第4話 森の深みへ・未知の世界へ

 《森の深みへ・未知の世界へ》


「さあ。この先ね」

 ルフィアが森の地図を手に、ルメルの後に続く。

「オークの湧き場が三つ。全滅させる予定じゃなくて魔剣の切れ味を確かめるだけだから、二、三体斬って戻ってね。何か違和感が有ったら言ってね」


 まだ安全な場所だった。地図上は緑。会議所の地図書法に従い、安全地帯の色である。

 危険度によって黄色、赤と危険を色分けする。ともあれここは緑である。

 野生の獣も居れば、鳥も飛んでいる。

 深い木立は無く、陽射しが岩と川、誰かの切り出した丸太――上の面を削ってベンチのようにしてある――を照らし出す。

 森に管理人が居るわけではない。(厳密に言うと森の主は居るが管理者ではない)

 ベンチが有るのは、何か善行をしておこうという冒険者が数人居ただけだろう。

 いつ死ぬかも知れない日々だ。そしてその危険な森から恵みを――主には魔物からの魔石と魔晶だ――得て暮らしている。感謝は思いついたらする。森の掟でもある。


 言われなくても時には願掛けのように休憩スペースの整備くらいはするのが冒険者だ。

 良く行く場所は居心地を良くする。


 そもそも、捨てる程には物など持って来ていない。

 仮に休憩所で服が落ちていればそこで人殺が有ったのだ。

 いずれ朽ちる。魔装ならば誰かが拾う。

 誰もが背負っている背嚢も落ちていれば持ち去られる。

 掃除は要らないのだ。

 さらに言えば夜には――あまり知られていないが――蟲が大抵の物は食べ尽くす。


 ルフィアは陽を反射して眩しいほどの川に手を翳す。

「飲めるわ。水を補充して行きましょう」

 ルメルが駆け足で戻って来る。水を汲む。


 その傍らで地精が木箱を運んで来ていた。麓の店で銅貨十枚で買ったものだ。

 水筒を地精が補充して木箱に入れる。スープでも作れるように水筒は大き目のものを五本は入れてある。

 ここまでの道のりで倒した敵の魔晶は木箱の中の鉄の入れ物に仕舞ってある。


 一々魔石、魔晶を拾ったりはしない。ガイドに徹すると言ったのだからルフィアが全部地精に拾わせ仕舞わせている。

 木箱に入っているのは、あとは食糧と鍋、食器くらいだ。

 抜かりは無いようにあれこれと持って来てはいるが、列挙しても紙幅を費やすだけなので別途記載の必要があれば「ルフィアの冒険行の備品一覧」とでもして記載する。

 他の冒険者に比べれば優雅なものだとだけは補足しておく。


 要するに――ルフィアも今日という日を楽しみに、かなり張り切っていた。


「二百歩くらいは私と離れてね。戦う時は」

 まだ狩り場に移動中だ。ルメルとルフィアは並んで歩いていた。

 直ぐに大樹の木陰に入る。

 昼でも薄暗い道を進めば、大抵は魔物の湧き場に出る。

「魔剣――実際に使うとなると緊張するよ」

 魔物相手に使うのは今日が初めてだった。


「一から作っても良かったんだけど、まあまあのが武器屋に有ったから。でも使いながら自分に合わせて手を入れるのが普通よ。完璧な武器はないけれど、手に馴染んだ物が一番」

