第21話 舞ちゃんのお願い

「今日はゆっくりしていってね」

「は、はい。ありがとうございます」


 リビングのソファに座るように案内され、秋穂さんが淹れてくれた紅茶に口を付けた途端、舞ちゃんが口を開いた。


「やっぱり、撮影会ですよね! 薫さんの魅力を世間に知らしめたいですから!」

「ぶふっ!」


 突然の切り出しに思わず口から紅茶を吹き出しそうになる。だ、大丈夫ですか? と幸恵ちゃんが慌ててテーブルの上からティッシュを取ってくれた。

 テーブルの上には高級そうな一眼レフが鎮座しているし、前にSNSにオレの写真をアップしたこともあったから何となく予想はしていたけど……舞ちゃん自由過ぎるよ……。


「ちょっと舞! いきなり撮影って失礼でしょう!」

「いたっ!?」


 オレが口元をティッシュで拭っていると、秋穂さんが舞ちゃんの頭にげんこつを落としていた。


「お、お姉ちゃん頭を叩くなんて酷いよー」

「何言ってるの。あんた、ちょっと浮かれ過ぎよ。薫さんが困ってるじゃないの」


 ううー、と涙目の舞ちゃんを見おろすように睨んでいた秋穂さんだったが、そのやりとりにオレが呆然としているのに気付いて苦笑を浮かべた。


「ごめんなさいね。舞は嬉しいことがあるとちょっと暴走するところがあるから」

「い、いえ、気にしないでください」


 申し訳なさそうに頭を下げる秋穂さん。何となく普段の生活が垣間見えて微笑ましく感じた。

 左に座る舞ちゃんはまだ痛そうに頭を触っていて、右にはそんな舞ちゃんを苦笑いで見ている幸恵ちゃんが優雅に紅茶を飲んでいる。気が付けばオレはいつものように二人に挟まれた格好だ。


「薫さんのことは舞からよく聞かされていたわ。その、何て言うか……大変だったわね」


 オレが女の子になったことを指しているのだろう。秋穂さんはそう言って暖かい視線をオレに向けるが、そこに哀れみや好奇に満ちた感情は見えず、本心からオレを気遣ってくれているのが分かった。


「いえ、もう慣れましたし……こうして舞ちゃんや幸恵ちゃんとも仲良くなれたので結果オーライです」

「そう。そう言ってもらえると助かるわ」


 きっと舞ちゃんが暴走していろいろとやらかしていることに対してのお詫びの気持ちだったのだろう、オレの言葉に優し気な笑顔を浮かべた。その笑顔は女の子になってしまったオレでも、思わず見惚れてしまうほどの破壊力だ。


「ああ、もう。薫さん、さっきからお姉ちゃんとばっかり話してる!」


 ようやく痛みが引いたのか、舞ちゃんが拗ねた顔で会話に割り込んできた。


「今日は私と幸恵ちゃんが誘ったんだから!」

「あらあら、焼きもちかしら?」

「ち、ちがうもん!」

「……幸恵ちゃんも薫さんも大変ね……」


 小さくため息をつく秋穂さん。そんな彼女をオレと幸恵ちゃんは乾いた笑い声を上げるしかなかったのだった。


 ◇


 用事を思い出したと言って秋穂さんが家を出ると、それでは早速、とばかりに舞ちゃんの部屋に連行された。考えてみれば、女の子の部屋に入るなんて生まれて初めてかもしれない……あ、妹の遥はノーカウントで。


 舞ちゃんの部屋は薄いピンクで統一された家具が並べてあり、オレが男時代に想像していたような、いかにも少女っぽい雰囲気である。幸恵ちゃんは何度も入ったことがあるらしく、すぐさまクッションを抱えてベッドに腰かけた。


