第3話

 とまあ、こんな感じで、オレの女子高生としての学校生活が始まったわけだけど。


「それではこの問題を……相葉に解いてもらおう」

「あ、はい……」


 これで指されるのは何回目だろう。なんか今日に限ってやたらと当てられている気がする。

 文句の一つも言いたいが、言っても仕方がないのでさっさと黒板に向かい、答えを書き込む。


「うむ、正解だ」


 満足げに頷く日本史の沢田先生だが、なんとなく鼻の下が伸びている気がする。しかも視線がオレの顔から胸の順に嘗め回すように移動するのが分かる。

 一瞬嫌悪感を抱いたが、とりあえず気にしないようにして席に戻ると、隣に座る女子から声を掛けられた。


「ふーん、相葉君って頭いいんだね」

「えっ?」


 驚いて横を見ると、にっこりと笑顔を浮かべているセミロングの女子生徒だった。


「あ、ありがとう」


 名前は確か……中川さんだっけ。とりあえずお礼を言っておく。

 この席になってからもう3か月ほど経つけど、今までにこんな風に声を掛けられたことがなかったはずだ。

 きっと、ニセモノ女子に対する興味半分なだけだろうと思って前に顔を向ける。


「ねえ、よかったらお昼一緒に食べない?」

「は?」


 何だろう。今日は随分話しかけられるなあ。考えれば、男が女に変わるという異常な状況になっているんだし、きっと、オレにいろいろと訊きたいことがあるんだろう。

 かつてのオレならやんわり断るところだけど、今は一応女子だし、今後のこともあるので少しは付き合ってもいいかもしれない。


「うん。別にいいけど」

「それじゃ後でね」


 うふふ、と軽く微笑む中川さん。

 一体どんなことを訊かれるのか分からないが気にしても仕方ない。そう思い直して授業に集中することにした。



 そして昼休み。


「相葉君。早速ご飯食べよう」

「うん」


 早速、隣の中川さんが椅子を少し移動させてオレの斜め前に座るのを確認して、オレはいつものように鞄から弁当箱を取り出す。

 中川さんは同じように鞄からパンを2つとお茶のペットボトルを取り出しながら、オレの弁当に目を向けた。


「へえー、相葉君お弁当派なんだ?」

「うん、そうだけど」

「私は大体、購買派かな。でもお弁当もいいかも。これからお母さんに作ってもらおうかな」


 これまでほとんど言葉を交わしたことがないのに、一応女の子同士ということなのか、随分とフランクだなと思いつつ、オレも弁当の蓋を開けて食べ始める。


「わあ、お弁当すごく美味しそうね。お母さんお料理上手なんだね」

「いや、これは妹が作ってるから」

「えっ? 妹さんが?」

「う、うん」


 そうなのだ。妹は料理とか洗濯とか、とにかく家事全般は完ぺきである。オレはボッチだし、弁当や妹のことは今まで訊かれもしないから誰にも話す機会はなかったけどね。


 あれ?

 そのとき、重大なことに気付いた。

 そうだ……家に帰ったら自分が女の子になったことを妹に言わないといけないんだ。

 母さんはきっと学校から伝えられているけど、妹は当然知らないだろう。それを考えると家に帰るのが怖くなってきた。

 こうやって毎日お弁当を作ってくれるくらいだから、兄妹の仲が悪い訳ではないと思うけど、キモいとか言われたらどうしよう。


 オレが急に黙り込んでしまったのを不審に思ったのか、中川さんが怪訝けげんな表情になった。


「どうしたの?」

「いや……何でもないよ」


 無理やり微笑んで食事を続ける。

 それからしばらく二人で黙々と食べていたが、先に食べ終わった中川さんがオレを見つめている。その表情はなんとなく緊張しているように見えた。


「あの、相葉君ってさ、どうして誰とも仲良くしないの?」

「えっ?」

「だって、いつも一人でいるでしょう?」

「……まあね」


 別に友達が欲しくないわけじゃない。だけど無理に仲良くなりたいほどでもないのだ。


「オレにはみんなと話が出来るような話題もないから、きっとつまらないと思うし、相手にも迷惑かけるだけだしね」

「……そうなのかな」

「そうだよ。それに自己中だし、面倒くさがりだからね」

「でもその姿を見て分かったんだけど、本当は優しい人なんだよね?」

「……は?」


 いきなり何を言い出すんだろう?

