第3話 出逢いⅢ。そして新しい冒険へ

――ここで合一について若干の補足を行う。

 魔装との魔法的合一。ルフィアの瞳の紺がドレス本体に、髪の銀が銀糸として織り込まれている事は前述した通りだ。


 髪と目だけなのか、他の場所では効果がないのか、と言えばそういう訳ではない。

 慣習であり――例えば全身に紅のタトゥーをしているのであればそちらを使うべきかも知れない。ごく自然に自分の特徴だと思えるものであれば問題はない。

 あるいは大型の魔晶で既に身体に魔法回路を作っているのならば、魔晶の色を使ってもいい。

 慣習の例外を挙げて行けばきりがないので、会議所のガイドブック等を参照されたい。


 目的は魔法の効果を最大限にすること、暴発を減らすこと、等、全体の難易度を下げ、より高度な魔法を行使する為である。


 最低限の――と書くと語弊があるが――魔装、合一を前提としていないものであれば森の入り口、広場で無料の貸し出しをしている。魔装自体は合一しようとするが、身体と適合することはなく、最低限度の防御力を発揮するのが精々である。

 だが誰にでも高価な魔装が入手出来る訳ではない。


 無料とは言え壊してしまえば代金を払わなければならない、貸し出しの魔装を好まない者も居る。

 入り口付近のゴブリン程度であれば、この技術を使わない従来の鎧でも戦えない訳ではない。


 実際――当時のルメルは黒い革鎧を使っていた。ごく簡単な魔法を行使するのであれば失敗はほぼ有り得ない。かつ魔法剣士として魔法を駆使して戦うスタイルだった訳でもない。


 ルメルの父親、レウスは蓄財もしていた。

 ようやく落ち着いたルメルは冷めかけたお茶を飲みながら、意外な量の財産――ルメル邸を含め――が有る事に驚いていた。

 だが、一生、寄り添って生きていきます、ルフィアにそう言われた衝撃の方がまだ遥かに大きかったが。


 莫大な財産でもない。後で読もうとルメルは戸棚に財産目録を仕舞った。

 当面の生活には困らない。それだけは分かった。

「えーと」

 そこで詰まった辺りがルメルの実直さであり、敢えて書くがまともに女性と話していないルメル少年の限界でもあった。第一に、ルメルの信条である「実感」が何も無かったのである。


「可愛いですよねえこのへんも。突っ込んだ記述はしませんが女の子と話してないとか」

「……冒険者なんてそんなもんだろう。エリジアみたいに貴族の生まれじゃない」

 ルメルは未だに社交には慣れていない。

「パーティー組んだりするじゃないですか」

「いきなり誘えるほど……器用じゃなかったんだよ。親父なら信用出来るし。帯剣した誰かに背を向けて歩くのは、かなり勇気が要るんだよ。やって見ればいい。そうだ。取材に、「初めの森」にでも行って見ればいいよ」

