第10話
ホームルームが始まる合図であるチャイムが鳴ると同時に、親衛隊のみなさんとともに教室になだれ込む。
そそくさと自分の席に着いたけど、今まで以上に周囲からの視線が痛い。
思い返せば、実験で女の子になってからまだ4日目しか経っていない。
それなのに、妹に
今週はいったいどんなことが起きるのやら。
世の中の美少女と呼ばれる女の子たちは、毎日こんな思いをしているのだろうか。その苦労がしのばれる。
「相葉のヤツ、よく平気でいられるもんだな」
「ああ、俺だったら耐えられないぜ」
「突然、美少女になったからって調子に乗ってんじゃねーの」
超低空飛行を続けるオレの気持ちを知らずに、席が近いクラスの男子どもは好き勝手なことを言い合っている。それも聞えよがしにだ。
でも、そんな言葉を聞いていて感じたことは、怒りというより悲しみだった。
男のときであれば、さすがのオレもキレていたかもしれないが、女の子になった今はそれよりも理解されないことへの悲しみの方がはるかに大きかったのだ。
好きで女の子になったわけじゃないのに……。
そう思った途端、机の上に置いた手に生暖かいものが落ちてきた。
『あ、あれ?……』
気が付くと視界がぼやけていて、自分が涙を流していることが分かった。
「相葉さん、どうしたの?」
慌てた様子で隣に座る中川さんが声を掛けてきた。
「大丈夫、何でもないよ」
「だって、すごい悲しそうな顔してるわよ」
「本当に大丈夫だから……えへへ」
指先で涙を
「私に……困ったことがあったら私に相談してね。出来る限り協力するから」
「うん、ありがとう」
にっこりと笑顔を返すと、中川さんが視線を逸らして小声で何かを呟いていた。
「何でそんなに可愛いの……私を萌え死にさせたいのかしら……」
あまりに小さな声だったので言ってることが分からなかったけど、中川さんの気持ちが嬉しかった。
そう思っていると、ガラリと教室のドアが開き、担任の小杉先生と……見たことがない男子生徒が入ってくるのが見えた。
ホームルームが始まっていたが、教室内は落ち着きなくざわめきが生じていた。
それというのも、先生の隣に立っている男子生徒がやけに目立っていたからだ。
「今日はみなさんに転校生を紹介します」
先生に促されて男子生徒が口を開く。
「◯◯県から転校してきました、
ぺこりとお辞儀をする沢登くん。
そんな彼にクラスメイト、特に女子生徒が暖かい視線を向けていた。
それも仕方ないかもしれない。
中身が男のオレでも思わずボーっとするくらいのイケメンなのだ。
180センチはあろうかと思うほど背が高く、見た目はジャ◯ーズにいるアイドルといっても過言でないほどのオーラを感じる。
みんなからの熱い視線を受けている沢登くんであるが、特に気にした風ではなく、のんびりと教室内に眺めていたが、やがてオレの方に目を向けるとにっこりと笑顔を浮かべた。
「それじゃ、沢登くんは空いている席に座ってください」
「はい」
先生に促され、沢登くんは空席であるオレの後ろに座る。
ただでさえ、注目されているオレのすぐ後ろに超イケメンが座るなんて、これじゃこれまで以上に騒がしくなりそうだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
午前の授業が終わった昼休み。
これまでの授業の合間と同じように、クラスメイトたちは我先にと沢登くんを囲んで質問タイムを過ごしている。
聞かれている当人は別に
何気なく聞き耳を立てていると、前の学校はどうだったとか、趣味は何だとか割と普通の内容だったのだけど、真摯に答えてくれる彼の態度に、徐々に女子生徒たちのボルテージが上がってきたらしい。
「ねえねえ、沢登くんの好きなタイプってどんな感じ?」
いつかは出るだろう質問が飛び出した。
「まあ、
「いきなりそんなこと聞くなんて~」
「でも気になるわよね~」
クラスでもカースト上位にいる桜庭さんグループがきゃぴきゃぴと音がしそうな勢いで話し合っている。
「そうだなあ、やっぱり優しい人がいいな」
沢登くんが笑顔を浮かべて答えると、やっぱりね~、そうよね~などと相槌を打っている。
優しい人、か。