「あの、あまり……ジロジロ見ないでくださいね」

「あ、ごめんなさい」

「いえいえ、別に嫌なわけじゃないんですよ! ただ、ちょっと恥ずかしくて……」


 まあ、見た目は女の子だけど、元男のオレがキョロキョロしていれば注意したくもなるよな。


「でもきちんと整頓されているし、舞ちゃんって綺麗好きなんだね」

「え? い、いやそれほどでも。えへへ」

「よかったわね舞。いつ薫さんが来てもいいようにって、しょっちゅう掃除していた甲斐があって」

「ちょ、ちょっと幸恵ちゃん!? それは言わない約束でしょ!」


 慌てて幸恵ちゃんの口を塞ごうとするけど、笑顔の幸恵ちゃんにひらりと躱されて頬を膨らませている。

 でもこの二人は本当に仲がいいなあ。まるで姉妹みたいだ。どっちかって言うと幸恵ちゃんがお姉さんって感じ。


「それで今日は何するの?」


 ベッドに腰かけて足をぷらんぷらんさせながら幸恵ちゃんが舞ちゃんに問いかける。どうやらこれからの予定は決めていなかったらしい。まあ、出逢ったのも偶然だったしね。

 その言葉を聞いた舞ちゃんは、はっとして畏まってオレに真剣な表情を向けた。


「えーと、実はですね、薫さんにお願いがあるのです」

「お願い?」


 ◇


「はい、それじゃ最高の笑顔をお願いします!」


 オレの目の前には鼻息荒く興奮してカメラを構える舞ちゃんと瞳をきらきらさせて見つめている幸恵ちゃん。二人は顔を真っ赤にしてきゃいきゃいと騒いでいるが、一方のオレはテンションがだだ下がりである。

 何故かって? だっていきなりメイド服を着せられてポージングを要求されたらそうなるよね?


「あの、さっき秋穂さんが撮影はダメだって……」

「大丈夫です! これは決して私の個人的趣味ではなく、仕事なんですから!」

「そ、そうです! これは必要な事なんです!」


 舞ちゃんが仕事ですから、と力説し、幸恵ちゃんもすかさずフォローする。

絶妙なコンビネーションで畳みかけ、有無を言わさぬ二人であるが、その仕事というのは……。


 遡ること十数分前のこと。


「来週、うちの学校祭があるんです」

「うん。遥も言ってたから知ってるよ」


 自分も通っていた中学校だし、妹から聞かされて、そう言えばそんな時期だったなあと懐かしく思っていたし。


「はい。それで学校祭といえば、クラスごとにいろいろと出し物をするんですけど、うちのクラスは喫茶店をすることになったんです」

「へえ、定番と言えば定番だけど、中学校で大丈夫なの?」


 オレが中学生のころはそういう飲食関係は禁止されてたはずだけど。幸恵ちゃんに目を向けるとにこりと笑顔で答えてくれる。


「どうやら今の校長先生がそういうのに理解があるようで、大人の手伝いがあれば許可されるみたいです」

「そうなんだ。楽しそうだね」

「でも、ちょっと問題がありまして……」

「問題?」


 問題って何だろう。大人の人が手伝うのなら特に困ったことはないと思うけど。


「実は去年、別なクラスが喫茶店をやったんですけど、客の入りがイマイチだったらしいです」


 幸恵ちゃんの説明によると、そのクラスはお客さんに喜んでもらおうと張り切っていたのだが、中学生がやる喫茶店なんか大したものじゃない、という固定観念のせいで盛り上がりに欠けたのだという。確かに普通の喫茶店のようなメニューも期待できないし、お金もかかるから無理もないと思う。


「それじゃあ、喫茶店は難しいから止めようという意見はなかったの?」

「そういう意見はありました、けど……」


 そこで口を閉じた幸恵ちゃんがちらりと舞ちゃんに視線を向ける。


「私がやろうと言ったんです。絶対にお客さんが呼べる方法があるからって」

「えっ、そんな方法があるの?」


 正直、どういう方法があるのだろうかと気になった。

 それとオレへの『お願い』とどう繋がるのか。

 すると二人は顔を見合わせてニヤリと笑みを浮かべた……何か嫌な予感がする。


「そこで薫さんに是非ご協力いただきたいのです!」

「え?」

「いろいろ考えた結果、問題はいかにお客さんに宣伝するか、という結論に至りましたので」

「……えーと、つまり?」

「「宣伝用のポスター作りと当日のお手伝いをお願いします!」」


 二人の息ぴったりの申し出にオレは呆然とするしかなかったのだった。

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