「ルメルさんが同行して下さるのでしたらそりゃもう、いつでも。今からでも」

「今は夜だよ。……それに、それじゃ意味がない。その辺で会った、長剣を持ってる誰かといきなり冒険して見ないと分からない」

「殺されそうだから嫌です」

「……そう言う事だ。お互い不安なんだ」


 父との冒険生活こそが、二人で歩く森こそがルメルの「実感」のある範囲だった。

 見知らぬ誰かと共に戦う。聞こえはいいが、誰もが出来る事ではない。


 そんな理由も有って――しかも相手は「あのルフィア」である――ここで暮らすのか、そう確認さえ出来ずにルメルは二杯目の茶を入れようとキッチンに立った。

 なお、酒場で給仕の子を口説く、そんな事など父もしなければ、ルメルには思いつきさえしない芸当だった。女の子に縁がないのも頷ける。


「妖精茶が有ります。如何ですか?」

 ルフィアが笑顔を取り戻していた。

 長い筒から茶葉を出して見せた。

 見た事も無ければ飲んだ事も無い。

「……いいの?」

 ルメルも高いという事だけは知っていた。

「どうぞ。今日からここにお世話になるんです。私からの最初の贈り物です」

「入れ方とかコツがあったら」

「少し長く蒸らす。そのくらいです」


 いつの間にかここに住む話を既成事実化するあたりはさすがルフィアである。


 ――妖精茶に独特の、うっとりと酩酊するような、花のようでもある香りにルメルは魅せられていた。

 飲むと酔ったような気分になる。これも妖精茶の特徴である。

 酒のようにいつまでもは続かない。宿酔もない。暫くの間、深く、瞑想するような酩酊感が続く。

 穏やかな気分でルメルの驚きも落ち着いて来ていた。


 いや、ここに住むって言ったか?

 ルフィアと、二人で?

 ここに至ってやっと、遅れて実感が到来していた。

 確かに、必ず冒険行に同行するというのならばその方がお互い都合はいい。

 妖精茶のせいにする訳ではないが、幾分普段よりは「まあいいか」と思うように成るのも効果の一つではある。


 緊張を強いられる会議等でも、重要な事以外は検討しないよう妖精茶の時間と言うものがある。変な拘りが消え去るので円滑に進行するには不可欠とも言えるが、当然そんな会議などルメルは一度も経験したことがない。

 生粋の冒険者だから、である。


「そう書いとけばいいって思ってるよね、ここ」

 エリジアは最上の微笑みで返す。

「事実じゃありませんか。私なんてこの頃は魔法学校と書記見習い、両方やってましたから。妖精茶の時間が楽しみで」

「――書きたかったんならそれでいいよ。思ったことは入れてくれ。僕の冒険だけじゃ退屈だろうし、未だに会議なんか出たこともない。君が書いてるんだからこれは君の文書だ」

「機嫌を損ねたなら言って下さいね。偉そうな事を言いましたけど、毎日同じような事しかしてないんです。私は」


 ――妖精茶の効果も有り、ゆるやかな酩酊の中でルメルは同居の申し出に抵抗を感じなくなっていた。

 何をすることに成るのかまるで理解していなかったからでもあるが。


「それで、ですね。魔装の合一はご存知でしょうか」

 ルフィアの笑顔にも癒されていた。幾分、さっきより妖艶に見えるのは茶のせいだろうかとルメルは疑っていた。ルフィアもまた酔っていたのだと推測される。

「詳しくはないけど、その魔装が瞳と髪の色と合一しているのは分かる」

 直感的に分る。それはデザイン上重要な事である。

「では、更なる秘術、身体的合一はご存じでしょうか?」

 身体的合一。ルメルの聞いた事のない言葉だった。

 ルフィアがさらに艶麗に見える。


「パートナー。パーティーより更に強い結びつきをそう呼びますが、私はルメル様のパートナーに成ろうと思います。その為には身体的合一、というものが必要です」

 加えて――とルフィアは幾分嬉しそうな微笑のまま、説明する。

「私はレベル8です。もし、私のファイアボールがルメル様の真後ろで爆発したら、どうなると思いますか?」

 ルフィアの、ファイアボール。

 レベル8だから……と、簡単な算術なら魔導書で覚えたルメルは考える。

 レベル1のファイアボールより単純に十倍ずつ強くなったとして。

 そんなに単純じゃないだろうけれども。

 十、百、千、万、十万、百万、千万。

 ルメルは信じられないので何度か数え直した。

 凄すぎて分からない。


「確実に僕は粉々に成って死ぬと思う」

 それだけは実感が湧く。低レベルの者が行使しても一発でゴブリン二、三体は吹き飛ぶのだ。

「……それを防ぐのが、身体的合一です。つまり、私はあなたでありあなたは私である。その境地であれば私は私のファイアボールの影響など受けないのですから、ルメル様もまた影響を受けなくなります」

