第二十五話「再開、雪月怜華&ミゼッタvs覇王(しぎょうとおや)」

乗馬をする兵士を含め20人、襲歩で近づいているため目的地に着くのはまもなくだろう。


分速は約350m、緊急時以外にしか馬を使う事はまず無い。私が率いている伍ノ大隊は本来ジンさ……ジンが指揮をするのが決まりではあるが、不祥事により三か月経った今でも隊長は決まらないでいた。




リーダーが決まらない一方で兵士は次々と移転し、今では伍ノ大隊の副長である私事、雪月怜華が数少ない兵士達を率いて援軍に向かっているという訳だ。今回は目標が目標のため、念のために関わりが深いと思われるミゼッタを同行させている。特に異例では無いが、階級が違えど彼女の実力はこの私がよく分かっているのだ。


とはいえ、そもそもの話この援軍では戦力になるかさえ怪しいというのが本音ではあるが、私達の役目はあくまでもスライザー総隊長が戦闘に参加するまで繋ぎである。




「怜華ちゃん、この先に遠矢君がいるのかも知れないんだよね……」


「分からない、彼が執行遠矢なのかどうか、テンザーの可能性があれば天界ヘブンゲート全域で総力戦になる事も止むを得ないわ」




ただ、門の掃除人ゲートキーパー元帥が感じたという禍々しい暗黒のエネルギー派、直接それが肌に感じるようになったのは天界からおよそ1kmは離れた地点からだった。彼がそれを感じたのは天界全域の中心軸から外に出た直径およそ5kmの距離に足を踏み入れた時である。


そこに死角は無く、禍々しい波動を感じた場合は曖昧な事もあり、こうして直接その場所にまで索敵する事となっている。そして彼の参謀であるジェラシード大尉の能力アビリティ、密偵使役人シークレットメッセンジャーによって脳内に直接用兵達に指令を送りつけ、今頃戦が行われている事であろう。指揮としての優秀さは、天の門ヘブンゲートの指揮官の中でも一、二を争うと言われている。




そして領土に近づいているという情報で駆け付けたのも彼の報告からであった。能力を使えるのは0kmから30km、数の制限は特に無く大変便利な能力なのである。門の掃除人ゲートキーパー元帥が主力となって戦は行われるだろうが、彼は守護の能力者ガーディアンアビリットの一人でもあり、敵次第では一人でも申し分無いと私がいうのも烏滸おこがましい程の実力を備えている。




本名はサファエル、能力は守護の神線セーフティライン。攻撃の意志を持っている者のみと戦う事ができ、並外れた大きい手がMR(複合現実)としておよそ十倍の大きさで現実世界に具現化し、自由自在に操作できるという能力である。彼の体格は縦幅15m、横幅8mと、人間にしては明らかに規格外な大きさだ。


その手が10倍の大きさ、そして威力も10倍になるのだから巨大な槌で撃たれるのと遥かに同等であろう。更に元帥の自己防衛本能の『自己』というものは、彼にとって天界全域も同等の価値を表している。その自己防衛本能は人並み外れていて、発生するという条件で全ての能力はおよそ三倍、つまり本来の体格から計30倍の力が加算されるという計算である。




「一番望ましい展開はこちらの実力が圧倒的であるという事、私達にとっても執行遠矢かれの死は天界の終わりに等しい」


「きっと大丈夫だよ! スライザー総隊長が来れば百人力! それが遠矢君であってもきっと……」




かつての仲間が暗黒に囚われている可能性を思ってか、ミゼッタの目からは少しずつ涙が溜まっているのが分かる。




「責任を感じているのね、でも戦いは感情で揺さぶられる程甘くは無い、可能性を少しでも上げたいのならそれこそ冷静に……」




彼女に教えを説く最中、私も言葉に詰まってしまう。


それは経験からだ、あの日私自身が冷静になる事ができたのなら助ける事が出来た可能性があったかもしれない。吹雪兄さんの事を思い出して。


思い出せば思い出す程、あの出来事は虚しさというものしか感じない。一度足りとも忘れた事は無い、テンザーに殺された吹雪兄さんを。涙はもう絶対に流さない、そしてもう繰り返す訳にはいかない、繰り返して欲しくないのだ、彼女にも同じ経験を。




