第九話「知覚過敏にお勧め!溶けないアイス」
「いやー、ご苦労!まさかこんなに早く終わるとはな…まだ午後の二時じゃない」
「そりゃああんなクエストが楽なら…ぐっべぇ」
言葉の途中にアレックスは頭をぺちんとミゼッタに叩かれる、仲が良いのはいいんだけどせめてそういうのはプライベートにしてほしいものだ、一応社会経験がある僕はその光景をひやひやしながら見ていた。
「社長が良いクエストを用意してくれたからかな」
「ははははは、言ってくれるじゃないか、今までの中でもかなり難易度は高めだったんだが…よし決めた!これから害虫駆除をする時はあんたらのとこで頼もう!ちょっとお高くつくが今回はチップもいっぱい含めといたぞ」
「「おお!」」
僕以外の一同が一斉にはしゃぎだす、こいつら…どんだけ貪欲なんだか。
「ほら、持ってけ!がっぽり入ってるぞ~がっぽり」
僕達は一人ずつ両手に($)のマークがついている金貨が入った袋を渡される。
重さは五キロはありそうだ、それを一人一つずつ、太っ腹も良いところである。
そして僕のところにも社長はやってきて、にっこりとしながら渡してくれた。
僕は正直もらえないと思ったがこのおじさんは僕が戦ったかどうかなんて知らないのである、ありがたく頭をぺこぺこと下げながらもらうことにした。
「それじゃあお疲れさん!」
「おう、おっさんまた頼むぞ!」
こいつ…最終的にはおっさんって言いやがったぞ。
流れだす顔の汗を袖で拭き取り、一呼吸する。
いかんいかん、僕には関係ないことだ、それにこれは異世界、異世界っと。
僕は今まで常識に捕らわれていた部分がある、それは全て捨てるべきなのかもな。
僕達は三十分で天の門(ヘブンゲート)に帰る事ができた。
まだ時間的にも昼って感じだ、引越しのバイトみたいに一件終わったら次の現場かと思ったが、彼らの会話から読み取るにこれから何とか休みに入れそうである。温泉という言葉も聞こえた、露天風呂なんかでもあるなら報酬全部返してでも入ってみたいものだ。
「いやーご苦労」
天の門を突き抜けて、建物に入り、大きい扉をノックした後に入ると椅子に座っている総統がいた。名前は確かパンク・パンサーだったと思う、まあ何度も見てたらコアラが偉そうに椅子に座ってるのも慣れてくるんだろうな。
「じゃあ報酬を出してくれ皆」
このコアラ…僕達のクエストの成功を前提で話を進めやがった、ていうか報酬回収すんのかこれ?きっと税金を取る時みたいに一部だけだよな…。
「それじゃあ分配していくぞ」
ひょいっと一つずつ中身の硬貨を五枚ほど渡された、両手を差し伸ばしている僕の手にも金貨はわずか五枚、一部しかもらえないのはむしろ僕達の方あった。いくら何でもこれはふざけてる。
無言で総統を睨みつけるが、彼は一切僕の眼を見ることなく、、お疲れと一言言い、僕達は部屋を出た。
「さあて、俺は風呂でも入ってくるかな」
「私もそうしましょうかね~でも久しぶりにこんな早く終わりましたね~」
アレックスとエルシーは眠そうに眼をこすり、背すじを伸ばしている。
僕は帰ってる途中に限界を超えたのjか何故か眠気も疲れも取れていた。
「そんじゃあ、俺先に部屋戻ってるから」
「ああ、僕も戻りますよ」
「俺も」
男子陣が一斉に部屋にへと帰りだす、僕もと言おうとしたが、言うタイミングが遅れ、いつの間にか三人は離れた位置にいた。
「じゃあ私もお先です、遠矢くん、明日も大変だと思いますけど頑張ってくださいね」
「ああ、そうだな」
そう言うとエルシーもこの場からアレックス達の後ろにへと付いて行く、残されたのは僕とミゼッタだけだ。
「どうだった?初クエスト、疲れたでしょ?」
「ははは、僕何もやってないしな」
「そんな事ないよ、ちゃんと四十体ポテンポットは倒したんでしょ?」
うっ…そういえば話してないんだった、ポテンポットは風見が倒したって。
「まあ、てこずったかな~」
「ははは、 能力を発揮できればすぐに倒せるようになるよ」
ミゼッタは満面の笑みを僕に向けていた。
それにしても能力が発揮するのはいつになるのか、僕の予想だと一生無理だと思うな、怒りなんかより悲しみやら恐怖の方が先にきちゃう体質なのである。
「そうだ!遠矢くんに良いこと教えてあげるよ」
「え?なになに?」
話すことも無かったので僕も部屋に戻ろうかと考えてる中、ミゼッタに腕を掴まれ、「こっちこっち!」と言われ連れて行かれる。
