第22話 桐生舞のクラスメイト 三上康人の場合

「おい、桐生」

「うん? 三上君、何か用?」


 3日後に学校祭を控えた水曜日の放課後、教室は慌ただしく動き回るクラスメイトでいっぱいである。それは学校祭の準備に追われているため……なのだが、喫茶店をしようと言い出した桐生が九条と暢気に雑談しているのが気になって声をかけた。


「お前、喫茶店を必ず成功させる、って宣言してたよな」

「うん。そうだけど?」

「それには興味を引く宣伝が必要だ、とも」

「そうそう! やっぱりお客さんにちゃんと伝えないといけないしね。その辺に抜かりはないよ」


 そう言って、ニヤリと小賢しい笑顔を浮かべる桐生。


「おいおい、大丈夫か? あと3日しかないんだぞ」


 本人がやる気満々なので一応任せてはいるものの、クラス委員の俺としては不安があるんだが。

 何しろ、喫茶店なんて去年の学校祭であまり評判にならなかったせいで、クラスのみんなはあまり乗り気じゃなかったのに桐生の強気の押しに流される形になってしまったからだ。


「大丈夫。準備はオッケーよ! ねー幸恵ちゃん」

「そうね」


 二人揃って、にひひ、と可愛らしく笑みを浮かべるのだが、その言葉を聞いても不安が解消されるどころか、マシマシになってくる。

俺が無意識に訝し気な表情になっていたのに気付いたのか、桐生は仕方ないなー、と鞄からごそごそと何かを取り出した。


「本当は学校祭の前日にお披露目したかったけど、三上君には見せておくね」


 笑顔のまま、俺の手に渡されたのは丸められたA4サイズの紙。


「これはね、宣伝用のポスターなの。学校祭は前日じゃないと掲示できない決まりでしょ?」

「ああ、そうだな」

「だから、本当は明後日に初お目見えというインパクトを狙ってたんだけどねー」


 事情を知っているのか、横で俺たちのやりとりを聞いていた九条もニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべている。要するに、このポスターが宣伝用として使う手はずということなのだろう。


「ま、三上君は委員長だし、使えるかどうか事前に判断してよ」

「あ、ああ分かった」


 ポスターねえ……。喫茶店のポスターなんて大して変わり映えしないけどなあ。

 せっかく作ったのだから無下にはできないか……そう思いながら、渡されたものをするすると開いていく。


 最初に目に飛び込んできたのは、太いゴシック体で書かれた『学生喫茶へようこそ!』の文字。

 学生喫茶、って……。このネーミングはどうにかならないのか、と苦笑しつつ、視線を文字の下に向ける。


「……え?」


 思わず目が釘付けになってしまった。

 そこには、メイド服を着た、これまで見たこともないほどの美しい女性が笑顔で写っている。年齢は俺たちより少し上だろうか、落ち着いた感じに見えるが若干の照れも感じられて見てる方が思わず微笑んでしまう。

 ていうか、何この超絶美少女は!?


 顔の綺麗さに加えて、どこがとは言わないがやたらと目立つ女性らしさ。それはもはや犯罪レベルと言っていいだろう。

 どれくらいポスターを眺め続けていただろうか。

 はっと我に返って桐生に視線を戻すと、九条と二人でにやにやとオレの顔を眺めていた。


「どう? 使えないかな?」


 桐生の顔は自信に満ち溢れていて、否定の言葉などあり得ないと訴えているようだ。

 確かにこのポスターが掲示されれば、目にした人は興味を持つのは確実だ。本来ならクラスメイトを被写体にするのが望ましいだろうが、別に問題になるわけでもない。

しかし、この女性は誰なんだ?

 こんな可愛い、いや超綺麗な女性がこの世にいることが信じられない。

 待て、落ち着け俺。まずはそこを確認する必要があるだろう。


「ちょっと確認したいけど、いいか?」

「うん、何でも訊いて?」


 何故かドヤ顔する桐生。それを見て苦笑する九条。何となくイラっとしてしまう俺。


「この人は芸能人だよね。確かに目を引くとは思うけど」

「え? 違うよ」

「は?」

「この人はね……あ、そうだ! おーい遥ちゃーん!」

「ん?」


 教室の奥で作業をしていた相葉を手招きする桐生。何で呼ばれたのか分かっていない様子の相葉がてこてことこっちにやってきた。


「何々? あ、これ完成したんだ!」


 俺の手元にあったポスターを見るなり、食いつくように叫ぶ。え? どういうこと?


「この人はねー、遥のお姉さんだよ」

「相葉の……お姉さん?」


 ちょっと待て。確かによくよく見ると何となく似ているような気はするけど、こんな美人さんがクラスメイトの姉だって?

