆病だったのだとも言える。

 見えない速度で攻撃してくる武器に対応するのに、即座に殺す以外のどんな手段があるというのか。


 そしてそんな武器を持ったものに、説得を試みるほど無駄なこともないだろう。

 この時のルメルは、戦士そのもの――敵対するものはその予兆がある段階で排除する――だった。

 戦いとはそうではないのか。

 何よりも怒りが、焦りがルメルを戦いに駆り立てていた。戦いが麻痺させるものがある。

 だが、リタの言葉はずっと残るのだろう。


 他世界線から「特別待遇」で来るものは例外もあるが魅力的らしい。必ず何人か女性が纏わりついているとも以前聞いた。その一人なのだろう。

「特別待遇」についてのみ言えば、ほぼ例外なく美形になり信じられない力を発揮する。

 何にでも例外はある。多かったらしいというだけだ。

 リファードの、あれこれ見知らぬものを着込んでいる身体も戦士らしく逞しい。首とは離れてしまったが。


「特別待遇」。それはそれで自由だ。いいことだとさえ思う。

 余計なことさえしなければ素晴らしい。

 今の顔に不満があるわけではないが「転生」だかをすると何でも望みが叶うならば、誰もが叶えればいい。幾らでも。何度でも。十回でも二十回でも。

「転生」で叶う夢があるのならば。信じて死ねばいい。蘇りが約束されているのだろう。

 この世界で死んだものが蘇るというのならばルフィアの為に火に身を投じてもいい。


 だが、転生は――聞いた範囲では――元の世界に何の影響も及ぼさない。

 転生先で自分が幸せになるだけだという。無数のバリエーションはあるようだが。

 ルメルには今、ここで実現したいことがある。転生しても意味はない。

 死ぬかも知れないルフィアを前に、その先の自分の幸福は関係ない。

 ルメルにとっては、だ。

 誰にでも幸せになる自由はある。

 手段は何だっていいのだ。


 生まれ変わりという意味での転生を信じているものは暁にはいない。

 死んだら灰になる。死んだ証拠に青い魔晶が残る。そこからの『蘇生』こそ――はるか高みの禁呪だが――有り得るとしても、青い魔晶自体は、もうその者がこの世にいないことの証拠だ。


 リファード様、と呼ばれていた誰かの死体を見る。死体が残る以上、誰も残すよう魔法をかけていないのだからこの世界の律には従っていない。

 この世界の外から来ている。

 別世界線から来て何をしているのか?

 そう言えば――

「僕が一番強い」と言っていたが試合でもしているのか?

 それに巻き込まれたのであれば。何度でも殺してやる。一片の迷いもない。

 使っている武器、考え方、生き方、何もかも違ったにせよリファードのような誰かも戦士なのだろう。ならば剣士として勝負する。魔法使いとして勝負する。


 可能ならば――まだ『転送』は使えない――あらゆる不思議が消え去るという白銀の塔の真下まで『転送』してやりたい。

 そこで素手で戦え。

 混ざれというのならそこで素手で戦ってやる。


 男の死体を探っていた。不思議な機械を見つける。別世界線のものだろう。

 後で分ることだが、トランシーバーである。誰かが話しているのが聞こえた。布に包んで音を抑えると背嚢に入れる。何かの役に立つかもしれない、と勘で感じた。

 他にも用途の分からないものを片端から背嚢に入れる。


 鍵らしいものを見つけた。完全に丸裸にするまで調べたわけではないが、ほぼ男からこれ以上何かが出て来るようには思えない。

『セフィ。今から行く』

『人が沢山いる気配があれば……そこが……私のいる場所だから』


 時間が分からない。セフィは眠ってはしまわないか。


 突然の水音に反応して剣を構えていた。

「ルメルか?」

 暗がりにランプの光だけでは誰かは分からない。光は四つ。

「銀の鎖の誰かか?」

「エートスだ。一人は生きていたな。他の者は? 何よりルフィア様は?」

「今からセフィを救出する。ルフィアはまだ居場所が分からない。……尋問出来ればそこの剣姫たちに聞いて欲しい。後で教えてくれ。急ぐんだ。そこの扉は開けたままにしておく。……そうだ。時間は分るか?」

 銀の鎖は独自の時計を持っていると聞いたことがある。


「もうすぐ夕方だ。ここの魔力には耐えられるか?」

「レベルは3だ。駄目でもしょうがない」

「魔力濃度もおおよそは測れる。……レベル3ならば大丈夫だ。それよりうちの団員に避難指示を出さないとな。まだ低レベルも多い。尋問はしておく。我々も目的は同じだ。ルフィア様救出だ。じゃあな。またこの中で会っても斬らないでくれよ。我々も尋問後、内部への侵攻を開始する」


