第12話 後輩・高森嘉人の場合

「ねえ、高森くん?」

「ふぁ、ふぁいっ!?」


 いきなり背後から話しかけられて思わず変な声を上げ、さらに手にしていた本を落としてしまった。その途端、周囲から『キャハハハッ!』と嘲りの笑いが巻き起こる。


「いやー、いつ見ても高森の反応って面白いわ」

「ホントホント。声かけただけなのに妙にキョドってるしキモッ」


 振り向くとそこにはクラスメイトの女子たち。彼女たちの僕に見せる表情はいつも同じ……見下みくだしたような目をしている。

 その中でもクラスで一番可愛いと言われている、髪を明るい茶色に染めた女子――橋田はしだ麗子れいこ――が腕を組んだまま冷ややかな目で僕を見下みおろしている。


「あのさあ、毎日本ばかり読んで楽しいの? 少しは身体とか鍛えたらいいんじゃない? まあ、何しても無駄だと思うけどね」

「アハハハハッ!」


 そこで再び大きな笑い声。

 心に苦い気持ちが沸いてくるが、こういう扱いは今に始まったことじゃない。高校生にしては低い身長、男らしさとは無縁の童顔とほっそりとした針金のような体型。そのせいか、高校入学してからほぼ毎日がこんな状態なのだ。


 こういうときは黙って静かにしていればいい……そのうち飽きてここからいなくなるんだから。


 最初の頃は何故こんな目に遭わなければならないんだと激しく落ち込んだけど、別に暴力を振るわれるわけでもないから、と自分に言い聞かせて黙って耐えることにしている。

 でも今日の橋田はいつもより虫の居所が悪いらしく、さらにネチネチとした言葉が続く。


「ふんっ。ここまで言われて悔しくないの?」

「……」

「それでも男なの?」

「……っ」


 思わず『うるさいっ、僕だって男なんだ!』と声を上げそうになる。


「おいおい、麗子。あまりいじめるなよ」

「そうそう。そんなヤツにかまってないでオレらと話しようぜ」


 周りの女子だけでなく、クラスの男子も見た目が可愛いだけのこの女に逆らうことはしないのだ。

 もはや僕にとっては、この橋田を含めたクラスメイトは敵としか見ることが出来なかった。


 ◇


 ……もう嫌だ。

危うく目から悔し涙が溢れそうになったときだった。


「あの……高森くんいますか?」


 今の雰囲気にまるで合っていない軽やかな声音。

 教室にいたクラスメイトが一斉に声のした方に顔を向けると、そこに……天使がいた。


「えっと……誰?」

「す、すげえ美人……」

「な、何なのこの人……」


 天使は教室のドアにその美しい姿を見せていた。身につけているのはみんなと同じ見慣れた制服だけど、僕にはまるで羽衣を纏っているように見えた。

 彼女は自分に集中する視線を受け流すように微笑みを浮かべ、誰かを探しているのか、きょろきょろと視線を泳がせている。

 その天使の近くにいた、突如現れた神々しいまでの美しさに見とれてしばらく動けないでいた女子が我に返って天使に話し掛けた。


「な、何かご用でしょうか?」


 僕は耳を疑った。天使に話し掛けたのはいわゆるギャルというヤツで、着崩した制服に金色に染めた髪を装備し先生にさえタメ口で話す、いけ好かない女子なのだが、コイツからこれまでそんな丁寧な口調を聞いたことがなかったからだ。


「えーと、高森くんを探してるんですけど」

「「ふえぇっ!?」」


 ギャル女子と僕の声がユニゾンした。


「な、何どうゆうこと!?」


 背後から大きな声が聞こえたかと思うと、その声の主はさっきまで僕にしつこくからんでいたクラスで一番可愛いとされる橋田だった。気のせいか僕をめているときより目がけわしくなっているように見える。


「ちょっとアンタ!」

「はい?」

「高森に何の用なのよ?」


 ずかずかと天使に近づく橋田が、目前に立ち止まった途端『うぐっ……』という声をらして動かなくなった。その表情は驚きなのか羞恥しゅうちなのか、真っ赤な顔にこれ以上はないというくらい大きく目を見開いている。


「えーとですね。高森くんにちょっと用事がありまして」


 えへへ♡と天使さんが照れたような笑顔を浮かべると、橋田はそれまでの勢いががれたようにペタンとその場に腰を落としてしまった。

 その様子を見ていた男子たちは。


「て、天使だ……俺は天使を見ているのか?」

「ま、マジか……」

「う、美しすぎる……」


 とクラス中が絶賛の嵐の中、僕の存在に気付いた天使さんがトコトコと近づいてきた。


「あっ、高森くん!」

「ひゃ、ひゃいっ!?」


 一体何度目になるのか、またしても変な声を上げてしまう僕。

 気が付けば、目の前50センチに超絶綺麗なご尊顔が。


「ごめんね。ここ最近いろいろあってお話しできなくてさー」

「え? え?」


 何この距離感。こんな風に親しくしてもらえるような関係の女の子なんて記憶にないんですけど。

 僕の表情で何かを悟ったらしい天使さんが口を開く。


「あっそういえば、まだ言ってなかったよね」

「え、えーと……?」

「私、相葉。相葉薫だよ」


 AIBA、アイバ、あいば、相葉……。


「えっ!? 薫くん!?」

「うん。そう」


 この超弩級戦艦……じゃなかった、超弩級美少女が薫くんだって?

 そのとき、僕の脳内に数日前に学校内を駆け巡ったある噂話が思い浮かぶ。


『2年生に女になった男子生徒がいるらしいぞ』

『何でも男女入れ替え装置の実験台になったんだって』

『げげっ。男が女になるなんてキモっ』


 正直、僕にとってそんな話はどうでもいいことだったからすっかり忘れていた。

 でも、その噂の生徒が薫くんだったなんて。


「実験でこんな姿になっちゃったけど……これまでのように仲良くしてね」


 寂しそうな目で顔を見上げてくる薫くん、見た目は本当に女の子だ。しかも美人過ぎてオーラが半端ない。それにすごくいい匂いがするし。


「私の男の子の友達って高森くんぐらいしかいないから……」


 薫くんとはいわば同好の士。それもお互いがぼっちだとか、オタクっぽい趣味とか共通点が多いので少し前から対等にお話出来る貴重な友人になったのだ。


 そうだよ。姿が変わっても薫くんは薫くんだ。


「うん。僕の方こそよろしくお願いします」

「うん。ありがとう!」


 満面の笑みを浮かべて薫くんが両手を差し出して。


 ぎゅっ。


「ふあああああぁぁぁっ!! か、薫くん!?」

「えっ!? だ、ダメだった?」


 嬉しさのあまり、脳がショートしてしまい薄れゆく意識の中で僕は思った。

 薫くん……アナタは童貞ぼくには刺激が強すぎます。

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