第十二話「僕の言うこと聞くって言ったよね?」

「っは!」


気付けばそこはベッドの上だった。

さっきまでいたミゼッタの姿はもういない、頭の下に置いていたクッションも彼女の膝ではなく、白いふかふかの枕だった。

これはひょっとすると夢か…?でもどこからどこまでが夢なんだろう。

やたら体がすっきりする辺り風呂に入ってたのは確かだと思えたが確証が無い。でも頭にほんのりだがミゼッタから漂ったボディソープの匂いが残っているような気がした。

あれこれ考えても仕方がないので、もう一度眠りにつこうと思ったときだった。

ドンッドンッ!とまたノックの音が部屋内に響き渡る。

しばらく待つと「おーい!開けて!」と扉を叩いていたのは案の定ミゼッタだった。女の子、いや男ですらこんなに強く叩かないっていうのに、彼女は本当によく出来た目覚まし時計と言ってもいいだろう。

無視して眠りにつきたかったが、ノックする音は鳴り止まないので、仕方なく扉を開ける事にする。


「ミゼッタ…もう時間なのか…?」

「まあ時間は時間なんだけどね…実は大変なことになってて、警報聞こえなかった?キングドラゴンが実はこの近くで飛んでるらしいんだよ」

「キングドラゴン?それに警報って何のことだ?」

「え?警報凄い大きかったけど聞こえなかったの!?」

「ああ、聞こえなかった」


どうやら彼女のノックは二回目の目覚ましという事らしい、一回目は僕にとってあまり効き目はなかったようだ。

体に溜まった疲労や、普段の習慣などを合わせて、起きられないのは別に驚く事じゃなかったが、最初の警報で起きていればミゼッタの馬鹿うるさい声も聞かずに済んだのだろう。


「ああ、キングドラゴンね…昨日アレックス達が話してたよ」

「本当?それなら話が早いんだけど、もう今日のクエストは中止!スケジュールはまた後で言いにくるから、しばらく部屋で待ってて!」

「ちょっと待て、何で中止なんだ?」


急いで部屋から立ち去ろうとする彼女の肩を掴んで動きは無理に止める。

無意識に肩に触ってしまったので一瞬しまった、と思ったが昨日の出来事が現実のものだとすればこれはセクハラ…じゃないはず。いやセクハラじゃないと願いたい。ミゼッタもミゼッタで別に僕に触られて嫌そうな顔一つせず真剣な顔つきでいた。


「いいかい?実はアレックス達がキングドラゴンと戦おうとしてて言うことを聞かないんだ、僕には電話で隊長達に喋らず遠矢君だけ連れてきてって言われたから、とりあえず現状を報告しにきただけなんだけど」

「ああ、大体外で何が起こっているのかは理解できた、つまりはミゼッタとアレックスは揉めてる訳か。それにしても何でミゼッタは止めるつもりでいるんだ?アレックスはそのドラゴン倒しが目標だって言ってたぞ」

「駄目なんだよ、キングドラゴンははっきり言ってプロギルドの大半ですら敵わない相手なんだ、アマチュアのアレックス達からしたらとてもじゃないけど勝てる筈のない敵。でもその代わりにもし倒す事ができればとんでもない勲章が与えられるだろうね、だからこそアマチュアギルドにいるアレックスはそれを狙って一発逆転のプロになるチャンスを狙ってるんだよ、普通にプロになろうとすれば難易度が高すぎるから」

「な、なるほどな…知らなかった、敵がそんな強いだなんて」

「もし良かったらなんだけど遠矢君も説得手伝ってくれないかな?僕一人じゃどうも説得できなさそうなんだ、部屋の中に代えの服を置いていったんだけどそれに着替えてくれないかい?」


やっぱりここの正装を置いていたのはミゼッタだったのか、という事はあれは夢じゃないという事になる…。

いや今はそんなことよりもだ、僕なんかに説得に付いて行ってもらうよりも、スライザーに頼めばいいのにと思ったが、昨日仲良く話している様子を見てると色々あるのだろうと思った。


「よしわかった、今すぐ着替えるからちょっと待っててくれ」

「おっけい、わかった」

「ああ、だから…ドア閉めさせてくれません?」

「え?」


惚けているのかと思ったが、昨日の出来事が本当ならこれは納得できる行動だ。着替えるという事は下の部分も見えるという事なのに、彼女は何故ドアを閉める必要があるのかとこちらを不思議な目で見ている。