「どこにいくんだよ!」
「すぐ近くだよ、良い場所があるんだ!」
突然掴まれた手に、僕は抵抗する事が出来なかったが、恐らく能力を使っているのだろう。
まるでぬいぐるみでも持って走る子供のようにミゼッタは軽く僕の体を引っ張り回す。
「ミゼッタ!すとっぷ!すとっぷ!体が宙に浮きそうなんですが!」
僕の声は聞こえていないのか、ミゼッタは無邪気な顔でただ前を走りだす。
かかとは一瞬浮き上がり、地面につくと、今度は体ごと宙に浮き上がり、鯉のぼりのように僕の体全体が浮き上がる。
「歩けるから!自分で歩けるからああああ!」
またしても僕の声はミゼッタの耳にかする事無く、引っ張られる。
「着いた!」
ミゼッタが止まると同時に僕の体は元に戻り、ふわっとかかとが地面に着く。
連れ回された時間は一分も立っていないが体感としては今日クエストにいったあの時間よりも長かった。
僕は生憎酔わない体質だ、そのため呼吸が乱れるだけで済んだが、普通の人なら間違いなくこのミゼッタジェットコースターには耐えることができないだろう。
「ここって?」
ミゼッタに連れられた先は小さい屋台が立っているお店だった。
よく見るとアイスの写真や、フィギュアが飾っているため、アイス屋さんだと気付くが、ミゼッタはそのイチゴ色の目を輝かせ見ている。
まさかこの僕に奢れっていうんじゃないだろうな…。
「実はね、ここのアイス怜華好きなんだよ!」
「怜華さんが?」
一瞬何故怜華さん?と思ったがまだ僕達はいざこざが続いている状態なのである、それに気を遣って僕をここに連れて行ってくれたんだろう。
「遠矢くんに任せるけどもし謝るのなら怜華が好きなアイスでも一緒に食べながらお話でもどうかと思って」
「値段は?」
「一個でその金貨一枚だよ」
僕ははっきり言ってケチである、恐らく会社の給料が少なかったからだろうが。
僕は頼んだアイスを受け取ると、近くのベンチに座っているミゼッタに渡す事にした。
「えぇ!?僕にこれを?」
「ああ、、三つもあるしな、色々お世話になってる分だ、よかった受け取ってくれ」
「本当にいいの?ありがとう!」
「じゃあ僕は急いで探さないと!アイス溶けちゃうから!」
「あっ…ちょっと」
急いでる僕に何かいいかけようとしたみたいだが、僕は構わず走る事にした。
あの時怜華さんの場所をミゼッタに尋ねてれば良かったと思ったのは後々の事である、僕はどこか抜けている。
「いやー見てないね」
「ですよね~」
僕は建物内を走りまわったが、どこにも怜華さんの姿は見当たらなかった、ていうかこの広い建物から探すのは無謀にも程がある。
一階は訳の分からない部屋が多かったから後回しにしたが、二階は割りと人が多かった、酒を飲んでいる姿も見える。
僕をテンザーとして嫌悪の目つきで睨む輩もいたが、それは無視しながら怜華さんを探していた。もしかしたら四階の寮にでも住んでいるかもしれない。
やっぱりミゼッタに聞くべきだったな…。
「一体さっきから走り回って何をしているんですか?」
後ろを振り向くとは緑色の眼で、背中まで伸びきったサラサラで綺麗な青髪に、透き通った白色の肌を持つ超美少女が立っていた。
「怜華さん!」
突然現れたので僕は驚いて変な声が出てしまった、思わずアイスも落としそうになる。
「いやー探してたんですよ、アイスも溶ける前に探せて良かった。そうそうこれ良かったらこれどうぞ」
僕は両手に持っているアイスの左手にある方を怜華さんに渡した。
「どうも」とお礼を言い受け取ったが目が笑っていない、やっぱり怒っているのだろうか。
「初クエストだったらしいですね」
最初に話を振ったのは怜華さんだった、急に謝るのも変な空気になりそうだったので話の種をもらえるのはありがたい。
「ああ、でも能力も発揮できないわで流石にやっていける自信は僕に無いけど」
「狂気の怒り(クレイジー・アンガー)でしたね、確か」
「そうそう!怜華さんその能力について知ってるの?」
「ええ、まあ一応」
何で僕の事情について詳しいのか考えたが、確かこの人とジンっていう化け物は僕の能力に興味があって異世界まで飛んだのだなと今更になって思い出す。
「それで僕の能力なんだけどまだ全然使えないんだよね、使いこなせたら強いのかな?」
「いいえ、はっきり言って役立たずですね」
うっ…はっきりすぎる、流石にダメージがでかい。
でも不思議と怜華さんの罵倒に喜ぶ僕もいた、Mっ気が強い僕は一生現実世界で出て欲しくなかったので封印してたはずなんだが、怜華さんの厳しいお言葉によって封印が解かれたようである。
「そっか、でも能力が使えない僕には全く関係がないけどね」
「怒れないんでしたっけ?遠矢さんって」
「ああ、不思議と怒りよりも悲しみとかが来ちゃうんだよね」
さっきのも怒りじゃなく深く僕は傷ついていた、一応ガラスのメンタルなのだ。
「そうみたいですね」と目を瞑りながら怜華さんはコクリと頷く。
「そうみたいです?」僕は謎のその言動について聞き返すことにした。
「ええ、試してみたんですよ、役立たずって言えばあなたが私に対して怒るかと思って、ごめんなさいね」
「ま、まじすか」
ええ…めっちゃ良い子じゃないか。
先程まで傷ついた心は一瞬にして完治し、僕は深く感動していた。
僕ははっきり言って喜怒哀楽んも『怒』が抜けた状態なのである、なので怒っている上司なんかを見ても僕には一切理解が出来ないのだ。
「なんですか…急に泣き始めて」
「いや、僕にも分からんけど涙が」
「情緒不安定なんですか…気持ち悪い」
うっ…またしても僕のガラスのハートに弾丸が突き刺さる。
この世界に来て何回僕の中にあるガラスは割れただろうか。
しばらくして何か言葉が返ってくるかと思っていたが、怜華さんは僕を冷たい氷のような目で見ている、気持ち悪いっていうのは冗談じゃないのかな。
「そういえば私に用ってこのアイスを渡すためだったんですか?」
「いや、ちょっと話したいなって、ミゼッタから聞いたんだよ、怜華さんはここのアイスが好きだって」
「ミゼッタに?買わされたんですか?」
「いやいやいいって!」
小型ポーチから金貨の鳴る音が聞こえたので、お金を渡そうとしているのは気付くことができた。
「そうですか」
怜華さんはアイスペロペロと舐めながら言った、小さい舌で犬のように少しずつ。
アイスを噛むと歯が痛くなるので僕もペロペロと舐めていた、怜華さんもひょっとして知覚過敏なのかな。
「さっき話がしたいって言ったけど実は怜華さんに謝りたいことがあって」
「私に?」
ピンときていないのか、不思議な顔をして僕を見ながらアイスを舐めている。
「実はミゼッタから事情は聞かせてもらったんだ、お兄さんの件、本当に気の毒だった。僕のせいだ、本当にごめん」
「それはあなたが謝る事ではありません、あなたのせいでもありません」
「でもこの世界の僕がやった事なんだ、それに僕が天界(ここ)にいるとテンザーの事を思い出すだろ?」
「まあそうですね」
「だから誤解を解きたいんだ、少し時間いいか?」
「ええ、少しなら、それとこのアイスは溶けないのでゆっくり食べてもらってもかまいません」
「ああ」
知覚過敏の僕にとっては凄い朗報だな。
まあこんな事を言いつつ、何を話すとか一切考えて無い訳なんだがな…。
アイスをぱくりと咥えながら話を考えると、それは特に嚙んだ訳でもないのに口の中で一瞬にしてふわっと溶け始める。
「うまい…」
「でしょ!これなら歯が痛くなる事も無いし、溶けないのにこんなふわふわしたアイスが食べられるなんて最高だと思いませんか!」
「怜華さん、て、テンション…」
「あ、すみません」
怜華さんはそう言うと、口元をアイスを持ってないほうで抑え始める。
色は白で、味はフルーツっぽく、僕の世界じゃ少し変わったアイスだったがとても美味しい。
これならアイスがあまり好きじゃない僕でも食べられそうだ。
「それにしても怜華さんもアイス噛む事できないんだね」
「わ、悪いですか?」
「いやー別に悪くないけど、僕も嚙めないし」
怜華さんはふくれ面でこっちを見つめている。
共通点を見つけたと思って親近感が沸いたんだけど怜華さんは悪くに捉えたのかな。
「そういえば初クエストどうでした?能力の方はうまく使えましたか?」
「いやーそれが全然でさ、全く役に立たない能力だったよ僕にとっては」
「まあ能力自体ランダムですからね、テンザーみたいなありえない力を使うものもいれば、全く役に立たない能力を持つ者もごまんといますし」
「そんなにいるんだ」
「ええ、戦闘に向いてない能力を持ってしまうものもいますからね、あなたはむしろ使い用によっては役に立つと思いますよ、狂気の怒りでしたっけ?だったらストレスを溜めやすい生活をすればいいんですよ」
ストレスを溜めやすい生活だって?
「例えば睡眠時間を無くしてクエストに出続けるとか」
いやいや、死にますがな、どんな社畜だよ!
とツッコムことは無かったが、所々この世界の住人はおかしい台詞を平気ではく人が多いからね、僕にとってはカルチャーショックというやつである。
「まあ流石に今日は疲れたしもう寝たいけどね…」
「だめですよ、それじゃあいつまで立っても能力使えませんよ?最初が肝心なんです最初が」
う…自分の世界でも社畜だと思ってたのに更に働かないといけないとは…。
僕が望んだ異世界はとんだブラック企業なのかもしれない、そりゃあモンスターがいて能力を使えれば最高な世界だが、僕はまだ何一つやりたかったことを成し遂げてないのである。
唯一やり遂げた事といえば、僕の世界にいないような美少女と何気ない会話を楽しむことだったが、平気な顔でとんでも発言をしてくるこの世界の住人にはかなりの警戒が必要である。
「はあ~なんていうかもっと簡単に怒る方法とかないかな、僕ストレス溜めるのとか苦手なんだよ」
「少しは努力して下さいよ…まあそうですね、例えば…」
怜華さんは少し考えるような素振りを見せた後、僕の目をじっとみる。
怜華さんのクールで綺麗な瞳は、段々と段々と薄暗くなり何故か首の角度を少し上げ見下すようにその眼は僕を睨みつけていた。
「何さっきから私をじろじろ見てんだ、気持ち悪い眼で私を見るなよ」
「え…えっ!?」
これはなんというかビックリである…彼女は急にキャラが変わり始めると、すぐに眼は元の綺麗な眼にへと戻り始める。
「という感じでどうです?何か怒りを感じる事はできましたか?」
「え…、い、いやあ」
こ…怖い、あれが全部演技だったにせよとにかくこの人が怖い。
怜華さんはそう言うと、ぱくりとアイスに咥えつく。
口では恨んでないと言ってたけど、彼女はまだ本当は僕の事を恨んでるんじゃないだろうか。そう思えるくらいの怖い演技力だった、僕の世界なら名役者になれる事間違いないだろう。
『[ピーンポーンパーンピーン!]ええ、こちら臨時教育係のミゼッタです、ファイヤスタ所属の執行遠矢は今すぐ三号館、地下トレーニングルーム27号室に来てください、繰り返します…』
アナウンスの声が聞こえた、声からしてミゼッタと直ぐ気づくことができたが、トレーニングルームという言葉がやたらと気になった。
正直怜華さんと今喋っている間も眠いのである、それなのにとレーニングルームだと…そこで何をするか、正直想像もしたくなかった。
[ピーンポーンパーンポーン]という音が流れ、アナウンスの声は無くなる。
「ミゼッタですね、場所とか分からないと思うので私が連れていきますよ」
「い、いや怜華さん、僕もう疲労困憊なんだよ、だからトレーニングとかは…」
気がつくと両足は氷によって固められていた、身動きがとれない状態になっている、きっと怜華さんの能力なんだろう…。
「だめですよ、あなたの力はいっときますけど皆が期待してるんで、それにこの氷、氷だけど冷たくないので安心してください」
「いや、凄いんだけどね、そういう問題じゃなくて」
僕は身動きが取れない、怜華さんは僕の手首を掴み、テクテクと廊下を歩いていた。一方の僕は足に纏わりついている氷がいい感じに地面で滑り、怜華さんに付いて行く次第だ。
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