第25話 やって来ました、ディ◯ニーランド!

「おはようございます!薫さん!」


 今の時刻は午前8時過ぎ。

 遥の発案で3連休を利用した2泊3日のディ◯ニーランドへ行こう計画が実現して、オレと妹の遥、遥の親友の舞ちゃん幸恵ちゃんが遊びに来ているのだ。

 昨日の夜、妹の遥とその友達である舞ちゃんと幸恵ちゃんとのガールズトーク(オレはほぼ聞き役に徹していた)に参加していたら、すっかり寝坊してしまい、約束の時間ぎりぎりに何とかホテルの集合場所に間に合った。

 同部屋の朝に弱い遥から起こすように頼まれていたけど、昨日3人にさんざん絡まれた結果、完全に睡眠不足。逆に遥に起こされる始末で年上として恥ずかしい。


「何かお疲れのようですけど大丈夫ですか?」

「う、うん大丈夫。ていうか幸恵ちゃんはちゃんと寝れた?」

「はいっ!今日は前からすごい楽しみでしたから」


 あはは。朝からフルスロットルだね、幸恵ちゃん。昨日の疲れなんか全然感じさせないよ。若いって素晴らしいね。


「何お年寄りみたいなこと言ってるのよ、お姉ちゃん」

「あ、あれ聞こえちゃった?」


 心で思ったことが一部口から洩れてたようだ。

 遥もオレが寝坊したせいで朝からバタバタで万全ではないみたいだし、少し髪が跳ねてるから後で直してあげよう。


「みんな揃ったから早速バスに乗りましょう!今日は遊ぶぞーっ!」

「「おーっ!」」

「お、おー」


 バスは順調に運行し無事に開園時間前に到着できたけど。


「…うわーすごい人ですね」

「さすがディ◯ニーランド…」


 予想はしていたけど、それを遥かに上回る人たちが並び、正面入口前は長蛇の列である。

 慌てて最後尾に並んで、一息ついてから今日のスケジュールを確認していると何やら周囲がざわめき始めた。


「…何かあったんでしょうか?」


 幸恵ちゃんが不安そうな顔を浮かべていた。スマホで時間を確認してもまだ開園時間にはなっていないので、たまに起きるという入口ゲートの故障とかではなさそうだけど。


「何か、みんなこっちの方を見てるみたい…」


 同じく不安気な表情で周りを見回していた遥が呟く。元気印の舞ちゃんも声を潜めてキョロキョロと首を回して周囲の様子を窺っていたが、やがてオレの顔をじっと見て口を開いた。


「…たぶんですけど」

「う、うん」

「…これは薫さん(お姉ちゃん)が原因だよね(ですね)」

「え?」


 オレが原因…って、もしかして。


「遥、後ろ変になってない?」

「え?」

「す、スカートめくれてたりしてない?」

「は?…大丈夫だけど」

「じ、じゃあ背中に何か、鳥のフンが付いてるとか」

「いや、そうじゃないでしょ」


 何だろう、遥はすっかり呆れたような表情になっている。よく見れば舞ちゃんと幸恵ちゃんも同じような顔だ。


「…薫さんは自覚が足りなさすぎです」

「…自覚、ですか?」

「そうです。いいですか、これを見てください」


 そういってスマホを取り出してすっすっと操作した舞ちゃんが見せてきたのはユー○ューブの動画である。確か、この前水原先輩の弟さんからも言われたものだけど、でもあれから落ち着いてきたって連絡が来てたはず。


「確かに原本であるくーにゃんさんの動画は落ち着いたようですが、それ以外に切り抜きがめちゃくちゃあるんです」

「…切り抜き?」

「そうです。ようするに普段くーにゃんさんの動画を見ていない人も薫さんの登場しているシーンだけを切り抜いた動画があちこちでアップロードされているんでそれを見ているんですよ」


 な、なんだと…。

 舞ちゃんに言われるままにサイトを見れば、『ストピ美少女に捧げるバラード』という題目で素人さんの自作曲PVに使われたり、『ストピ美少女を捜索!』と怪しげな企画もの、『ストピ美少女対初◯ミク』なんてもう何でもアリな状況になっていた。