 鍛造を含む複雑かつ緻密な作業で作られたミスリルの刀身。魔法とは相性がいい。鋼と組み合わせた物もあるが――同一の魔法を行使した場合、効果に五倍以上の差がある。

 エンチャントくらいかけて強化しても魔液入れはチートだとは見做さないだろう。

 ルフィアなりの比較検討をした上での選択である。

 柄には魔法回路が組み込んである。

 剣全体の強度、改造の余地の多さで選んだ。店主はルフィアが懇意にしている目利きだ。

 間違っても不良品など無い。


 ルメルはこの時には値段は知らない。金貨千枚と聞けば気軽には使えないだろう。

 長い名前が付いていたが、略して【黒き刃】と呼んでいる。

 剣もルメルの黒髪、黒い瞳に合一させておくのが筋だった。


「この剣、まだ使ってますよね」

「壊れないから。加護で」

「後に「黒き剣士」の称号を得た時もこれを使っていたのである。と」

「……まあね。鎧ごと斬れる。金貨千枚だよ? そのくらいは使わないと」

 ルメルは宮廷付きの剣士である。帯剣は宮廷のどこであろうと許されている。

 一挙動で抜剣した。黒く滑らかな光を放つ剣が天井に向けて突き上げられた。

「……見ておいた方が良いだろう?」

 数え切れない程の魔物を屠り、帝国の騎士をも斃した剣は幅が広くかつ長い。

 刺突に使う切っ先に向けて細くなり、切っ先は鋭い。

 柄には魔石が幾つも赤く輝いている。血を思わせる深い赤だった。

 エリジアには禍々しく感じられる。

 剣全体から、黒い闘気の様なものが迸るようだった。

 加護だけではない、恐らく初期から数々の改造を経て魔法回路は刀身にも組み込まれているのだろう。

 強い魔力が見える。

「迫力……有りますね。あと、もう少し短いと思っていました」

「刀身は錬金の工房で何度か改造して貰っている」


 後に「黒き剣士」の称号を得た時にも、これを使っていたのである。

 補足する。暁の都市では魔法剣士は中距離(いわゆる百歩)以遠では魔法を行使し、中距離以下であれば即座に間を詰めて刺突するか、斬るかの戦い方が主流である。

 特に冒険者は「冒険者の流派」とでも呼ぶべき戦闘術を使う。

 相手が魔物であれば、槍兵がずらりと並ぶような事もないのだ。


 ルメルくらいであれば――槍でも鉾でも叩き折り斬り進む。

 そして何であれ武器に求められる事は、首等の急所を確実に、正確に破壊することである。

 このため、剣には折れないこと、曲がらないこと、重量による剣圧と剣速の両立、の三点が求められる。

 詳しくは武器屋あるいは錬金術師の工房で資料を参照されたい。

 ルメルの戦法は後述する。


 ルフィアの狙いは一つだった。

 まずはレベル2。剣士系の魔法を恩寵で得ようと言うのが狙いだ。

 相手がゴブリンだから短剣で済んでいたが、これから大型が増える。

 少なくとも心臓を貫き通さなければそう簡単には死なない。

 長剣に慣れて貰う。それが目標への第一歩だった。


 短剣での至近距離戦に慣れて来た――血みどろの混戦だ――十年との決別であった。


 ――ルフィアは遠間からルメルの初陣を見ていた。エルフの目である。何一つ見逃しはしない。例え濃い霧が立ち込めていても支障は無い。

 ルフィア自身も魔法使いとしての名ばかり轟いているが、魔法剣姫である。

 その耳はルメルの呼吸と運足の音を捉えていた。

 オークの群れ。踏み込みながらルメルは頭に描いた剣術を試すと決めていた。

 これまでとは比較にならない――対ゴブリンで体積比十倍以上はある――巨体である。

 群れを見渡す。ルメルの背を超える者も居る。

 魔力を受けて柄が赤く煌いていた。

 まずは試技に近い。切れ味を試すだけと言われているが、巨大な棍棒を躱し、屠らなければ切れ味も何もない。

 素振りだけなら何千と繰り返した。

 剣術は総合力である。己の得意を生かし、編み出すものでもある。

 前述した通り、ルメルの視力は人の域を超える程に鋭い。

 パンツの


「エリジア。……ここでパンツなのか?」

「伏線ですよ。パンツのフリルの数を咄嗟に数えられる程である。と。あれだけ書いたんですから使いましょうね」

「数えてないから、な」


 例えば、上空に現れたエルフのパンツのフリル。その数まで即座に言える程である。

 どこかエルフにも似た細い顎。ルメルの細面に妖精の面影が有るのは、その血にエルフが混じっている事の証左だろうか。

 あるいは妖精族との繋がりが有るのだろうか。

 身体に刻まれた傷が歴戦の凄みを纏わせては居るが、あるいは神の末裔か。

 家系図が無いのでこれ以上は追えない。


「実感」の人であるルメルは、剣士としてはまず研ぎ澄まされた「感覚」の人であった。

 ――ふっ、と短く息を吐くとルメルは群れの外周に居たオークに狙いを付ける。

 剣が最初の血の悦楽を得るのはこのすぐ後だが、二点、補足する。


 魔物は湧いた場所、湧き場、とも呼ばれる場所から一定以上離れた場所までは移動しない。あたかも見えない壁があるように境界線の外には出ない。この境界線の外から狙うのは最初の一撃の基本である。


 さらに。魔物はほぼ人間と同じ急所を持つ。

 剛の者が居ればオークの鳩尾を殴って見れば分かる。分厚い脂肪を越えて衝撃を与えられれば、あの巨体でさえしばし苦痛に悶える。

 首。心臓。頭。狙う個所によってスタイルも様々だが、自信があれば心臓の傍にある魔石を狙うのが最も効果的である。

 これを核とし、魔力を行使しているからこそ魔物として存在出来ているのである。

 その行使の仕方も様々であるが、オークの場合は巨大過ぎる身体と上半身に偏った重量を魔力で支えているのである。


 誰でもまともには受けたくないだろう棍棒の一撃とそれを支える膂力の源泉は上半身の盛り上がった筋肉に有る。


 その一体とおよそ十歩の距離を間合いとしたルメルは、胸の中心を狙っていた。

 心臓。魔石。これを狙うには胸の中心は絶好の場所である。

 短剣での経験は丸ごと無駄だった訳ではない。およその心臓の位置、魔石の位置は勘で分る。さらに一気に間を詰める運足も意識せずに出る。


 オークが向き直る。そこへ正面からの刺突を浴びせ心臓を、魔石を狙う。

(さらに補足するが魔晶を核とする者も居る。以降魔石あるいは魔晶と理解されたい)


 充分に速度と体重、剣の重さを乗せた刺突が肋骨を抜け心臓を抉る。

 ズシュッ。

 短く、肉を貫く音だけが響き――オークの獣の悲鳴が続いた。

 同時に魔石も本来の位置からは肉の奥へ押し込んだのだろう。

 硬い石の手応えは有った。


 ルメルが息を静かに吸った時には、もうオークは紫の光を放ち魔力を開放していた。

 維持できなくなった身体が灰となり散る。

 紫の光に包まれながら、光が魔力入れに吸い込まれて行くのをルメルは一瞥して確認した。


 刺突。ルメルが長剣の利点を最大に生かすべく考え、長く使われる事になる技である。

 遠間ではルフィアが目を細めて見ていた。

「……心配は要らなかったわね。もう自分の物にしている」

 安堵しながらそう語ったと言う。

 最初の一体に勝利した。ルメルもまた安堵していた。


「……ふぅ。こんな感じですか?」

 エリジアが妖精茶を口元に運ぶ。

「こんな感じですよね? ね?」

「僕が書くと最初は何が何だかわからなかった、で終わりだ。有難う」

「あ、いいんですよもっと褒めても」

「……酔いが醒めたらね」

「それと、「無垢の木のテーブル」って書きましたけど、あれは無視で。そもそも集成材とか合板とか無いですから。木材とか木って書いたら今後は無垢で」

「意味が分からない。いいよそれで」

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