第十七話「怒りの化身、狂った頭(クレイジーヘッド)誕生」
あの日から一年が経った、もう彼とはどのくらい口を利いてないだろう。
僕は今日もベッドから目を覚ました後、顔を洗い、タオルで拭いた後、右眼についた傷跡に目を逸らしながら黒い眼帯で覆い隠す。
青色のパジャマを脱ぎ、正装に着替えてから、水色のネクタイを締める。
今日もバッチリだ、指導をする立場的にも服装に乱れがあってはならない。
気を引き締め、扉を開くと視界にすぐさま映ったのはクールな眼差しで、腕を組みながらこちらを見る一個上の先輩だ。
「怜華ちゃん?」
「おはようございますミゼッタ、相変わらずネクタイはみ出てますよ」
「え?うわわっ」
鏡で見た時はしっかりしていたはずだけど、我ながら自分の不器用さがちょこっと恥ずかしい。
「ありがとうね怜華ちゃん、わざわざ僕のネクタイ見に来てくれて」
「何で私がそんな面倒くさい事をしなくちゃならないんですか…」
「え?違うの?」
「その様子だと知らないようですね、またS級のモンスター、ティラノパウンドを倒したみたいですよ、彼」
「彼って…遠矢くん?」
「そうです」
最近ずっと耳にする名前だ。
遠矢君はあの日以来ずっと最前線で戦い続けている、それも誰ともギルドを組まず全部一人でだ。
S級のティラノバウンドはあの日戦ったA級のキングドラゴンと違い、最強のギルドと謳われている、守護の能力者達(ガーディアンアビリット)が本来戦うようなレベルの敵だ。
それを彼一人で倒したのだから守護の能力者達のメンバーに誘われるのも時間の問題だろう。
そうなると僕との接触も増える訳だ、なんて言葉をかければいいか。
「そっか、遠矢くんは相変わらず凄いよね」
僕がそういうと怜華ちゃんは少し間を空け、何かを考えるように言葉を捜していた。僕はまた何か変な事でもまた言ったのだろうか。
「確かに彼は凄いです、あの日の怒りを自らの能力に変換する事でありえない力を発揮したのですから、でも彼の眼かなり変わったと思いませんか?」
確かにそれは僕も思っていた事だ。
あの日、僕と行動としていた時の彼と違って、今の彼は全くといっていいほどの別人に思える。
特にその睨んだものを全て凍らせてしまいそうな眼は、前の彼の明るい目とは違い誰もが恐怖しているものである。
丸で目的を排除するまでは絶対に止まらない、感情を失ったロボットのように。
でもそれもこれも僕のせいなのだ、僕があの時眼帯を取っていれば、彼は変わらずに済んだのだ。
スライザー隊長やパンクパンサー総統は彼の変化を見て凄く感心していたので、僕もそれに乗るしかなかったが、本音は違う。
勝手にこの異世界に連れ込んだ挙句、彼の人生を僕達の世界の都合によって壊してしまったのだ、その責任は凄く重い。
「ねえミゼッタ、これは先輩としてのアドバイスなんですが今のうちに仲直りしておいた方がいいんじゃないですか?」
「うん…」
「あなた達の間に何があったかは分かりませんが、怒りは炎のようにいつかは弱まって消えます、彼が変わってからもう一年は経ちました、そろそろほとぼりが冷めている頃だと思います」
「そ、そうだよね、やっぱ仲直りした方がいいかな…」
怜華ちゃんは「はぁ…」と溜め息をつき、下を一度向いてから僕の方にまた目をやった。
「いつまでうじうじしているんですか、彼も彼ですけど、あなたもらしく無いと思いますよ」
「僕らしくない…?」
「ええそうです、いつものあなたならしつこくても、うざがられても話かけに行くはずです、それがあなたの長所でもあるんですから」
「僕の長所か…」
「あんまり頭もよくないからこそ、あれこれ考えないでいつも身勝手に突き進んでいくでしょ?」
「え?怜華ちゃん、それは酷いよ…」
「まあ、私も暇ではないのでこれはただの忠告です、あなたの好きにやってください、では」
怜華ちゃんはこの場を去って行った、この時期になると僕も怜華ちゃんも多忙な時期になっている。