まあ、無難な答えだといえるだろうな。
いくら超イケメンとはいっても、無駄に女子を敵に回すような発言はしないよな。
「例えば、このクラスで気になる子はいる?」
桜庭さんのひと言で、一瞬クラスの中が静かになった。
っていうか、そんなことが訊けるなんてすごい心臓の持ち主だと思う。
沢登くんが照れて顔を赤くするのを見たいとか、もしかしたら、『桜庭さんがタイプだよ』なんて言葉を期待したのかもしれない。
でも、彼の口から出た言葉は意外なものだった。
「えーと、俺の前に座っている彼女……かな。名前は知らないけど」
「ふえぇ……」
沢登くんの答えにオレは思わず声を漏らしてしまった。
我関せずの態度を貫こうと思っていたのに、自分のことが話題になってしまい、気が動転してしまったのだ。
「えっ……と」
訊いたはいいが、予想とは違った回答に桜庭さんが言葉を失ったようだ。
でも、それはオレも同感なんだけどね。
沢登くんを取り囲んでいる女子たちがせわしなく彼と桜庭さんに視線を向けている。
「ま、まあ、相葉さんは見た目は綺麗だもんね」
「そ、そうよね」
「沢登くんはあのこと知らないから仕方ないわ」
軽くショックを受けている桜庭さんに代わって、グループの女子たちが必死にフォローし始めた。
要は、オレはニセモノの女の子……たまたま実験のせいで見た目が綺麗な女の子になっただけだということを暗に言っているのだろう。
でも、それは仕方がない。オレだって違う立場ならそう考えるかもしれないし。
「……ちょっと」
気が付くと、隣に座る中川さんが立ちあがっていた。
その表情は怒りに満ちていて、するどい視線を沢登くんを囲んでいる女子たちに向けている。
「さっきから黙って聞いていれば、随分な言い様じゃない?」
「な、何よ」
「中川さん……」
『困ったことがあったら私に相談してね。出来る限り協力するから』
今朝、中川さんに言われたことを思い出す。
きっと彼女は今のオレが辛い状況にあることを察して立ち上がってくれたんだ。
気持ちはとても嬉しいけど、オレのために中川さんとみんなが言い争いになってしまうのは困る。
オレは立ち上がって、間に入ろうとしたとき。
「あの、相葉さん……でいいのかな。彼女がどうしたって?」
この場の雰囲気にそぐわない暢気な声が聞こえた。
発言した沢登くんがきょとんとした顔で中川さんと言い合っている女子たちを眺めている。
「えっと……言っていいのかなあ」
「別に、いいんじゃない。本当のことだし」
「そ、そうよね」
女子たちがお互いに、どうしようかと目配せしている。
誰も張本人であるオレに、実験のことを話してもいいかどうかを訊こうとはしなかった。
「分かった。私から話すよ」
これはオレの問題だし、第三者よりも本人の口から聞いた方が沢登くんも納得するだろう。
少し時間が掛かったが、オレは実験で女の子になった経緯を説明した。
「へえ、そんなことがあったんだ……」
衝撃的な話に、さすがの沢登くんも驚きを隠せないでいたようだったけど、ふーん、とかへえ、とか相槌を打ちながら最後まで聞いてくれた。
「そういうことだから、私……いや、オレは本当の女の子じゃないんだ」
いずれは知られることだし、沢登くんから気持ち悪いと思われても仕方がない。
半分諦めの気持ちでそう言って無理やり笑顔を浮かべた。
じっとオレの顔を見ながら話を聞いていた沢登くんは、やがてふっと笑みを浮かべた。
「君は立派な女の子だよ」
「えっ?」
「他の人たちがどう思ってるかは知らないけど、俺はますます相葉さんが気に入ったよ」
「「「ええっ!?」」」
オレだけでなく、周りの女子たちも驚きの声を上げた。
「なっ、どうして? 相葉……さんの中身は男なんだよ?」
真っ先に反応したのは桜庭さんだった。
真実を知れば沢登くんがオレのことを嫌うだろうと思っていたようで、よほど彼の言葉が衝撃だったらしい。
「うーん、何て言うのかな。俺には相葉さんは元男とか関係なく、気になるんだよね」
そう言って満面の笑みを浮かべるのであった。
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