第20話 桐生舞ちゃん、再び暴走!

 学校の帰り道、親衛隊の皆さんといつものように下校して別れたところに、妹の親友である幸恵ちゃんと舞ちゃんに出会った。


「あっ、薫さんこんにちはー久し振りですー」

「こ、こんにちは」

「あ、うん。こんにちは」


 妹と同じ見慣れたブレザーの制服を着た美少女二人であるが、見た目同様に性格はまったく対照的だ。

 オレにキラキラした目を向けて何やら興奮しているのは桐生きりゅうまいちゃんで、見た目どおりの活発な女の子だ。まあ、あまりに活発すぎてオレとしては持て余してしまうことも多々あるが。

 その舞ちゃんの横で、顔を赤く染めつつも上目遣いで見つめてくるのが九条くじょう幸恵ゆきえちゃん。少しきつめの目をした黒髪ロング。

こんな美少女に、しかも二人に笑顔で声を掛けられて、オレが男のままだったらきっと顔を真っ赤にしてしまっているだろう。


「うーん、今日も超美しいですね! わたしテンションマックスですよ!」

「あ、ありがとう舞ちゃん」

「その照れた顔もそそります! 襲ってもいいですか!?」

「そ、それは勘弁して!?」


 相変わらずのテンションでオレの腕に絡みつく。

 最近聞かなくなった肉食系女子という言葉は舞ちゃんのためにあると言っても過言ではないと思う。


「ちょっと舞、いい加減にしなさい。薫さんが困ってるでしょ」


 片や幸恵ちゃんはいつもマイペースで落ち着いている。とても中学生には見えないのだが、ときおり熱を帯びた視線を向けてくるので、実際のところ根っこは舞ちゃんと同じではないか、と感じている。


「そうだ、薫さん! この後何かご予定はありますか?」

「え? いや特にはないけど」

「それじゃ、ウチに来ませんか?」

「えっ?」


 ウチ? ってことは舞ちゃんの家ってことだよね。

 うーん、いいのかな。突然お邪魔したら迷惑じゃないかな。


「急に行ったら迷惑なんじゃ……」

「大丈夫です。いつもは幸恵ちゃんと一緒に遊んでるんですけど、久し振りに薫さんに会えたんですから是非来てください!」

「ど、どうしようかな」


 遙の友達だし、別に問題はないとは思うんだけど、舞ちゃんのことだからきっと家族にもオレの話をしているだろう。

 もしかして、家族の人から変なことを言われたり、聞かれたりするかもしれない。そう考えると二の足を踏んでしまうのだ。


「あ、あのせっかくだけど……」


 やんわりと断りを入れようとすると、それを察した舞ちゃんの顔が悲しみに歪むのが分かった。

 う……そんな顔しないでくれ。


「また薫さんに会えたら、一緒にしたいことがあったのに……」

「舞……仕方ないわよ。薫さんに迷惑を掛けられないでしょ」


 目に涙を浮かべる舞ちゃんに寄り添うように幸恵ちゃんが慰めている。その絵面えづらは、まるでオレに告白してフラれてしまった友達を慰めているようで……何だかオレが年下の子を虐めているように見えるんですけど。


「わ、分かったよ。行きますから泣かないで……」


 ここは諦めが肝心とため息をつきながら返事をする。


「えっ!? いいんですか!」

「えっ?」

「やったよ幸恵ちゃん、作戦成功だね!」

「……は?」

「よかったわね、舞」

「あの……」


 泣き止んだ―――というか、どうやら嘘泣きだったらしく舞ちゃんが笑顔全開でオレの手をぎゅっと握る。

 ついでだから、と何故か幸恵ちゃんまでオレの腕に絡みついてきた。


「それじゃ、私の家までレッツゴーです!」

「は、はい……」


 こうしてオレは舞ちゃんの家にお邪魔することになったのだった。


 ◇


 二人に連れてこられたのは、駅近くの小綺麗なマンションだった。


「さあ、どうぞ上がってください」


 相変わらずのハイテンションなノリでドアを開ける舞ちゃん。


「お、お邪魔します」

「薫さん、そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ! 今日は私しかいませんし」

「へ?」

「ですから、今日は私たちだけですから問題ありません」


 女の子3人だから、普通で言えば問題はないはずだけど。舞ちゃんは以前、隠し撮りした写真をブログにアップしたことがあったからなあ。あのときは色々と酷い目に遭ったんだけどね。


「ですから、今日もじっくりと……」


 どこから取り出したのか分からないが、高級そうな一眼レフカメラを片手に迫ってくる舞ちゃん。

 いやまだここ玄関だからね。せめてリビングで……ってオレも毒されてきてる?


 最初からこんな調子では今日も大変な一日になりそうだ、と半ば諦めかけているところに部屋の奥から聞き覚えのない声が聞こえてきた。


「あら、舞、お客さんなの?」


 ぴっちりとしたレギンスに高級感のあるサマーセーターを身につけ、しっとりと落ち着いた声にともに凛とした雰囲気の女性が玄関に向かって歩いてきた。


「あれ、お姉ちゃん。今日はお出かけじゃなかったの?」

「まあね、ちょっと予定が変わっちゃってね。それより……」


 近づいてくるにしたがって、オレを見つめる彼女の目は訝しげなものから次第に興味を覚えたようにランランと輝きだした気がする。


「この子、もしかして……」

「うん。例の薫さんだよ」

「へえ、この子がそうなんだ」


 舞ちゃんの答えに返事をしながら、腕を組んだままオレの全身を眺め回すように視線を動かしている。

 その間にも、へえ、とか、ほうとか呟いていて、正直この場から逃げ出したい気分だ。

 っていうか、やっぱり家族に話してたのか……。


「なるほどね。舞が言ってたことがようやく理解できたわ」


 そう言ってにっこりと笑顔を浮かべるのだが、オレとしてはこの人が誰なのか、そして何を理解できたのか分からないので何とも反応のしようがない。


「あっ、ごめんなさい紹介が遅れちゃって。えーと、私のお姉ちゃんです」

桐生きりゅう秋穂あきほです。よろしくね」

「あ、はい。こちらこそ」

「ここに立っていても仕方ないわ。むさ苦しいところだけど上がってちょうだい」

「は、はい、お邪魔します」


 お辞儀をして玄関から廊下に立つと、ついと手が差し伸べられた。

 ん? と差し出された手を伝って顔を上げると、秋穂さんがにっこりと笑顔を浮かべている。


「あの、えーと……」


 どうしたらいいのか分からず、困惑するオレに秋穂さんが話し掛ける。


「私が案内するわ」

「あ、はい……えっ?」

「うふふ」


 気が付けばオレの右手は秋穂さんにぎゅっと握られていた。

 こんな美人なお姉さんに手を握られたという嬉しさと、それ以上の恥ずかしさに思わず顔を赤くしてしまう。もし女の子になる前にこんな積極的なスキンシップをされていたら、すかさず告白してフラれてしまうこと間違いなしだろう。まあ、結局フラれるんだけどね。


 結局、初めてお邪魔した舞ちゃんの家で、初めて会った年上の美人お姉さんにいきなり手を握られるというイベントが発生したのだった。

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