 しかもこの姿を見て分かったってどういう意味なんだ?


「今日の実験のときに五十嵐さんっていう人が言ってたじゃない。入れ替え後の姿はその人の性格とか性質を反映するって」

「……そうだっけ?」


 そう言えば言ってたのかもしれない。あのときは自分が最初の被験者だということで落ち着かなくてはっきり聞いていなかったけど。


「それにその五十嵐さんが自分を実験台にして入れ替えしたら、前は冴えない感じだったのが、いかにも研究者ですという知的な感じの女の人になったでしょ。それで、これは本当なんだと思ったわけ」

「……うん」

「だから、相葉君がその姿になったってことは、やっぱり相葉君の性格が優しくて、その、こ、心が綺麗だってことになるでしょ?」


 中川さんは顔を真っ赤にしてオレを見つめる。ナニコレめ殺しなの?


「それで、私、相葉君って……すごくいい人なんだなと思ったの」

「……」

「だから、私と友達になってほしい……いや、なってください」


 確かに五十嵐さんはそんなこと言ってたみたいだけど、自分がそんな大した人間でないことは自分がよく分かっている。

 この姿はただの偶然なんだ、と。


「オレはそんないい人間じゃないよ」

「相葉君……」

「でも……オレでよければ友達になるよ。いや、なってください」

「う、うん。これからよろしくね」

「ああ」


 女の子になった初日に、初めての友達が出来ました。


 $ $ $


 放課後。

 いつものように帰り支度をしていると、何となく気配を感じたので振り返ると数人の女子に囲まれていた。しかもみなさん、何か緊張しているようで顔が少し怖いけど。


「あの……何か用?」


 この高校に入って3か月ほど経つが、こんな風に女子生徒に囲まれるのは初めてである。いやもしかしたら人生初かもしれない。

 一体何をされるのだろう、と悪いことばかりが脳内に浮かび、ビクつきながら目を向けると、彼女たちはお互いに目で何かを交わしている。まさか……


『あんた、少しぐらい可愛くなったからっていい気になるんじゃないわよ!』

『そうよ! 元男、ニセモノのくせに生意気だわ!』

『自分の立場というのを分からせてあげなきゃね!』


とさんざん非難されたうえに、体育館裏で酷い目に遭わされるのでは……うう、冷や汗が。


「……相葉君」

「は、はい!」

「……一緒に帰らない?」

「……へっ!?」


 一緒に、ってやっぱり体育館裏へ? あれ、そうだとすれば『帰る』って変だよな。

 腑に落ちないまま、話しかけてきた女子の顔を見ると、視線が合った瞬間、ポッと頬を赤らめて俯いてしまった。……何この反応。

 見れば周りの女子たちも同じような反応である。


 そうか、きっと女になったオレの様子をいろいろと聞いて、それをネタに楽しもうという訳か。まあ、そのつもりならそれでもいい。

 この機会にオレも逆に女の子のことについて訊きたいことを訊いてみようではないか。


「うん。いいけど」

「本当? やったあ!」


 素直に喜んでいるように見えるけど、えーと、そんなに喜ぶことですか?

