第十三話「いざ能力の開放へ!怒れる狂気(クレイジーアンガー)vsキングドラゴン」

僕達が向かう先はキングドラゴンのいる場所だ、だが結局の所、居場所が分からなければ見つかる筈も無く、ただ行く道を彷徨い歩いていた。

まあ僕とミゼッタとしては見つかってくれないのが一番ありがたい、ずっと歩くことにはなるが、それで怪我をせずに済むのならまだマシだ…。


「いた…ぞ!いたぞ!キングドラゴン!」

「え?」


アレックスの叫びと共に、指を差していた方向をメンバー全員が見る。

わずかだが確かに宙を飛んでいる何かがこの先にいた、その姿は時間が経つに連れ少しずつはっきりと見え始める。

最初その姿を見た時は冗談だと思えたが、鮮明に見え始めた姿はその姿は尋常じゃなくでかい。全員が口を開けながらキングドラゴンを眺めていた。


「や…やばい!こっちに来る!」

「全員構えろ!遠矢はできるだけ後ろに下がってろ」

「ああ、分かった!」


慌てる僕にアレックスは隠れるように言い、大人しく身を隠せそうな場所を探す。僕の身を心配してくれたのかミゼッタはできるだけそばを離れないようにこっちを一瞥しながら、キングドラゴンを警戒しながら僕を守ってくれている。

気づけばキングドラゴンはもうわずかの距離までこちらにへと近づいていた、遠くからみていたから分かりにくかったが、巨大な翼を広げ尋常じゃない素早さで近づいていた。

この素早さだと隠れてる暇も無さそうだ、僕一人が皆から離れたら却って的にされる可能性が高い。

それに見た感じ隠れる場所もどこにも無いのでミゼッタの後ろに隠れる事にした。だがしかし、大剣を引き抜こうとするアレックスを差し置いて、真っ先に前に出たのはミゼッタである。

彼女は両手をキングドラゴンがいる方にへとかざし、じっとしたまま止まっていた。そして彼女が何かを言い放ったのは、僕達を全員を丸呑みできるサイズの口をドラゴンが大きく開けた時だ、その距離わずか三十メートル程まで迫っていた。


