第2話

 実験を指揮していた五十嵐さんから何度も申し訳ないと謝罪され、結局解放されたのは女の子になって1時間後のことだった。

 入れ替わって女の子になることは覚悟していたけど、何故オレだけ? と呆然としていたが、これは事故なんだし悩んでいても仕方ないと思うことにした。


「あの先生、着替えたいんですけど……」


 疲れた表情を浮かべていた小杉先生に声を掛けた。

 実は入れ替わってからの、みんなの視線、特に男子からの視線が痛いし、男子の制服のままだと胸とお尻が窮屈きゅうくつで仕方がないのだ。


「えっ、ああ、そうね。ええと申し訳ないけど、女子更衣室に用意した制服があるはずだから着替えてね」

「あ、はい……」

「あなたに合うサイズがあればいいけど……」


 先生の言いたいことは何となく分かる。

 それとなく自分の身体を見てみると、その何て言うか、すごいグラマラスボディなのだ。

 特に胸なんかはクラスの女子の中でもダントツの大きさだと思う……でも何か重くて違和感が半端ないし、正直、邪魔くさいという感覚しかないけど。

 ともかく早く着替えようと思い、更衣室に向かう。


「あれが相葉だって……?」

「マジか? 信じられねえ……」

「嘘でしょ? まるでモデルみたいだわ……」


 周囲からひそひそとした言葉が聞こえてくる。

 自分では今の姿が確認できないので、クラスメイト達の言葉がどういう意味なのか分からないが、雰囲気的にあざけりや悪口を言われているわけではなさそうだ。


 突き刺さるような視線に耐えながら更衣室に入ると、ロッカーに女子制服が何着か入っていた。

 とりあえず、周囲からの視線がなくなり、ホッとする。

 しかし、まさか女子の制服を着る日が来ようとは……。

 今朝までは今日という日もまた、何の変化のない一日だと思っていたのに。


 悩んでも仕方ないので、とりあえず女子の制服を着ることにした。

 身に付けていた制服を脱いでから、あることに気付いて愕然とする。

 そうだ、制服はいいけど……下着はどうするんだ?

 まさか、トランクスのままスカートを穿かないといけないのだろうか?

 それは嫌だ。けど、さっきまで男だったオレが女の子の下着なんて持っているわけがない。


 困り果てているところで更衣室のドアが開けられた。


「だ、誰?」


 慌てて下半身を隠しながらドアの方をみると、小杉先生だった。


「あら、ごめんなさい。一応下着を持ってきたんだけど」


 ホッとして先生の差し出した手を見ると、女性ものの下着が入った紙袋を手にしている。


「相葉君も女性になってしまったんだし、やっぱり女性用の下着が必要よね?」

「あ、はい……」

「まあ、付け方も分からないだろうし、先生でよければ手伝うわよ」

「……お願いします」


 確かにこのままでは混乱するだけなのが目に見えているので、先生の申し出をありがたく受けることにした。


「ふふ、任せて頂戴」


 何故か楽しそうな表情になる小杉先生。何がそんなに楽しいの?


「それにしても、こんなに変わるなんてねえ。本当、信じられないわ」

「……そんなに変わってますか?」

「あら、自分の姿が分からないの?」

「はい……」


 実は更衣室には大きな姿見があるのだが、ひどい姿になっているかも、と怖くて見られないのだ。


「ダメよ。ちゃんと自分の姿を見ておかないと。残念だけどしばらくは女の子として過ごすんだから」


 そう言って、無理やり姿見の前に連れていかれる。


「ほら、ちゃんと見なさい」

「は、はあ」


 恐る恐る姿見を覗き込む。

 そこに映っていたのは信じられないものだった。


 腰まで伸びた銀色の長い髪はきらきらと光を反射して輝いており、大きく見開かれたあおい目にすうっと通った鼻、そして少しぽってりとした肉感的な唇……どう見ても美少女だった。

 いや美少女なんてレベルじゃない。まるで精巧に作られた人形のような造形だ。

 さらに、これでもかと存在を主張する胸と対照的に細くしまった腰、そしてプリっとしたお尻……モデルが裸足で逃げ出すような完璧なプロポーションが目に飛び込んできた。

 あまりに予想外の光景に開いた口が塞がらなかった。


「こ、これって……」

「どう? すごいでしょう」


 まるで自分の手柄のように微笑む小杉先生は、気のせいか、頬を赤らめて興奮しているように見える。


「ふふ、女の私でもどきどきするぐらい……可愛いわよ」

「ふえっ!?」


 いつの間にか後ろから肩を掴まれて、耳元でそんな言葉を囁かれた。

 まさか、小杉先生って……ソッチ系なのか?