 怪訝な顔をしているだろうオレに気付くことなく、彼女たちは打合せを始めた。


「ねえ、どこに寄ろうか?」

「せっかくだし、ファミレスにする?」

「そうよね。せっかくだもんね」


 何かせっかくなのか分からないが、何やら楽しそうな雰囲気には間違いない。

 ということで、オレを含めた女子(?)5人で近くのファミレスに行くことになった。


 一応、家に遅くなることは妹にメールを入れておいた。

『お兄ちゃん、いつからハーレムの主人公になったの?』という返信が来たけどスル―した。


$ $ $


 学校の玄関を出ると、一斉に周囲から視線が集まってくるのを感じた。

 特に男子から興味津々の熱い視線を向けられている。


「おい、あの子じゃね?」

「ああ、実験で女の子になったってヤツだろ」

「噂には聞いてたけど、すげえ可愛いな」


 さすが情報社会。いつの間にか今朝のことが知れ渡っているらしい。

 周囲の反応はまるで海外のトップアーティストがやってきたときのような反応だ。

 

「ほんと、男子っていやらしいわね」

「そうよ、昨日までは相葉君のことも知らなかったくせに」


 一緒に歩いている女子たちがこちらの様子を窺っている男子に厳しい視線を向けていた。

 ……いや、君たちも昨日までオレと会話すらなかったよね?

 苦笑しつつ、みんなを眺めていると全員で周囲をキョロキョロと見回していて、オレを取り囲んで歩いている。

 もしかして、彼女たちはオレが男子から無遠慮な視線を向けられることを見越していたのだろうか?


「あの……」

「はいっ! 何でしょう!?」


 前を歩いていた女子に声を掛けると、くるりと向きを変えてキラキラした目で返事をされた。


「もしかして、オレを守ってくれている……とか? あ、違ったならごめん!」


 よく考えたらものすごい自意識過剰なセリフだったことに気付き、すぐに訂正する。

 何自意識過剰なことを言ってるんだ、オレって奴は!? と思ったが、


「もちろんです!」

「ふえっ!?」


 間髪入れずに返答された。しかも何故かドヤ顔である。


「相葉君がわれなき中傷を受けないようにするためです!」

「そうです! 私たちはクラスメイトなんですから!」


 何なのこの異常なまでの団結力は? ただのクラスメイトのためにここまでする?

 でも、オレごときのために時間とか労力とか、申し訳ないので丁重に断らなくては。


「いや、そこまでしてくれなくても……」

「相葉君は自分の立場が分かっていません!」

「ええっ!?」


 何でオレが悪いみたいな流れになってるんだ?


「いいですか。今の相葉君は単なるクラスメイトではないんです。その美しい銀色の髪、見つめられたら石になってしまうぐらい綺麗な瞳。そして美の女神ヴィーナスを彷彿とさせるプロポーション……」


 身悶えしながら、ハアハアと息を荒げて称賛の言葉を口にする女子生徒。

 周囲からの奇異な視線から守ってもらっているはずなのに、今この目の前の状況の方がはるかに危険な気がするんだけど。


「真由美、落ち着いて!」


 違う世界に旅立っていた女子生徒に、オレの横にいた銀縁メガネを掛けた別の女子が声を掛けた。


「はっ!? 私は何を……」


 その声に反応して、身悶えていた女子がやっと下界へ舞い戻ってきたようだ。助かった……


「その話はファミレスでゆっくりとしましょう」


 何それ、まだ続くの!?


「まあ、とにかく相葉君が辛い目に遭わないように私たちが協力することにしたんです」

「その……ありがとうございます」


 キリッとメガネを掴みつつ説明する女子に感謝の意味を込めてお辞儀をする。

 よかった、まともな人がいて……と安心して笑顔を返す。


「うっ……」


 メガネ女子はいきなり顔を真っ赤にしたかと思うと、両手で口元を押さえた。その指の間からは赤い液体が。


「ちょ!? ゆかり、鼻血が出てるわよ!」

「誰か、ティッシュを!」


 ……もう、一人で帰りたいんですけど。


 結局、この後にファミレスでもいろいろ大変なことがあったけど、詳しいことはまた後日。

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