第18話 レベル3祝賀会・混乱

 レベル3への急上昇はルメルには――2の時に比べれば衝撃ではなかった。

 ただ、いつまでルフィアと一緒にいられるのかが不安になっただけだ。

 これまで実家でどうしていたのかはわからないが、セフィはレベル3上昇と共に緩慢な眠気が到来しているのを感じていた。

 顔が緩んでいく。

 上気し、抑えきれない。

 身体を駆け巡る魔力が熱い痺れになる。

「あ……あっ」

 まだ食卓にいるとは思いながら――ルメルのレベル情報を一晩中祝いたいとは思っていたのだが――次第にどこかへ向けて堕ちていく。

 翼が生える時の高揚と似ていて、さらに激しい。


「ルメル君……わたしどっかに……行きそう」

「「魂の旅」よ。セフィ。純粋な魔法使いほど旅に出る可能性は高いわ。ルメル、二階のセフィの部屋に連れて行ってあげて」

「大丈夫なのか……これは」

「そうね。短ければ十日、長ければ数カ月から数年、絶対に大丈夫とは言えないけれどまず、死ぬことはないわ」

「そんなにかかるのか……」

 セフィの身体もルメルには軽い。

「まら、らいじょうぶ……」

 名残惜しそうなセフィを担いで二階に向かう。

「……急がなくてもいいみたいだけど、もう寝た方がいい」

 誰か身の回りの世話が必要になるわね。ルフィアは考えを巡らせていた。

 自分にせよルメルにせよ、付きっ切りでは冒険にも出られないし、日常生活にも支障が出る。

 家政婦は雇っていない。


 そろそろ使用人を雇ってもいいが、セフィを任せられる人物の心当たりがない。

 魔法にある程度長けていること。「魂の旅」が何であるか知っていること。

 ただの病人ではないのだ。

 同性のほうがいいだろう。ルメルが全部世話をするのは考え難い。

 全身を拭く程度は当たり前だし。

 基本的に魔力を摂取するだけだが――あれこれ激しい反応をすることになる。

 特に火の庭園で炎の樹に囲まれている時には大人しく寝てはいられないだろう。

 魂だけとはいえセフィの身体にも熱さは伝わってくるのだ。


「……と、言うことなのよ」

 ルフィアの前には都市神がいた。

「だからってなんで私? 私物化しないでください」

「誰でもいいってわけじゃないでしょう? ……セフィはかなり可愛いわよ?」

「……………………だ、だから何っ。だってそんな長くは開けてられないわ。そ、そろそろフェスタだし」

「また都市か物語に不整合が出たの?」


「後者は私のせいじゃないから。日付調整よ。殆どは。後は言えないわ」

 一年のどこかで不意に閏月が入る。暁の住人には慣れたことだった。

 同時に天変地異が起きる。無かった山ができていたり、突然海が見えたりする。

 人がごっそり居なくなっていたり、増えていたりもする。

「まあいいわ。じゃあ誰か紹介して貰える?」

「会議所にでも行って暇そうな神でも拾ってくればいいじゃない」

 神は眠らない。食事も必要ない。なぜか給金は欲しがるが。

「いいわね。頼んだわ」

「……何だと思ってるの私のことを」

「みんなの都市神よ」


「キリアで御座います」

 髪から全身ピンクの神が派遣されてきたのは、まだ夕食の片付けの途中だった。

「……都市神は何て紹介したの?」

「こちらで家事を手伝えと。丁度仕事がなくなった所ですし」

「「魂の旅」を見たことは?」

「私、キリアは冒険課担当です。それはもちろん」

「……悪くはなさそうね。二階で喚き声が聞こえたらそこがセフィという子の部屋だから、多分慌ててるルメルって男の子の代わりをしてあげて」

「はい直ちに」

 キリアは階段を音を立てず、しかし駆け上がって行った。

 会議所には珍しい。働くタイプだ。


 ルメルがルフィアの命ずるままにセフィを運び終えた頃。

「ん……やだ。いなくなるの」