その時間を割いてまで僕に会いに来たということは、彼女も彼女なりに遠矢くんの事を心配していたからだろう。
確か去年の今頃もそうだ、スライザー隊長は僕の眼の事を気遣って仕事の質を落としてくれたけど、それでもやはり忙しかったのは事実だ。
でも僕の仕事の質を減らせたのも彼が変貌した事によってというのは後から知らされた。
彼は僕の仕事以上の事をこなすのは勿論、今ではプロギルドでも倒すことが難しいと言われているS級のモンスターを倒すほどまでに成長したのだ。
はっきり言って複雑である、彼は怒りによって能力が発動するのだ。
僕は元の彼に戻って欲しかったけど天界の、上層部としての意思は違うだろう。彼は守護の能力者達レベルの活躍をしているのだ、もし彼が元に戻るように誘導すれば、今度は僕がどうなるか分からない。
―――それでも、それでも戻って欲しい、元の遠矢くんに。
彼は本来の姿に戻り、仕事を少しやって十分な資金を手に入れて、普通の生活を過ごせばいい、それが元の遠矢くんの希望だったはずだ。
僕は怜華ちゃんが去って行った道に続き、歩いていく。
もう彼女の姿はとっくに見えなかったが、僕の目的地は遠矢くんのいる食堂だった。
彼は食堂でいつも何かに取り憑かれたかのようにゆっくりとご飯を食べている。
きっと彼の中に残ったモヤは未だに取り除かれていないのだ、あの日以来彼と親しくなった友人なんて聞いた事がない。
もし感情を失ったのなら僕のせいなのだ、僕は今すぐにでも彼に謝らなければならない。
そんな時、すれ違い様に彼について話している二人が僕の横に立っていた。
「おい、見たか?地界のモンスターが一人の人間にこの一年で一割消滅させられたってニュース」
「あ?まーたクレイジーヘッドの話か?お前本当好きだよな、あんなサイコ野郎の話なんてすんじゃねえよ」
「おいおい、このままだと地界の奴ら全員滅びるんだぞ?チートもいいところじゃねえか、それも一人でだぞ」
「いやーなんつーの?いっつも一人だし、見てるだけで気味が悪いんだよな、あいつ」
「そこがいいんじゃねえか!孤高で戦う戦士、かっこよすぎだろ」
「はあ、お前の趣味がわかんねえわ」
狂った頭(クレイジーヘッド)。
ある者はその名を蔑称として呼び、ある者はその名を英雄として称えている。
彼が有名になったのはつい最近の事だ、それはさっき彼らが話していた通り一割の敵を全部一人で倒した事によって付けられた名前だった。
最初は英雄として異名を付けられる予定が、いざ話してみたら愛想が悪かったや、テンザーと顔が瓜二つなど、彼に対する非難の声も上がり、結果的に強いけど頭がおかしいという事でクレイジーヘッドと呼ばれるようになったらしい。
僕は彼らの横を通り、すぐ目の前にある食堂にへと入った。
思っていた通り彼は食堂で一人でご飯を食べている、ゆっくり、ゆっくりと。
だがそんな彼は、一人で食べているはずなのに口をぼそぼそと何かを呟いていた。
それはご飯を食べているからではない、丸で誰かに話しかけるようにだ。
彼は前を見たと思ったら、今度は斜め右前の方を見て何かを喋っている、一体彼には何が見えているんだろうか?
彼は続けてご飯を食べながら左横を見たり、右横を見たり、しながらご飯を食べていた。
十分の間僕はその光景を遠くの席に座りながら見ていた、彼が食べている物はあまり減っていなかったが、それでもまだ何かぼそぼそと呟いている。
彼は決まって前、斜め右前、右横、左横を見ながら何かを喋っていたのだ。
もしこれが、もし僕の予想が合っているのだとすれば、彼の眼にはファイヤスターの皆が見えているんじゃないだろうか?
アレックス、風見、エルシー、アクロス、丁度四人、彼はその四人と仲良くご飯を食べているんじゃないだろうか。
僕は気合を入れ、遠矢くんがいる席にへと向かっていく、彼をなんとしてでも助けなければらならないのだ。
「遠矢くん…」
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