第5話 森の深みへ・未知の世界へⅡ

「早速、今どれだけ稼げたか知りたいでしょう?」


 ルフィアは冒険者がまず気にすることを言って、口角を上げる。

「あと二体は斬ってね。……『鑑定』」

 ルフィアの掌には深紅の魔晶、大型の魔石数個が乗っていた。

「銅貨二十枚は行くわね。五体倒せば金貨一枚」


「い、一日で金貨一枚以上行ける……」

 ルメルの喉がごくりと鳴る。

「五体は倒して来る」


 目の色の変わったルメルは狩り場へ急ぎ足で戻って行った。

「切れ味は、まあ聞くまでもないわね。相手は即死。五体連続即死なら、次」

 比較にならない手強い敵だが、見ていた限りでは倒せる。


 こうもあっさり長剣を使いこなすとはルフィアも思っても見なかった。

 世の中には色んな人がいるけれども、ちょっと別の道を見せただけで後は勝手に進むタイプがいる。

 ルメルは、そうだ。

 と、夕食の席で語ったそうである。

 既にルフィアの身辺警護――護衛隊長である――の長の座はこの時から準備されて居たのかもしれない。

 ルフィアは護る者でこそあれ護られる立場であった事は無い。


 ルメルは湧き場の境界線の外から、次の標的を探していた。

 境界外にはまるで興味などないように群れは彷徨い歩いているだけだ。

 だが一体だけ、という標的が居ない。


「どうせ五体狙うんだ。……やってみるか」

 同時に二体、あるいは三体。初めての相手に取るべき戦術ではない。

 だが。一度戦えば相手の癖まで掴んでしまうルメルである。

 素早く自分の動きと敵が応じるパターンを読む。

 一体目は即死させられても、二体目の攻撃は避けられない。三体目となると読みに狂いが生じる。

 あと四体、約束通りに倒せばこの次は楽になっているだろう。

 例え囲まれようと切り抜ける自信があった。


「そうだ。――囲まれることを前提に動くんだ」

 巨躯の数は多い。

 手間取ればすぐに集まって来るだろう。

 それでも死なない手段が必要だった。

 魔装の防御を最初から当てにしていては――負けだ。


 より危機感を高め、即時の対応をする。

 その為だった。

 安全装置など無い試作段階の黒い魔装の制御回路に触れて、ルメルは防御能力を完全に遮断した。それでも並の革鎧よりは遥かに防御能力は高いが――到底考えられない事である。


「何でこんなことするんですか? ……それらしく書いてみましたけど」

「僕は、速さと感覚だけが勝負を分ける、そういう剣士なんだよ。そのうちスタイルは変えるだろうけど」

「えーと?」

「だから、危機感があると鋭敏になるだろ? そういうこと」


 ドクン。

 鼓動が急速に上がるのが分る。

 死ぬかもしれないからこそ――決断出来る。

 囲まれて、切り抜ける。ルメルはそう決めていた。

 ドクン。

 鳴り止まない内は、まだ自分は生きている。


 決して不名誉な名前ではないと断っておく。かつて「対ゴブリン無双」と言われたルメルだが、死にかかった事も有るのだ。

 囲まれる。それは絶対にやってはならない事の一つだが、そこからの脱出こそがルメルを「対ゴブリン無双」にしたのだ。

 その時は真後ろの敵を気配だけで斬る、という


「ある意味無茶な? 奇策? どうします?」

「任せた。色々言いたい事はあるけど任せたから文句は言わない」


 ――その時は真後ろの敵を気配だけで斬る、というある意味無茶な奇策で切り抜けた。そのまま後退してどうにか包囲を解いたのである。

 短剣で、である。確かに体格差で圧倒出来るゴブリンではある。斬れば逃げる。

「後ろが見える」と言われたのもこの頃からである。


 刺突が第一のルメルの技だとすれば、第二の技が、今完成しようとしていた。

 ルメルは全力で走り込むと一体目の足元目がけて滑り込み、片足を骨に届くまで斬った。

 二体目の攻撃は地を転がるルメルへの振り下ろしになる。

 踏み潰しも考慮した上で、既にルメルは長剣の一撃を転がりながら繰り出した。

 狙いは同じ片足。動きを封じるのが目的だった。


 肉を削ぎ落し、腱を切断した。

 素早く起きると三体目が来ていないのを確認する。


 巨躯一般に言える事だが、脚を負傷すると魔力を駆使しても立っていることは至難と成る。

 バランスを保とうと必死の一体に背後からの斬撃を与え、瀕死にまで追い込む。

 ちょうど、二体の間を抜けて背後を取った形に成っていた。

 人ならばこれで倒れるが、魔物は巨躯に成れば成るほど痛みにも出血にも強い。


 斬りつけながら二体の横を抜けて前に出る。

 反時計回りに回りながら動きの遅くなった一体に刺突。

 正対して来た一体の棍棒の振り回しは既に間合いが読めている。

 躱すと、踏み込んで刺突で葬る。

【地面滑走】と【一撃必殺】といずれ呼ばれる事になる技二つが完成した瞬間であった。


 紫の光を浴び、敵が集まって来る気配に一旦は境界線外まで逃れた。

「切れ味は……思った以上だ」

 遠くでルフィアが倒れそうに成っていたのは、まだ知りもしない。

 鼓動ならばルフィアの方が余程高く成っていたのである。

 防御を切ったのも知っている。

「正直に言いますが――最初は無謀が過ぎると思いました」

 夕食の席で眉を吊り上げたルフィアに、そう叱られる事になる。


 魔装も試して見るか。とルメルは独り言を言うと防御機能を元に戻す。

 当たり前である。剣の値段など吹き飛ぶような大金が惜しみなく注ぎ込まれたルフィアの傑作である。

 速度優先のルメルに合わせた。邪魔にならないように防御はあえて遅らせた上で、確実に防げるよう分厚く氷を張るよう――その他諸々の――調整を重ねたのだ。


「次は安全に片づける方法だな」

 ルフィアには呟き声まで聞こえている。

「頭を潰されたら幾ら何でも……ああ死にそう」

 ルフィアはそう呟いていた。


 今でこそ「冥府からの召喚」即ち「蘇生」という禁呪が開発されてはいるが、ほんの三年前には無かったのである。死んだら終わりなのだ。

 それが常識であり、今でも「蘇生」は誰でも行えるような魔法ではない。

 あまり詳しく禁呪について書く場でもないので各自研究されたい。

 100%蘇生出来る訳でもない事を追記しておく。死んだときの状況、レベル(ポテンシャルを入れて5以上)、等制約は多い事、術者のレベルが7以上必要であることにも留意すべきだと警告する。


「まあ蘇生はムリですね」

 レベル7以上なんてこの暁でも十人居ない。居ても二十には行かない。

「レクシアさんくらいじゃないかなあ。ルフィアは僕を「死なせない」って約束したわけだし。死んだら救ってはくれないと思う。レクシアさんもイートスさん以外は助けないだろうし」


 ――この魔装強すぎないか?

 ルメルは初めて最大の防御でオークと戦っていた。

 極端に言えば突っ立っていても死なない。

 巨躯が繰り出す棍棒の横薙ぎを分厚い氷が止める。

 棍棒の力が吸収されると同時に氷は消える。


 三体居る場所に突っ込んで、二体は無視して一体を刺殺する。


 向き直って一体を刺殺する。


 同じく刺殺する。


 氷に棍棒がめり込む鈍い音は響くが、それだけだった。


 これならば毎日金貨一枚稼げる。

 しかも簡単に。

 森の奥にはこんなに素晴らしい場所が――大半はルフィアのおかげだが――あるのか。

 大体、収入は十倍くらいになる。本気で朝から晩までやれば金貨十枚。

 収入が百倍。


 などとルメルは夢心地で考えていた。

「「お茶にしましょうか」……え?」

 自分の口が勝手に動いていた。

 しかもルフィアの声が出ていた。

「「これは『遠隔話術』。『遠話』。念でも喋れるけど一応、精神系統は全部禁呪だから」……そうなのか。今戻るよ」

 ルフィアにはルメルが普通に喋れば全部聞こえていた。


「どう? 戦ってみた感想は」

 ルフィアは、ほっとしたようなギリギリで助かったような気分を妖精茶で抑える。

 叱ろうかとも思ったがこれからが本番だった。

「短剣が伸びたような感じ……使いやすい。この剣は。それと鎧が強すぎないかな」

「氷が張るようだったら隙だらけだっていう意味だと思ってね」


 確かに、頼りきりになったら剣士でも何でもない。ルメルもルフィアの言葉を刻み込む。

「貶したみたいで悪かった。これならもう少し格上でも戦えるよ」

「じゃあ、ゆっくりしてから行きましょう。お昼には少し早いけれど、いい?」


 ――干し肉と豆のスープ。香草と木の実で味がまるで違った。山菜も入っている。

 火龍亭――安くて美味しい居酒屋の代名詞だ――の料理並みだった。

「滋養、強壮、後は味で選んだわ」

「まるで、何て言うか、味が違う。美味しいよ」

「良かった。妖精も使って食材は溜めといたの。見守る以外にすることがないから」

 その見守りの間に何度か心臓が止まりそうになったのだけれども。

「無駄はないわね。動きに。次の相手はかなり速いわよ」


「あの、アイデアが有るんですけど」

 エリジアが夜食代わりなのか焼き菓子を食べていた。

「何でも。嫌だとは言わない」

「魔物ランキング、っていうのを書きたいんで、インタビュー長めにいいですか?」

「僕は何を話せばいいのかな」

「これまでに戦った敵の話を、簡単に。全部とは言いません」

「……一晩かかるぞ?」

 本気で喋ろうとする辺りが純朴さの残るルメルである。

「そこまで本気じゃなくていいから。ね。ネタですネタ」

「順番に話せばいいのかな?」

「私は詳しくないですから、それで」


 何なの。ルメルって化け物なの?

 本当に一度でも戦ったら覚えてるの?

 ――熱気に押されて朝まで聞いてしまった。

 徹夜で議事録を取る程度の事は昔やったけれども。

 エリジアもさすがに疲れていた。

「……明日は休暇ね」

 熱気の残っている間に文書を書きたい。


 ルフィアと仲がいいからルメルが護衛の長だと言う者もいる。

 その要素が無いとは言わない。

 だが、そういう前に、この――ただのメモに目を通して見ればいい。

 同じ事が出来るのならやってみればいい。

 化け物だと分るだろう。

 この冒険記を書き始める前に一通り話は聞いていたが――中身が厚い。

 全部はとてもじゃないけれど書けない。

 兵法書か剣術指南書みたいになる。

 さもなければ魔物の解説書だ。

 章立ても考えないといつまでも戦いが続く。

「白銀の塔」について、ルフィアとルメルがどう考えているか、この先どうする積りなのか、それも主題の一つだ。

 家庭生活もざっくり省いてしまったが、書きたい事も有る。

「お茶飲んで考えよう」

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