第24話 水原圭人の場合
僕、水原圭太には水原啓という高校三年生の姉がいる。
弟という立場である僕から見ても美人の部類には入ると思うけど、残念なことに男運がない…と思う。理由は姉本人がそう言っているからで、とはいっても、姉貴が付き合っている彼氏と直接会って、『あ、コイツはクソだな』と思ったわけではない。天然系の姉貴は、彼氏にフラれるたびに『次こそは…見てなさいよ』と何故か僕に宣言をして意気込んで新しい彼氏と付き合い始めるのだけど、これまで長続きしたためしがなく、その都度僕に愚痴をこぼすのがもはや慣例であった。姉貴の性格に問題があるのであれば自業自得と割り切れるけど、僕がいうのも何だけど姉貴はとても優しいので、ただ単純に幸せになってほしいと思っているのだ。
そんな残念な過去をもつ姉貴だけど、何故か最近はとても生き生きとしている。今日だって、しとしとと降り続ける雨のせいで鬱陶しい気分なのに、朝から鼻歌交じりでテキパキと家中の掃除をしているくらいだ。
「圭人、今日は出かけないの?」
ソファでスマホを眺めていると、リビングの掃除が終わったらしいタイミングで声を掛けてきた。
「うん。この雨だしね、どこにも出かけないよ」
「そうなんだ」
一瞬何かに迷ったような表情を浮かべた姉貴だが、『まあ、いいか』と小さく呟く。
「もう少ししたら私の友達が遊びに来るけどいいよね?」
「…別にいいけど」
友達? もしかして新しい彼氏だろうか。
前の彼氏と別れてからその辺の話がまったく聞かされていなかったのでちょっと驚いたし、弟が家にいるのに家に入れるのはどうかと思うけど。
そんなことを考えていると、姉貴は少し怖い顔で睨んできた。
「くれぐれも粗相のないようにね」
「な、何だよ粗相って…」
「分かった?」
「う、うん」
どうやら朝から掃除していたのは姉貴の友達が来るかららしい。前にも何度か姉貴の『友達』とかいう人遊びに来て僕も会ったことがあるけど、いかにもギャルっぽい感じの人ばかりで苦手だった。
雨が降ってさえなければ外へ避難したかったけど、今さら出かけるのも億劫だし、いざとなれば自分の部屋に閉じこもればいいだろう。
でも友達が来るからって今まではこんな風に掃除をしたのを見た記憶がない。それほど大切な友達ってどんな人なのだろうか。洗面所で何度も髪形を整えている姉貴の後姿を見ながらそんなことを考えていた。
◇
姉貴から部屋に戻れとは言われなかったので、その友達とやらを一目見てから退散しよう、と思いながら、僕は相変わらずスマホで動画を眺めていた。画面に映っているのはユー○ューブで結構人気のある『くーにゃん』というストリートピアノの動画だ。その中でも2週間ほど前にアップロードされた演奏の様子がバズったようで、視聴回数とコメントがいつもの数倍になり、ファンの間では神回とされていた。
もちろんくーにゃんの演奏も凄いのだけど、バズったのは動画に映り込んだ一人の女性が原因とされている。
『何コレ!? ピアノの横に天使が降臨?』
『演奏を聴いている姿がマジ美しすぎる件』
『もしや、くーにゃんの彼女?』
アップロード直後からコメント欄にはその件の女性への賛美というか称賛という感じの好意的な言葉が並び、2週間が経過した今でも、『この娘の情報プリーズ』、『くーにゃんさん紹介してくだされ』、『この女性とのコラボ希望』などまだまだ熱が収まっていない状態だ。
綺麗な銀髪をツインテールにして演奏に聞きほれている姿は、確かに僕から見てもとても可愛いというか綺麗なので気にはなるけど。
そんな風に画面上の美人さんに見惚れていると、家のチャイムが鳴った。
「はいはーい!」
途端に表情をパッと明るくした姉貴がまるでスキップをしているかのような軽い足取りで玄関に向かう。
さて一体どんな友達でしょうかねえ、なんて期待と不安を覚えながらスマホをテーブルに置くと、
「よく来てくれたわ、薫ちゃん!」
「あ、はい。おじゃまします」
異様に興奮した状態の姉貴の声の後にとても耳障りのいい、可愛らしい声が聞こえてきた。
「まずはリビングで休んでちょうだい。あ、それと今日両親は用があっていないんだけど、むさ苦しい弟がいるけど我慢してね」
「いえ、そんな大丈夫ですよ」
姉貴の言葉に苦笑いしてるような声に続いてスリッパの音が聞こえてきた。
おい、むさ苦しいってなんだよ。
少しむっとしながらリビングに入ってきた友達に目を向ける。
「あ、こんにちは」
「こ、こんにち…はっ?」
え?