 まだ瞼は薄く開いたままだ。眠りに落ちる寸前だった。

 ルメルはセフィをベッドに寝かしつける。

「ちゃんと様子は見るからさ。安心して」

「……どれだけで帰れるかな……」

「きっとすぐだよ」

「……そうだ……『脱装』。たぶん……四大のところも回るし……どこまで行くのかな……ひとりで行きたくない」

「待ってるよ。ちゃんと」

「本当?」

 たぶん必死に開けていた瞳が閉じる。

 静かな寝息が続いた。


 盥とタオルを持ってキリアが現れたのはしばらく経ってからだった。

「……これはたぶん、火の庭園ね」

 全身に汗が浮いている。熱い上に暑いのだろう。

 水も吸い飲みで与える。苦痛と快楽の混じった表情だった。

「まあ、男の子には見せたくはない顔でしょう」

 息も荒く、悦楽を知らせる声も上げていた。背筋が弓なりになる。

 キリアは、まず唾液を拭いた。

 ルフィアから服装の指定はなかったが、魔装の上からピンクのメイド服を着ていた。


「ルフィアも旅はしたの?」

「え、ええ、そうよ」

 ベッドで二人きりというのが久しぶりな気がしていた。

 ほんの数日なのに。

 完全にセフィに奪われてしまう前に。

 ルフィアは部屋自体を時間結界で封鎖していた。


「思い切ったことしますねえ」

 またエリジアがにやついていた。

「想像で勝手なこと書くなよ?」

「むしろ気合を入れて書けとルフィア様から指示が」

「これもう読んでるのか?」

「さあ」


 キリア。ピンクの髪とピンク色の目。薄いピンク色の肌という神だから許されるというか勝手な裸身である。

 魔装はピンクかつメイド服もピンクと白である。

 趣味で時々肌を深緑にしたりもしている。魔物っぽい。

 姿形はある程度自由になる。

 元は犬であったという話もあるが本人から取材はしていない。

 ともあれセフィの汗をやはりピンク色の舌で舐め取っていた。神の口であるから殺菌消毒効果はある。


 セフィが身体をくねらせる。その曲線に沿って無心で舌を這わせる。

 無料で(神には珍しく)奉仕活動を申し出るだけはある。

 充分な報酬である。

 キリアの目にハートが浮き出る能力があれば出ていただろう。

 どうも落ち着いて旅が出来なかったと後にセフィも述懐している。


 ――要するにみんな好き放題をしていたのである。


 セフィはルメルがまだベッドの傍にいると思い込んでいた。

 彼女だけは真面目に旅をしていたと付け加えておく。


 火の庭園は炎の樹が立ち並ぶ広大な庭である。鉄が溶けるほどの熱が庭園を満たしている。

 そこを肉体の有るものが歩けば数歩も持たないで燃え尽きる。

 魂だからいいようなものの、魂の感じた熱さは身体に伝わる。

 火傷を負う場合もある。こまめな『治療』が必要となる。

 火の王の邸宅は庭の奥にあり、炎の樹を抜けていかなければならない。

「ルメル……待っててね」

 何度も呪文のようにその言葉を繰り返して、セフィは炎の中を歩いていた。


 既に四大の王とは一度会っている。二度目だが熱さに慣れることはない。


 美しい噴水に彩られた水の王の庭園。

 何らの支障なく美しさを堪能すればいい。


 風の王の空中庭園。

 足元に注意は必要だが落ちなければいいだけのことだ。


 地の王の地下迷宮。

 延々と続く暗がりを抜ける必要こそあるが、疲れるだけで魔物が出るわけでもない。


 多少は走破が難しい所もあるが、火の王の庭園には及ばない。

 二度も来た以上は魔法系統樹の上位を使わせてくれと頼む積りだ。

 少なくとも『煉獄』の力を倍以上に。

 あとは……召喚したら来い。

 熱くて頭は回らない。

 自分自身が一歩間違えれば火の柱になる。

「早くこい!」

 セフィを見つけたらしく火の王が逞しい声で呼ぶ。火の王は気が短い。

