第9話
そして月曜日。
何かと忙しかった休みを終え、今日からまた学校生活が始まる。
朝早く起きて、遥から教えてもらった洗顔方法を忠実に実行する。そういえば、洗顔のときは冷たい水よりもぬるま湯の方が手穴が開くからいいという話を聞いたことがある。
それを遥に言うと、ほえーお姉ちゃんもちゃんと勉強してるんだ、と褒められた。
いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。
さっさと朝ごはんを食べないと。
鏡には相変わらずの銀髪碧眼の美少女がこちらを覗いていた。気のせいか、先週よりは生気に満ちた表情になっているようだ。
「よしっ!」
気合を入れて学校に行くぞ!
$ $ $
「あ、おはよう。相葉さん」
「えっ? あ、おはよう……」
「相葉先輩、おはようございます」
「う、うん。おはよう」
何だろう、今日はやたらといろいろな人にあいさつされている気がする。
実験で女の子になったことは、もはや校内では知らない人がいないくらい広まっているようだけど、それにしても、クラスメイトならまだしも、今まで話したこともない後輩からも声を掛けられるなんてどういうことなんだ?
「さすが、薫さんは人気者ですね」
「ふぇっ?」
いきなり後ろから声を掛けられて振り向くと、クラスメイトの真由美さん―――畑中真由美―――だった。いつの間にかオレのことを苗字ではなく名前で、しかも「~君」ではなく「~さん」と呼んでいるんですけど。
「人気者? どういうこと?」
「ふっふっふ、これを見てください」
取り出したスマホを操作してある画面を差し出してきた。
そこには、『ついにリアル初◯ミクを発見!』という仰々しいタイトルのブログが映し出されていて。
「こ、これは……」
ブログには銀髪をツインテールにして、にっこりと微笑む美少女の写真で溢れていた。
よく見ると、多くのものはピースサインをして上目遣いになっているけど、目線が合っているものは少なく、いかにも隠し撮りしたかのようなアングルが多い。しかも背景に映っているのは最近見たことがある某有名コーヒー店の内装だ。
……って、これオレじゃね?
真正面から映ったものが少ないからオレのことを知らない人には分からないかもしれないが、このときの服装やときおり端っこに映っている遥の姿が見えることからほぼ間違いない。
でも、一体誰が?
考えられるとしたら、あの場にいた人物のはずだけど。
遥とオレは問題外として、幸恵ちゃん……はそんなことしそうにないし……。
もしかして、舞ちゃんか?
そういえば、きゃあきゃあ言いながらオレのことをスマホで写真撮りまくってたし。
そんなことを考えていると、放置されたように感じたのか、畑中さんは拗ねたように顔を覗き込んできた。
「薫さん。一緒にいた人たちって誰なんですか?」
「えっ?」
「ここ、私も行ったことあるんですけど、ここってド◯ールですよね?」
「う、うん」
やっぱり、このツインテールがオレだってことに気付いていたか。でも何で不機嫌な表情でこっちを睨んでいるんだろう。
「えっと……一緒にいるのは妹とその友達だけど」
「えっ? 薫さんに妹がいるんですか?」
「あ、うん」
「そうなんですか……」
声は小さいけど、ニヤリと悪い感じに口角が上がっていますよ。
多分、次に言ってくるのは……。
「今度、妹さんと会わせていただけませんか?」
やっぱり……。何となく嫌な予感がするけど拒否することは出来なさそうだ。
「そ、そうだね。遥に聞いてみるよ」
「お願いします!」
畑中さんのことはあまりよく分からないのだけど、この人ちょっと百合っぽい感じがする。
熱い視線を感じるし。
妹と会いたいのも、もしかしてオレのことをいろいろと訊き出そうとしているのでは、と疑ってしまう。
「それじゃ、今日もよろしくお願いします」
「あ、うん。こちらこそよろしく」
ちょっと部室に寄ってから教室に行きます、という畑中さんと玄関で別れて教室に向かうと、入口のあたりが人だかりになっていた。
何かあったのかな、と近づいていくと後ろからぐいっと腕を掴まれた。
そっちに顔を向けると、口元に人差し指を当てて『静かにして』というポーズを取っている女子生徒がいた。
「えーと……」
「クラスメイトの杉野です。今は教室に行かない方がいいです」
「へ?」
「もうすこしでホームルームが始まりますので、それまではこちらへ」
杉野さんに誘導されるまま、来た道を引き返して屋上へ向かう階段へ。
「どういうこと?」
手を引かれながら訊いてみたが、それは後で、と返されてしまった。
杉野さんに付いていくと、階段の真下のスペースにさっき別れた畑中さんとメガネ女子の大條さん、そしてもう一人。
「松本凛です。以後、お見知りおきを」
そう……4人のクラスメイトが集まっていた。
「あのう、一体……」
気が付けば、彼女たちは先週の下校のときに、『相葉君を守る会』みたいなノリで周囲から守ってくれたクラスメイト達である。
「あの人たちは薫さんを一目見ようと集まってきた
「えっ? そうなの?」
驚いていると4人に、はーっとため息をつかれてしまった。
「薫さんも少しは自分の立場を理解してください」
何故か、ダメ出しされてしまった。何がいけなかったのだろう。
「いいですか? 薫さんは
「……へっ?」
間抜けな反応をしてしまったオレに、再び畑中さんがスマホを見せてくれた。
そこには。
『街で見かけた美人さんは誰?』という画面が表示されていた。
「あの、これは?」
「これはですね、今流行している街中で見かけた美人さんを投稿するサイトです。そして、ほらここに」
すっすっとタップすると、昨日の日付でアップされた写真があった。
それは笑顔を浮かべた可愛い赤ちゃんを抱いた少女の……。
「ええっ!?」
これって、昨日のオレじゃないか!
確かに若いお母さんが、記念にとかいって写真を撮られたけども。
「しかもですよ。この数字を見てください」
畑中さんが指さしたところには『いいよね!』というマークの横に23万という数字があった。
他の人の数字と二けたも違っている。だって昨日の今日だよ? ありえなくない?
「教室に集まっている人たちの会話を盗み聞きしたところ、ほぼ全員がこの写真を見ているようでした」
「ふえぇ……」
何てことだ。こんな写真を見つけたら、そりゃ見に行きたくなる気持ちは分かる。
だって当の本人であるオレですら、可愛いなあと思うんだから。
けど、オレは静かに暮らしたいのに。
「こうなっては騒がれるのは仕方ありませんが、少なくとも一人でいない方がいいでしょう」
メガネをキラリと光らせて大條さんが言葉を続けた。あの……変なフラグは立てないでほしいんですが。
「大丈夫ですよ。私たちが
「そうです! それが我々親衛隊の役目ですから!」
「し、親衛隊?」
「はいっ! たった今出来たばかりですが!」
盛り上がっている4人を呆然と眺めつつ、これから先どうなるのだろうかと気分が落ち込んでいくのであった。
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