二十一章 火輪の標

 治安維持局特別執行班――通称〝テミス〟の許に「〝雲渡り〟出現」の報が届いたのは、ブラッドが社長室に強襲をしかけてから十分もあとのことだった。


 テミスは、識者シキシャの咎人に法の裁きを下すべく組織された暗殺部隊である。無論、構成員はすべて識者。企業経営に一切の興味を払わず、支配欲求にも乏しく、戦うことに飢えた殺戮者ばかりが、ここに集うのだった。


 中でもジョエル・ラゾフニルなどは、出動命令のない平穏な日常に、心底辟易し苛立っていた。今も、〝雲渡り〟が確認されたというのに、出動命令は下されないままだ。企業からの要請なくその敷居を跨ぐことは固く禁じられている。マティス・クリーン社から救援要請がない限り、彼らは待機していることしかできなかった。


「つまらねぇ……つまらねぇ、つまらねぇッ!」


 ジョエルはデスクに投げ出した足を振りおろし、それを半分に叩き壊した。この一週間だけで、彼の壊したデスクの数は十五にも及ぶ。


 テミスの面々は、ジョエルの癇癪に慣れている。向かいのデスクで暢気に煙草を吸うマキュラは、虚ろに紫煙を吐き出すばかりで、彼を一瞥することもなかった。


「……気を荒げるな。俺たちまでイラつく」


 唯一不快感をあらわにしたのは、部屋の隅に蹲って携帯端末を操作するガフォンだった。親指の爪を噛みながら、端末をいじる手を止めない、陰気な男である。


 ジョエルはガフォンを睨みつけ、デスクの破片を蹴り上げた。破片がマキュラの指に挟まれた煙草を弾き飛ばした。


 マキュラはそれに怒るでもなく、落ちた煙草を、ただ茫洋とした眼差しで見つめた。すると、煙草の中から灰の蛆が這い出してきた。それがさも美味そうに煙草を貪り始めるのだった。


「お前らはよ、おかしいと思わねぇのか? 犯罪者のクズがそこにいるって判ってるのによ。どうして殺しにいけねぇんだよッ! こんな法律間違ってるだろ?」


 殺戮衝動が皮下で暴れ回る。苛立ちが衝動に薪をくべるようだった。

 しかし賛同の声は得られなかった。班長のコランが口を開いた。


「間違ってなどいない。少なくとも、それが今のオルニの法だ」


 コランのデスクは窓際をほとんど占拠するほど長大で、小石がずらりと並べられていた。彼はその小石を、端から一つずつ摘み上げては、口の中へ放りこみ噛み砕くのだった。それゆえ室内には、彼の足音と石を噛み砕く音が、不快な音階を刻んでいた。


「……ちくしょう。納得いかねぇ。班長はムカつかないんですか?」

「妙な気は起こさないことだ」


 コランは応えず、新しい小石を噛み砕いた。


 ジョエルは余計に苛立ち、デスクの残骸を拾い上げた。腹立ちまぎれにマキュラへ投げつけようとすると、鈍色の双眸が残骸を射抜いた。たちまち、そこから無数の鉄の蛆が湧きだした。ジョエルは蛆に手を喰われる前に、それを手離した。


「クソ、つまらねぇな……」


 ジョエルは立ち上がり、部屋を出ようとした。

 その背中を、オルトレの五本目の手が叩いた。


「どこ行くつもりよ?」

「パトロールだよ、バケモノ女」


 鬱陶しい手を払い、自動スライドドアが開き切る前に、それを蹴り壊して出て行った。


 オルトレは、背中から生えた七本目の手で、栗色の前髪を摘まんで言った。


「いいの、班長?」

「……構わん。奴には息抜きも必要だろうしな。万が一、馬鹿げたまねをしたなら、死んでもらうだけだ」


 小石を噛み砕く音が続いた。


                ◆◆◆◆◆


 スモッグ流が一文字に断たれ、刃がマティスの許へ届いた。


 ところが、返ってきたのは、肉を断つ感触ではなかった。重い反動が、指先から肩へ突き抜け、半身を痺れさせた。刀がギリギリと悲鳴を上げた。


 マティスの掲げた腕は、ほんの僅かにかすり傷を生じただけだった。

 ブラッドはその腕を蹴って飛び離れた。


 一拍遅れて反撃があった。拳が虚空を打つだけで、嵐のごとく衝撃が吹き荒れた。


 隙は確実に大きくなっている。攻めるも躱すも容易い。だが、その膂力や防御力は、以前の比にならない。表皮はまるで鋼。そこから繰り出される一撃は、さながら巨人の振り下ろす鉄槌だ。


