第二十六話「平衡しない戦い」

執行遠矢の禍々しい暗黒のエネルギー派が再び戻り始める。意図的に消したとは思えないあの往年を思い出させる声、ひょっとするとまだ覇王の中では完全にテンザー達の力では支配されていない部分があるのかもしれない。


しかし、何があろうとキングドラゴンの動きを封じたと強制的な引力、更に絶対零度……(アブソリュートゼロ)ですら彼にとっては雀の涙程の抵抗。おまけに全てを振り絞った私はエネルギーが枯渇した状態に陥り、足が竦み膝が地についてしまう。同じくミゼッタも表情が強張り立っているのが精一杯というのが、小刻みに震えた足を見ていると如実に伝わってくる。




「詰んだ……わね」




しまったっ……。


ぼそっと呟いてしまったのは何の望みも無い絶念の言葉だ、上役がいないとは言え無用人にも程がある。


だが距離はある程度離れていたため、私以外にそれを聞いていると思える者はいなかった。これを聞かれてしまえば指揮が下がる処の話では無い、だから私に指揮者という立場は向いていないのだ。


一歩、一歩ずつ短い歩幅で少しずつ迫ってくる。




こうしている間にもスライザー総隊長は馬に乗りながらこちらに向かっている筈だが、障害物も何もない平野の一面を見回しても彼の姿は未だに見えないでいる。360度一体を見回すも、拡大されたようにドアップで視界に映るのは漆黒の鎧を纏った覇王。


歩幅が一歩も近づけない距離まで接近したと思えば、見下ろす事なく頭を掴まれ、強制的に彼に立たされてしまう。視界の正面には彼の顔が映り、紅蓮の眼で睨まれると反射的に視線を外してしまう。門の掃除人元帥のように身体中を想像もできないような黒い炎で焼き焦がされてしまう自分の姿をイメージすると、猛炎よりも先に痛みが身体に襲い掛かる。もしくは身体が氷でできているため、焦げるよりも先に溶けるのかもしれない、そんな事生きてきた中で一度足りとも試した事も無い。




いっその事早く殺して欲しく、目を瞑ったまましばらく待つも黒炎が身体に焼きつく気配は無い、眼を開いた途端に殺すという戦略なのか。しばらくすると、握っていた髪の毛の握力が緩み、彼の手中から抜け出す事ができた。


何が起きたのか、恐る恐る片目をゆっくり開いていくと彼の紅蓮の眼が向かれていた方向は私では無く更に奥側。ミゼッタの方を凝視しているのかとも思ったが、彼が向いているのは右方、彼女達がいるのは左方である。


―――もしかしてスライ……。




瞬時に後ろを振り返るも、彼の視線の先に映っていたのは思い浮かべていた人物とはまるで違った。その希望が儚く砕け散るように、まず目に入ったのは異空間の扉から出てくるかつての上役であるジン。


更に続くように出てくるのはあからさまに人間とは思えないような人間の形をした化け物。ジンと似たり寄ったりの全身緑肌、そして体系は肥満気味であり、髪は無く瞳は白、衣服は肩から太ももの付け根は全て布で覆われている。成人男性と同じ大きさくらいの鉄と思われる棍棒を両手で抱えていたがあれで戦うつもりなのだろうか。


そして次に出てきたのは意外にも女性であり、同じく人外を表すかのような紫色の肌、白髪に紫の瞳を持っており、胸元には黒いビキニアーマーが装着されている。更に背中には白い翼が生えており、今にもこぼれそうな豊満な胸は人外と思いたい程の大きさである。下半身には白い布の下着、太ももまで伸びきったストッキングはガーターで止められている。




「やあ久しぶりだね~怜華たん」


「ジン……あなたって人は……」


「寂しかった~本当だよ~? いや~地界には君みたいな美人がな中々いなくてね、殺しの命令が無かったら今すぐにでも君を連れて帰りたいくらいさ」




ジンの表情は緊張の表情などが一切無く、それはかつての上役であったかのような軽軽しいフランクに話しかけてくる。私が天界で信頼していたのは死んだ兄さん、そして今ここにいるジンだけだった。


兄さんと子供の頃どんな遊びをしたかなどの思い出話はいくらだって彼にした。その時もこういった軽々しい接し方ではあったが、彼は陰ながらも重い雰囲気を作ろうとせず、彼なりのやり方で励ましてくれていたのだ、その時は私はどんなに嬉しかったか。


だがそれは違った、彼は最初からテンザー側の人間だったのだ。兄さんを殺したテンザーの元で忠誠を誓い、その妹を自らの部下にしてあなたはどう思ったのか。問うだけ無駄よね……あなたは私を心の奥底で嘲笑ってたんでしょ、馬鹿な妹だって腹を抱えながら。




「顔だけ持って帰ろうかな、君の綺麗な顔を毎日拝めるなら地界の皆も喜ぶだろうし」




生憎だけどジン、そんな脅しじゃ私は怖がらない。あなたの思い通りになってやるつもりは毛頭無い。


覇王が執行遠矢なら殺す訳にはいかない、だがジンの場合は別、彼だけなら殺す事ができる。私の髪にジンの手が触れると同時だった、彼の手は徐々に氷始め、身体の方へ浸食してゆくように氷は進んでゆく。




「フフッ、私と心中しなさい! ジン!」


「な……なんじゃゴラアアアアアアアア!?!?!?!?!?!?」


「どうやらあなたでもこの技から逃れられる事は出来ないみたいね、本当はテンザーを殺すために作った技だったけどどうせ死ぬなら私はあなたを巻き込んで死ぬ事を選ぶわ」


「おい糞尼が! とっととこの氷を解きやがれ、じゃねえとただじゃ済まねえぞ」


「私が死ぬのも時間の問題よ、私の身体の50%は氷でできている、でも一度だけそれを100%にまであげる事ができる、私は氷と化しこの周囲一帯には土地ができるわ、私は死ぬけど当然私に触れたあなたも勿論ただじゃ済まない、いわば自滅技って処かしら」




ジンはそんな話霜いささかも聞いておらず、氷った腕を振り回しながら暴れ回っている。そろそろ腕の方も感覚が無くなってきた頃だろう、後は体全身に氷が回るのを待つだけだ。




「っふん!」




しかしジンは氷っていない部分の腕を手刀で斬り落とす。溢れ出す出血の生々しい臭いは少し離れた位置でも漂うきつさだ。そして無くなった腕の部分は光が纏わり、無くなった右腕はゆっくりと元の状態にへと戻り始める。落ちている右腕があるにも関わらず。




「……っ!」




言葉に詰まるしかない、倒せない敵を倒せるはずの唯一の技だったのだ、それがどういう原理なのかは不明だが全くの無意味な行為だったとは。




「ははははは! はっはっはっは! いや~楽しい~あ~楽しいね! その喜びに満ち溢れた顔、敵諸共巻き込んで死ねるなら本望と思ったのか、残念だったね、死ぬのは君だけど今どんな気持ち?」


「そんな……」


「君のせいで異世界人3502の腕が無くなったんだ~正義を豪語にしていた君だ、どれだけ人に迷惑をかけたのかは理解してるよね? もう一度聞くよ、今どんな気持ちよ?




感情が露骨に表情にへと出てしまう、それは絶句である。兄さんに生かしてもらったこの命も誰の役にも立てずに散っていくのだという絶望。だが、俯いた瞬間剣が刺さるようなぶすりとした鈍い音が聞こえた、何かと思いジンの方を見上げると、柄が無い刃だけがジンの背中に刺さっているのが目に見える。


「久しぶりだったな、糞野郎」


「スライザー……総隊長」

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