 ストピ美少女って…これは一体どんなイジメですか…。

 自分で全く想像がつかない状況に混乱していると、隣で同じく開場待ちをしている二人組の女の子が話しかけてきた。俺には彼女らの目が獲物を狙う野生動物のように感じられた。


「あの、もしかしてストピ美少女さんですか?」

「え?いや、あの…」

「やっぱり!髪形は違うけど、そうなんですね!」

「あ、う、うん」

「きゃあー!ほら、やっぱり本人よ!すみません、握手してくださいっ!」

「あ、あの」

「うわー、実物の方がすっごい可愛い!」


 興奮しまくる女の子たちの声に周囲の人たちからの視線が一挙に増加したようで。


「何々、芸能人がいるって?」

「え、ホント!?」

「マジか!サインもらわないと」


 気が付けば周囲に人だかりが出来てしまい、スマホで写真を撮ったり握手を求めてきたりで舞ちゃんたちもおしくらまんじゅうみたいな状態になってしまった。

 ま、マズい。このままではみんなに迷惑を掛けてしまう。


「わ、分かりました。とにかく皆さん落ち着いてください。並んでいる方の迷惑になりますので場所を変えましょう」


 そして3人にごめん、と声を掛けて列から抜け出すことにした。


「あ、薫さん!」

「うん、大丈夫。開場したら落ち着くと思うから。あとで落ち合いましょう」


 そう言ってにっこりと笑顔を返す。

 オレだってこんなことはしたくないけど、せっかく楽しみにしていた舞ちゃんたちをトラブルに巻き込みたくないし、それに。


「すみません、何事ですか?」


 この騒動に気付いた関係者が数人こちらにやってくるのが見えて安堵のため息が出てきた。

 よかった、何とかなったよ。



「それじゃ気を付けてください」

「はい、ありがとうございました」


 騒ぎに駆け付けた警備員の方々に事情を説明したところ、トラブル回避のため、オレと舞ちゃんたちは別の入り口から園内に入れてもらえることになった。

 当初は胡散臭そうに話を聞いていた警備員も動画を見せると納得がいったようで、それは大変でしたねと労わってくれた。まあ、せっかくだからとサインも書かされたんだけど。


「いやー、酷い目に遭いましたね」

「ホントだよ…」

「…ネットって怖いですね」


 これから楽しい時間を過ごすはずなのに、オレはすっかり疲れてしまっていた。

 ベンチに座るオレを気遣って3人は同じようにベンチに腰かけているのだが、これじゃ申し訳ない。


「私はもう少しここで休むから好きなところへ行ってきたら?」

「でも…」

「大丈夫、これでも元男なんだからすぐに回復するよ」


 そう言って遥に目配せすると、我が意を得たりと妹は立ち上がって、じゃあ行ってくるねと二人とともに移動していった。ときどき心配そうに振り返る舞ちゃんと幸恵ちゃんに笑顔で手を振ってから、ふと考える。

 この身体になってからどれくらい経っただろうか。

 思えば、望んでいなかった事故でこうなったとはいえ、男時代には味わえなかった幸せを享受することが出来たのは間違いないけど、このままでいいのだろうか。そんな不安が湧いてくる。

 正直なところ、元の自分に戻れるという期待はほとんどしてないし、今となっては戻った方が大変な気がする。かといってこのまま女性として生きていく自信もあまりない。

 確かに見た目が大きく変わってしまったことは、さっきの騒動ではっきりしたし、異性だけでなく同性からも目を惹く容姿になっていることをいやでも自覚させられてしまった。

 どうしたらいいのだろう。

 足元を見つめながらぼんやりとしているとラインが届いていることに気が付いた。


『今、プ◯さんのところにいます。この辺で昼食にしませんか』


 舞ちゃんからだった。いつの間にか手に入れたのかプ◯さんスタンプ付である。

 気が付けば、もうそろそろお昼の時間に近くになっていたようだ。

 疲れもとれてきたし、みんなと合流しよう。

 変装用に買い込んだ可愛らしいサングラスをセットしようとしたときだった。


「あれ、相葉さん?」

「え?」


 聞き覚えのある声につられて顔を上げるとそこにいたのは、クラスメイトの沢登くんだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

何故かクラスメイト全員がオレを狙っているんだが 魔仁阿苦 @kof

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