第6話

 女の子の裸を見ても興奮しなくなったオレは、もうイタズラはしないと約束した遥から、長い髪の洗い方やら肌を傷つけないために注意すべきことなどを教えてもらう。


「いい? 長い髪は毛先まできちんと汚れを落とさないとすぐに傷んでしまうのよ」

「それとリンスはしっかりすること。シャンプーだけで済ませちゃダメ」


 などと実践を通じていろいろとアドバイスをくれた。

 その最中も豊かな胸がぶるんぶるんと揺れたりして、男のときなら鼻から大量出血となるべきところも、特に何の感慨もなく作法をマスターすることが出来た。


 これっていいことなのか判然としない。いずれは男に戻れると思うけど、それからもこんな風に女の子の身体に反応しなくなったとしたら……いやいや、あまり深く考えるのは止めよう。


 それにしても、この身体になってからお風呂がとても快適に感じる。

 男のときのオレはどちらかというとからすの行水というか、パッと入ってパッと上がる、だったけど、昨日の疲れが徐々にほぐれていくのが実感できた。


「ふい~っ」


 湯舟に浸かり思わずおっさんのような感嘆詞をこぼすと、身体を洗っていた遥が苦笑する。


「お姉ちゃん、まるでオジサンみたい」

「……いいんだよ、元男なんだから」


 遥に無理やり風呂に入れられたけど、昨日の疲れはとれたし、女の子の作法も身に付けられたので結果としてはよかったと思う。直接言わないけど遥に感謝しよう。


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 風呂から上がって冷たい麦茶を堪能しつつ、ソファで寛いでいると着替えを終えた遥がリビングに入ってきた。

 見ると、普段とは違うお出かけ用の服を身に付けていた。

 女物の服については全くの素人であるオレには、それがどういう名前なのかさっぱり分からないが、遥の高揚した表情で何となく察知したのだ。


「お姉ちゃん、これから予定あるの?」

「うん? いや特にはないけど」


 ちらっと時計を見ると10時を少し過ぎている。

 風呂に入ったのは、確か9時前だったから1時間以上も経っていたようだ。

 女は長風呂というのは本当なんだと思った。


「じゃあ、一緒に買い物に行かない?」

「買い物? 何買うんだ?」

「あれ? お母さんから何も聞いてないの?」

「母さんから?」


 遥の話では、例の実験で唯一入れ替えとなったオレに対して特別な補償金が出たらしい。通常であれば入れ替え期間は1か月程度なので大した金額ではないそうだが、装置が故障していつ戻れるか分からないということでかなりの金額だという。


「それでお母さんから、お姉ちゃんと一緒に身の回りで必要なものを買っておいでって言われたの」

「ああ、そうか……」


 身の回りの物といえば、下着とか服とかだろうな。

 いくら妹とはいえ、下着を借りる訳にはいかないし、そもそもサイズが合わないだろう。それを言ったら激怒されそうなので黙ってるけど。


「そうだな。じゃあ行くか」

「うん。行こう行こう!」


 遥のヤツ、妙にはしゃいでいるけど女の子の買い物ってそんなに楽しいのかな。


 $ $ $


「……ちょいと遥さん」

「何? お姉ちゃん」

「……どうしてこんなことになってるのかな?」

「大丈夫。気にしない気にしない」


 今いるのはショッピングモール内にある、全国展開している有名コーヒー店である。

 下着と服を数点買い込み、小休止を兼ねてここに入ったのはいいが、まさかこんなことになっているとは気づかなかった。

 オレと遥は並んで座っているのだが、問題は目の前に座っている二人の女の子だ。


「本当に遥のお兄さんなんですか?」

「嘘でしょ? こんな綺麗な人見たことないよ!」


 さっきから、綺麗だの可愛いだのと黄色い声を上げているのは遥のクラスメイト。

 オレが試着している間に連絡をとったらしい。何と言って誘ったのかは知りたくはないが。


「えへへー、すごいでしょ」


 オレの右腕に絡みついて、何故か自慢げに微笑んでいる遥。コイツは一体何を考えているんだ?