 この時にルメルが強く思った事が有る。

 うっかりパーティーを組んだら絶対死ぬ。

 暴発もあろうし、普通に敵を狙っても効果範囲に巻き込まれて死ぬ。

 心の底から恐怖したという。

 改めて世界最強の恐ろしさが背筋を震わせた。

 慄然と――それは当然「身体的合一」しないと死ぬだろう。そう思ったのである。


「た、頼むよ。何でも、するよ」

「はい。ルメル様。承知しました」

「あと、様は付けなくていいからね」

 混乱する頭で身体的合一を頼み込んだという。

 賢明な判断である。

 妖精茶が無ければ逃げ出しそうな話だったのは間違いない。


 補足。そこまで本気でファイアボールごときを放つわけもないのだが、レベル8の場合、直径二百m超の火球が爆発し半径2㎞近くまでが致死の爆風に晒され、建造物も破壊されると試算できる。


「どういう事か全然分からないけれども、多分死ぬんだね」

「単純計算ですけどね。質が変わるかも知れません。中心温度が百万度を超えるとか」

「……いい。分からない」

「『隕石降臨』と似たようなものです。あれを本気で使うと……ええと」

「分からないって」


 直感と僅かな実感がルメルに危険だと告げていた。流石である。

「で……どうしたらいい?」

「そうですね……」


 ルフィアはすっ、と鋭い眼差しに変わった。ルメルには何故壁を見たりしているのかは想像が付かない。

「……お風呂はご一緒させて頂きます。三人ほどは入れそう」

「そういうものなの?」

「肌の接触が自然に出来るかな、と。寝食も共に。それで足ります」

 ――手早い方法も有るのだが、ルフィアは刺激が強すぎると判断したのだろう。

「冒険にはいつも通り出かけて頂いて。ただし身体的合一が終わるまでは絶対に私は何も手出し出来ません。初心者の狩り場でお願いします。それ以降も、私が傍に居るだけで過剰な支援と見做されるので、離れて見守りますね」


 魔液の特性について補足する。

 通常腰に下げる魔液入れはそれ自体が生きた魔晶である。

 魔液には魔物を倒した直後に解放される魔力、あるいは森に漂う魔力を蓄積出来るが、近くに余りにも強い者が居ると濃い紫以上には染まらない。


 次のレベルに上昇する為には――魔液を漆黒に染めるには――相応の努力が必要なのである。

 ともあれ、そろそろお互い敬語を辞めようとルメルが提案し――ルメルは新しい生活を開始した。

 ルフィアが惜しみなく知識をルメルに与える。

 さらに、外見は黒い革鎧のまま、新しい魔装を作る。

 ルフィアが心血を注ぐ以上、ただの魔装の訳もなかった。


「ルメルがレベル9に成っても、これは決してあなたを裏切らない」

 そう確約した魔装の試作版が仕上がり、身体的合一を完了し、共に全力で戦えるまで、六十日が経っていた。


 これまでとは武装も違う。ルメルは遠慮したが魔剣も購入していた。

 経験した事もない冒険が始まろうとしていた。

「最初はオークで切れ味を試して、それから森の奥へ進むわよ」

「案内だけは頼む。僕の地図にはない」

「一生でもルメルのガイドに成るから安心して」

 既に信頼も醸成されていた。「女の子との会話」にも慣れていた。

 省略した出来事もあるので後述するが――この先は新しい冒険行について優先して記述する。

 遥か彼方だと思っていたものが手の届くように成ろうとしていた。

 やがて「黒の剣士」と恐れられるルメルの新しい道は、ここから始められたと言ってもいいだろう。


「どうですか?」

「女の子との会話って書きすぎじゃないか?」

「それも克服したから今日もこうね。普通にね」

「性別不明は貫くんじゃないの?」

「……喋りは女の子です。はい。引き続き不明で」

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