「あ、あの! 着替えを手伝ってほしいんですけど……」

「あら、そうだったわね」


 何となく身の危険を感じてお願いを切り出すと、すごく残念そうな顔で紙袋から下着を取り出す。


「そうねえ、あなたのサイズは……Eぐらいかしら?」


 先生が手にしているのは、オレから見ても巨大なブラと真っ白なパンツだった。


「それを……付けるんですか?」

「当たり前でしょ? 女性はスタイルを気にしないといけないの!」


 さあ、着替えますよ~と血走った目で近づいてくる。気のせいか、息が荒いんですけど。


「さあ、覚悟しなさい!」

「い、いやああぁあああああっ!!」


 結局、先生の協力(?)もあって、何とか美少女な女子高生が出来上がったけど、何か大事なものを失った気がした。


$ $ $


 着替えを済ませると小杉先生とともに教室に向かうことになった。

 実験は中止になったけど、授業までなくなったわけではないのだ。


『何か困ったことがあったら遠慮なく言ってね』と先生から言われたけど、さっきの着替えのことを考えると額面どおりに受け取っていいものか不安だ。

 でもボッチのオレからすれば、今のところ小杉先生くらいにしか相談できないのが正直なところなのだ。


 そうこう考えているうちに教室に着き、何度か深呼吸をしてから先生に続いて中に入る。

 途端にクラスメイトからの熱い視線が一斉に突き刺さるのを感じた。


「おお、来たぜ!」

「相葉~、可愛いー」

「制服、似合ってるぞー」


 予想どおり、男子からからかい半分の声が飛んでくる。

 そりゃこんな姿だもんな、仕方ないかと諦めに似た気持ちになるが、まあ、そのうち飽きるだろう、と小さくため息をついた。


「こらこら男子。気持ちは分かるけど相葉君をからかうのは止めなさい」


 小杉先生は一応注意してくれるが、気持ちは分かる、ってわざわざ言わなくてもよくないですかね。っていうか、男子の気持ちが分かるんですか……。


「みんなも実際にその場にいたから分かっていると思いますが、相葉君は実験によって女性になりました。本来なら男子は女子に、女子は男子になる予定でしたが、装置が故障したので残念ながら相葉君だけが入れ替えという結果になりました。

 今の状況は決して相葉君が望んでいた訳ではありませんから、彼をおとしめるようなことは絶対にしないように。分かりましたね?」

「「「はーい」」」


 先生の説明にクラスメイト達は一応了解してくれたようで、少し安心する。

 でも、見た目は美少女でも中身がオレのままだし、みんなは気持ち悪いとは思っても、仲良くしたいなんて誰も思わないだろうな。


「じゃあ、相葉君は席に戻ってください」

「はい」


 みんなの注目を浴びながら席まで移動する。

 さっきから股間がスースーするし、胸は相変わらずキツいし……女って大変なんだな。


 席に着いても、周囲からの興味津々の視線にさらされて、もはや珍獣扱いだ。

 周りを見渡すと男子は当然として、女子もチラチラとこちらに視線を向けてくる。

 オレも男だったから、男子がどんな気持ちで見ているかはなんとなく分かるが、女子がオレを見る気持ちが理解できない。

 もしかして、あまりの美少女ぶりに敵意を向けているのかなと考えるが、それは自意識過剰というものだろう。たぶん、急に女になった元男が気持ち悪いと感じるのが普通だと思う。

 はあ、こんなんでこれから高校生活を無事に送れるのだろうか……。

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