「そうだよね……僕がへこたれてちゃ駄目だよね! 絶対僕が遠矢君を取り戻すんだ! まだ謝り切れてない事も多いし……」


「ふふっ、あなたらしいわ、それに僕じゃなくて私達、よね?」


「怜華ちゃん……」




そうこう話している内に遠目からは離れているが、誰かがその場所に立っているのが分かる。まず目に映ったのは体格が大きい門の掃除人ゲートキーパー元帥からである。戦闘はまだ行われていないのか、彼は背中に背負っていた巨大な斧を両手に持ち、立ち尽くしていた。


そして近づいていく中、中々他の兵士達が目に映らず、先に彼らの状況を明確に知らせたのは眼ではなく耳からである。




「ああああああああああああああああああああああっ!!!」




近づく毎に耳に門の掃除人元帥の咆哮が耳の中で響く。


一旦襲歩を停止しようかと思ったが、何が起こっているか分からない以上止まる訳にはいかない。私達がすべき事は時間稼ぎ、ただそれのみ。守護の能力者ガーディアンアビリット二人揃う事が本来の勝ち筋であり、門の掃除人元帥の身に何かあるのだとすれば私達は死守してでもその状況を止めなければならなかった。およそ四百メートルの処で、門の掃除人の体全てを黒い炎が覆っていた。


もはや声を上げる事も、悶える事もせず、門の掃除人元帥は眼を見開いたまま口から泡を吹きだしている。私の能力が使える範囲はそう広くはない、ある程度近づいた後すぐ様発動する。




「凍結零度フローズンゼロ!」




黒炎に向けられた氷は、触れる事もなく液体にへと化し、一瞬にして液体から気体にへと空気に入り混じる。門の掃除人ゲートキーパー元帥に纏わりついた黒炎はただの炎とは違い、およそ百メートルも離れてるこの場所からでも猛火が直に伝わってくる。そもそもこの黒炎は私達が知る概念上の炎なのか、水をかければ単純に消えるのかすら怪しい。




「一旦止まりなさい!」




20人の用兵の動きを止め、状況を確認する。門の掃除人と共に戦ったであろう用兵は揃いも揃って体を横たえた状態であり、誰一人例外なく身体に黒炎が纏わって倒れている。彼らとの距離はおよそ30m、少しでも可能性があるのならばリスクを背負ってでも彼らを助けなければならない。




「ほう、虫けらが増えたと思えば冷華とミゼッタか、残念ながらその程度の氷じゃこの黒焔を消す事はできない」




漆黒の鎧に纏われた男は顔の部分だけは隠される事がなく、あっけなく正体がくっきり見える。だがこれだけじゃ分からない、テンザーがまだ異世界から来た執行遠矢を演じている可能性も大いにあるのだ。




「僕達の事覚えてるんだね! 倒しにじゃない! 僕達は君を止めに来たんだ、だから今すぐこの炎を」


「おいおい、馬鹿な事を言うのは辞めてくれないか? それとも何か、言ってみればワンチャンスあるとでも思ってるのか、無駄だよ無駄、こいつは共同体である黒龍の黒焔ちからによって灰になるまで燃え尽きる事は無い」




厄介な炎を消すにはそれ以上の氷山を作ればいい、ただ悪いけど執行遠矢あなたも巻き込む事になるけど悪く思わないで頂戴。手を執行遠矢と門の掃除人ゲートキーパー元帥にかざし、私が出せる限度の氷山が出る想像をし、座標軸を門の掃除人元帥に合わせる。




「絶対零度……(アブソリュートゼロ)」




次の瞬間、門の掃除人の正面に浮いた小粒な氷は氷塊にへと豹変し、周囲一帯を巻き込むと、私達が立ち並ぶ少し手前でその氷の動きは止まる。執行遠矢諸共を包んだ分厚い氷によって、門の掃除人元帥とその用兵達も含めて体に纏わりついた黒炎はすっかり無くなっている。遠目からでも透けて見えたが、黒炎に纏わりついていた兵士達の周りには、それぞれぽっかりと半円の穴がかなり大きくできていた、黒炎の抵抗によって氷は溶かされたのだろう。