 セフィの言う、気配の多い部屋の近くまでルメルは走った。ここからは足音を潜めて動く。互いの気配に気づいてはいるのだろう。セフィがひときわ大きく嬌声を上げる。

 廊下にはようやく聞こえるほどだが、何が起きているのかは思考を通じて伝わった感情、そして今の声で誰でもわかる。

 足元は地精を使って整えたらしい滑らかな岩に変わっていた。廊下から、遠くに見える階段まで手の込んだ作りだった。


「銀の鎖」は神殿にも足繁く通う。そして存在しないものを賜って帰ってくる。

 彼らに渡された消音装置を、ブーツの下に付けていた。

 小さなことだ。ドアに耳を近づける。恐らく、中にいる誰もが我を忘れている。忘我で夢中になっている。

 セフィの身体に、だ。

 半ば狂っているようにさえ思える声は、セフィが『誘惑』をかけたのだろう。

『気配』を頼りに、ドアからの移動、動線を頭に描く。


 即座に飛び込む。動く。片づける。鍵もかかっていない。

 ほんの僅か、開く。廊下には松明の光しかない。狭い部屋の中はさらに暗闇のようだった。

 セフィの白い裸体が見え、恐らくは兵たちだろう姿が見える。

 足音を立てずに踏み込み、声を上げる前に全員を斬った。


 ドアに戻り、背で閉める。

 縄で縛られたセフィが、陶酔した顔でルメルを見る。

『いま解放する』

『来て……くれたね。信じてたわ。ずっと』

 縄は剣で切った。

 身体は汚されていた。水精を呼び布で拭いた。

『……着装するわ。多少の汚れは落ちるから』

 深紅のドレスが現れる。

『眠らなくて大丈夫なのか? ここから出れば「銀の鎖」の誰かとは連絡が付く』

『足手纏いに感じるならそうして。これ以上私を守らなくて大丈夫だから』

 立ち上がりかけたセフィの足がもつれる。疲労もあるだろうと思えた。


 ドアの開く音がした。ルメルは反射的に剣を向ける。

「あ……だ、大丈夫ですか?」

 白い髪の、ヴァルアだ。部屋の匂いでおよそのことは察したようだった。これだけ精液の匂いがしていればわかる。

「静かに。私は大丈夫。でも……眠らないと……まだ魂の旅の途中なの」

 目を閉じそうなセフィがルメルの腕に縋る。肩を抱いて身体を支える。

「そんな状態で森に来ては……わかりました。誰かに本隊まで案内させます。この洞穴内に野営できるようにしてあります。そこでゆっくりなさってください」

「待ってね。ここの構造と、あいつらから聞いた話を送り込むから。ルメル。覚えておいて。ヴァルアさんも念のために、いい?」

「……どうぞ。それこそ我らが知りたかったことですから」

『ここは……本拠地というより隠れ家に近い。レベル3以上ならば滞在できる。規模は百人。大きな部屋は十。小部屋は聞き出せていない。団の名前は極限の光輝。このあたりの地図……私の勝手なイメージだけど、今から送るね』

 地図の様なイメージ。注意事項。強そうな敵。セフィが聞き出しただろうことが流れ込んで来る。


 ほぼ完成した城塞。

 正規兵ほどではないにせよ訓練された団員。

 どう入手したのかは不明な古代兵器。大型のものも含まれる。

 この世界にはないだろう新兵器。

 ルフィアが閉じ込められているだろう、奥の部屋。

 殺されてはいない。ルフィアの力が欲しいのか、まだ手は下していない。

 それだけでも充分だった。だが、いつ気が変わるか。

 魔法の効かない敵もいるという。

 夥しい量の情報が流れ込むが、どうにか記憶する。

 ヴァルアと記憶を補い合う必要はありそうだった。


 一度外に出て、セフィを「銀の鎖」の団員に渡す。

 野営の地点から侵入箇所までの経路は、互いに連絡の取れる範囲で、団員が配置されているようだった。


 セフィの話を総合する。「極限の光輝」は、これまでとは原理の違う「強さ」を探し求めているように思えた。代表はアエリエ・ディラ・フォム・ディラエ。資金面では不足はなさそうだ。聞いたことがある。大手の錬金の工房を幾つも抱える。収入面では「銀の鎖」の倍以上だ。


「あの……これから行動は共にしていただいて構いませんか?」

 そう【白髪のヴァルア】が言う。

「僕からお願いしたいくらいだ。頼むよ」

「連絡の取れる者に、今の情報を送っています。少し、ここにいましょう」

 悪臭のする小部屋で息を潜める。

「敵……やはり強いようですね……拠点は幾つか確保しましたが、その後は一進一退です。あ……エートス代表代理から、あらゆる手段を尽くせと。禁呪も恥じることなく、自分の力を惜しむことなく戦えと」

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