 呆然とする俺をしり目に女子3人はきゃいきゃいと盛り上がっている。


「さすが薫さん、素人の舞が撮ったはずなのに綺麗よねー」

「どういう意味かな? 幸恵ちゃん?」

「ま、私の姉だから当然でしょ」

「遥のドヤ顔ウザい」

「何でよー」


 まるで俺の存在がないかのごとく騒ぎまくる3人。ややしばらくして喧騒が一段落したと思ったら、桐生はさらに爆弾発言をブチかました。


「そうそう、言い忘れてたけど、ここに写ってる薫さん、当日のお手伝いに来るから」

「へ!?」


 おいおい、冗談じゃないぞ。こんな目立つ人が来ちゃったらそりゃもう大変なことになるのは目に見えてるぞ。かといって断れるはずもない。

 当日俺はクラス委員としてどうすればいいんだ……。



 俺の不安は的中した。いや不安というのはちょっと違うか。

 危惧していた騒ぎは学校祭前日から始まっていた。


「ちょっと誰なの、これ?」

「うわ、すげー美人じゃん」

「芸能人じゃないの? こんなポスターに使っていいの?」


 予想していたとおり、ポスターの反響は絶大であった。

 予算の関係もあって、ポスターの掲示は人目に付きやすい生徒玄関と階段だけに絞ったのだが、どこも生徒で溢れていた。

 確かに桐生の言うとおり、効果は火を見るよりも明らかであった。前日の、しかも生徒だけでもこの騒ぎ。その様子をドヤ顔で眺める桐生にジト目を向けつつも、俺には不安しかなかった。


 そして当日。


「い、いらっしゃいませ~」


 普段着慣れている制服の上にフリル付きのエプロンを付けたクラスの女子がウェイトレスとなって、配膳コーナーとあちこちに配置されたテーブルの間をせわしなく行き来している。

 学校祭が始まっておよそ1時間が経過。時刻で言えば、まだ午前10時だというのに開始からお客の列が途切れることがない。


 学校祭とはいえ、中学生にメイド服を用意することなんて出来ず、去年同様に制服の上にエプロン装着、工夫できるとしても凝ったカチューシャを付けるぐらいなので、それほど目を惹くことはない……はずなのだが。


「お待たせしました。えーと、アイスコーヒーとドーナツですね」

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ。どうぞごゆっくり」

「は、はひ……」


 にっこりと笑顔を浮かべてお辞儀をするのは、話題のポスターに写っている超絶美少女。この大入り満員の状況を生んだ原因である。今も一般客に混じって偵察にやってきた他のクラスの男子軍団が彼女の笑顔を直視した結果、全員顔を赤らめて完堕ちの状態だ。

 今まさに、この教室に『天使』が舞い降りているといっても過言ではない。


「いやー薫さんのエプロン姿、たまりませんなー」

「こら、ちゃんと働け」


 そんな茹蛸ゆでだこと化した男子たちの横で、舌なめずりをしながら天使を凝視する桐生と彼女の頭にチョップを食らわせる相葉のやりとりが目に入る。

 天使……もとい薫さん(相葉さん、だと妹と被るから薫でいいですよ、と綺麗な声で言われ、しばらく固まってしまったのは黙っておく)の他にもクラスの女子が注文取りや配膳をしているのだが、当然のようにお客の視線は薫さんに集中していた。

ただでさえ美しすぎる容姿に加え、桐生のやつが無理やりこの学校の制服(どう見ても小さめ)

を着せたせいで、もうキラキラでぶるんぶるんで何て言うかエロ……いや可愛いオーラが半端ないことになっているからだ。

 当然のごとく、男女問わず入ってくる客の視線を集めまくっている。


「ここってすごいわね。まさかモデルさんを呼んでるなんて」


 ふと我に返ると、近くのテーブルで大学生らしき女性二人組が頬を赤く染めて薫さんを熱く見つめている。いや人気モデルじゃなくてクラスメイトの姉ですよ? と思わず心の中でツッコむ。まあ気持ちは分かるけども。


「あんた、何言ってるのよ。そんなわけないじゃん」

「そう? だってあんなに可愛いんだよ? ほら胸もデカいし」

「いやいや、多分これからデビューするのよ。だからきっとデビューに向けたPRね」


 ……結局二人とも、美少女=モデルと思い込んでるらしい。まあ気持ちは分か(略)。でも、そんな薫さんに関する会話を聞いてると、何故か俺自身が認められたように感じてしまうのは気のせいだろうか。


◆薫 side


「薫さん、休憩に入っていいですよ」


 もうすぐ11時になろうかという頃に幸恵ちゃんが声を掛けてきた。確か教えてもらった休憩時間はもう少し後だったはずだけど。


「え、でも」

「いいんですよ。少し早いですけど休んでください」

「そうそう。薫さんにはお昼から活躍してもらいますから」

「うん、分かった」


 お昼から活躍、って意味がよく分からないけど、慣れない仕事のせいか、ちょっと疲れていたのは本当なので有難く受けることにした。


「お姉ちゃんも久しぶりの母校なんだから、いろいろと見てきたらいいよ」

「そうだね。ありがとう、遥」


 確かにここに来るのは卒業式以来だし、ちょっと見て回ろうかな。


「じゃあちょっと見てくるよ」

「ごゆっくり~」


 身に付けていたエプロンを外して教室の外に出る。

朝は学校祭が始まる時間までに来てねと言われていたので、結構ぎりぎりの時間に到着してすぐさま教室に移動しちゃったけど、今なら他のところも見れるのでちょっと楽しみだ。まあ、中学時代の制服を着せられてるのは恥ずかしいけどね。


