第23話 ルフィア救出Ⅳ
強さとは――意思を通す力だ。ルフィアを守り抜くという意志そのものを貫き通す力だ。
誰かの「安らかな眠り」がルメルを眠らせようとする。
もし眠ってしまうのならばそんな自分はいらない。
魔力の集中の仕方と魔法抵抗の上げ方は似ている。異常なほどに集中させることだ。
ぎりぎりまで踏みとどまる。戦う。セフィか誰かが「解呪」してくれる。
一人ではできない。一人でなければできない事もあるが、今は違う。
誰かが「混乱」を使う。
誰かが「誘惑」を使う。
自分では『解呪』しなければ、と理解できない。混乱ならば混乱したままだ。
だから強さは誰かの助けでもある。
大部屋を走り抜ける時も、通路で誰かに発見された時も、咄嗟に隠れるか誰かに解呪されるか――でここまで通り抜けて来ている。
三つ目の扉まで辿り着いていた。
ヴァルアが地図に『気配』を書き足している。
「四つ目の先に、中規模の部屋があります。その先には続いていません。……ルフィア様はそこかと」
「転送で乗り込む――『封鎖』されてるのね。余計に怪しいわ。その勘でいいと思う。どう。ルメル」
セフィも封鎖には違和感を感じているようだった。
明らかに他の部屋と違う。
「他の小部屋は「銀の鎖」と宮廷の魔法剣士が潰して回るだろう。僕らは方針通り行く」
三つ目の部屋を抜け、四つ目をさらに抜け、封鎖された部屋に入る。
イルミラがまた、三つ目の部屋の扉を内側から開ける。『転送』で侵入し、開けたのだ。
「気を付けて。敵は人間じゃないわ」
その言葉の意味は、踏み込んで直ぐにわかる。
立ち込める腐臭。
異様なうめき声。
「――随分と集めやがったな。ここじゃ珍しい「死体」をよ」
アリエラが嗤う。
「ゾンビ」ではない「死体人形」だ。どこかにネクロマンサーがいる。
動きは生身より速いくらいだった。
「知ってるか? ルメルよお。こいつらは絶対に死なない。術者をぶっ殺すまではな」
アリエラが斬り払った死体が、破片が既に癒着して、徐々に肉の塊としてサイズを増す。人の形を成しつつあった。
「肉ゴーレムだよ。滅多に見ねえ。突っ走るぞ。あたしはネクロマンサーを斬る。お前はあの強そうなのを斬っとけ」
死体の群れからは離れて、剣を構える者がいた。
あの強そうなの――見たこともない鎧。全身を覆うだろう尖りの多い金属鎧。
重装だった。露出している――見えている顔だけが女性らしいとわかる。
装甲自体が武器めいていた。銀と黒だった。
それでいて動きは重そうではない。また違う物質で出来ているのか。
「援護します!」
ヴァルアが白い魔装で疾走する。
全速のルメルに追いつく。
少し離れてイルミラの青が、セフィの赤が見えた。魔法の準備をしている。
ルメルは戦姫に迫る。もう後数歩だった。
「ルメルだ」
「ヴァルア、名乗ったからには負けないわ」
「ボクはマイア、負けるつもりは少しもない」
得意げに言った。
奇怪なほど巨大な剣が軽々と振り回される。
『業火』がマイアを包む。セフィが手を前に突き出していた。
「これがなんだい? ボクには関係ないよ」
「……え?」
「待ってね。セフィ。精神攻撃は…………効かない?」
イルミラの顔色が変わる。
「魔法が無効?」
振り回している剣は、青く光る結晶で出来た魔剣に見えた。色は刻々と黒から青に変わり光る。
マイアの斬撃がルメルとヴァルアを襲う。流れるような攻撃だった。
大型の剣には重さがないかのようにさえ思える。
一撃目は受け切った。
ヴァルアも耐えている。
「既に一つの世界を滅ぼし、魔王を覇道に乗せた。それでもボクには足りないのか?」
マイアの虹色を帯びたグレイの髪。赤く光る瞳。
声色にどこか演技めいた、自分に酔っているような感じがある。
「それで、何でこんな所にいるんだ。マイア」
ルメルは距離を置いた。マイアの切り払いの範囲は広い。見慣れない鎧には「貫通」で通じるかどうかもわからない。既に詠唱はしていたが。