分厚い氷じゃなければ火消はできなかったのと同時に、黒炎を纏わっていなかった執行遠矢のみが絶対零度を直に受けている状況に陥っていた。無我夢中でやった事ではあるが一石二鳥である、決して冷静な判断では無かったが何はともあれ結果は良しだ。




それに、表情に出さなかったためミゼッタは私が冷静な判断でこの行為に至ったと勘違いしてくれている事だろう。後ろを振り向くと兵士とミゼッタがガタガタと震えている姿が見えた。半分氷で身体が構成されている私にとって寒さなどどうという事は無いが、ある程度離れたこの距離でも体に異常が発生している以上、効果は絶大である筈だ。




「すみません門の掃除人ゲートキーパー様、今助け出します」




遠くから一礼した後、氷塊の元へ馬に乗り向かおうとした時だった。透明な氷塊は紅色に変わっている。一か所、紅蓮の瞳が氷塊を照らしているのが目に映る。それは見るだけでも悍おぞましく、メドゥーサの瞳で睨まれたかのように体は硬直してしまう。地面に立ち尽くすのがやっとだったが光の発生源が分かる。


それは執行遠矢の瞳からであった、突如として氷の表面にあの黒炎が満遍なく纏わりつく。そしてヒビが割れるような轟音が辺り一体に響き、雹ひょうのような大きさの氷塊の破片が四方八方に勢い良く飛び散る。




「うっ……」




ミゼッタと兵士達は必死に両腕をクロスさせ、次々に飛ぶ氷の破片から顔を守る。私自体は氷の破片が飛ぼうが体に入り込むため何とも無かったが、それを何とか止める事はできないでいた。




「ふははははは! ふはははははははは!」




氷の破片が飛び散る中、笑い声をあげているのは執行遠矢である。氷塊の方は跡形も無く砕け散っていたが、結果的に門の掃除人および他の兵士達を護れたのは不幸中の幸いであろう。




「今の攻撃……あの門の掃除人ごみよりよっぽど面白かったぞ! さて、お遊びはここら辺で終わりだ、あんまり遊んでいるとテンザーに怒られるのでな」


「テンザー、やはりあなたは異世界から来た執行遠矢のようね……」


「執行遠矢? ククク……随分懐かしい名前だな」


「黙らっしゃい! あなたは執行遠矢、他の何者でも無いの」


「我が執行遠矢か……まあいいだろう、お前達を殺す前に残念な知らせを二つしてやる」


「残念な知らせ?」




執行遠矢の紅蓮の右眼が悍ましく光る。


見ているだけでも寒気が体から伝わる。私の氷なんかよりもよっぽど冷たい瞳だ。




「一つ目、執行遠矢は死んだ」


「馬鹿な事は言わないで……」


「そして二つ目、我が名は覇王、世界を殺す者だ。残念ながらこの世に存在する執行遠矢はテンザーのみだ」




訳が分からない、確かに頼りにはならさそうだった彼だったけどこんな意味不明な事を言う奴じゃなかった。もしかしてジンの能力で再び別の執行遠矢を異世界から連れてきた? 




「強制的な引力グラビティフォース!!!」




そうこう考えている内に、声が聞こえてきたのは真後ろからである。




「目を覚ましてよ遠矢くん! ファイヤスターの皆は……ファイヤスターの皆を殺したのはテンザー達でしょ! お願いだから僕達と一緒に……」




強制的な引力、確かキングドラゴンをあの技で地に伏せさせたと聞く。


だがしかし、漆黒に纏われた兜がへこんだだけで、素知らぬ顔で呆然とその場に立ち尽くす。その能力は全くと言っていいほど執行遠矢には効いているようには思えなかった。




「ふふっ、こっち側の人間になって本当に良かったよ」


「遠矢くん?」




それは彼本来が本来持つ温かみがある声音、その瞬間だけは彼に纏わりついた禍々しいオーラも無くなったような気がした、だがしかし。




「無力……お前達のようなゴミを見ているととても無力だからだよ……」

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