「強制的な引力(グラビティフォース)!!!」


それは本当に呑まれるんじゃないかと思い、両腕をクロスさせ、目を隠した時だった。

力の限り叫ぶ彼女の枯れた声は僕達の耳元へと響く、そして一瞬だが世界が歪んだ気がした。

キングドラゴンは体、眼、口、全てにおいて微動だにしない、ピクリとも動かない、いや、恐らくだが動けないのだ。

さっきまで僕達を呑もうとしていた勢いを自分の意思で止めるだなんて、状況的に考えられない、彼女の能力で止めたと考えるのが一番妥当だと言えるだろう。

そして彼女が起こした空間の歪みのようなものは消え始め、キングドラゴンの体は下にへ落ちる。

空間そのものに丸でプレスをかけられたかのような勢いで、ドラゴンは地面に体を押しつぶされていた。

先程まで向かってきた勢いが嘘のようだ、ドラゴンは身動き一つ取れないでいる。


「今だ皆!!!」


アレックスの掛け声と共にエルシーと僕以外はそれぞれ戦闘態勢にへと入り、自身の能力を使い始める。


「鷹の眼(ホークアイ)、見えました!奴にとって一番効果的な弱点、それは喉元です!」


アクロスの喚起で風見、アクロス、アレックスがドラゴンの喉元にへと向かって走る。

そのドラゴンの喉元は近くにあるようでかなり離れた位置にあった。


「いくぞ!激突する衝撃波!(クラッシュインパクト)」

「幻影の具現化(ソリッドファントム)…」

「ポイズンスピア!」


アレックスが振りかざした大剣はドラゴンの頑丈な鱗に弾かれる、そして続けざまに風見の幻影狐が喉元を爪で切ろうとするも弾かれ、丸で手応えがない。


「駄目です…いくら弱点といっても硬すぎる」


アクロスは構えていた毒針を投げる事無く手に収めていた、あの固い鱗をどうにかしない限りは突破口が見えないということなのだろう。


「皆…もう駄目…僕…限界だ…早く逃げて…後少しだけ…抑えておくから」


両手をかざしたままの体勢でいたミゼッタは額からいつも見せない汗を流していた、更に普段僕に見せているような笑みも彼女からは消えていた。


「駄目だ、アクロス何か他に手はないか?」

「そうですね…」

「今は僕がリーダーなんだから僕の言うこと聞い…はぁっ」


ミゼッタの両手が下にへとさがる、ぶら下がった両手はピクピクと震え、ミゼッタもその場に倒れこんでしまった。


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」


拘束が解かれたキングドラゴンは身動きが取れるようになった今、雄叫びを上げ、自分に攻撃を仕向けた相手にへと眼を向ける。

ミゼッタ、アレックス、アクロス、風見、その四人を鋭く、威圧的な眼つきで睨みつけている。

僕とエルシーは手を出していないからか、全く眼を向ける様子がない。

キングドラゴンが真っ先に標的を絞り込んだ相手はミゼッタだった、自分の体を地面に叩きつけた起因でもある、それに気づいたのだろうか。利口か直感か、ドラゴンは近くにいるアレックス達じゃなく、倒すべき相手をいかにも当然のように襲い掛かる。


「ミゼッタ!!!」


瞬時に反応したアレックスは大剣を振りかざし、襲い掛かろうとするドラゴンの右手へと向かい剣を投げつける。

しかしその剣はあっけなく跳ね返るが、奇跡的にも自分で跳ね返した剣が見事喉元に向かって摩れるように切れ、頑丈な鱗の一部を削り取る事に成功した。

それに気づいたドラゴンは視線をアレックスにへと向け、視界に映っていなかった筈の巨大な尻尾を見せつける。

鞭のようにしならせた尻尾はアレックスの体に直撃する。

剣を失ったアレックスは攻撃から身を守る術が無く、成すがままに飛ばされ、宙を舞い僕とエルシーがいる所にへと身体を飛ばされる。

その距離およそ三百メートル、人間がここまで飛ばされるなんて僕の世界では見た事もないし、聞いた事もない。

普通の人間ならこんなあり得ない非現実的な攻撃を受ければ、誰だって死ぬだろう、だがアレックスは奇跡的にも息をしていた。

だが眼は真っ白になりかけで今にも息を引き取りそうなくらいに苦しんでいる、身に着けている鉄でできたような防具も粉粉に潰れていた、身体の方もあちこちが赤く染まり血が溢れている、放って置けば確実に死ぬはずだ。


「恍惚な(スターダスト)…回復(リカバリー)!」


だがここには奇跡的にも回復の能力(アビリティ)を持つエルシーがいた、もし別の場所に飛ばされれば僕達が近づいている間に死んでいたかもしれないのだ、本当に奇跡続きで救われたといっていいだろう。

僕はここに来る前、いやずっと前からだ、与えられた役割は嫌々やり、熱意を持ちながらやった事なんて何もなかった。


「しっかりしてください!アレックスさん!」


エルシーはアレックスの意識を取り戻すように一生懸命に叫んでいた、そんな姿を見てなんだか孤独感に押し潰されそうな気分になる。

何もやっていないのは僕だけだ。

僕はただ流されるままに与えられた試練や義務などを受け流し生きてきた、決してやらない訳でも無きにしもあらず、怒られない範囲でごまかすようにやってきた。それに努力をしてる奴も馬鹿にしていた、辛い思いをしてまで何故必死にもがくのかと。

だが今は…今はそんな怠惰な自分に…無力な自分が悔しくて悔しくて堪らない。

皆が命を張っている中、僕だけはただぼーっとしているだけで、リーダーまでこんな姿になって戦っているのを目の当たりにさせられて…僕は一体今まで何をやってきたんだ?

他人と比べない刺激の無い人生を浸りながら今まで生きていた。

僕は落ちるとこまで落ち、それでも尚自分の愚かさに気づかず自己満足しながら生きていて、結果的に若社長にも負けたのだ。

何で今まで僕はこんな状況に陥ったのにも関わらず悔しくなかったんだ?悔しくない方がどう考えてもおかしいだろうがよ。


「ちくしょおっ!」


目前もある岩を思いっきり拳で殴りつける、手が折れてもいいと思った、こんな手どうせゴミ以下の価値なんだから。

だが殴りつけた筈の手からは不思議と痛みが無い、骨が折れて痛覚を失ったか、と思ったが生憎意識ははっきりとしていた。

殴った岩を恐る恐る見てみたが、壊れていたのは僕の手じゃない、岩の方だった。


「まさか…能力が…」


僕にこんな力ある訳なんてない、ひょっとしたら岩がアルミ製でできた偽の岩なんて落ちじゃないかと思い、落ちている破片を握ってみるもやはり硬くできた岩だ、重量もある。これを僕がやったのだと理解するのはとても理解に苦しんだ。なんせ今まで人一人殴ったことすらないのだ、それにこんな岩を破壊できる筋力なんて持ち合わせていない。


