第四話「怜華に秘められた想い」

「じ…自分の世界に帰っていいってどういうことだい!?」


怒りが湧くかと思われた執行だったが返したセリフが、まさかの予想外、突然の切り出しに彼女は慌てふためいていた。だがしかし、この世界にいれば英雄扱いされ、超能力者にもなれると錯覚していた彼にとっては当然の反応、落胆以外に湧いてくる物は何もない。


「ジンに言ってくれ、僕を今すぐ元の世界に帰してくれって」


「何でか説明してくれないのかい遠矢君、それにもう元の世界には帰れないよ」


「帰れないだと?帰れないってどういうことだ?」


「二人ともそれさえ教えなかったんだね…」


落胆していた執行にまた新たなる火の粉が降りかかる。


「やっぱり僕が行くべきだったね…ジン様の能力(アビリティ)、平行空間(パラレルルーム)は確かにごく簡単に平行世界に飛ぶことは可能なんだ、でもね、決して指定した空間に飛ぶことが出来るわけじゃないんだよ。君の世界にジン様が来たのも偶然、たまたまの出来事なんだ、何億、何兆、何京なんてレベルの話じゃない、まず現実的に考えて行きたい世界に飛ぶ事は不可能なんだ」


「不可能って…ここにもちゃんと帰ってこれたんだ、別に不可能なことないだろ」


「元の世界に帰る事はまた別…だからジン様と怜華ちゃんには総統から彼には慎重に選んでもらうように…って言われてたんだけど」


焦燥感に駆られ、俯く執行を見て、彼女は申し訳なさそうな顔で言った。


「じゃあ僕は皆に恨まれてるにも関わらず、この世界のために戦わなくちゃならないのか…」


肩を落とした執行を見て、彼女はゆっくりと歩み寄り、背中をさする。


「別に皆恨んでる訳じゃないよ、少なくとも僕は君を待ってたんだ!」


優しく慰めるミゼッタに返す言葉はない、男として女の子に慰められるのは情けないとは思ったが会社に入社したての時も、よく前社長に励まされてた事を思いだした。世の中は僕が思ったように甘くはできていない、分かってはいたけどもしかしてこの世界に来れば変わる、僕はそう思ってんだ。


「そうだ!今から行く場所なんだけど、そこで君を待っている仲間がいるんだ、遠矢君が来る前にギルドのメンバーに入れるって事で真っ先に手を挙げてくれたんだよ」


「待ってる人達?ギルド?それって…」


また右腕を強引に引っ張り連れられ、彼女はにこにこと笑みを浮かべながら部屋を出た。そして今度はここに来た道へと再び戻り、建物前へと駆け足彼女は向かう。


「ちょっと、どこに行くんだよ」

「君にやってもらう事は二つあるんだ、一つは能力(アビリティ)を調べてもらうこと、もう一つは仲間と合流してもらう事」

「いいよ、自分で歩くから」


強引に手を振りほどくもミゼッタの表情は変わることなくにこにこと笑っている、彼女も僕も決して急いでいる訳じゃないので歩きながら話すことにした。


「なあ、ずっと気になってたんだけど僕若くなってないか?ここに来る前じゃ怜華って子は凄い若い女の子って感じだったんだけど今じゃ僕より年上か同い年って気がするんだ、これも異世界に来た影響なのか?」


「そりゃあそうだよ、君の年齢はこの世界じゃ十八という事になってるからね。怜華ちゃんは十九、僕達より一つ先輩って事になるかな」


僕達って事は僕とミゼッタは同い年なんだろう、それよりも十八という事になってると言われた事に引っかかった。


「十八という事になってるって、ひょっとするとこの世界の僕がその年齢だからか?」


お見通しと言わんばかりの顔で彼女は答える。


「鋭いね、当たり。変な話平行世界と言っても君の生まれた時間や日にちなんかは全くと言っていいほど違うんだよ」


「パラレルワールドなのにか?」


「ざっくり言っちゃえば君の世界じゃ僕や怜華ちゃんが存在するかもわからないんだ、何千、何億通りと無限に続く世界がこの世にあるからね。」


「ていう事は僕が赤ん坊だったり、老人になってる世界もあるっていう事になるんだな」


「そういう事だね、僕達の年齢や性別が違ったとしても決して時間や世界は全く同じで変わってないんだ」


執行は若干だが理解した。自分が大富豪になった世界もあれば、支配者、国王、石油王、になった自分もいるんだと、様々な思いを巡らせていた。そして僕が怜華さん達と出会えた世界が今現在にいたるパラレルワールドの一つなのだろう。恐らく世界は数という概念すらもなく、無限通りに張り巡らされているはずだ。


「一つ気になったんだけど怜華さんはなんで僕をあんなにも敵対視してるんだ?」


執行はこの世界に行く前に抱いていた疑問を訊いた。


「それは天界の皆と同じで彼女も家族全員殺されちゃったからね、最後の砦だった兄の吹雪さんも犠牲になって死んでしまったんだ。勿論君が殺したんじゃないって事は彼女自身が一番わかってるはずだけど…やっぱり全く同じ顔の君を見ていると彼女も動揺を隠せないんだろうね…」


予想はしていたが怜華さんに秘めた想いがなんとなくだが分かったような気がした、彼女は嫌々ながらも彼女自身で僕を連れ、守ってくれた。普通なら僕が攻撃された時にでも見殺しにしていてもおかしくないはずだ。それだけ僕がここに来なきゃいけないってことは彼女にとっても天界にとっても止むを得ない事態なんだろう。


建物の外へ出て、今度は隣にあった別の戸扉へとミゼッタは入る、少しでも遅れたらまた勢いよく右腕を掴まれそうだったので急いで彼女のペースに合わせたが、さっきの廊下とは大違いでそこは明かりもついていて、人が何人もすれ違えるくらいにだだっ広い。


「ミゼッタ、さっきの話の続きなんだけど僕怜華さんに謝った方がいいかな」


フフッと笑みを浮かべ彼女は答える。


「う~んどうだろうね…謝られるのはあまり好きそうじゃないけど君がこれからどうしていくか、彼女に伝えればいいんじゃないかな」


僕がこれからどうしていくか…答えは決められているよな、一つしかないはずだ。

それは僕がこの世界の僕自身を倒すこと、それが皆にとっても彼女にとっても求めている事だろう。


廊下をしばらく歩いていると、決して人用に作られたとは思えない程の大きい戸扉がドッシリと部屋の奥に置かれていた。


「本当はこの扉、非常扉で開けちゃダメなんだけどね…近道近道~ってことで」


彼女は手のひらを右側の扉にゆっくりと付着させ、一歩一歩ゆっくりと前へ進んでいく。すると、普段使われていないと思われる重い扉がグギギと音を鳴らしていた。ミゼッタはまたしてもこちらを向きにこっと笑った、まるで僕も共犯者になった気分だ。鳴っている音を聞くからに扉が重い事は明確だったが、試し左側の扉を僕も力一杯両手で前に押して見た。扉はピクリとも動かず、ただただ疲労が溜まるだけだ。

一生懸命扉を押す僕を見て、ミゼッタは何をしているの、と疑問視するかのような顔で僕を見ていた。彼女にとって僕が今とってる行動は、疲れたので扉にもたれかかってるという解釈でしか捉えていないだろう。華奢な体でこんな重さの扉を軽々開けているかと思うと、彼女にはあまり怒らせるような発言は言わない方がいい、執行は心にそう誓った。

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