第11話 クラスメイト・八代健二の場合
「何だ、またアイツらかよ」
いつものように二人揃って学校の玄関を出ると、何かを見つけた浩介が俺に話しかけてきた。
浩介の視線の方向に目を向けると、クラスメイトの相葉を囲んで4,5人の女子が固まって校門を出ていくところだった。
女子たちは顔を赤らめながら競うように相葉に話しかけていて、ときおり、『むひょー!』とか『たまらんっ!』などと意味不明な叫び声を上げているのが聞こえる。そんな女子たちに相葉はちょっと困ったような表情を浮かべていて、最近はこの光景が見慣れたものになっていた。
「それにしてもアイツら、相葉が元男だっていうこと忘れてんじゃねーか?」
浩介が苦虫を噛みつぶしたような表情で、女子たちに囲まれている相葉を睨み付ける。
……またか。
最近の浩介はやたらと相葉のことを口にする。
『いくら美人になったって元男だろ。キモいっての』
『万が一、相葉が俺のことを好きになっても俺は絶対好きにならない自信があるぜ』
『たまたま装置の故障でそうなっただけだ。騒ぐ奴らはどうかしてる』
でも小学生のころから付き合っている俺には分かる。
コイツは昔から興味のある女の子には冷たくする性格だということを。
だけど俺は気付かないフリをする。
「相葉のヤツもちょっと可愛くなったからって調子に乗ってるみたいだな」
俺は浩介に
相葉というクラスに友達がいないぼっちオタクが、男女入れ替え装置という怪しげな機械により女の子になって10日になる。
男が女になるなんて非常識もいいところだが、一番の問題は入れ替え後の姿なのだ。
超絶的美少女。リアル天使降臨。現実世界の女子では歯が立たない神がかり的な存在―――。
最初の頃は気持ち悪がっていた女子たちも、男子がいないところでは惜しみない賞賛を口にしているのを耳にしたこともあるし、その超絶的な美貌のせいか少しずつ打ち解けてきている気がする。
特に今、目の前で相葉を囲んでいる女子どもに至っては『親衛隊』などと訳の分からんグループを自称して役得とばかりに常時張り付いている始末だ。
「この際だから、相葉のヤツにガツンと言ってやった方がいいかもな」
「おう! それいいかも」
確か男女入れ替えの機械が故障したせいで、しばらくは女の子のままだという話を聞いているが、いずれは男に戻るらしい。
だからチヤホヤされているのも今のうちとは思うが、こうまで女子の人気を独り占めされては男のプライドが許さない。べ、別に女子にモテているからって
「じゃあ、一人になったところで声を掛けるか?」
「いや、二人で声を掛けると周りから見ればか弱い女の子をナンパしているように思われるぞ」
「じゃあどうする?」
浩介の提案を受けて考える……仕方ない、ここは俺がやるしかないよな!
「まあ、俺一人で大丈夫だ。任せてくれ」
「お、おう」
よし。今後のためにもビシッと言ってやるぜ!
何となく残念そうな表情の浩介を置きざりにして、俺はゆっくりと前を歩く女子軍団の後を付けていった。
◇
気付かれないようにそっと尾行していると、やがて親衛隊のメンバーが少しずつ減っていき、ついに相葉だけになる時を迎えた。
「それじゃね、相葉さん」
「うん。また明日」
何故か鼻にハンカチを当てたまま相葉に向かって手を振る女子が去って行くと、相葉はほう、とため息をついて歩き出した。
早速、声を掛けようとするが、相葉とすれ違う人たち、特に男どもが食い入るような視線を相葉に向けるので中々声を掛けられない。
さすがに、これだけの美少女ともなると周りからの視線は半端ない。本人にしてみればなりたくて女の子になったわけでもないのに、ネットリとした視線に晒されるのは辛いだろうな……。
はっ!? ……待て。何で俺は相葉のことを心配してるんだ?
今はアイツに調子に乗るなよ、とキツく言ってやるんだろ。
声を掛けるタイミングを計っているうちに、相葉は駅前通りの大型書店に入っていく。
そこはいつも大勢の人が集まっているので見失ってしまう可能性がある。
慌てて店内に入り辺りに目をやると、相葉が女子トイレに向かっているのが見えた。
女子トイレに入る様子には全く躊躇が感じられず、すっかり女の子が板についたようだ。
さて……さすがに女子トイレの前でボーッと待っているのは男としてマズい。
視界にトイレの入り口が入るように位置を調整しつつ、近くの書棚に移動していると。
「おい、見たか。すげえいい女がいたぜ」
向かいの書棚の陰から呟くような男の声が聞こえてきた。そこにはいかにもな格好をした若い男が二人。
「おお見た見た。銀髪のうえにすげえ身体してたな」
銀髪? もしかしてコイツら……。
まあ待て。コイツらはただ単に相葉の見た目に興奮しているだけかもしれない……男ならみんなそんなもんだしな。
そう自分に言い聞かせながらも書棚の隙間から男どもの様子を窺う。
……チッ、ヤベえな。
顔を見た瞬間に気付いてしまう……コイツらはヤバい奴らだと。
具体的にどこが、とは言えないがそんな雰囲気がビンビンと伝わってくるのだ。
何とかしないと……焦った俺はトイレから相葉が出てきた瞬間に走り出していた。
◇
「よっ、お待たせ!」
「ふぇっ?」
俺の声に反応して相葉が振り向くと同時に、俺は相葉の肩に手を回す。コイツらから守るためにはこうするしかないと言い訳しながら。
でも。
うわっ、ヤベえ……めっちゃ柔らかいし、すげーいい匂いがする。布越しに感じる体温に状況を忘れてしまいそうになる。
「あ、あの……」
「しっ!」
驚いて声を上げようとする相葉に黙るように小声で伝える。
「……後ろにお前に近づいてくるヤツらがいる」
「えっ……」
俺の言葉にびくっと身体を震わせる相葉。その様子は本心から恐怖を感じているようで、思わず庇護欲をそそられてしまう。
「いいか、後ろを見るなよ。俺とこうしていればヤツらも近付いてこないはずだ」
すぐ横でこくこくと頷きながら不安そうに俺の顔を見上げる。大きな瞳は
「チッ、彼氏持ちかよ」
背後から面白くなさそうに呟く声が聞こえたと同時に、ヤツらが離れていく気配を感じて安堵のため息をつく。
やや遅れて振り返ると、面白くなさそうな顔をこちらに向けたまま店を出ていく二人組の男。
やれやれ助かった……。
「あの……」
「うん? ああっ、ごめん!」
頬を赤く染めた相葉がモジモジしながら上目遣いで見上げているのを見て、肩を抱いたままであることに気付く。
「あの……助けてくれてありがとうございます」
「う……いや、大したことじゃないし……」
嫌がられるどころか、お礼まで言われてしまい心臓が激しく鼓動し始める。
ヤバい……コイツ可愛すぎるだろ……これで元男だなんて、あのとき目の前で入れ替えしたのを見ていなければ信じられないところだ。
「じゃ、じゃあ俺は帰るから。お前も早く帰った方がいいぞ」
顔が赤くなっていることがバレないように早口で告げてその場を離れるようとすると。
「あ、うん。本当にありがとう」
「うっ……」
くっそう。そんなに嬉しそうな顔すんなよ……心臓がバクハツするだろうが。
「じゃ、じゃあな!」
「うん」
相葉に背を向けて歩きながら、そういえば相葉のヤツ、俺のことクラスメイトだって分かってるのだろうかと考えていた。
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