 通りかかりの教室をたびたび覗き込んでみるが、お化け屋敷とかコント劇場、あげくには高そうなAV機器を揃えたミニシアターなんかもあって、1年前のときと比べると催しが随分と派手な気がする。

舞ちゃんは、校長先生がそういうのに理解があるって言ってたけどそのとおりなのかもしれない。でもこういう懐かしい雰囲気っていいなあ、と思いながら歩いていると。


「ちょっと、君!」

「はい?」


 背後から大きな声が聞こえて振り向くと、そこには息を切らせたジャージ姿の男の人がいた。

 あ、この人は。


「お久しぶりです」


 そうだ。2年生の時の担任で体育を担当していた松橋先生だ。当時は厳しい指導のおかげであまり生徒には好かれていなかったけど、今思い出せば懐かしいという感じしかしない。


「えーと、覚えてますか? わたし……」

「いや話は後だ! 付いてきなさい」

「え?」


 気が付けば、松橋先生はオレの手を掴んでどこかに向かって走り出したのだった。



「おい、桐生!」

「ん? どしたの委員長」


 両手にみたらし団子を持ったまま、のん気に口をもぐもぐ動かしている桐生とその様子を苦笑しながら眺めている九条の二人組を見かけたので、気になったことを訊いてみた。


「その、かお……じゃなくて相葉さん、のお姉さんが戻ってこないんだが」

「ええっ?」


 驚きの表情を浮かべた桐生が教室の時計に目をやると、12時を10分ほど過ぎていた。


「……本当だ」

「でも薫さんに限って遅れるなんてありえないですよ」


 思わず、いやそれは俺だってそう思うけど、と言いかけたが。


「なあ、かお……じゃなくて相葉さんのお姉さんから何か連絡が来てないか?」

「ちょ、ちょっと待って」


 桐生は慌てて両手に持った団子を口に放り込んで頬を目いっぱい膨らませながら、スマホを確認している。というか、今のお前女子力低すぎないか……。


「あ、L◯NE来てた!」

「そうか! で何て?」

「『今体育館にいます。助けてください』だって……」

「はあ?」


 事情は分からないが、昼を迎えているので喫茶店を放り出すわけにはいかない。私も行くと駄々をこねる桐生の世話を九条に任せて、俺は一人で体育館へ向かった。

 近付くにつれ、体育館の方からは何故か歓声みたいなものが聞こえてくる。

 あれ、そう言えばこの時間帯って……そうだ! 思い出した!

 ようやくたどり着いて、そこで目撃したものは……。


「それでは見事グランプリに輝いた、相葉さんです! みなさん盛大な拍手を!」


 ものすごい歓声と声援が飛び交う中、ステージ中央には若干引きつった表情の薫さんの姿が。

 そうだった。校長先生の趣味全開で催されることになった『ミスコンテスト(保護者限定)』の時間だった。

 薫さんの周りには20代から40代までの幅広い年齢層の女性たちが並んでいて、確かに自分に自信がありそうな美女揃いという感じではある。まあ、半分シャレだという認識なのか、他の女性たちが微笑ましく薫さんに視線を向けているので険悪な雰囲気がないのが救いだ。


「ねえ、あの人めっちゃ美人だよね!」

「ほら、アレ。ポスターの人じゃん! 芸能人じゃなかったんだ」

「うおー、付き合いてえー!」


 何とか連れ戻そうと人並みの間を進むのだが、薫さんに見惚れている人たちの熱気がすごすぎて思うように行かない。やっぱり遠くから見ても薫さんの美少女っぷりは半端なく、いい年をした男性ですら熱い視線を向けている。ていうか、いやらしい目を向けるんじゃない!


「では相葉さん、一言どうぞ!」


 あまりの盛り上がりに気を良くした司会者が薫さんにマイクを向けると、彼女はやや動揺しながらも笑顔を浮かべた。


「あの、ほ、本日は大変ありがとうございます。実は何でここにいるのか、わ、私自身よく分かっていませんが、3年B組で喫茶店をやっていますので是非お立ち寄りください!」


 ぺこりとお辞儀をした後、えへへと照れ笑いを浮かべた薫さん。

 その時、俺は胸の奥が熱くなっていくのが自覚できた。


 後で薫さんから聞いた話だが、どうやら学校内を見て回っているところへ、ミスコンの出場者と勘違いしたある先生に無理やりステージ上に上げられたらしい。逃げ出そうにも周囲の迫力に押されて何とか後ろ手でスマホを操作することで精いっぱいだったとのことだった。


 薫さんには申し訳なかったけど、ステージでの挨拶が結果的に喫茶店の宣伝となり、押すな押すなの大盛況。当然主人公たる薫さんの活躍で今年の催しのグランプリを受賞したのだが、『もう当分大勢の人前には出たくない』と疲れた表情で言っていたのが印象的だった。

 でも、今度は薫さんの学校祭には是非行こうと思う俺であった。

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