「ハッハ、サイあクの気分ダぁ!」


 耳障りなノイズを混じらせ、マティスが哄笑した。仰け反り、狂ったように身を捩る。隙だらけだ。十は斬りこむことができるだろう。


 しかし、どこから斬りこんでも、致命傷を与えるビジョンは浮かばなかった。徒に消耗し、死を招くばかりに思われた。


 かと言って、強化状態が解除されるまで時間をかせぐのも得策とは言い難い。企業を出た以上、治安維持局の目からは逃れられない。テミスの連中と今、事を構えるのは望ましくない。奴らが強敵であることを、ブラッドは身を以て知っていた。


「どウした、クモわタり。怖気ヅいタカ?」


 返答の代わりに、スロットルの音を返した。柄頭がひらき、周囲のスモッグ流を吸入した。刀身が紅蓮の輝きを帯び、煙をくゆらせた。


 マティスのガラス玉の瞳が、虚ろに見つめた。


「……オカしな刀ダな。そレダけノ熱をもチナがラ、型が崩レもシナイとは」

「欲しいならくれてやる。……その血肉にな」

「ハッハ! オもシロいッ!」


 両者、地を蹴る。

 二つの影が引かれ合った。


 刀は今や白き閃光と化していた。

 衝突の寸前、熱波を吹き荒らし、白刃が閃いた。破壊の嵐がそれを迎え撃った。


 力の奔流が四囲を食い荒らした。アスファルトが砕け、窓が散り、空が爆ぜた。


 それが互いを僅かに隔てた。


 焔の刃は肉に届かず、圧縮された空気を灼きながら咆哮する。

 マティスの拳は軋みながら、燃え盛る空間を捻じ曲げる。

 力の障壁は、それらを押し返そうともがく。


 それが双方の腕をびりびりと痺れさせた。微かな痙攣とともに、力が乱れた。


 そのとき、障壁の力が両者に勝った。


 衝撃波が爆ぜた。空気が灼け、周囲を破壊せしめ融かした。二人の識者は遠く吹き飛ばされた。襤褸の切れ端が舞った。その端を炎がちろちろと舐めた。


 ブラッドは全身の骨が軋むのを感じた。居住区へ転移する際、拳を受けた手のひらが燃えるように疼いた。先の衝撃で骨が砕けたのだ。


 それでも憤怒の炎は消えなかった。信号のホログラム投射機を蹴り、その身体は、爆炎の痕が撫ぜる焔の中へ消えた。


 それはマティスとて同じだった。腕は熱によって黒く焦げ、やや爛れて見えたが、それだけだった。彼の闘争心へ油を送る、至高の人形への渇望は、修羅の太刀筋が鋭くなればなるほど、昂ぶってゆくのだった。