「……なぜここで蘇ったかと聞いているのか? 理由がわかるのならばボクが教えて貰おうか!」
「気を失ったか、死んだか、したのか?」
いつでも斬り込める姿勢は崩さない。
「ああ。ボクは魔王の軍の切り込み隊長として首都へ入った。元近衛兵だ。容易く入れたさ」
「……褒められたことじゃないな」
話を進めてくれれば何かこちらに有利なことを言うかもしれない。
「ボクは魔王のものだからね。心も、身体も。だがいざとなると魔王は僕を生贄にした。もう要らないってね。ボクはただの門の鍵だったんだ。王宮に入る手段に過ぎなかった。後悔はしていないよ。かつての知り合いを数百と斬った。ボクは最後まで強かったはずだ」
やはり自己陶酔している感が否めない。
「――聞きたいのは、この世界で何をするつもりか、だ。ただ生きていきたいというのなら、見逃す。また裏切りをしたいとういうのならば、勝負して貰う。何でこんな所にいる、というのはそういう意味だ。どこで生まれようと記憶があろうとなかろうと、これから何をするかだけに意味がある」
「ふん、だから僕が聞きたいくらいだと言っている!」
マイアが次の斬撃に入る。
長すぎる剣。予備動作が読める。突くには先端に尖りがなく、叩き切るための得物だ。振り被りに合わせて踏み込み、兜と手甲を同時に打った。
さらに休みなく打ち込み続け、剣を弾く。
青い水晶ででも出来ているような剣が地に落ちる。身体ごとぶつかり、剣を拾いには行かせない。鎧は容易には斬れないようだった。手甲も同じく硬い。剣を離したということは痛みはあったのかもしれないが、傷一つ付く様子がない。
ルメルの真後ろに付いていたヴァルアが落ちた剣を蹴り飛ばす。
斜めに回り込み、剣を拾う道を塞いだ。
「どこの世界のものかわからないけれど、随分頑強ね。その鎧も」
ヴァルアが眉を顰める。
「おい! ダラダラやってんじゃねえぞ! ネクロマンサーはもう裏切ったぞ。この世界出身、世界内で転生だ。珍しいよな。死体もねえのに屍術師とか。「極限の光輝」には着いていけねえってよ。な、エメリ。援軍には事欠かねえ。当分はここで追っ手を防がせるけどな」
アリエラの声が響いた。
「どうするんだ。マイアは」
「誰が裏切ろうとボクには危機でもなんでもない」
マイアが手を伸ばす。
剣が宙を飛ぶとマイアの手に収まる。
「なんだよそっちは手品使うのかよ。あたしが出ようか? 時間がもったいねえぞ」
「……頼む。アリエラ」
マイアの剣が変形する。中央が持ち手、上下に両刃の剣。有り得ない速度で回転させると、ルメルに向けて突進する。青く光る円のように見えた。
「氷消瓦解!」
技名を叫ぶとルメルに突っ込む。
剣技としては――有り得なかった。なんだそれは、とルメルは思う。
手首そのものが高速回転でもしていない限り、その回転速は有り得ない。
マイアが――鎧の硬さといい無茶な技といい、規格外なのはわかる。
脅威には間違いない。どう対処しても剣が弾かれるだろう。
どうするか。速度はないだろう中心部、握りを狙うか。
前面に隙はない。
「今度は曲芸かよ。どけ、ルメル」
ルメルが距離を開ける間に、床に手をつき、脚でさらに高く飛び上がったアリエラがマイアの首に脚を巻き付けていた。
「上も後ろも、がら空きだぞ。おらよっ」
マイアの顔を掴むとアリエラが真横に体重をかけた。
ぐきっ、と首の鳴る音がした。
マイアが転がる。
「技の間は無敵のはずなんだ!」
「……なんだそりゃ。いいか? 無敵なのはこの世であたしだけなんだよ」
マイアを裏返して背で手首を取ったアリエラが関節を極める。
「これは、ゲームじゃないのかっ?」
「遊戯かもしれねえけどさ。お前ちょっと違う意味で言ってるだろ。ほら折れろ!」
アリエラが腕を取って仰け反る。みしっ、と関節が軋む。
「こんな技はないっ」
「知らねえよ。本当に折るからな、てめえ」
「痛い? 痛い痛い痛い痛いなんでこんな技が……この世界は仕様が違うの?」
