何故かクラスメイト全員がオレを狙っているんだが
魔仁阿苦
第1話
「えー、これから皆さんにとても重要なお話があります」
朝のホームルームが終わると、担任の小杉先生が切り出してきた。
「皆さんも知っていると思いますが、現在この国では少子化が急激に進行しています。このままでは日本の人口は激減し、国そのものが成り立たなくなる恐れがあります」
いつもにこやかな表情の小杉先生だが、今はいつになく真剣な顔である。
さっきまで話していた平常どおりの連絡事項とは違い、日本の人口とか国がうんたらとか、およそ日常生活にそぐわない内容のせいか、クラス全員が音を立てることもなく真剣に耳を傾けていた。
「そこで、この国の政府はある実験を行うことになりました。私も詳しいことは分からないので……専門の方から説明があります。それではお願いします」
先生が廊下の方へ顔を向けると同時に、教室のドアが開かれ、40歳くらいの男性が入ってきた。
黒縁のメガネをかけ、痩せた身体に白衣を身に付けた男性は、お医者さんか、あるいは科学者のような印象を受ける。
いつもと違う状況にクラスメイト達が緊張するのが分かった。かくいうオレもその一人だが。
「えー、私は国立科学研究所の
五十嵐さんは、いかにも研究者といった態度で身振り手振りを交えて朗々と説明するが、あまりに専門用語が多くて生徒たちがよく分からないといった雰囲気を敏感に感じとったようで、苦笑して説明を続けた。
「とまあ、長々と説明しましたが、簡単にいいますと皆さんに実験に参加いただくということです。つまり、今別室に用意されているある装置で皆さんを一定期間、男女入れ替わってもらうという訳です」
突然、突拍子もない五十嵐さんの言葉にクラスメイトがざわめきだした。
「男女が入れ替わるってどういうこと?……」
「……そんなこと出来るのか?」
いきなりの宣告に当然ながら不安や戸惑いの声が上がる。そりゃそうだろう、そんな話聞いたこともない。
「あの、質問、よろしいですか?」
「はい、どうぞ」
手を上げたのはクラス委員の
真面目だけが
「男女入れ替え、ということは男子が女子に、女子が男子になるということですか?」
「そうです」
多分、そういうことだろうと思っていた生徒たちだが、はっきりと言われたことで教室内の喧騒が一層大きくなる。
「でも、一体何のためにそんなことするんですか?」
さらに牧田の質問は続く。誰もが知りたいことを代表して訊いている感じだ。
「今、この国では急速に少子化が進んでいることはご存知ですね? これを解消するために、これまで政府はいろいろな取組をしてきましたが、改善というまでに至っていないのが現状です。そこで原因についていろいろと調査した結果、一つの結論に至りました」
みんなが息を飲んで聞いているようで、普段の賑やかさは潜めていて物音ひとつしない。
「それは男女がお互いの違いを理解していないというものです。つまり、男女がお互いに異性の気持ちや行動、考え方を本当に理解できれば、結婚することに躊躇することがなくなり、ひいては少子化の問題が解決されると考えたわけです。そのためには、実際に異性になって生活することで相互理解が深める必要があるのです」
質問した牧田だけでなく、全員が呆然としていた。
一応、趣旨は分かるけど、そのために入れ替え装置を作るなんてどんなSFだよ、とみんなが感じていたのだろう。
五十嵐さんの横にいる担任の小杉先生も細かい内容は聞かされていなかったらしく、オレたちと同じように呆然としている。
「あの……それは絶対にしなければならないんですか?」
声を上げたのは、クラスでもひと際可愛いと評判の
「そのために、このクラスがモデルとして選ばれています。ちなみに、みなさんのご両親には了解を得ています」
「ええっ?」
なんとすでに親の了解をとっていたなんて。オレは呆れてしまった。一体どうやって了解を得たのだろう。
あまりにも荒唐無稽な内容だが、国の方針、ということで何らかの見返りがあったのかもしれない。