 男に戻るまでは静かに暮らしたいと思っているのに、ことを大きくしてどうする。

 ただでさえ、オレのクラスメイトから奇異な目で見られているというのに。


「それで、そのお兄さんの髪型ですけど……」


 口を開いたのはオレの正面に座っているショートヘアの女の子。息を弾ませ、大きな目を輝かせてオレを覗き込んでいる姿に何となく気圧されてしまう。


「ああ、これ? 可愛いでしょう。一応、初音◯クを参考にしてみたの」

「うん、そうだと思った! 全然違和感がないし、まるで本物みたい!」


 遥の答えに即行そっこうで反応している。

 まあ、そうでしょうね。

 出掛けに遥に強制的にツインテールにされ、いかにもコスプレJKといった感じの制服をかたどった服を着せられたのだから。

 オレも鏡を見てびっくりしたよ……あまりにハマっているので。

 それにしても、目の前の女の子って、もしかしたらオタク?


「ちょっと舞、少しは落ち着きなさいよ」


 勢いのままサインまで求められるのではないか、と思われるほどはっちゃけている舞ちゃんの横で比較的冷静な態度を見せているのは、いわゆる黒髪ロングで髪飾りがポイントの幸恵ちゃんという女の子だった。

 若干吊り目気味なので何となく睨みつけられているように感じるのだが、遥に言わせるとそれがデフォルトらしい。


「それで、お兄さんにお訊きしたいんですけど」

「な、何でしょう?」


 舞ちゃんとは正反対の真剣な表情で冷たい眼差しを向けつつ尋ねてくる。

 何となく居たたまれない雰囲気に背中に冷や汗が流れてくるのが分かった。

 でもこの雰囲気と真剣な表情……そして薄らと赤く染まった頬。もしかして……つい最近、同じような光景を見たような?


「お、お兄さんは、と、年下はダメですか?……」

「……はあ?」


 やっぱり……と思いつつ、笑顔を作って優しく答える。


「ダメじゃないよ。あまり年齢は気にしないから」


 あくまでお兄さんとしての意見のつもりだったが、オレの答えに幸恵ちゃんはボッと音を立てて目を見開いた。


「そ、そうなんですね。ごめんなさい、つまらないことを訊いて」

「いやいや。でも一応……お兄さんおとことしての答えだからね」

「えっ? あ、はい」


 相変わらず真っ赤な顔で頷いているけど、分かってくれたと信じよう。



 この後、4人でお昼と食べようとフードコートへ行くことになった。

 ファミレスもいいけど、ここのフードコートは眺めがいいので密かに気に入っているのだ。


 土曜日なのでもっと混んでいるかと思ったが、意外に空いていてゆっくりと食事が出来そうだ。


「あっ、あそこ空いてますよ」


 舞ちゃんが空いたばかりの窓際の席を確保し、それぞれが自分の食べたいものを選びに席を立つ。


「お姉ちゃん、何にする?」

「そうだなあ、パスタにしようかな」

「じゃあ、あたしも!」


 普段はオレの意見など関係なしにメニューを決めていたはずだが、今日はやたらと絡んでくる。というかべったりといった状態だ。

 さっきから、舞ちゃんと幸恵ちゃんの視線が険しくなっているように感じるが気のせいだろう。


「じゃお姉ちゃん、行こう?」

「う、うん」


 パスタのお店に向かっていると、周囲からざわめきが聞こえてくる。


「うわっ、すげえ美人だぜ」

「芸能人じゃないの?」

「まさか、アイドルがこんなところに来るかよ」


 はあ……もはやため息しか出ない。

 毎度行く先々でこんな風に騒がれるなら、本気で変装しようかとさえ思う。

 店の前で遥と並んでいるときも、他の店で並んでいる人たちからの視線がこれでもかと突き刺さってくる。

 せめて、銀髪碧眼でなければなあと思うが、こればっかりは仕方がない。髪を染めようとしても家族に反対されるだろうし。


 結局、オレと遥はパスタ、舞ちゃんはサ◯ウェイのセット、幸恵ちゃんは意外にも長崎ちゃんぽんの大盛(2玉)を周囲の熱い視線を感じながら食べるのであった。

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