「……アリエラさん、たぶん、こうです」
ヴァルアがマイアの剣を取り上げる。振り上げた。
「やめて、それは……ボクは、まだ帰りたい場所があるんだよ。お願いだから、やめて。お姉ちゃんともはぐれたし、ボクの、あの、憧れの人もまだ見つけてないんだ。待って。お願い。この世界のどこかにいるかもしれないじゃないか」
マイアがうつ伏せのまま振り返りヴァルアに願うように言う。
誰かを探している。
ずっと前からの憧れの人。ゲーム内で知り合った。
生き別れになってしまった姉。
そう繰り返した。
アリエラが関節を極めているためか、マイアは身動きは取れない。
「私は神殿でゲームはやったことがあるの。頭に被るので見るタイプね。――またどこかでね。きっと見つかるわよ。探し人は。マイア。ゲームの外にいるかもしれないわよ」
奇妙な音を立ててヴァルアが鎧ごとマイアの背を貫くと、振り下ろされた剣は床に深く、マイアを縫い付けた。持ち手は中央のまま、両端が尖った剣だった。
「うあああああああああっ。ひっ、ひぎいっ。痛い、痛いよ」
初めてマイアの悲鳴らしいものが響いた。
「普通は痛いとかじゃなくて、死にそうなはずです。長引かないといいですね」
「……なんだこいつはよ」
「……説明が難しいです。別世界中の別世界から来たとしか。たぶん、そのゲーム内のアイテムでしか致命傷を負わないんです」
「そうか。わからねえわ。もうちょっとで腕を折れたんだけどな」
「そういうことができるのは……アリエラさんだからでしょう」
ルメルには全くわからなかった。さらに、床に縫い付けられたマイアが痛がってこそいるが実際にはそうでもなく、まだ剣を抜き取ろうと手を背に回しているのは謎でしかない。
背を刺され、ほぼ心臓の付近を貫かれているのだ。
もう絶命していてもおかしくはない。
が、死なない。
かなり深く突き刺したらしく、かつ持ち手までは手が届かない。指先が切れるだけだ。
「この世界の魔法も効かないわけですね」
ヴァルアが呆れたように言う。
「いいのかよ。あいつ死なねえんじゃねえのか?」
「時間が経てばHPがゼロになると思います。……つまり死にます」
「ある意味、最強だったな。あたしでこれだけ、かかって怪我一つしてねえ」
「まあ。一つの最強の姿でしょうね。――そうだ」
まだ動いているマイアの装備から、ヴァルアが何かを取り出していた。
「私達には何の効果もないかもしれませんが」
「急ぐんだよ。頼むぜヴァルアよお」
見慣れない薬草、HP回復薬、MP回復薬、状態回復薬、復活の尾羽、どこから出て来るのか金貨の山ができる。きりがなかった。そもそもヴァルアの説明を聞かないと何であるかもわからない。
「なぜ…………ボクの……アイテムスロットから取れるんだ?」
「……この世界に来たからには少しはこちらに合うようになってるんでしょう。本当は呼吸しなくていいとか、実は血がないとか、そういう所をここに合わせてあるんでしょう」
「血……血だ。こんなこと……なかったのに」
マイアが手に付いた血に、目を見開いていた。
「ないんでしょうね。そっちには血が。骨だって内臓だってあるかどうか」
「なあ、血がないってどういう意味だ?」
アリエラとしては納得が行かない。魔物にだって血みたいなものはある。例外はあるが。
「……失血死するところまで作ってないんでしょう。あれは、人じゃなくてアバターっていうものだと思って下さい。かなりここの都市神が人には近づけたようですけど」
「全然わからねえな。ま、強いことは強かった。魔法無効だし斬っても殆ど効かねえ。腕も折れねえ。ありえねえ。……あれが別種の強さって奴か?」
「……まあ。強いといえば強いし、血がなくても死なないっていうことが強さならば……ですね。あるべきものがないというのも、まあ」
部屋を三つ抜ける間に、エートスも合流していた。エートス、イルミラ、ヴァルア、ルメル、セフィ、アリエラ。
ルメルは自分が精鋭だとは思っていないが、全員が高等魔法使いであり、気配を消していた。ルメルも気配を消していた。
大部屋の敵を掃討し終えた、と「銀の鎖」から【心殺者】ヴェイユが加わっていた。別経路から岩の薄い場所を掘り、三人ほど増援が回ってくるという。
さらに宮廷から【大砲使い】ゴートス、【弓使い】フレンシア、【鎖使い】ミルエ。
いずれも高等魔法使いだった。
「暗殺と心殺で何が違うんだよ」
「やることは同じですが、俺は心を破壊するのが得意なんで」
ヴェイユが理知的かつ酷薄そうなところもある顔で答える。
剛の者と言うべきゴートス。
繊細そうだが意志力が目に宿るフレンシア。
巨大な鎖の球を宙に浮かせているミルエは自信に満ち溢れている。
ゴートス、フレンシア、ミルエは後方支援及び通路の敵の排除に回るという。
十人。余裕が出て来たかもしれない、とルメルが思った時だった。
先頭を歩いていたイルミラが手を広げる。動くな、という意味だった。
『待って。この扉の向こうが異常に広いし高さも普通じゃない。透視してから踏み込むわ』
『これまでも『透視』は、やってるじゃねえかよ』
『より慎重に、念入りにっていうことよ』
見えたものは、見上げるほどの大きさの人型――薄い金色の機械だった。
『気配』だけでは静止している機械は見つけられない。
相手はこちらを踏み殺せる、強固そうだ、というだけではなかった。
見たこともない大型の《銃》を持っている。
武装はそれだけではなさそうにも見えた。
威力のほどはわからないにせよ、撃たれるのは避けるべきだった。
巨大機械が急に動く。
数歩、歩いただけで、重い地響きが石の扉を超えて聞こえてくる。
『図書館で――文書だけど、読んだことはある。ただの伝承だったけれど、古代兵器、ね。誰がいつ作ったかはわからない。また物理無効、魔法無効みたいよ。あの文書によればね。ここまで来たら僅かな間を惜しむより、勝ちを確実にしていかないと辿り着けない。それは理解してね』
イルミラの懸念はわかる。
『で、どうやったら倒せるんだよ? あのデカイのは』
退屈したようにアリエラは頭の後ろで手を組んでいた。
『考えさせて。無策で踏み込むべきじゃないのよ』
イルミラが顎に手を当てる。考え込んでいた。
唇を舐めるのは癖だろうか。
『そんなもんの倒し方なんて思いつくのかよ。ああ、策士様だったな』
『僕が偵察に行ってもいい。物理無効、魔法無効が本当なのか。どの程度強いのか』
ルメルとしては早く突入したいという思いが強い。ルフィアまであと少しで辿り付けるというのなら、なおさらだった。気配がない以上、ルフィアは気絶しているか――死だ。
死を確認したいのではない。救出を焦っていた。
『一般兵はおよそ五十。……なるべくあの巨体の近くに『転送』して、調べたらすぐにまた『転送』する。――できる? ルメル』
イルミラが言う。
『眺めてるだけじゃわからないのなら突入する。その文献が虚偽かもしれない』
単にその古代兵器というものが強かっただけであり、魔法も攻撃も通じないように見えた、それだけでも記述は「無効だった」となりかねない。
強いものはより大袈裟に伝えられる。
『あの機械……操縦するの?』
イルミラが口を抑えていた。声を上げそうになったようだった。
『機械の上の方に、誰か――座席のような所に座っているわ』
『そいつに精神攻撃かけたらどうなんだよ? 策士さんよ』
アリエラは退屈そうなままだった。
『それ以上は見えないの。思考も読めない。乗員? にも魔法は通じないようね』
『何だよ。さっきの奴もどいつもこいつも。よじ登って絞め殺してやろうか?』
『無理よ。操縦席の中には入れない』
『嘘だよ。マイアだって人じゃないんなら呼吸もしてないんだろ? 締めても無駄だ。たぶんまだ生きてるぜ。その、操縦してる奴もどんなもんだかわからねえ』
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