 怒りの化身と欲望の化身は、再び焔の中で交錯する。


 しかし、互いに切り結ぶことはなかった。


 マティスの拳にはタメがある。衝撃波が生ずるのは、打ちこみの際の加速が音速を凌駕するからだ。


 その軌道を読むこと自体は容易い。


 拳が空を穿つより早く、修羅の眼光は敵の懐にあった。


 衝撃波がマティスの眼前に燃えたつ焔を吹き消すのと同時、白熱の刃がその脇腹へと閃いた。


 斬撃は刹那。


 星の瞬きのごとく振り抜かれた刃が、純白のスーツを炭化させ、褐色の肌を――


「……ナッ!」


 裂いた。


 そのまま走り抜け、片脚を支えにスピンをきめる。遠心力を以て、手中の刀を投げ放つ。


 脇腹を押さえたマティスの背中は無防備だった。

 電流のごとく全身を突き抜けた痛みが、致命的な隙をさらしたかに見えた。


 ところが、その足許は、すでに弧を描いている。


 スピンをきめたのはマティスも同じだった。


 軸を保ちながら、その身体が螺旋を刻んだ。反転し、ねじれ、一方の拳が振りぬかれた。


 接触の直前、衝撃波が吹き荒ぶ。


 推進力を相殺され、刃は虚しく地に――。


 そこへマティスが駆けだした。


 ブラッドも地を蹴ろうとするが、そのとき、全身の肌が粟立った。咄嗟に重心を後ろへ移動させ、バックステップで飛び離れた。


 それとほぼ同時だった。


 くるくると回転落下する刀の柄が、ちょうど真下を向いたその時、マティスの爪先が残像を刻んだ。


 その軌跡、まさに三日月のごとし。

 流麗なサマーソルトキックが、刀を天高く打ち上げた。


 さらにその衝撃波が、バズソーのごとくブラッドへと襲いかかった。


 ブラッドは着地と同時に、次のステップを踏んで躱した。

 襤褸の端がズタズタに切り刻まれ、舗道が深く抉られた。


 次の瞬間、天に火輪が爆誕した。


 天上の館を贄とするようにそれは咲き誇った。門が炎に呑まれ、歪に拡がった。上空にわだかまったスモッグ雲が地上へと叩きつけられ、館の破片が槍のように降り注いだ。


 修羅の愛刀〝華焔かえん〟は、その名のごとく、焔の華となりて天に散った。


「ハッハ……! 勝機ヲ読ミ違えタヨウだな、クもワタり」


 脇腹から黒々とした血を噴き、マティスが片膝をついた。

 攻めるに、他とない好機だった。


 しかし、ブラッドは踏み出さなかった。

 あの頑強な肌を打ち破るには、〝華焔〟の白刃が必須だった。必殺の太刀が失われた今、なす術はない。


 逃げることも考えるべきだった。


 治安維持局のサイレンの音が、徐々に近づき、方々で膨れ上がってゆく。増援がやって来るまでに、もう幾許の猶予もない。


                ◆◆◆◆◆


「……ッ!」


 治安維持局警邏車輌のボンネットに、突如、何者かが着地した。


 ブルネス・ハートンは咄嗟にブレーキを踏んだ。後部がややスピンし、遠心力で身体が傾いた拍子に、濾過マスクがガラスへ叩きつけられた。


 若干の痛みはあったが、幸い対向車もなく、事故に発展することはなかった。


 ブルネスはひとまず胸を撫で下ろし、助手席のターラーの安否を気遣った。メカニカルスーツの相棒バディは、痛みに頭を抱えることもなく、殊勝に頷きを返した。


 二人は通じ合っていた。どちらが遅れることもなく、弾き出されるようにして、車内を跳びだした。速やかにオートマチック拳銃の安全装置を解除し、銃口をボンネット上の影へ定めた。


 しかし彼らは、すぐにその判断が誤りであることを認めねばならなかった。


 ボンネット上に直立した人物は、彼らのようにマスクで顔を覆っていなかったのだ。


 この世には、汚染大気に耐え、常人ならざる力をもった肉体の持ち主がいる。それは世界に支配の根を伸ばし、社会の陰なるところを知ることから識者と呼ばれる。


 加えて言えば、その男の胸もとでは、禍々しい秤のエンボス加工されたバッジが鈍く煌めいていた。特別執行班の局員たる証である。左頬から右のこめかみにまで刻まれた傷痕をもつのは、その中でもたった一人しか該当しなかった。


 二人は銃を下ろし、すかさず腰を折る。


「も、申し訳ございません! ラゾフニル特別執行官殿!」


 カツン、とブーツが地面を打つ音が響いた。


「かてぇのはナシだ。めんどくせぇんだよ、そういうの。それより早く車だせ」

「畏まりました!」


 ブルネスは発条仕掛けの人形のように頭を上げると、素早く敬礼を返し、運転席へ飛び乗った。一方、ターラーは識者に対する畏怖にすくんでしまったのか、腰を折ったままだった。