「遠矢さん、あれ!」

「え?」


エルシーの指差す方向を見ると、またもミゼッタが標的としてドラゴンに狙われている、それをアクロスと風見が守ろうと必死に走り、近づいていた。


「エルシー、ここでアレックスを治療してくれ」

「遠矢さん、どうするつもりですか?」

「ミゼッタを助ける、皆でとりあえずここを逃げるぞ」

「と、遠矢さ…!」


遠くからエルシーの声が聞こえたが僕はそれを無視し、ミゼッタの元にへと走り、駆け寄る。

三人なら彼女を助ける事が出来るかもしれない。

とにかく今は怒る事だけを考えるんだ、怒って、怒って、怒り続けて、ミゼッタを助け出す、それだけを考えろ。

自分にそう言い聞かせ、ミゼッタの元にへと向かいは知る。

運動不足の僕にとってこれだけの距離を走る事は不可能に近かったが、今の僕はいつもとは違い疲れも全く感じず、足もいつもより早く動かす事ができた。

ミゼッタの距離までは残り半分、百五十メートル程、もう少しでミゼッタの元までたどり着く事ができる。

しかし、そんな希望はあっさりと打ち砕かれ、ミゼッタを抱えていた風見とアクロスまでもがキングドラゴンの尻尾によって体を吹き飛ばされてしまう。

吹き飛ばされた三人はそれぞれがバラバラの位置に飛び散り、アクロスは僕の目前へと飛んでくる。


「っは………アクロス!」


すぐ近くにいるアクロスの元へと駆け寄る、死んではないか、心臓は動いているかなど確認したが、どうやらまだ無事に生きているようだ。

しかしアレックスと同様、体はボロボロで、今にも息を引き取りそうに思えた。


「エルシーはまだなのか、待ってろアクロス、直ぐにエルシーを呼んでくるから」

「遠…矢くん…駄目だ…君とエルシーだけでも逃げるんだ…」

「は?何を言ってるんだ!」


僕は真剣に怒った、こいつは今長くチームを組んでいた仲間を見捨てて逃げろと言ったのだ。感情的にも胸に飛び掛って一発ぶん殴ってやりたがったが、この体じゃあ本当に死んでしまうと思ったのでここは堪える。


「よく聞いてください…キングドラゴンからは逃げる事ができない…あのモンスターは肉食で特に人間を好物としているのです…このままじゃ無傷の君やエルシーまで死んでしまう事になる…だったら僕達を置いて逃げてください」

「何を言ってるんだよ…全くわかんねえぞ…」


いや、本当は分かっていた。アクロスの言うことは正しい、敵が肉食で僕達を餌としてみてるなら尚更全員で逃げる事は不可能だ、怪我人も多数いるのである。

だが僕にはその事実を受け止める事ができなかった、もしここで僕とエルシーだけ逃げればミゼッタ、アレックス、アクロス、風見がもういなくなるということだ。

皆会ってまだ間もないけど、それでも僕を必要としてくれた大事なメンバーなんだ、ここで見殺しにしろだなんて死んでもごめんだ。

だがこの事実を受け止めなければ僕と今倒れてる仲間だけじゃなく、エルシーまで巻き添えに死なす事になる。

僕なんかよりも彼女の方がこいつらを死なす事に反対するだろう、僕達の選択肢は全滅…それ以外に無いのだろうか。


「迷う事はない…どうせ助かる事なんて…」

「いや…待てアクロス、お前の使っていたポイズンスピア、それって能力なのか?お前の能力で作り上げた武器なのか?」

「違います…ポイズンスピアは…まだ僕の手にあります…」


アクロスはそう言うと、右手を開き、力を尽くして手を上げ、僕にそれを見せる。


「弱点は首元なんだろ?アレックスが投げた剣で鱗の盾は破られた、殺傷能力はどれくらいなんだ?」

「冗談ですか…?冗談ならやめて…」

「冗談じゃねえ!本気だ!」


力いっぱい怒鳴る、普段の僕ならありえない言動だが、完全に頭に血が上っているのが自分でも分かる。今全員を助けるにはこの方法しかないのだ。


「これの殺傷能力はほぼ絶対と言われています…なんせ守護の能力者達(ガーディアンアビリット)が使っていたんですから、キングドラゴンなんかに効かない訳がない…」

「そうか」


僕はアクロスが握っていた小さい針を注意深く受け取る、先端に毒がついているのだから、もし少しでも触れたら即死だろう。

それにしてもキングドラゴンなんか、か、それ程までにガーディアンアビリットが強いっていうなら是非ともこの状況をなんとかしてほしいものである。


「しかし本当に届くと思ってるんですか…?高さは二百メートルはありますよ…」

「っは…」

思わず笑い声が零れた。確かに無理かもな、そんな遠い距離が届くのなら僕はとっくに野球選手になれているはずだ、生憎だが僕に腕力なんてものは全くといっていいほど付いていない。