彼女にあれこれ説明すると長くなりそうなので、着替えだけ持って洗面所に入り着替える事にする。

新品なので昨日と同様あまり動きやすそうに思えなかったが、ベタベタとした汗の悪臭は消え、さっぱりとした匂いだった。


「準備は?」

「オッケーだ!」

「よし!」

「え?」


ミゼッタは僕の腕を掴んだかと思うと能力を使ったのか、僕の体は少しの風圧にも負けそうなくらい軽くなり、あっさりと彼女に持ち上げられる。

彼女は僕の体から離れないよう右手で背中を支え、左手で両足を支え、横になった状態で僕は持ち上げられる。

「お姫様抱っこだ!」

「僕…男です」

胸が当たってるんだよ、胸が!とは当然言えなかったが、ここまで恥ずかしい思いをしたのは人生で初めてだと思う。

朝が早いとはいえ廊下には誰一人として男子の姿が見えない、とんだ醜態を晒さなくてほっとした。その廊下をミゼッタは僕を抱えながら走っていく。


「いっとくけど皆の前に着く前に下ろしてくれよ?皆に見られる前に」

「え?なんで?」

「なんでもだ!わかったか?」

「う、うん」


不満気な顔でミゼッタは渋々と了承してくれた。

どうやらここじゃあ僕の常識が通じないのか、それともミゼッタが単におかしいだけなのか、わかりようがない。

なのでこの世界を彼女の基準に合わせてしまうのは軽率な行為だ、注意深く行こう。


なんだかんだで僕達はアレックス達の元に誰にも会わず着くことができた。

当然ながら彼らに見られる前にミゼッタに下ろしてもらう。

建物から外に出ると、場所は昨日と同じ、天の門(ヘブンゲート)の出口、そこにお馴染みのファイヤスターメンバーが僕を除いて集まっている。

僕達は歩いてとりあえず天の門(ヘブンゲート)の出口まで向かうことにする。

外はやけに静かだった、やはりキングドラゴンが近くにいる事から、部屋に避難している人が多いんだろうが、それにしてもちょっとおかしい。


「なあ、僕ら以外誰もいなくないか?」

「みたいだね…普通ならアマチュアギルド以外のプロギルド達が外にぞろぞろと歩いてもおかしくないんだけど…」


やはり僕よりここにいる歴が長い彼女も不自然に思っているようだ。

彼女の言う通り僕達みたいなアマチュア認定されたギルドは確かに警告通り避難しててもおかしくないはずだ、だが外にはプロギルドのメンバーですら誰一人としていない。

少数しかいないのなら門外に出かけてる筈だが、ミゼッタの様子からして一人もここにプロギルドがいないことは普通じゃありえないということだろう。


「おう!よく眠れたか、遠矢!といっても、お前隊長に言われて眠れないんだったな、はっはっは」

「お、おう」


朝っぱらから馬鹿うるさい声が耳に反響したため、思わず耳を塞ぎこみそうになったが、そんな状態ですら無い事に気付いたのはすぐの事だった。


「あれ、昨日いた門番さんは?」

「「「………」」」


全員が黙り込んでいる、これは何の沈黙なんだ?


「実は俺達もよく分からないんだよ、この時間帯じゃあ絶対に二人は見張ってるはずなんだが、俺達が来た時には誰一人として見張っていないという訳だ」

「そ、そうなのか」


皆もそれを不自然に思っているのか、何かを考えるように沈黙を貫いていた。


「ひょ、ひょっとして…食べられたんじゃ…」

「ば、馬鹿なこと言わないで下さい、ここの門番は超上級能力(アビリティ)の持ち主です、簡単に食べられるなんて…」

「………………」



エルシーとアクロスが門番の話をし、慌てふためいていた。

一方の風見は相変わらず無表情を貫き通していたが、内心は何を考えているのか分からない。

もし本当に食べられているのだとしたら僕達が外に出るのは尚更やめた方がいいだろう、僕達というより僕がやめたいっていうのが本音なんだけど。


「だったらさっさとキングドラゴンを倒さないと、警備がいない中でこの門が襲われたらまずいぞ」

「駄目!アレックス!僕が今からこの事をスライザー隊長に伝えてくるから、今すぐ皆部屋に戻る事、いいね?」

「何いってるんだ、俺は行くぞ!それにずっと前からキングドラゴンについて話してただろうが」

「あれは…まさかこんな事態になるとは知らなくて聞き流してたんだよ」


アレックスとミゼッタはお互い譲らないというくらいにまで、ジリジリと火花を散らすかのように睨み合っている。

僕もこれにはミゼッタの意見に完全に同意していたが、ギルドに入りたてで役立たずの身である。ここで輪を乱せば居心地が悪くなるし、最悪の場合追い出される可能性もある。

それは免れなければと思い、黙り込んでいた。


「エルシー、君もだよ!キングドラゴンはプロギルド大人数で挑んだとしても命を落とす危険があるって言われてるのは知ってるでしょ?」

「私は…」


エルシーは言葉に詰まり下をコクリと向いていた。

心境的にはどっちも選ぶことができない僕と似ているのかもしれない。


「ミゼッタ、僕は、僕達ファイヤスター全員この日のためにやりたくないクエストまでやってきて天界(ヘブンワールド)のために貢献してきたのです。でも奴さえ倒す事が出来ればもうそんなつまらないクエストはもうやらなくても良い、これは僕達のための目標です、言い方は悪いですけど部外者には口を挟まないでもらいたい」

「アクロスの言う通りだ!こんなチャンスみすみす逃す訳にはいかねえだろ、俺達はどんだけ止められようといくぞ」


二人の意思は固いようだ、ミゼッタは何か言い返そうとしていたが、結局何も言えずに「はぁ」と溜め息をついた。


「風見、風見はどうなの?状況的に危ないのは君もわかってるでしょ?」


風見はそれを聞くと首を横に振り、そっぽを向く。

ミゼッタの意見に耳を貸さないということだろう。

エルシーもエルシーで何故か僕の後ろに隠れ始めた、流れ弾が飛んでくるのでやめて欲しいんだけど。

ミゼッタは悔しそうに眉をひそめた後、今度は落ち込んだ様子で下をうつむいていた。そしてその落とした顔を勢いよくあげ、僕の方を見つめ始める、キタッ…と思った。


「遠矢君、君からも言ってあげて!説得するの手伝ってくれるっていったでしょ!」

「え、ええ…」


念のためファイヤスターの顔を確認したが、アレックスとアクロスが僕の方を怖い目つきで睨んでいた。

僕は正直この話にこれ以上加わりたくなかったが、僕もいく羽目になるのだ、当然決めなければならないんだろう。


「どうなんだ遠矢!お前もファイヤスターのメンバーだろ!まさか反対するって事はないよな?」

「遠矢君!あなたには分からないと思うがキングドラゴンに遭遇できる機会なんて本当滅多にない事なんですよ?確かに君はまだ能力が発動していないが僕達がいます!僕達が君の安全を保障します!」

「え、えっと…」

「遠矢!」

「遠矢君!」


アレックスとアクロスに力強く怒鳴られる。

うぅ…こんなの脅しに近いじゃん…。


「ま、まあ僕もファイヤスターだし…?ごめんねミゼッタ」

「え、ええええええええええええ!?」


突然の裏切りにミゼッタは驚いたのだろう、確かに僕は説得に手伝うとは言った。だが結果的に説得されてしまったのは僕らしい。


「おっしゃあああああああ!!!」

「やりましたね!遠矢くん!!!」


アレックスとアクロスが歓声を上げる中、エルシーは顔を引きつりながら苦笑していた。

エルシーも本心では行きたくなかったかもしれない、何だか悪いことをしたような気分だったが、そのキングドラゴンっていうのには僕は少し興味があるのだ。け、決して同調圧力に流された訳じゃない…。


「言ったよね!僕に協力するって言ったよね!」


脳が揺れるくらいにミゼッタに肩を思いっきり揺さぶられたせいで、一瞬意識が飛びそうになった。

僕に対してはちょっと能力を多用しすぎだろと思ったが、別段僕の体は軽くなってはいない。

ひょっとしたらミゼッタの本来の力が馬鹿みたいって可能性もある訳だ。


「いやミゼッタ、確かにあの時僕は分かったとは言ったが、別に説得をするのを分かった訳じゃない、着替えてアレックス達のところに行くのを分かったって言ったんだ」」

「そんなー、酷いよ…」


ミゼッタには悪いと思ったがこれも仕方のない事である、僕が今後長く付き合っていくのはファイヤスターであって、ミゼッタじゃ…。


「ッ!?」


いつの間にか僕の体は洒落にならない程激しく揺らされていた、眼に映るのはぼんやりと映ったミゼッタだ。


「ミゼ…ッタ…」


だめだ、頭が激しく揺らされているせいでまともに話す事さえできない。

流石にこれは能力を使っていると思ったが、別に僕の体は軽くなってるとは思えない、華奢な女の子だというのにどこにそんな力が眠っているというのか。


「おいミゼッタ、遠矢が可哀想だからやめてやれ」

「あ…」


アレックスが僕の肩に乗っているミゼッタの手を掴んで無理やり離す。

僕は崩れ落ちるように地面に仰向けの状態で倒れこんでしまう、空がグラグラと歪んでいた。


「目…目が~目がおかしい~」

「ご、ごめん遠矢くん、ついやっちゃって…」

「あ、ああ~」


僕が仰向けに倒れてる事によって、結果的にファイヤスターのメンバーを数分引き止める事に成功したようだ。

すっかり視力が回復したのか、さっきまで歪んでいた世界は嘘のように鮮明に形を整えていた。

目に映っているのはファイヤスターのメンバーとミゼッタだ、全員僕が起き上がるのを待ちくたびれたかのように見ていた。

歩こうとすると体のバランスが崩れ、また地面に倒れそうになるが、倒れる前にミゼッタが手で僕の肩を受け止めて支えてくれる。


「大丈夫?本当にごめんね遠矢くん」

「ああ、大丈夫だよ…気にしないでくれ」


今度は僕の体は軽くなったような気がした。

丁度良い感じの軽さなのでミゼッタの支えが無くても歩けそうだったが、ミゼッタは反省しているのか暗い顔をしながら僕を支えたまま離そうとしない。


「ミゼッタ、それだけじゃ駄目ですよ、誠意はそんな謝罪だけじゃなく行動で示さなくちゃ」

「こ…行動?」


アクロスが僕の顔を見て笑い、もう一度ミゼッタの方を見返す。


「そうですよ、ミゼッタがもし反省しているのであれば、彼の言う事を聞くべきなんじゃないですか?」


アレックスも何かに勘付いたのかアクロスの言葉に混じってくる。


「そうだなミゼッタ!誠意は行動で示してもらわないと」

「せ、誠意は行動で…僕が行動で…」


目が回転するかのような勢いで混乱しているミゼッタをアレックスとアクロスはニヤニヤしながら見ていた。

風見とエルシーは相変わらず無口だ、会話に溶け込む余裕がないのだろう。

かくいう僕もそうだ、本当はバトルなんて辞めて家に帰ってゲームでもしていたい、ゲーム機はないが。

だけど多分本音を言えば僕は仲間を失い、皆からテンザーだと勘違いされ、恨まれながら生きなければならないだろう、それだけは嫌だ。

ミゼッタは僕がある程度能力を使えるまでの見張り役のようなものだ、だったらここはファイヤスターの意思に従うしかないだろう。


「「誠意!誠意!誠意!」」

「うぅ………」


アレックスとアクロスは弱みに付け込むかのようにミゼッタに言葉を投げ込む。

少し可哀想だったが、今後の事を考えると味方になるべきなのは一目瞭然なのだ。

「わ…分かったよ…でも僕も付いて行くからね、それに今日一日は僕がリーダーだ、僕の指示にはどんな事でも聞いてもらう、それが条件だからね」


アレックスとアクロスはお互いを見合った後、風見とエルシーの方見て、「それでいいか?」と聞き、二人はそれに応えるかのように頷いた。更に僕の方も見てきたので当然頷き、彼ら二人は笑みを浮かべながらミゼッタの方に視線を変える。


「よし、良いだろう、それで決まりだ」

「もし戦ってる最中で僕が危険だと判断した場合は指示に従って帰ってもらうからね?いい?」

「ああ、分かったよ分かったよ」


アレックスはさらっと受け流したがこれだけミゼッタが心配しているんだ、昨日ですら危うかったのに、それ以上に危険なモンスターという事なんだろう。


「ていうかミゼッタ、さっきから全然来なくないか?」

「え?来ない?」

「ああ、僕がぐったり倒れてる間にもう数分が経っただろ?なのに誰も来ないぞ」


僕がふと疑問になったのは数分経つのに誰一人として天の門(ヘブンゲート)の辺りを人一人歩いていない事だった、小休止しているのならともかく門番一人すらここに戻ってこないのだ、防壁管理が甘すぎると言えばそれまでだが、緊急事態に誰一人、天界を守っていない状態なのだ。

こんな状況を敵が見逃す筈もない、さっきアクロスが話していた門番が食べられたというのはあながち間違っていないんじゃないだろうか。

「確かにおかしい…これはスライザー隊長に今すぐにでも報告しておいたほうが」

「報告をしたきゃ好きにすればいい、でも俺達からすれば帰って都合が良いからな、お前抜きにでもキングドラゴンを狩りにいくぞ」

「僕の言うこと聞くって言ったよね?」

「それはあくまでもキングドラゴンと会った時での条件だ、キングドラゴンと会えなきゃ元も子もねえ」

「そんな…」


リーダー権力低すぎだろ…。

ミゼッタの言葉に耳を貸さないアレックスだったが、彼女も僕のそばを離れるなという使命を果たすつもりなのか、結局スライザー隊長には現状を報告する事なくアレックスに付いて行く事にした。

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