「とは言っても、ずっと入れ替わってもらう訳ではありません。とりあえず、一か月間をめどに実験させていただきます。他に質問は?」
「ええと、入れ替え装置なんですけど、問題はないんですか?」
「問題と言いますと?」
「その、戻れなくなってしまうとか、体に異常をきたすとか……」
牧田さんが何度目かの質問をする。余程、今回の話が信用できないのだろう。
「それは大丈夫です。何しろ、うちの研究所全員で実験しましたのでね」
「えっ!? 全員ですか?」
「はい。全部で70人ぐらいでしたか……全員が無事に元に戻りましたよ」
それを聞いた生徒たちは少し安堵したように感じる。
「我々は全員既婚者ですので、実験しても今回の目的には大して意味がありませんでした。まあ、女性はいろいろ大変だということは理解できましたけどね」
なんとなく場の雰囲気が
「それで、みなさんに確認いたしますが、実験にご協力いただけますか? ちなみに1か月間とはいえ、みなさんの貴重な時間を割いていただくことになりますので、それなりの見返りを用意しています」
「見返りって何ですか?」
桜庭さんが期待を込めた表情で訊いている。普段なら
「そうですね。用意されているのは希望する大学への推薦、就職を希望される場合は優先的な内定といったところですね」
これは魅力的な提案だと誰もが思ったようで、これが決め手となってクラス全員が了解することとなった。
$ $ $
「それでは正式に実験を始める前に、いくつか注意事項があります」
今は教室から移動して体育館にいる。
そして目の前には入れ替え装置と思われる機械が置かれてあって、みんながそれに注目していた。
装置はブティックなんかで見かける試着室を大きくしたような作りで、まるでSF映画で使われてもおかしくない頑丈な金属製のようだ。
多くのケーブルが入り乱れるように配線されていて、その多くが近くに置かれたパソコンのような器具に接続されていた。
「先ほどお話しましたとおり、実験期間は1か月間です。1か月後にみなさんにモニターとしての意見を聞き取りした後、この装置で元に戻ることなります。それと、もう一つ」
五十嵐さんが軽く咳払いして続ける。
「これまで実験して分かったことですが、入れ替え後の姿は元の姿と大きく変わることがあります。例えば、顔つきや体型などですが、元の性格といいますか、性質を反映するようです」
「それはどういうことですか?」
ここでも牧田がするどく質問する。まだ完全に信用していないのかもしれない。確かに入れ替わった姿が不細工だったら嫌だしな。
「分かりやすく言いますと、例えば、勝気な性格の人が入れ替わるとそれが顔のつくりに反映されて少し
淡々と五十嵐さんは説明するが、まだ生徒たちの緊張が解けていないと感じたのか、具体的な例があった方がいいだろうと思ったらしく、苦笑しつつ言葉を続けた。
「そうですね。せっかくですから実際にどう変わるかお目にかけましょう」
そう言って、装置を起動させると、ブウウウンという低い音とともに金属製の扉が開かれた。
「では私がこの装置に入ってみます」
「ええっ!?」
クラスメイトからどよめきの声が上がる。
「大丈夫ですよ。これでも私には2回目の実験ですからね。こうでもしないと皆さんに信用いただけませんので」
笑顔のまま、中に入りドアを閉める。
助手らしき女性がパソコンを操作すると、装置の振動がやや大きくなった。
大きめの洗濯機のような振動が1分ほど続くと、やがてそれが収まる。
「入れ替え終了しました」
実験が終了したことを告げて、助手が装置のドアを開けると、出てきたのは黒縁のメガネと白衣を身に着けたやや年配の女性だった。確かに、この実験を知らなければ本人と分からないほど顔つきが変わっていた。
元の姿はちょっと冴えなかった印象が、今は知性的な風貌で出来る女性といった風貌になっている。
「どうでしょうか?」