それに求められているのは腕力だけじゃなく精密さもだ、鱗が欠けた部分は大きい筈だがここから見たらどう考えても小さく見える、これだけ難易度が高い条件に挑戦した事なんて未だかつてない、今まで僕はその道を避けてきたのだ。

「ふぅ…」


目を瞑る、今僕に求められるのは冷静さなんかじゃない、怒りだ。

思い出せ全てを、怒りを忘れヘラヘラしているあの時の記憶を、僕はずっと自分をごまかし続けていたのだ。


[相変わらず駄目ですね、執行さんは…][また執行さん遅刻だってさ、はっきりいってこの会社にいらないよねあの人][あー、これで何度目?俺も別に質問には来いって言ってるけどさあ、ちゃんとメモ取る努力くらいしてくれないと]


社員や上司の声は鮮明に聞こえる、邪魔だと思っていたのはなにしろ社長だけじゃないからな。


[私は何もかもが優秀で頭の良い父親を尊敬し、今まで絶対的な存在だと思っていました。でも一つだけ理解できない疑問があるんですよ、執行さん、何で父はあなたなんかを雇ってしまったんでしょうね]


若社長の声だ、これだけははっきりと覚えている、忘れられる筈が無い。

過去の僕よ、色々言われて辛いだろうが、僕からも一つだけ君に説教しなければならない事がある。

「いつまでもヘラヘラして自分をごまかすな、もっと正直になれ」


瞑っていた目を開く、ここからおよそ百五十メートル、高さおよそ二百メートル。見えない距離じゃないだろ?いや、はっきりと見える、鱗が欠けた部分についていた掠り傷など隅々まで。

構えをとる、チャンスは一度きりだ、ここで外せば皆死ぬ、凄い緊張感だ。

だが何故だろう、これだけのプレッシャーが募っているのに、全然僕は恐れていない、いやむしろ投げたくてうずうずしていた。

地面を勢いよく蹴る、一歩、また一歩、今までに感じた事の無い風を感じる程に強く、一歩ずつ、力をこめて地面を蹴っていく。

腕をバネのように伸ばし、目標へと定める、十分な加速がついたところでここだと思えるタイミングがあり、毒針を力一杯の腕で、キングドラゴンの喉元へと向けて投げ込んだ。


「くたばれ!!!クソ若社長!!!」


今頭に浮かんでいる怒りを力一杯ぶつける、毒針を投げた右手は右腕まで隅々と血管で溢れていた。

そしてその毒針は飛んでいる様に一瞬にして僕の視界から消え始める、あまりにも小さいせいで少しでも目を逸らせばどこに飛んだかすら分からなくなるのだ。

だが僕が毒針を投げた後すぐに異変が起こった、ドラゴンは地面には体をつけないものの、揺ら揺らと丸でダンスをするかのように宙で体を揺らしていた。

酔っ払いのように、薬漬けになった薬物中毒者のようにドラゴンは宙で踊っている。

僕は一度この光景を見た事がある、ビーストキャットにアクロスがポイズンスピアを当てた時の事だ、確かあのモンスターも心がどこかに飛んだように揺ら揺らと地面を彷徨っていた。


「てことは、やったのか…」

「やったみたいだね、遠矢君!」


後ろを振り向くとミゼッタが風見とアレックス二人を肩で支えながら立っているのが分かった。

支えられていた二人はボロボロだがその支えているミゼッタも体はボロボロだ。エルシーもアレックスの体でよく見えなかったが立っていた、こんな短時間で皆を回復させたのだ、本当に便利な能力といっていいだろう。


「無理するな、僕が代わる」

「大丈夫だよ…重力感覚(グラビティフィーリング)で軽くしてるからね、それに風見が僕の身代わりになってくれたおかげで僕はダメージが無い、体力ももうバッチリ回復したし、なんだったら遠矢くんが倒れても持ち運べるよ」