 苦痛には人の十倍くらいは強いセフィではあるが、こんな責め苦は生身では味わっていない。

 乾き切ってひび割れた道を素足で歩く。

 気が重かった。セフィは火使いではあるが――火の王は気紛れな上に短気でしつこく好色で変人だ。

 人ではないけれども。


「はあ……はあ……御前に参りました」

 辿り着いたという安心感で足から力が抜ける。四つん這いになっていた。

 長方形の焼けた石の一枚岩が火の王の館の入り口だ。既に入り口で待っている火の王が見える。庭園を見渡す場所で誰かが焼けるのを愉しんでいるのだ。

 本来は四大の王がセフィに従属しているのだが、火の王だけは別だ。

 機嫌を損ねると面倒なこと極まりない。

 水、風、地ともに歓待を受けると言うのに。

「よし……そのまま四つ足で這って来い」

 火の王が調子に乗っているのには気付いたが、ふざけるなとも言えない。

「思い切り欲情で焼き尽くしてやる。楽しみにしていろ」

 燃え上がっているマントのまま、セフィの元へ歩み寄る。

 勢いづいた火の王はどうにもならない。

「……お気に召すままに」

 セフィは目を閉じた。

 どうせ叩かれたり焼かれたりするのだ。早く終わってもらいたい。


 同じ頃――時空間と存在が違うので何とも言い難いが――ルメルは膝まで白い液体に浸かっていた。ルフィアが本気を出した魔力漏出の結果である。

 部屋全体に甘い匂いが広がっていた。

 さっきまで翼の生えたルフィアの下にいた。これを浴びていたのである。

 まだこれでも全力ではないらしい。

 もったいないのでハイポーションを瓶に入れたが、百本で諦めた。

 合一の時でさえここまではしなかった。

 魔力総量は森一つ分くらい、と聞いていた。

 幾らか成分を変えたらしい。


「確かに食事は要らないようだけど」

 瓶を開けるとルメルは一本を少し口に含む。

 妖精酒に似ている。

 明日の朝まで七日間の夜をここで過ごして欲しい。

 そう言われてから気付いたことがある。

 ルフィアも――レベルのこともある――突出しすぎて寂しいのだ。

 ベッドに戻る。うまく空間を切り取ったのか、ベッドは濡れていない。

「狩りも手伝って貰ってばかりでルフィアは見てるだけだったね」

「……そうね」


 片膝を立てて、ルフィアはベッドに座っていた。

 妖精境に咲くという花がハイポーションの水面に浮いている。

 魔力を吸って赤く輝いている。あるものは白く。あるものは青く。

 揺れる光がルフィアを赤く、白く、青く染める。

 ルフィアの故郷にはこんな場所があるという。

「しばらくこうしてて貰っていい? ルメル」

 再びルフィアがルメルの上に乗る。

 酔ったように――穏やかに――ルフィアが口付けた。

 舌からは甘い香りと痺れるような感覚があった。

 白く変わった唾液がルメルの顔を染めていく。

 それを舐め取った。

「ねえ、ルメル。私には私で夢があるの」

 旅だろうか。まだ手をつけていない実験だろうか。

「レベル9。誰も考えようともしないレベル9。昇格条件はそれまでとは違うのよ。あの、魔法を禁じる「白銀の塔」を作り上げること」


 遥か帝国の北限に建っている白銀の塔。あらゆる魔法は禁じられる。

「……それは……世界が終わらないかな」

「そうね。少なくとも半数以上の魔法都市は全滅する。私のような魔法生物も死ぬ。消えてなくなる。どう思う?」

「それを作るのが夢?」

「なぜそんな昇格条件なのかを突き止めるのが夢。ルメルも要らないでしょう? 森も消えてなくなる。もう一つ、他の方法でレベル9に成る。その手段を探すこと。それまで、一緒にいてくれる? もうすぐ、ルメルがいなくなりそうで怖いの」

「一生でもいい。僕も手伝うよ」

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