第十八話「僕の本当の思い」
「遠矢くん…」
その言葉に反応し、遠矢くんは僕の方に目を向ける。
「ミゼッタか」
彼が僕を覚えていた事に嬉しさと緊張感のあまり心臓の音が鳴り止まないでいたが、呼吸を一度整えてから彼に顔を向ける。
彼の眼は前とは丸で違い、瞳からは光沢が消えていて、虚ろで目の焦点が合っておらず、どこを向いているのかが分からない。
彼には僕を見て欲しかった、例えどこを向いているのかが分からなくても僕の方を見させる、そのためにここに来たのだ。
僕は勇気を振り絞り右眼にかけている眼帯にへと手を置き、それを外して遠矢くんを目の見える左目だけで見る。
しかしながら遠矢くんは僕を見る事は無く、虚ろな目で誰もいないところを見ながら何かぼそぼそと呟いていた。
「遠矢くん、この傷…実はね、あの時はもっと深かかったんだけど、少しずつ治ってきてるんだ、ごめん、今更見せて本当にごめんね…遠矢くんにだけは見られたくなくて…」
「そう」
彼は僕の傷を見る事なく、また誰もいない方向にぶつぶつと何かを呟いている。
彼にとって僕は眼中にない存在なのだろう、だけどそんな事はとっくに分かっていた。
僕は一年もの間彼と接さなかったのだ、この醜い傷を見せたら遠矢君は僕を嫌うんじゃないかという思い込みが、そんな僕のわがままが彼を傷つけてしまったのだ。
結果的にその行為のせいで彼は僕を嫌いになってしまったに違いない。
それでも、それを知ってもなお僕は彼に立ち直って欲しい、元の彼に戻って欲しい。許してもらわなくていい、彼を変えたのは僕自身なのだ、だったらその責任を果たさなければならない。
「遠矢く…」
「ミゼッタ」
喋ろうとする中、彼に言葉を塞がれてしまった。
僕は彼に何を話そうとしたのだろう、自分でも覚えていない。
遠矢君は誰もいない方向から目を離し、今度は僕の方を見た。
無言でじっと目を合わせる僕達、彼は一体何を話すのだろう、そもそも何か話すのだろうか。
目を合わせていたがその冷酷なまでの瞳に僕は思わず目を背けそうになった、だがなんとか踏ん張り彼の眼を見続ける。
怜華ちゃんに怒られる時も十分怖いが、彼の眼はそれよりもっと怖い。
直視しているだけで体中が凍らされそうな気分だ。
「僕は君をずっと怒ってなんかいないよ、だからもう僕の事はもう構わなくてもいい」
「と、遠矢くん…」
僕はすぐさま傷跡がついた眼に眼帯を付ける、僕自身でさえこの傷跡を見るたびに体が震えるのに、誰かにこれを見られていると思うと寒気を覚えた。
眼帯を付け終えると遠矢くんは再び何かに向かってぶつぶつと呟いている。結局遠矢くんの中のファイヤスターの皆は僕を快く迎え入れてないのだろう。
だけど、それでも、それでも僕は遠矢くんに対する思いを伝えたかった。
嫌われても良い、勇気を振りぼらないと、もうチャンスは無い。
僕は前を向いた遠矢くんの肩を掴み、顔と顔を近づける。
怖さなのか、嬉しさなのか、眼帯をつけていない目からは涙が溢れ始める。
でも声は出すことができた、一呼吸し、彼に語りかける。
なぜ始めから一呼吸落ち着かさなかったのか、僕にも分からない。
「遠矢くん、そこには誰もいないんだよ、ファイヤスターの皆は死んだんだ…だって遠矢くんがそういってたじゃないか、だけど…だけど僕はここにいるから!僕なんかじゃ駄目なのはわかってる、でも…でも…」
前を見ていた遠矢くんはその場で固まり、しばらくすると僕が乗っけていた手を払いのけ、腕時計の方に目を合わせる。
「時間だ」
そういうと遠矢くんは椅子を前に戻し、食べ終わった食器を持ってその場を去ろうとした。
結局僕の言葉は彼の心に届かなかったらしい、彼の心にぽっかりと空いた穴は思った以上に大きいようだ。遠矢君はもうずっとあのままの状態なのだろうか。
俯きながらら突っ立っているしかない僕だったが、彼が途中で足を止めるのが分かった。
「分かってるんだ」
「え?」
「そこに誰もいないのは僕にも分かってるよ、わざとやっているんだから、これは僕の中の妄想の彼らであって、本当の彼らはもうこの世にはいないのは分かってる、でも妄想を続ける事で少しずつだけど彼らが見えるように思えてくるんだ、だから心配することはない、僕は正常だ。本当にもう僕には構わなくてもいい、いやむしろもう構わないでくれ」
僕は何も言い返すことが出来なかった、良かれと思ってやった事が彼にとっては、はた迷惑になっていたのだから。
確かに今思えばいつも一人だから、周りから良くないと思われているからという理由で、不幸だっていうのは僕の勝手な決めつけなのかもしれない。
彼にとってそれはどうでもいいことで僕がむしろ過剰に反応しすぎただけなのだ。
彼の意思ならもう彼に近づくのはやめよう、それが彼にとっての幸せなのだから。
でも…でも僕の中でまだ納得できない何かがあるような気がした、この胸が激しくなる音、体中が熱みたくなる症状、これは一体なんなのだろう。
僕は近くにある椅子に座った、立てない程に体が悲鳴をあげていたからだ。
その時僕は初めて勘付いた。
いつの間にか僕は遠矢くんの事を好きになっていたのだ、いなくなったファイヤスターの皆にも嫉妬していたのだ。それに…もう会えないんだ、その言葉が脳裏に焼きつく。
僕の目にはさっき以上の涙がボロボロと机に落ちていた。
「僕を見てよ…遠矢くん…」
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