「ミゼッタ…」


確かにミゼッタの顔から強がりを言ってるようには見えない、彼女の能力は大の男二人ですら関係なく最大限まで軽量化する事が可能なのだ。


「とにかくある程度は私の能力(アビリティ)で回復させる事ができます、アクロスさんも無事です!」

「そうか、良かった!」


僕が行ったその言葉は本心からだった、照れくさかったが以前の僕なら絶対に口にしない言葉だ。本当に嬉しい、皆が生きてくれていて。


「はあ…遠矢君…やったみたいですね…」


アクロスが意識を取り戻したのは直ぐの事だった、ボロボロの体を無理やり起こそうとしていたので僕の肩を貸して立たすことにする。

エルシーもエルシーで体力が相当ばてていたらしい、あまり無理をさせる訳にはいかない。


「とりあえず一旦ここを帰るぞ…いつ何に襲われるかわかんねえからな」


アレックスの指示と共に僕らは帰ることにした、キングドラゴンはまだ宙をあちこちと彷徨ってふらふらとしている。

あれだけでかい体なら毒が回るのも遅いのだろう。

記念に一枚写真でも撮って帰りたかったが、馬鹿な事をやっている余裕もない。とにかく今は命を守る事が優先である。


「ドゴオオオオオオオオオオオオオン!!!」

「え?」


それは突然訪れた轟音、曇から馬鹿でかい落雷がキングドラゴンを襲う。

さっきまで輝いていた光沢のある全ての鱗が丸こげとなり、ドラゴンは地面へと倒れ落ちる。

雷の轟音も凄まじかったが、ドラゴンが間近くで地面に落ちる音はそれ以上に辺り全体へと響き、向かってくる突風に僕達は吹き飛ばされそうになる。


「え、援軍ですか…?」


そう言ったのはアクロスだ、彼もまた僕に支えながら立っているのがやっとなので、彼に当たらないよう向かい風を右上半身全体で受ける。


「いや、違う、あれは敵だよ…」


ミゼッタが驚くように見開いた眼で何かを見ていた、僕も見てみると五人の黒尽くめがこちらへと列を乱さずに歩いている。

五人の歩きは寸分の狂いも無く、全員が同じタイミングで地面を踏んでいた。黒いフードによって顔が見えないせいで物凄く不気味だ。


「皆、最後くらい僕の言うことを聞いて逃げてくれないか?全員を一時的に抑える事ができたとしても彼ら五人を倒すのは絶対に無理だ。一人一人がキングドラゴン、いやそんなレベルじゃないくらいに強い…」

「抑えるって…お前はどうする気なんだ?」


僕は珍しく慌てふためいていた、こんなに感情を剥き出しにする事なんて今まで無かった。

もしここでミゼッタだけを置いてしまえばミゼッタと会うことはもう二度とできない、あくまで直感的に感じた事だが少しの不安が一瞬にして膨れ上がり、不安が最大限になって僕を煽ってくる。


「心配しなくていい、僕は大丈夫だよ遠矢くん、重力感覚は自分自身にも有効なんだ、だから体を軽くして彼らから逃げる事なんて容易い、でも君達はそうじゃないでしょ?必ず約束する生きて帰るって、だからもし納得したら僕の手を握って皆と逃げてくれ」


それを聞いたアレックスと風見はミゼッタの肩から離れ、自力で立ち始める。

彼らも回復してもらったからと言って、全快した訳ではない、疲労も相当溜まっているだろう。

アクロスも僕の肩から離れた、このまま僕に肩を借りながら移動すれば邪魔になると判断したからだろう。


「遠矢…今はミゼッタを信じろ…お前は知らないだろうがこいつはめちゃくちゃ速い」


アレックスは力を振り絞って立っているがフラフラだ、そんな状態で本当に走れるのかと、不安しかない。


「俺も…」

「僕も走れます…」

「当然私も、走れます!」


全員が僕に対して逃げるよう説得する、これじゃあ断れる訳も無い。

いつの間にかチームとして除け者的な存在だったはずなのに中心に立っている自分がいた、もう僕は守られるだけの存在じゃないのだ。


「ミゼッタ、絶対帰ってこいよ」

「うん!帰ったらまたアイス奢ってよ」

「ははっ、何個でも奢ってやるよ」


ミゼッタと握手を交わし、アレックス達とアイコンタクトを取って、その場を離れる。ミゼッタは五人の黒尽くめ連中と向かいあった後、両手をかざし、何かを唱えていた。


「死ぬなよ…ミゼッタ…」

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