第17話 席替え

「えー、それでは席替えをします」


 朝のホームルームの時間。何を思ったか、小杉先生が突然開口一番に切り出して、途端に教室内が騒がしくなった。


「ええー!?」

「何で今時期?」


 主に不満げな声があちこちで飛び交う中


「よぉおおおおおおっしゃーーーっ!!」


教室の一部からは賛同の声も聞かれるが、聞き慣れた女子生徒の声のような気がする。


「そんなー、この席から動きたくないよー」


 隣の席に座る中川さんは不満なようで、子供のように駄々をこねながら机に突っ伏している一方で。


「やったー、これはチャンスだわ!」

「うまくいけばずっと近くに居られるのね!」


 黄色い声を上げている窓側の席に目をやれば、自称親衛隊のメンバーたちが大いに盛り上がっている。しかも、さっきの叫び声といい、彼女たちの熱い視線がオレに向けられていて気恥ずかしい。


 オレにとっては、ようやく最近になってやっとクラスメイトたちと少しずつ仲良くなってきたなと思っていたタイミングでの今回の席替えということで、残念な気持ちが大きいうえに、何となく悪い予感しかしないのだ。

 特に、沢登くんが転校してきてから桜庭さんグループがオレを避けてるみたいに感じるし、男子には相変わらずからかわれているし。


「はいはーい、みんな静かに!」


 そんな喧噪の中、コホンと咳をして先生がにっこりと微笑むと、教卓の下から上面に10センチくらいの穴が開けられた箱のようなものを取り出した。

 それを見たクラスメイトたちが何となく流れを理解したようだ。


「それじゃ席替えを始めます。みなさんは順番にこの中にあるクジを引いてね」

「「「はーい」」」


 賛否両論があれど、予想どおりの盛り上がりを見せているクラスの雰囲気の中、いよいよ席替えのくじ引きが始まろうとしていた。


 ◇


「クジを引く順番ですが、あいうえお順にします」

「えぇっ!?」


 思わず反応して変な声を上げてしまったオレに先生が尋ねてくる。


「あら相葉さん。何か問題でも?」

「い、いえ……」


 先生に訝しげな顔をされたけど、オレはそれどころではなかった。

 オレが一番最初にクジを引く、ということは、次からクジを引く人の反応が分かってしまうということである。

 何の反応か、って?

 要するに、オレの席の近くになったときの反応ですよ。

 例えば、今オレを見つめながら涙目になっている中川さんとか、期待を込めた目で箱を睨んでいる自称親衛隊の方々は、オレと席が近くなっても多分嫌がったりはしないと思うけど、桜庭さんグループの人たちや男子がどんな反応をするのか知るのが怖いのです。


『えーっ、相葉さんの隣なんてー』

『あんなヤツの近くはごめんだぜ』


 もし、こんな台詞が耳に届いたらきっと悲しみのあまり死んでしまうかもしれない。

 ちょっとオーバーだけど、かなり凹んでしまうだろう。

 オレにとって残酷な仕打ちをしようとしている小杉先生を涙目で睨み付けるが、その視線に気付いた先生は何故か顔を赤らめて笑顔を浮かべている。


「それでは、相葉さん」

「……はい」


 席を立ち、重い足取りで教卓に向かう。

言いようのない不安に駆られるが……ええい、ここで悩んでも仕方ない。なるようになれ、だ! と開き直ることにした。


くじ引きの箱の前にたどり着くと、何故か教室内が水を打ったような静けさに包まれた。

異様な緊張感の中、オレが箱の中に手を入れようとすると。


「あ、ちょっと待って。これを忘れていたわ」


 慌てたように先生は、再び教卓の中から大きな白い紙を取り出して黒板に貼りだした。

 それは机の配置図のようで、廊下側の前から順番に「1」、「2」と数字が書かれている。


「箱の中には数字が書かれた札が入っていますのでよろしく」


 何がよろしく、なのか分からないけど、何かとても楽しそうにしている先生を眺めながら箱の中をまさぐる。

 うーん、やっぱりなるべくなら端っこがいいよね。できればラノベ主人公の定位置たる窓際一番後ろとか。

 そう願いつつ、引いた番号は。


「相葉さんは……27番ね」


 えーと、27番は……はあ……。

 黒板に貼られた配席図を目で追うと、窓から2列目の前から3番目という微妙なところだった。何が微妙かっていえば、周りを取り囲まれているからだ。

 今までの席は廊下側の端っこの列だったので、せいぜい縦・横・斜めを入れても5人だったけど、次は8人ものクラスメイトに囲まれることになる。

 何てクジ運が悪いんだ……がっくりと肩を落として席に向かおうとすると、何となくクラスの雰囲気がピリピリと緊張している感じがする。


『27番……横は20番か33番か……』

『後ろの席も捨てがたい……』

『斜め後ろというのもアリだな……』


 な、何だ一体?

 教室のあちこちから、念仏のように低く小さな声が聞こえてきて……ちょっと怖いんですけど。


 ぴーんと張り詰めた緊張感の中、オドオドしながら席に着くと、入れ替わりに男子が教卓に向かい札を引く。


「井原くんは6番、っと」


 うわ、窓側の最後尾じゃないか。いいなあ、席代わって欲しい。後で頼んでみようかな、と思いつつ井原と呼ばれた男子生徒を眺めていると、ふと目が合ってしまった。

一瞬戸惑ったような顔をした井原くんは少し顔を赤らめて席へと戻っていく。


 それから続けて3人がクジを引いたのだが、オレの周りの席になった人はいなかった。でもその3人は何となく面白くなさそうな表情を浮かべながらオレの方をチラチラ見てくるのだった。


「じゃあ、次の人」


 呼ばれて席を立ったのは、最近少しずつ話するようになった八代くんといつも一緒に居る……えーと、桐島くんだったっけ?

 たまに視線が合うと何故か睨んでくるので、ちょっと怖い感じがする。

 それに、ほら、今だって箱の中に手を入れながらオレを睨んでいるし。


「桐島くんは、26番ね」


 先生が読み上げると、教室内がざわめき出した。


「ちょっと!? 薫さんの前の席が取られたわ!」

「そ、そんな……っ」

「ま、まだよ……まだ、両隣が空いているわ!」


 明らかに親衛隊と名乗っているグループから過敏な反応が聞こえてくる。っていうか、声デカいよ。


 ◇


 結局のところ、たかが席替え、されど席替えということで。


「いやあ、相葉さんの隣なんて光栄だよ」

「そ、そう言われても困るよ」


 にっこりとイケメンスマイルを決めている沢登くんが右隣で。


「薫さん! これからは一日中一緒ですね!」

「う、うん。よろしくね」


 自称親衛隊の元気娘である畑中真由美さんが左の席に座り。


「よ、よろしくな」

「あ、うん。こちらこそ」


 八代くんが後ろの席から赤い顔で声を掛けてきて。

 斜めの席には、親衛隊の人と桜庭さんグループがそれぞれ二人ずつという配置となった。


 まあ、オレとしてはそれほど悪くはないかな、と思うのだが。


「相葉さん、私負けないから」


 沢登くんを挟んで反対側の席になった桜庭さんから謎の宣言を聞かされたり、


「うわーん、こんなのって酷いよ-」


と窓側最後部の席から涙目で叫ぶ中川さんをなだめたりと結構大変な一日でした。

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