な、なんだこのめっちゃ可愛い女性は!
腰まである銀髪、大きくてパッチリとした碧い目。どこか日本人離れした顔立ちに圧倒的な胸部をデニムのジャケットで包み隠し、短めなプリーツスカート装備というフェミニンなお姿。そして極めつけは僕好みドストライクの黒のニーハイ。
こ、この方はめ、女神様?
僕史上最高の美人さんを見て言葉を失っていると、姉貴のニタニタした顔が視界に入ってきた。
「あれーなになに圭人、私の友達が可愛すぎて何も言えないのかしら?」
「う…」
多分首まで真っ赤になっているだろう僕をからかい始める姉貴とその横であたふたしている女神様。
普通なら、何言ってるんだって言い返すところだけど、あまりの衝撃に言葉が出てこない。
「あ、あのう…相葉薫といいます。その啓さんにはお世話になっております」
ぺこりとお辞儀するとキラキラとした銀髪が背中を流れる。気のせいか少し離れた僕のところまでいい香りが漂ってきた気がした。
「え、えーと水原圭人です…中学三年です」
「圭人くんですね。これからよろしくお願いします」
ニコっと微笑む相葉さん。まさしく女神のようなその笑顔を見た瞬間、はっと思い出した。
「み、ミクさん?」
「「え?」」
僕の独り言が聞こえたのか、姉貴がキョトンとした顔になり、相葉さんは驚いた後何故か俯いてしまった。
「ミクさんって誰のこと?」
姉貴が相葉さんの様子が変なことを気にしながら僕に訊いてきた。
「あ、ああ…これなんだけど」
僕はついさっきまで眺めていた動画を姉貴に見せる。
そこにはくーにゃんの演奏開始後に初◯ミクに寄せた姿の相葉さんの姿がはっきり映っていた。
それを見た姉貴は「へえ、そういうこと…」と呟いて、顔を赤らめている相葉さんに笑顔を向けた。
「わ、私、これ知らなくて。前に友達に『相葉さん、動画に出ているわよ』って言われて初めて気づいたんですけど…」
ますます顔を真っ赤にした相葉さんはしどろもどろになっていた。
どうやらこの動画のせいで、学校内であちこちから同じような反応をされているらしく、非常に困っているらしい。自分がアップロードしたわけじゃないのに何か責められているように感じているのかもしれない。
「でもさすが薫ちゃん、この姿もとっても似合うわね!」
「あの、これは妹から着てみてって言われて無理やり…」
これ以上ないくらい赤面の相葉さんには少しイタズラ好きな妹がいることが判明した。
この後落ち込んでしまった相葉さんを姉貴と二人で学校の話をしたり、僕の好きなゲームやアニメの話題で何とか元気付けて、帰るころには普段通りの状態に回復した。『普段見れない姿が見れてよかった♡』と姉貴も満足そうだった。
僕も相葉さんという噂の超絶美少女と知り合いになれたし、ついでに連絡先も教えてもらえて大満足な一日だった。
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