高くなった声質、そして丸みを帯びた体つきでにっこりと微笑む姿は完全に女性そのものである。背も少し縮んだようで白衣の裾が床に着きそうになっている。
「へえ~マジか……」
「本当に入れ替わってるわね……」
「一体どういう原理なのかしら……」
実際の入れ替えを目撃したクラスメイトからは驚きの呟きが聞こえてくる。確かに目の前で行われた実験が問題なく終わったことが証明されたことで、生徒の中には乗り気になっている人もいるようで、だんだんと騒ぎが大きくなっていく。
「それでは、実験に入ります。そうですね、出席番号順でよろしいですか?」
これまで存在が消えかかっていた小杉先生がみんなに声を掛ける。クラスメイト達はお互い視線を交わしながらも特に異論はなさそうだ。
「じゃあ、1番から始めましょう。相葉君」
「……はい」
そうだった。オレの名前は
こういった学校行事なんかでは結構な頻度で出席番号順に割り当てられることが多いので、もはや諦めに近い気持ちである。
覚悟を決めて中に入ろうとすると。
「相葉かあ、どうせ不細工になるぜきっと」
「だよな、アイツ、ボッチだしな」
男子からの
まあ、本当のことだから今さらだし、いい気はしないがスルーする。
どうせ女の子になってもボッチには変わりないし、オレだけが実験台になるわけじゃない。
「ああ、言い忘れてましたが、入れ替え後はそれぞれに制服が支給されますので着替えてください」
小杉先生の言葉を聞きながら中に入る。
外からドアが閉められると照明がないのか、中は真っ暗になった。思わず手を伸ばして壁の部分に手を触れると、冷たい金属の感触しかしなかった。
「それでは開始します」
くぐもった声が聞こえると、すぐに振動は始まった。
すると急に中の温度が上がってきたような感覚になり、身体が熱を帯びる。
うう……身体が熱い。全身がお湯に浸かったような不思議な感覚。
痛くはないが、何かマッサージを受けているようにあちこちの筋肉に刺激が加わっている。
しばらくすると、その感覚が消えて意識が戻ってきた。
「入れ替え終了しました」
プシューという音とともにドアが開く。
「相葉君、大丈夫ですか?」
小杉先生の声が聞こえる。ふう、どうやら身体は問題ないようだ。
「大丈夫です」
自分の発した声に
少しふらつきながらも、何とかドアから外に出る。
「えっ!?」
「お、おい……」
「何あれ?……」
外に出て辺りを見回すと、目を丸くして驚きの表情を浮かべているクラスメイト達がいた。
自分の姿が見られないが、やっぱり変な姿なんだろうな……と思って気分が落ち込んでしまう。
「あ、相葉君……よね?」
「あ、はい……」
横から小杉先生の声が聞こえたので返事をしつつ、顔を向けると同じように口を開けて呆然としていた。ついでに何故か五十嵐さんも。
そのとき、装置からアラームのような音が鳴り響いた。
「うん? どうした?」
五十嵐さんが焦った表情で助手に問いかけた。
「分かりません。急に起動が解除されました」
「何だって?」
五十嵐さんが何度もキーボートを操作するものの、装置からの反応はなかったらしい。
「この大事なときに故障なんて……」
悔しそうな五十嵐さんはふーっと息をつくと、オレの方に向き直った。
「小杉先生、相葉君、申し訳ありません。どうやら装置が故障したようです」
「故障ですか……」
小杉先生は戸惑いの表情で呟くが、何故かその目はオレの方に向けたままだった。
「すぐに修理に取り掛かります。しかし、今までこういったことはなかったので、正直いつ直るかは分かりません」
「ということは……」
「はい。今回の実験は中止とします。それと……相葉君には大変申し訳ありませんが、装置が直るまではその姿のままということになります」
「えっ?」
自分が今どういう姿になっているのか分からないまま、しばらく女の子として生活しなければならないことが決まってしまったようだ。
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