 ブルネスはそれを一瞥して、すぐに正面へ向き直った。なにが起こるか理解していたし、それにいちいち注意していれば、自分も彼と同じ目に遭うことは明らかだったからだ。


 息つく暇もなく、助手席に荒っぽくジョエルが乗りこんできた。ドアを閉めると、バゴォと激しい破砕音が鳴って、取っ手が外れた。恐るおそる隣を盗み見ると、周囲のフレームが大きく歪み、スモッグの隙間風が吹いているのが見て取れた。胃が凍りついた。


「この車はどこへ向かってた? パトロールかなんかか?」


「い、いえ! B区870番地付近で、車輌強盗事件がありまして、その犯人を捜索していたところであります!」


「はぁん、そうか。まあ、どうでもいい。〝雲渡り〟がどうなったか知らねぇか?」


「不明であります。現在、通信系に激しいノイズが確認されておりまして、連携のとれない状態が続いております」


「ほう。ノイズか、なるほどな」


〝雲渡り〟出現の報は、通信によってではなく、局員によって直に伝えられた。局自体の通信機能に異常はないが、現場には異常があったわけだ。ジョエルは得心した。


「とすると、あのクソ野郎は、もう事を済ましてるかもしれねぇってわけか……」

「……」


 ブルネスはこれには答えなかった。そもそも彼は〝雲渡り〟が出現したことさえ知らされていないのだ。


「まあ、いいや。とにかく車だせ。強盗犯のアホが見つかったら、俺が始末してやる」


「はい! ご協力感謝いたします!」


 ブルネスは恐怖を噛み殺しながら、発進した。サイドミラーを一瞥すると、血だまりの中に倒れるターラーの姿があった。アクセルを踏む足が力んだ。


 警邏車輌は商業区の摩天楼を裂くように疾駆する。特に犯人の逃亡先に目星がついているわけではない。他のサイレン音から遠ざかるように移動しているだけだ。それになんの意味があるのかも、ブルネスには解らなかった。とにかく、アクセルを踏み、ハンドルを握っているしかなかった。


 その間、ジョエルは一言も寄越さなかった。特に行き先を指示するつもりがないのか、こちらが正解の道程なのかは判らなかった。


 たしかめる勇気など、ありはしなかった。この重い沈黙こそが、唯一、死を隔てる壁のように思えたから。沈黙を破れば最後、自分もターナーと同じ末路を辿ることになる。そんな嫌な想像が消えてくれなかった。


 それを本能が押し留めようとしたのだろうか。

 ブルネスはふと、我が家ですくすくと育つ娘の顔を思い浮かべた。


 妻に似て肌が白く、睫毛の長い子だ。青い瞳だけが自分に似ている。両親の美しいところだけを受け継いで生まれてきたような、本当に可愛い娘だった。


 近頃は言葉を理解できるようになってきて、色々なことを訊ねてくる。

 けれど、悲しいことに三日前の夜の質問は、答えられなかった。


『ゆうひってきれい?』


 現代社会に生きる多くの者が、それを知らないだろう。娘が「ゆうひ」という言葉を知ったのは、インターネットの中から、失われた過去が転がり出てきたからに過ぎず、ブルネスの知識も経験もまた、それ以上ではなかった。


 小さく吐息を漏らし、暗雲のごとく淀んだ空を見上げる。そして思うのだ。


 あの子が大きくなる頃、この空に夕日は戻ってくるだろうか、と。


 しかし、その先に思いをめぐらすことはなかった。

 車輌は丁字路にさしかかり、運転手に否応なく選択を迫った。


 これまでは交差点が見えても、ただただ思考を手離し直進してきたが、今回ばかりは、そうもいかなかった。右か左か、どちらかにハンドルを切らなければならない。選択しなければならないのだ。


