第18話 妹・遙の親友 桐生舞の場合
「はあ~っ……」
スマホ画面に映し出された写真を眺めつつ、盛大にため息をついていると、隣に座る九条幸恵ちゃんが苦い顔を向けてきた。
「……さっきからため息がうるさくて本が読めないんだけど」
「ううー、幸恵ちゃんが冷たいー」
普段から冷静沈着な幸恵ちゃんは、休み時間になるといつも持参した小説を読んでいる。知り合った当初は、もっと楽しいことしようよ、とか、あそこってとても面白そうだから行ってみない? などと色々と誘ってみたものの、『私は本が読めればそれで幸せよ』と素っ気ない返事をされてしまい、釣られるように私もいつの間にか休み時間を机から離れずに過ごすのが定番になっていた。かといって幸恵ちゃんのように読書するわけじゃないけど。
「冷たいって言われるのは釈然としないわね。別に私は舞のこと嫌いなわけじゃないわよ」
「うん、知ってるよ。どちらかというと私のこと大好きだよね?」
「え? ま、まあ、そうね」
えへへ。顔を赤くして照れる幸恵ちゃんは可愛いなー。二人でいるとたまにこんな可愛い表情を見せてくれるけど、男子に対しては多分見せたことがないんじゃないかな。
本人が言うには、彼氏とか恋人とかに興味がないらしいし、これまで何度も告白されているけどすべて断って居るみたい。
『だって、男の子って怖いじゃない』
思い起こせば幸恵ちゃんは、これまで告白してきた男子の中には、断られた理由を執拗に問い詰めてきたり、お断りした途端態度が変わったり、なんて怖い思いをしたことがあると言っていたし。
でも本当に幸恵ちゃんのことが好きな人なら、そんなことしたら尚更嫌われるのに気付かないのかな。
というわけで、最近の私は周りの楽しそうというか、落ち着きのない喧騒に惑わされることなく、幸恵ちゃんのペースに合わせて、色気はないけど落ち着いた休み時間を過ごしているのだった。
◇
その日も授業という苦痛の時間を過ごしているうちにようやく放課後になり、本を借りたいと言い出した幸恵ちゃんと図書室で時間を潰した後、帰宅しようと幸恵ちゃんと玄関で靴を履き替えているところへ、スマホにメールが届いた。
発信元は、クラスメイトの遙ちゃんだ。今日はちょっと用事があるんだ、と先に帰ってしまっていたけど、用事が終わったのかな。
『今、お姉ちゃんとお茶飲んでいるんだけど、来る?』
おおー、これは! 何という魅力的なお誘い!
遥ちゃんのお姉さんといえば、あの超絶美少女の薫さんだ。
ここ最近は何となくスケジュールが合わなくて会うことが出来なかったけど、初めて会ったときの衝撃は今も忘れられない。だって信じられないくらい可愛いんだよ! しかも元男だったと聞かされたけど遥ちゃんがからかっていると思ったほどだ。
「舞、どうしたの?」
嬉しさのあまり固まってしまった私の様子が余程気になったのか、幸恵ちゃんがスマホの画面をのぞき込む。
「お姉さんって……あの薫さん?」
「うん。そうだよ」
「……そう」
あれ? 幸恵ちゃんの顔がみるみる赤くなっていく。それは想い人にバッタリ出逢ってしまった恋する少女のような可憐な表情だ。
その様子にウットリしつつも、手にしたスマホに目を向ける。
『ついでに面白い写真も送ったよ♪』
面白い写真?
どうやら家の中で撮影したらしいその写真には、遥ちゃんの家の食事風景なのか、手前のテーブルにとても美味しそうな料理が並べられている。
が、私の視線を釘付けにしているのはそこではない。遙ちゃんのお姉さんである薫さんが何故か涙目でウルウルしているのだ。
そのあまりにも可憐な表情を見ていると、女の私でも心臓が跳ね上がりそうになる。
何という破壊力!
「ぐふっ!」
食いつくように写真を眺めている横で変な声が聞こえてきた。
そっちに目を向けると、口元を手で押さえて顔を赤らめている幸恵ちゃんだった。
『遙ちゃん、この写真って』
『ああ、これはね。お姉ちゃんが苦手なキュウリをお母さんに無理矢理食べさせられた時のだよ』
私のメールにすぐさま返信されてくる。
へー、薫さんはキュウリが苦手なんだ……あんな完璧な人でも苦手なものでこんな涙目になるなんて……なんか可愛い。
写真から放たれる薫さん成分を久々に満喫していると、幸恵ちゃんが相変わらず口元を押さえつつ、取り出したスマホを私へ突き出していた。
……えーと。
「写真データが欲しいの?」
コクコクと赤い顔で頷く。うん、薫さんもだけど今の幸恵ちゃんも可愛い。
「じゃあ、今送るね」
コクコク。嬉しそうに笑顔になる幸恵ちゃんを見てるとすごく癒やされる。
何これ。体の奥がムズムズするんですけど。
二人の天使に囲まれて、ほわわん、としていると再びメールが着信した。
『ねえ、返事がないんだけど。来ないの?』
やべ。幸恵ちゃんの
『もちろん行きますとも! で、どこに行けばいい?』
『とりあえず、あの喫茶店で』
あの喫茶店……きっと薫さんと初めて会ったド◯ールだよね。あー、あれは衝撃的だったなあ。
『りょーかい!』
スマホをタップしてすぐさま送信。当然、私たちの今撮ったばかりの自撮り写真も添付した。薫さん見てくれるかな。
◇
例の喫茶店に向かう途中。普段は歩くのが遅めの幸恵ちゃんが、真剣な顔で前を早足で歩いていく。
「ちょ、ちょっと幸恵ちゃん。待ってよ-」
「ダメよ。薫さんを待たせるわけにはいかないわ」
「えぇー」
最近の幸恵ちゃんは、薫さんのことになると反応が過敏だ。さっきも遙ちゃんから送られた写真を眺めてはニヤニヤしていたし、きっと薫さんが大好きなんだろう。その気持ちは痛いほど分かるよ。
5分ほど歩いただろうか、ようやく目的の喫茶店にたどり着いた。
一旦気持ちを落ち着けてから店内に入る。
相変わらずの混雑ぶりにやや辟易しながら辺りを見回すと、ちょうど窓側の一番奥で手を上げている遙ちゃんがいた。
まずは、遙ちゃんの座っている席まで移動してあいさつしないと。
「あ、遙ちゃん、お待たせー」
「うん」
「あ、あと、か、薫さんもこんにちは」
「はい。こんにちは」
遙ちゃんと向かい合って座っている薫さんは、にこやかにあいさつを返してくれる。その顔を見た途端、体中の血液が顔に集まってくるのが分かった。
久し振りに会うのだから、少しは緊張するかなとは思っていたけど……とにかくオーラというか、身の回りの雰囲気がキラキラとしている。
それに何て言うか、さらに女の子らしさが半端ないというか、美少女っぷりがえげつない。
「あ、えっと……」
「どうしたの? とにかく座って」
そう言って薫さんは身体の位置を奥にずらす。
「あ、ありがとうございます……あれ?」
「えっ?」
私の後ろにいたはずの幸恵ちゃんが、いつの間にか薫さんの横にちゃっかりと座っていた。
極限まで顔を真っ赤にして、ぴったりと密着している。
「……何かしら?」
呆然としている私ににっこりと笑顔を向ける幸恵ちゃん。その様子を遙ちゃんは苦笑いを浮かべて見つめている。
「……い、いや何でもありません」
しまったー。薫さんに見とれていてベストポジションを奪われてしまった。少し気落ちしながら向かい側の遙ちゃんの横に座る。いや、遙ちゃんの横が嫌だって言うわけじゃないんだよ?
それにしても、普段のスローペースが信じられないほどの素早い行動だった。幸恵ちゃん侮り難し。
「ところで、今日は何してきたんですか?」
ベストポジションは奪われたが、ここは一つ薫さんにアピールして巻き替えさないと。
注文した飲み物がテーブルに並んだのを確認して口を開く。
「うん。今日は洋服を買いに行ってきたの。もうすぐ夏でしょう?」
「そうですね」
「そうそう。お姉ちゃんって水着を持ってなかったから、それも買ってきたよ」
「「み、水着……」」
私と幸恵ちゃんの声がユニゾンした。
夏といえば、海。そしてプール……そして、水着。
薫さんの水着姿……こんな超絶美少女が水着を着て、海とかプールに出現するなんて。こ、これはいろいろと大変なことになりそうな予感がする。
同じことを考えているのか、横の幸恵ちゃんが目を大きく見開いたままで固まっているし、さっきから周囲の席に座る人たちの視線が突き刺さってくるのが分かる。
「ちなみにこれがその水着だよー」
ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべた遥ちゃんが脇に置いてあった紙袋から取り出したのは。
「「黒のビキニ……」」
「ちょ、ちょっと遥!?」
顔を赤くした薫さんが慌てて水着を取り戻そうと手を伸ばしたが、触れる直前で遥ちゃんに隠されてしまった。
「えへへー。すごいでしょ? 何度も試着してようやく決まったんだよ。何せ胸の大きさが半端ないからね」
「うう……」
若干涙目になってしまった薫さん。
ああ、その守ってあげたくなる儚げな表情は止めて……違う世界に目覚めそうになるから。
気が付くと、幸恵ちゃんはティッシュで鼻を押さえながら、
「海……今年は海……絶対に……行きたい……」
と呟いていた。
うん。今年の夏は何か起こりそうな予感がする。
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