第4話
「ただいま」
多分、これまで生きてきた中で一番疲れた状態で我が家に何とか辿り着き、玄関で靴を脱いでいると、リビングから母さんがやってきた。
「おかえり、薫……あら、まあ!?」
予想はしていたけど、今までに見たことがないような驚いた顔だった。
「学校から連絡は受けていたけど……本当に薫なの?」
「うん……」
「……全然面影がないわね」
「……オレもそう思う」
しかも銀髪碧眼とか、ありえないだろ。一体どういう原理でこうなったのか訳が分からないし。
母さんもあまりの変わりように、訝しげな表情でオレを見つめている。
まるでアイドルの新人オーディションの審査員のように、上から下までじっくり観察して、そして満足そうに頷いた。
「でも、可愛いからいいじゃない!」
「へっ!?」
「子供が二人とも美人なんて素敵でしょ?」
「……」
そうなんだよ。うちの母さんはこういう人なんだよな。
まあ、嘆き悲しまれるよりは断然いいんだけど、たまにこのノリに付いていけなくなる。
「そう言えば、その制服どうしたの?」
「うん。学校で用意してくれたよ」
「ふーん。でも体型に合ってないわね」
オレの胸に視線を向けて言い放つ。確かに少しキツいな、とは感じているけど、借り物だから文句は言えないし。
あ、大事な事を思い出した。
「あのさ、今日の実験のことなんだけど。オレが最初に入れ替えした後に装置が壊れちゃって、すぐには直らないらしいんだ」
「あらあら、大変ね」
「予定では1か月間なんだけど、それよりは長くかかるみたいで」
「そう……」
母さんは複雑そうな表情を浮かべた。
そりゃそうだろうな。大事な一人息子が女になったうえに、それがいつまで続くか分からないなんて嫌に決まってる。だから、何とか早く装置が直って欲しいと思っているだろうな。
「……残念だわ」
「うん。でもすぐに直るはずだよ」
「このまま女の子でいてほしいのに……」
「……はい?」
もしかして、オレと母さんで見解の相違があるんだろうか?
それとも空耳かな?
「こんなに可愛いんだから、男に戻るなんて勿体ないわ」
「空耳じゃなかった!?」
よっぽど絶望的な表情になっていたのだろう。オレの表情に気付いた母さんは慌ててとりなすように言う。
「じょ、冗談よ。そんなこと思う訳ないわ」
「ほ、本当に?」
「え、ええ……もちろんよ」
「……なんで目を逸らすんだ?」
いかん……涙が出てきた。オレはこの家でいらない子だったなんて。ただでさえ、女の子になってショックがでかいのにこの仕打ち……。
「うー、家出してやる!」
制服のまま、オレがもう一度靴を履こうとすると慌てた母さんが腕を掴んだ。
「薫!? 落ち着いて! ね?」
「ヤダ! オレはいらない子なんだ!」
玄関で押し問答をしていると、ガチャリと玄関のドアが開いた。
「ただいま」
入ってきたのは妹の
成績優秀、運動も抜群なうえに優しい性格なのでオレの自慢の妹であるが、今はその切れ長の目を見開いて、オレを見つめている。
「……誰?」
怪訝な表情でオレに問いかける。ああ、そんなに冷たい目で見ないでくれ!
「ええと、薫……だけど……」
オレの代わりに母さんが答えた。
「薫?……ってお兄ちゃん? お兄ちゃんなの!?」
まるで電車内で痴漢を掴まえるように、オレの胸ぐらを両手でガッチリと掴む遥。
「ぐえっ!? ああ、オレだ。訳は後で話すから……その手を離してくれ……」
「あっ、ごめん!」
慌てて手を離す遥。
オレはヒリヒリする首の辺りを撫でながら思った。コイツ、こんなに力があったとは……これからは気を付けないといけないな、と。
$ $ $
オレと妹の遥が私服に着替えた後、母さんと3人で夕食を食べ始めた。
話せば長くなりそうなので、夕食後にしようと母さんが言い出したからである。
ちなみに私服とはいっても、オレは女物の服なんて持ってないので、学校指定のジャージである。
手を精一杯伸ばしても、せいぜい中指が袖から見えるぐらいなので、女の子になってかなり縮んだようだ。
しかし、食事の間、ニコニコしている母さんは別として、向かいに座る遥の刺すような視線が痛い。
母さんが本人と認めているので、オレを別人とは思っていないようだが、会話もないし、目も合わせない。まるで赤の他人と強制的に食事を摂らされているといった、面白くなさそうな態度であった。
3人が食べ終わり、食後のお茶を飲んでいるときに母さんが切り出した。
「それじゃ薫、話して頂戴」
「うん」
オレは今日あった出来事をかいつまんで説明した。
今朝、突然、先生から男女入れ替え実験が行われると聞かされたこと。
最初はみんな不安であったが、実際に目の前で研究者が入れ替えしたのを見て、安心して実験に臨んだこと。
でも1番目だったオレが実験した後に装置が壊れてしまい、直るのに時間が掛かりそうなこと。
結果的に実験したのはオレだけだったこと。
ただ、他に担任の小杉先生に襲われかけたことやクラスの女子から守ってあげる宣言を受けたことは黙っていた。前者は思い出したくないことだし、後者もどちらかと言えば嬉しいとは言い難いものだからだ。余計な情報は伝えない方がいいだろう。
説明を終え、喉が渇いたのでお茶を一気飲みする。
話を聞き終えた母さんと妹の遥。一応概要を聞いているはずの母さんも真剣な表情を浮かべていた。
「というわけで、オレはしばらくこの姿のまま生活しなきゃならないんだ」
オレがため息交じりに呟くと母さんがオレに顔を向けた。
「……薫」
「うん。何?」
「なんて可愛い声なのかしら! 思わず聞き惚れてしまったわ♡」
「話の内容はどうでもよかった!?」
オレは頭を抱えた。
さすがにオレをいらない子扱いするだけあって、内容までは頭に入っていかなかったらしい。
何とかしろ、とは言わないが、せめて前向きに考えてほしかった。
仕方がない。
残念な母さんにはさっさと見切りを付けて、優秀な遥に頼るしかない。
「なあ、遥。オレはどうしたらいい?」
もうお前しかしない……オレの
「あたし、前からお姉ちゃんが欲しかったから嬉しいな」
「早速、姉認定!? しかも答えになってない!?」
妹よ……お前もか……計り知れない激しいショックを受けるオレ。
固まってしまったオレの目の前で、母さんと遥は楽しそうに話し合っている。
「やっぱり、この姿だとミニにニーソが定番じゃないかな」
「そう? 意外とお嬢様っぽい服がいいかもよ」
「違うよお母さん。ゴスロリ系を着せたらもう無敵だわ」
この姿に何が似合うかで二人が盛り上がっている中、オレはまるで魂が抜けたようなうつろな状態で静かに自分の部屋に戻り、悔し涙を流しながら眠るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます