第三十四話「才能がありすぎるのも辛い」
教室は静まり返ったかと思いきや、ざわつき始め、一部では「なんであいつ無能力なのに偉そうなんだ?」との声までが上がりだす。余計なお世話だ、それに僕は無能力なんかじゃない、強すぎるのも困るものだ、周囲をどっち道敵に回さなきゃならないのだからな。
「執行くんはせんせーの能力がそんなに知りたいんですか?」
「はい! 知りたいですね」
「いいでしょう! 威厳を保つためにもせんせーの見た目とは違った能力を今のうちに披露しておきます」
元々威厳なんてものが全く無いのはともかく、能力をこの場で見せてくれるのはありがたい。この警戒の緩さといい、ひょっとすると彼女は総統と口裏を合わせている使者ではないように思える。僕が彼女の能力を覚えるという事は、それだけ対策のやり様が増えるという事だ。それとも対策不可能な能力を彼女は僕達に見せるつもりなのだろうか。
エーゼット先生は「ふにゅうぅ!!!」と力一杯歯を噛を食いしばると、学生の持ち物である筆記用具が浮かび上がり、二つ、三つと次々に机に置いてある物は宙に浮かび上がる。
「どうです! もし授業中に関係ない物でも使っていじっていたら没収しますからね! エーゼットせんせーの能力は念力サイコキネシスです」
何が来るかと思ったが、席に着いていた学生達は「すげー!!!」や「全員の物を上げられるのか!」などと驚嘆の声が次々と上がっていた。僕は勿論何も驚きはしない、むしろ驚いたのはこれで驚嘆の声をあげている学生達にだ。まだ能力を得てから間もないだけかもしれないが、彼らが驚いたのは恐らく能力の持続時間に関してだろう。
僕の予想では十中八九の学生達は能力の持続時間が恐らく数秒とない、それはさっきの二年生達の戦いからして分かり切った事である。二年であれだけの持続時間しかないのなら、一年の能力の持続時間などミジンコ程度でしかないだろう。
弱った……僕だけが特別なのかもしれないが、せっかく良い能力を彼らが持っていたとしてもこれでは宝の持ち腐れになりかねない。
エーゼット先生の後に続いた自己紹介は32人目まで回ったが、どれもこれも利用価値がありそうな能力は見つからなかった。能力と能力を繋ぎ合わせれば雪月怜華の目から逃れられる力が完成するんじゃないかと思ったが、残念ながら一向にその兆しは見えない。
頭を抱えながら次に出てきた33人目の自己紹介を目にすると、そこに立っていたのはエルシーだった。彼女の能力は恍惚な回復スターダスト・リカバリーと言われる、いわゆる処の回復系能力だ。確かにポテンシャルがありそうな能力ではあるが、今欲しいのはそういった類のものではなかった。
次々に順番が回り64番目に出てきたのは、パンツを見たことがキッカケとなりはっきり覚えている水色の髪の女の子だ。
「僕の名前はミゼッタ、皆よろしく! 能力は重力感覚グラビティフィーリングといって色んな物の重力を操る事が出来る能力だよ!」
彼女の能力は予め知っている、というよりも経験していた。使いようによっては彼女の能力も使えない事はないだろう、例えば彼女を操る事によって雪月怜華の動きを封じる事も可能だろう。ここまで能力発表をした中で初めて使えそうな能力が出た訳だが、それもあまり使えるとは思えないような能力である。
88番目の能力者は『幻覚効果イリュージョンエフェクト』、一瞬だけ幻覚を見せるという使えそうで使えなさそうな能力である。
失望が大きい中、次には今までの能力に対する不満が吹き飛ぶかのような大物能力者アビリットが現れる。
「俺は桐生三郎、能力は動力添加ブースティングだ、能力の持続時間を延ばしたり力を極限まで引き伸ばせる能力アビリティらしい、はっきり言って一人じゃ何もできねえ、だからこそ全員と協力していきたい、よろしく頼む」
それは105番目の番号が呼ばれた後の自己紹介だった。動力添加、これこそが正に僕が求めていた能力、はっきり言っていくら求める能力を見つけた処で持続時間が低いようじゃ今の段階では意味がない。訓練で鍛えられるまで待ち続けるのも酷なものだ、これだけ人数がいれば一人や二人は利用できそうな能力者がいると思ったが、案外期待してみるものだ。名前は覚えた、しかし今の段階では材料が足りない、完全な料理を作るにはシェフの腕よりも重点を置くべきなのは材料なのである。その材料が集まってない段階じゃ何もできないのだ。
そして次々と番号が呼ばれるもあまり使える能力者はおらず、121番目のアリーサは、日録辞典ヒアリングレコードという完全記憶能力を持っている。彼女の名も一応覚えておく事にしよう、メモは取ってなかったため、注目していた能力者以外は全員忘れた。とりあえずまとめると今使える能力者は四名と言った処である、重力感覚と幻覚効果を使う予定はあまり無いが、だからといって他に使える能力者がいる訳でもない。ここは使う可能性がある能力は全て頭に入れた方が良い。
「さーて、自己紹介は終わりです! 今日はもう全員帰っちゃっていいですよ!」
エーゼット先生の終礼が終わると、席からほとんどの学生が席を立ち去っていく。中には「頑張れよ無能力者!」と励ましているのか、挑発しているのか分からない愚か者もいたが、今は無視である。後々利用される側はどちらになるかという話だ、少々感情的になりそうではあったが、僕はそんな事で動じるようなちっぽけな人間になるべきではない。
「あの!」
また挑発してくる厄介者がいるのかと思ったが、声を掛けてきたのは女の子の声、それに見覚えがあった。
「エルシーか」
「わあ! 覚えててくれたんですね」
「さっき会ったばかりだしな、明日からまたよろしく」
「はい! こちらこそよろしくお願いします! そう言えばさっき執行さん無能力者って言ってましたけど……」
まずい……彼女は確か僕が能力を持っている事を分かっている筈だ。助けたのも僕だという事になっている、というより僕自身がそういう事にしてしまった。これであの学生達が味方同士で潰しあったなどと言えば矛盾が出来る、ここは口止めでもするべきか。
「あのなエルシー、僕の能力なんだけど」
「分かってます! 言えないんですよね? 何か特別な事情があるのかは分かりませんが、一応確認したくて」
「物分かりが良くて助かるよ、ははっ」
彼女が僕の能力を滑らせてしまう可能性を考慮に入れておかない僕も悪かったが、彼女が味方でいてくれて本当に助かった。善良そうな性格だからこそおっぱいが大きく育つのだろう、いや、おっぱいと言えば雪月怜華のような鬼のような女も育っているので一概には言えないか。
「なあエルシー、エリートクラスが学校に来るのって明日だよな?」
エリートクラスというのは天の学校ヘブンスクールにおける、二クラス制にできている優秀な方のクラスである。何をもってエリートと呼ばれているかというと、誰でも入れるこの学校で理事長が能力の価値が高い順に並べてから、優秀な学生半数がエリートクラス、そしてそれ以下の半数が普通クラスと分けているそうだ。能力主義なので教養の方にはあまり重点が置かれていないという。
本来僕は選ばれる筈だが、エリートクラスに選ばれなかったのは無能力で学校生活を送るというハンディがある事から、総統の配慮で普通クラスに送られているという話は聞かされている。
「そうですね、でもなんでエリートクラスの事が気になるんです?」
「ちょっとな、今日の自己紹介みたいにエリートクラスの能力が全員分知れるかもしれないだろ?」
「何で能力が気になるんですか?」
しまった……エリートクラスの能力を何故僕が知りたいかという口実を作り忘れていた。なんとなくだがエルシーなら訳を聞く事なく話に乗ってくれると思っていたのだが、どうやら僕の思い過ごしだったみたいだ。
「もしかしてクラス対抗戦の前調査だったりして?」
「へ? あ、いや、そうだ!」
「やっぱり! いやー私も凄いはりきっちゃって、もし良ければ私も付いていっていいですか?」
「ああ、別にいいけど……」
何だかよく分からないが勝手に彼女が口実を作ってくれたそうだ。明日からの予定は日録辞典ヒアリングレコードを持つ能力者と行きたかったが、女子慣れしていないからかもしかしたらエルシーがその時に助けになるかもしれない。それにここで断るのもあまりよろしくないと思える。
「ああ、別に構わないぞ」
「やったー! 嬉しいです!」
「ああ、じゃあそろそろ僕も行かないと怒られるからな、また明日、本格的な授業はやらないそうだけど早く終わり次第行ってみるか」
「それが良いと思います! それとなんですけど執行さん、良ければ一緒に帰りませんか?」
これはまた残念ながら、あの鬼のような女と帰らなければならないという予定が入っているのだ。これに関してはエルシーにあの女を見られたくないのと、あの神経をすり減らすような気まずい空間に彼女を巻き込みたくないというのもある。
「いや~実はだな、僕もあんま本望じゃないんだけど鬼みたいな女と帰らなきゃ」
「誰が鬼ですか……」
後ろを振り向くと本当に鬼が立っていたのかと思うような形相で睨む少女が目に映る。それは雪月怜華だった。思わず「うわあっ!?」という情けない声を出してしまい、地面に食い込んでいたでっぱりのある石に躓いて、頭から地面に向かって一直線に落ちる。しかし、頭にまずぶつかったのは頑丈な硬い地面、ではなくバルーン二つと頭がぶつかったかのような飛び跳ねる弾力に止められ、香り漂うレモンのような匂いに嗅覚が癒される。朝起きたばかりの布団の中から出たくないような居心地の良さである、もう二度とここから離れたくない。
「あの~……大丈夫ですか?」
耳上から直に聞こえてきたのは柔らかいエルシーの声である、顔に伝わる柔らかい物には服の生地からそれがおっぱいだと分かり二、三度程、それをもみもみと揉んでみる。
「だいじょ……」
「何をやってるんですか!」
首根っこを掴まれ雪月怜華に無理やり引き剥がされる。僕の学園生活を台無しにしやがってとイラつきそうになったが、エルシーは苦笑いで僕の方を見ていた。もしかすると、このまま揉み続けていたら僕の学校生活そのものが終わっていたかもしれない、下手すれば両手を封じられ逮捕という事も。
「ああ、怜華さん」
「ああじゃありません、全くあなたという人は……帰りますよ」
「ああ、分かったよ……それじゃあまたなエルシー、悪いけど僕はこの人と帰るのがこの学校での義務なんだ」
「一緒に帰ればいいじゃないですか、私は後ろから着いていくだけですので」
ええ……それはそれで気まずいというのをこの人には分からんのだろうか。しかし一方のエルシーは「いいのですか!」と謎に乗り気であった。この人の前でプライベートの話をするのは普段なら躊躇するだろう処だが、エルシーがこう言っている限りやむを得ない。
「3人で帰ろうか……」
僕だけが折れないというのも大人気ないので三人で帰る事にした。あの気まずい空間が再び僕達を襲うだろうと思ったが、案外雰囲気は良くその日は下校を楽しめた。
アナザー世界の能力者 コルフーニャ @dorazombi1998
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。アナザー世界の能力者の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます