第十話「特訓相手は石の能力者(アビリット)、ミラーストーンvs執行遠矢」

僕がトレーニングルームについたのはおよそ十分、この要塞のような建物がやたらと広いのが気になっていたが、設備はしっかりと整っているようだ。そのせいでトレーニングルームの場所にたどり着くのにかなりの時間がかかった。


「ここですねミゼッタが言っていた場所は、それじゃあ私はそろそろ仕事もあるので戻らないといけません」

「ええ?一緒に付いてきてくれないの?」

「当たり前ですよ、そんな子供みたいな事言わないで下さい、一応あなた元の世界では二十七歳でしょ」


くそ…この人だけは僕にこういう現実を叩きつけてくる、まだ実は恨んでるんじゃないか。すっかり十八歳で健全な若者だと思っていた僕にとって言って欲しくない事実だ。


「まあ分かったよ、あんま喋れなかったと思うんだけど、また良かったら僕と喋ってくれ」

「ええ、勿論です、それとミゼッタのトレーニングはかなり疲れるので頑張ってくださいね」

「ああ」


まあ言われずともそんな事は知っている、何せ今日のクエストも彼女のせいで散々振り回され、今でもかなり疲れてるのだから。どうせまたお得意の重力操作で僕を重くしての重力とレーングなのかもしれない。

それか彼女が体重を重くした後に僕の上に乗って腕立て伏せとか…いや、それはそれでむしろありなのかも…。

なんて事を考えながら、僕は目前にあった扉を開ける。

すると部屋の中で喋りながら僕を待っていたのはミゼッタと、髪が逆立った半袖でスポーツウェア姿の少年である、

「こっちだよこっち!遠矢君!」

「おお、すげえ、やっぱテンザーに似てるな」


ミゼッタの横にいた少年は身長が僕より圧倒的に小さい。だがそのスポーツウェア姿を見たところ僕はある事に薄薄勘付いていた、恐らくトレーニング相手はこの少年なのだろうということを。


「よろしくな」

「紹介するね、こちらミラーストーンくん」


ミゼッタがそう言うと彼は僕の背後に立ち、体をなめまわすように近くで体を見回してくる。こうもあっさりと男にパーソナルスペースに入られるのは少し薄気味が悪かったが、彼がホモでないことを願おう。


「ほおーまあフィジカル的には俺の方が上かな」

「まあ遠矢君はテンザーの身体と今は全く同じ体型、体重になってるからね」


凄く気まずいので僕はさっきからミゼッタの方をじっと見ていたが、彼女はそれに気づいている素振りを全く見せない。

仕方がないので、コンコンっと彼女の腕を肘でつつくと、彼女は何かに気づいたように僕と少年の方を交互に見てくる。


「そうだ、彼の自己紹介がまだ途中だった!彼はミラーストーン君って呼ばれてるけどそれは本名じゃなくて、ここで呼ばれている異名みたいなもんなんだ、本当の名前はサーブミラー君」


い、異名だって?ただでさえカタカナ文字と漢字が混じったこの世界だ、次から次へと厄介な問題が飛んでくる…。


「異名といえばテンザーも向こうの異名だったり、パンクパンサー総統とかも別の名前だったりするんだけど、まあ簡単に記号みたいなもんなんだよ。テンザーは天災をかけてテンザーとか、まあ彼自身が勝手に言い出した異名なんだけどね、それとこのミラーストーン君っていうのは…」


ミゼッタが長々喋ってる間に、ミラーストーンの右腕は胸元に近づき、手のひらの上には大きい石が浮き上がっていた。

大きさでいうなら小顔のミゼッタの顔と同じくらいってところである、彼は自信があるかのように笑みを浮かべていた。


「そう、これが俺がミラーストーンと呼ばれている理由だ、ミラーは俺のサーブミラーのミラーから取ったもの」

「それにミラーストーン君はアレックスのライバルでもあってね、お互いが同じレベルくらいのパーティを持って、同じ目標を持ってるんだよ」


ふーん、アレックスのライバルね、ていう事は僕のライバルにもなるという訳か…まあこれで僕とミラーストーン君が戦う条件が揃ったという訳だ。


「今からトレーニングさせられるのは大体で分かるんだけど、いつまでやらされるんだ?僕正直眠たいというか」

「うーん、ミラーストーン君が今から使う能力を僕の満足がいくまで避けきったらでいいよ」

「もし満足がいかなければ?」

「まあ深夜の三時くらいまででいいかな、明日は朝の七時出発だからね」

「…………」

な、な、何を言ってるんだこの娘は。


僕は彼女が発した意味不明な台詞にただただ黙るしか無い、睡眠時間が四時間以下ってブラック企業もいいところである。


「あれ、遠矢君顔真っ青になってるけど大丈夫?」

「………」


ただでさえ眠くて疲れているのだ、もはやツッこむのさえ面倒くさくなっていた。


「もしかしてあんたの世界じゃちょっと睡眠時間が少ないんじゃないか?」


そうだよ、と怒りながら僕はミラーストーン君にコクリと頷く、それにちょっとどころではない。ミゼッタも責任を感じたのか、口を開けながら顔をひきつらせていた。


「ご、ごめんね遠矢君!私遠矢君の世界の事何も知らなくて…」

「いいよ、別に…」


謝罪なんかよりも休暇が欲しかった、ミゼッタは今すぐこのトレーニングを中断して僕に休憩を与えるべきである、でも男としてなんか情けないしな…。

正直に言ってみるか葛藤があったが、ミゼッタの隣に立っているミラーストーン君はいつでも大丈夫と思わせる程気合が入っていた、さっきからぴょんぴょん地面を飛んでいて、そのやる気が妙に暑苦しい。


「はあ、まあやってみるか、早く眠りたいし」

「いやー…その前に話したい事があって、スライザー隊長の指示で君の指導をしてるんだけどね、君に怒りを与えるために極限までストレスを溜めさせろっていうんだよね。本来は今日睡眠時間を無しにしろって言われてるんだけど…二時間で頼んでみたほうがいいかな?」

「勘弁してくれよミゼッタ…僕はもう眠くて今にも倒れなんだよ」


目からは自然と涙がボロボロと流れていた。

いくらなんでも仕事を終わらせた後に、眠れないなんていうのは酷すぎるぞ。


「だよね、だよね、よ…四時間?」

「妥協してまあそれくらいなら…」


仕方が無いと思った、まあ能力が発動するまでの辛抱だ、最初の内だけだろう。


「ま、まあとりあえずトレーニング始めよっか、僕もちゃんと見てるから安心してね、とりあえずミラーストーン君の攻撃を避けるだけでいいから」


「はいよ」


ミゼッタの方をちらっと見るミラーストーン君に、彼女は笑みを浮かべ、親指を上に立てる。その直後ミラーストーン君は右手に大きい石を作り上げ、それを僕に思い切り投げつけた。

時速はおよそ百キロくらい出ているだろう、僕は右目元に擦れそうなくらいギリギリのところでその石を避ける。

ちなみに百キロというのは、球技大会で最弱とみなされた僕がソフトボールで捕手としてボールを受けていたからである、そのエースと全く同じ速度だったからだ。

続いて二撃目が左手から放たれる、間があったため、その石もひょいっと簡単に避けることができた。

思った以上に手ごたえがない、これくらいの速度で避けるだけがトレーニングだとするのならば、僕の得意分野である。

ドッジボールの時間でも避ける事だけを意識していた僕は最後までいつも残っていたし、サッカーの時間もぼーっとしながら邪魔をしないように皆から離れる事は得意だった、恐らく今回のトレーニングもそれに近いものだろう。

三撃目は少し時間がかかり、石がまた作られる、いや大きさ的に石というよりも岩といった感じか、どれもこれも公園にある砂色なので威力などは大きさで判断するしかない、要するに全体的の攻撃に彼は特徴が無いのだ。

三撃目は狙いがよく僕の胸部目掛けて放られたが、でかいせいか速度が段違いに落ちていた、これくらいなら多少でかかろうが避ける事は容易い。

僕はその岩を避けた、そしてそれが狙いだったのか、四撃目、五撃目は避けた岩の左右両方に放られていた。

僕は反射的に地面に倒れこみ、その大きい岩を避ける。

岩は全て後ろの壁にぶつかっていたが、よっぽど強度な壁なのか、音は凄まじいものの傷一つついていなかった、見た目で判断するのは危険な事ではあるが。

僕の予想を遥かに上回る程の手ごたえを見せたため、少し周りの反応が気になり、ミゼッタの方を見た。

彼女の表情にはいつも作っている笑顔は無く、唇がぎしりっと内に入るくらいきつく結ばれている。

楽しくない、そんな顔をしていた。

一方のミラーストーン君も同様、何故攻撃が当たらないのかがわからないといわんばかりの表情でこちらを睨みつけている。


「何でだ、何で当たらない!」


僕の思ってた事と台詞が完全に一致した、彼は全力なのだろう。

いつの間にか表情から含み笑いが出ている、よくよく思い出してみると僕の学生時代唯一目立てたのはこの回避だった。

クラスでは普段大人しい奴の神回避を見せられて面白くもなんともないと陰口を叩くものもいたが、要は結果が全てなのだ。


「残念だったなミラーストーン、君の能力じゃ僕には勝てない!」

「くっ…そ…」


本当に悔しそうにしているミラーストーンを見るとにやにやが止まらなかった、能力を使わずして能力者に勝ったのだ僕は。


「なあミゼッタ、もう分かっただろ、トレーニングはやめにしよう」

「そういう訳にはいかないよ!」


ミゼッタの表情はいつの間にか膨れっ面にまで豹変している、まあ確かに自分が選んだトレーニング相手がここまで通用しないのならば彼女にも責任があるのだろう。


「あんま俺を舐めるなよお!」


怒りに狂ったミラーストーンは両手から大量の石を出し始める、合計で六個、全て野球ボール程度の小粒な石だ。

流石に六個の石全て、更に百キロも出ているとなれば当然避けるのは難しくなってくる、普通の人ならば。

だがしかし、才能に恵まれた僕はその石をなんともないかのように神回避してみる、残念ながらその程度の速度じゃあ僕を捕らえる事は出来ない。


「くそがっ!」


ヤケクソに右手から小粒の石が放たれる、僕はそれも難なく避けようとしたが…その石の速度は急激に変化し、僕の頬に力強く突き当たる。

「い、いでええええええええええ!」

目からは涙が出た、何事か最初は分からなかったが、辺りを見回すとこの急激な変化の原因を作った犯人が誰か判明する。


「僕は悪くない…僕は悪くない…」


ミゼッタはミラーストーンの方を向き、右手をぱかーと開きながら彼の方に伸ばしていた。

彼女の能力は重力操作である、だとするならばミラーストーンの石を操る事を出来るのは彼女しかいないはずだ、恐らく重さを軽くする事によって速度が出たのだろう。


「ミ、ミゼッタ、卑怯だぞ!お前がそっち側に加担するなんて聞いてな…」

「僕は悪くない…僕は悪くない…」


駄目だ、完全にぶっ壊れている、まあ元社会人だからか彼女の気持ちがなんとなく理解できた。

もし僕の能力が発動しないまま終わったら相当怒られるんだろうな。


「もう外さないぞ、アレックスの仲間かもしれないがこっちにとって戦力が減ってくれるのはありがたいことなんでな!」

「ちょ、ちょっとタンマ…」


またしても彼の手から岩が放たれる、今度は縦長で僕の体格の三分の一はある程の岩である。勿論速度はミゼッタによって変えられ、僕の胴体目掛けて直撃する。

身体は本来立っていた場所から七メートルくらい吹き飛ばされ、壁に身体がくっついたところで止まった。


「いででで…」


体に付着した砂の汚れを払い、何とかその場を立つ。

痛みはまだ残っていたが大した痛みではなかった、運動不足の僕でも我慢できるくらいだ。


「っち、重さで威力が変わってるのか」


やはりミゼッタの能力が使われた事で本来の威力が軽減されたのだろう、さっきぶつけられた小さい石といい大した威力ではない。


「ミゼッタ、もう重力操作はやめてくれ、ここからは本来の俺の実力で戦いたい」

「ミラーストーン君…」


ミラーストーンはそう言うと、再び構えを取り、両手から小粒の石を浮き上がらせる。

そして彼はそれを放る事無く、僕の近くまで駆け寄ってきた、僕は驚きすぐさまその場を離れる、とにかく逃げるだけだ。


「待てやこらあっ!」

「誰が待つか!」


しばらくの間ミラストーンとの追いかけっこは続き、お互い体力は限界を尽き、その場で倒れこむ。

トレーニングは長引いたが、思った程きつかったので部屋に帰った後シャワーにも入らずベッドに倒れ込む。

正直このまま眠りにつきたかったが、睡眠時間四時間か…、社畜もいいところだ。こうして僕の一日は終わりを迎えたのだった、僕の世界じゃ味わえる事の無いくらいの刺激に満ちた一日である。まあはっきり言って自分の世界に帰りはしたかったが、いくら望んでも願いは叶わないものだ。

それに帰ったとしても残っているのは嫌な仕事ばかりだ、今回やったクエスト諸々を含めると明らかにこっちの方が楽しい。確かに疲れはするし、睡眠時間も鬼のように削られるけど、嫌な仕事をするよりも楽しい仕事をする方が何かと悪い気がしない。それに僕はここにいる住人がいつの間にか凄く好きになっていた、異世界でしか味わえない体験、割と悪く無い気がする。

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