 どちらが正しい道かは判らなかった。ジョエルは黙りこみ、ダッシュボードに足をのせて虚空を睨みつけるばかり。いちいち答えなどくれなかった。


 信号のホログラムドアは開いていた。閉じる様子もなかった。


 ブルネスは奥歯を噛みしめ、左にハンドルを切った。胃の中で鉛の玉がごろごろと右に左に揺れ動いた気がした。


 緩やかに視界がスライドした。

 遠く空が焼けた。


「……え?」


 それは鈍色に淀んだ雲を払うようにしてひらいた、天上の華だった。


 中心の熱が闇を呑み、パチパチと弾けるように輻射した光が明滅した。その光の一塊、一筋までもが、どこか憂いを帯びて、懐古的な感慨を呼び起こした。


 華の背後には、途轍もなく巨大な屋根があった。不気味に暗く、美しい屋根だった。


 その異様なコントラストが幻想的であった。


 ブルネスは任務を忘れ、恐怖も忘れ、ブレーキを踏んでいた。携帯端末をだす手許が震えながら、空を目指した。


 そのとき、フロントガラスが砕け散った。


 ブルネスは端末を手離し、咄嗟に顔の正面に腕を掲げた。パラパラと破片の散る音が耳に痛かった。


 我に返り、助手席を見ると、ジョエルの姿はそこになかった。

 正面に視線を戻せば、夕日の残滓も見出すことはできなかった。


 ただ、暗く美麗な屋根だけが浮かんでいた。


 不意に、胸に暗澹としたものが過ぎった。そこに感慨を見ることはできなくなっていた。悪夢のようだとさえ感じた。


 だが、あの一瞬こそが夢だったのかもしれない。美しい夢ほど、すぐに醒めてしまうものだ。


 空中要塞めいた巨大な館が、強風に吹かれる雲のごとく緩やかに、しかしたしかに、近づいてくる――。


                ◆◆◆◆◆


 コニアは最初、それを錯覚だと思った。

 あるいはカロン・シティを徘徊するドローンの異常だと。


 呼吸すらも殺すようにライフルを構えたメアの背後で、彼女は開け放したドアの向こうに設けられた窓を見ていた。


 スモッグの霧の中、不意に、パチパチと目を射るなにかが昇っていったように見えたのだ。


 だが少し考えてみれば、それがドローンの異常でないことはすぐに解る。墜落することがあっても、無意味に上昇するということはまずあり得ない。


 だとすれば錯覚ということになるのだが、その予想はすぐに裏切られた。


 それは音もなく咲いた。

 コニアの目を射ぬき、空を果てしなく焼いた。


 社長室の破壊された窓を睨んでいたメアでさえ、その紅の波動を視認したほどだ。


 メアが振り返った。

 コニアは目をしばたたいて火輪を示した。


 そう、それは火輪だった。失われたはずの太陽が、遠く空に滲んでいた。


 メアが決然と立ち上がった。

 コニアはその背中に訊ねた。


「え、なに、逃げたほうがいいの?」

「好きにするといいわ」


 あれほど集中して睨んでいた社長室を一瞥もせず、メアは二脚を収納し、スナイパーライフルを抱えた。


「突然、どうしたのよ」

「場所を変える」

「どうして?」


 あの大いなる輝きが原因であることは間違いなかったが、コニアは多くの疑問を消化したかった。つい昨日会ったばかりの女が、社長を殺そうとし、無表情の女と苛烈な格闘を繰り広げ、ライフルを構える非現実を、なぜだか現実として取りこんでおきたかった。


 けれど彼女の返した答えは、明瞭としないものだった。


「あそこにいる気がするの。ただの勘だけど」


 それだけ言うと、彼女は胸もとから無骨な鋼鉄のマスクを取り出し、脇を通り過ぎていった。


 わけも分からず、その背中を追った。


 彼女の求めるものが、あの火輪の標にあるのなら、コニアの求めるものは、彼女の許にあるような気がしたのかもしれない。


 曖昧模糊としたものを頼りに、二人の女は馳せ続けた。


 その頃、すでに陽光は失せていた。

 それと入れ替わるようにして、スモッグの帳の奥から、巨大な影が接近していた。


 それは美しくも不気味な館の屋根だった。

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