第二十四話「三か月後」
あの日から三か月が経った。
突如現れた執行遠矢の恰好をしたテンザー、そして謎の巨大隕石が天界全域にぶつかる事はなく謎の大爆発によって隕石は破片となって散乱し、俺たちの命は救われた。
ここで問題なのはこれだけ期間が経っても何一つ物事の道理が誰一人として分かっていないという事である。裏切り者の糞野郎もあれから姿を消し、おまけに執行遠矢までもがテンザーの手に渡ったと思われる。俺達の最後の切り札であるあいつがいなくなったら最早打つ手は無い。
―――少し一人にしすぎたか……。
事が起きてから後悔が募る。そもそもあいつを野放しにしていたのはあの圧倒的な強さ、そして意志を尊重しての判断だ。一人になりたいと言い出したのはあいつを檻に閉じ込めた時からか。今思えばあいつはテンザーが何か企んでいる事に気づいていたらしい。
確か『ファイヤスター……』とか何とか言ってたっけか……。
考えれば考える程何が起こってるかが分からない、俺はそんな名前を聞いたことも見た事もないのだから。メンバーと言ってたからギルドと思い、念のため隈なく部下達にその名前に繋がるものを調べさせたが結局、証拠と思えるものは全くといって見つからない。この事から考えて|能力≪アビリティ≫が絡んでいる可能性が最も高い。だとするなら記憶操作? 俺達をか? いやありえない、それなら俺の記憶すらも消されている事になるのだから。
そんな高レベルの能力者アビリットはテンザー以外にいるとは考えられない、それに奴は近くにいる敵を操る事という能力を既に持っている。能力を持てるのは一人一つまでだ、例外はありえない……と断言していたのは数日前の話。
ポケットから取り出したのは隕石の破片である。形は特に違和感は無いが、この硬さには違和感しかない。握力で潰そうとしても容易ではない硬さだ。部下に調べさせた結果、これは作られた石、つまり誰かの能力で作られた事になる。そしてそれに繋がった出来事がその後に起きた。
あの巨大隕石の落下の直後、街の周辺には死にかけの餓鬼が一人、調査から帰ってきた部下によって発見される。調べたところ餓鬼の名前はサーブミラー、直属の部下達に聞けばミラーストーンという通り名で天界を守る天街ヘブンゲートの兵隊という事だ、つまりは俺の部下にあたる。
そして俺はもうすぐ回復するであろうそのサーブミラーが眠っている医療室の扉前で待機をしているという訳だ。何故ならこいつは石の能力を使うからな、流石に事が繋がりすぎにも程がある。奴にあれだけの隕石を作る力はとてもじゃないがあるとは思えない。そもそもそれ程の能力を持つのならば、守護の能力者ガーディアンアビリットに推薦されない訳が無い。
今の秘密保障人イービルバスターから能力を隠し切るのは監視が厳しい牢屋の中で気を遣いながらも地面に穴を開けるくらいに厳しい。色々あって防犯が硬くなったのは最近の事じゃない。
それにこれ程の能力を持っていないのだとしても、事が繋がっている以上聞き出す必要は大いにある。勿論これは個人で動いている訳では無い、パンクパンサーとも話し合った結果、俺自身で聞いてこいという事だ。奴も病み上がりだからな、大勢でいくより一人で行き、気遣いながら話を進めていったほうがいいだろう。手土産は持ってきてないけどな。
扉を開けるとベッドの上で目を見開きながら呆然としていたのはミラーストーンと思われる少年である。俺の姿を一目すると扉の方に目を向ける。
「よう、話は聞いてると思うけど俺がスライザーだ」
「は、はい! 初めまして! 私の名前はサーブミラーと申します!」
声が上擦っている、どうやら緊張でもしているようだ。
自分で言うのもなんだが守護の能力者に所属している全員は平和のシンボルとして顔が大々的に公表されるため、こう面倒くさい状況に陥る場合が多い。
「体は大丈夫か? 腹が減ってるなら近くで果物か何かを買ってくるが」
「い、いえ! 大丈夫です」
「といってもお前の体、相当瘦せ細ってるぞ、一応何か食い物を持ってくるよう部下に連絡だけでもしておく」
「気持ちはありがたいのですがお構いなく、|医師≪せんせい≫に今は何も食べないほうがいいと言われているので」
「そうか、なら仕方ないな」
医師のモンドルドにはそう言われたようだが、その忠告を無視したくなる程までにサーブミラーの体はゲッソリと瘦せ細っていた。ここは天の門ヘブンゲート前の基地の地下にある医療室だ。
医療系能力者は今現在モンドルドしかいない。あの巨大隕石の爆発は確かに天界ヘブンワールドを護りはしたが、破片はその外に飛び散ったため、怪我人は複数いる。不幸中の幸いな事に死者がいないってところだがな。
「病み上がりで悪いんだが、三か月経ってもこっちは色々と情報不足なんだ、連絡で伝えてくれた通り分かることでいいから話してもらえるか?」
「は、はい、でも記憶があまりにも飛びすぎてるため全てを覚えてはいないのでお役に立てるかは分かりません」
「別にいい、分かる事だけ話してもらえるだけでもありがたいんだ」
相当精神的なダメージが大きかったのだろう、記憶の一部が本当に消えるなんて聞いた事もない。
サーブミラーの顔からは汗がじわじわと溜まり、首元に流れていく。緊張でもしているのかまだ痛みが残っているのかは分からないが、こうなると俺じゃなく心理を読み取る能力を持った奴に行かせるのが得策だったんじゃないかと思えてくる。しかし、あのパンクパンサー総統じじいの事だ、訳あって俺にこの厄介事を任せたと考えるしかない。
渋々ポケットに手を突っ込み、隕石の破片をサーブミラーに見せつける。
「じゃあまず聞きたいんだが巨大隕石についてだ、これは隕石の破片でな、部下に調査させた処お前の能力でできた石ころと全く同じ成分だという事が分かった、ここまでで何か覚えてる事はあるか?」
「いえ何も……その石見せてもらっていいですか?」
「勿論だ」
石をサーブミラーに手渡す。手で転がしながら全体を見回したサーブミラーはしばらく何かを考えるよう顎に手を当て、しばらく正面を見ながら何かを考えていた。
「これは間違いなく自分のですね……本当にその巨大隕石?の破片なんですね」
「ああ、間違いない、破片は別にそれだけじゃないからな、他にも気になるようなら直った後もっと大きい石を保管してあるから自分の目で確かめてくれ」
「いえ、大丈夫です、信じますので」
巨大隕石が天界に向かって落下された事は既にここで待機させていた部下に伝えられている。
その一方で巨大隕石という言葉に半信半疑になってるのは、サーブミラーは爆発が起きた時に気絶していたせいで気付いてないだけだと言える、勿論こいつが隕石を放った可能性を除けばの話だが。
「それで、お前が倒れていた理由はなんなんだ?」
「記憶に無いです……」
「何で指示も無く天界の外にいたんだ? 誰かに連れてこられたとかか?」
「それも記憶にないです……」
「うーん……じゃあ思い出せる範囲でいい、どこまで記憶がある?」
「本当に記憶飛び飛びなのですが……ジン様と喋っていた後の記憶が一切ありません」
「ジンだと?」
あの糞野郎とこいつが会っていたというのか、しかし一体なぜだ……。
「ジン様は君には見所があると言っていました、執行遠矢とのトレーニング時にミゼッタさんからの報告で自分の能力を知ったみたいで」
「なるほど……あの時か、ジンと会ったのはその直後って感じか?」
「そうですね、その十日後です」
「何か変な事は無かったか? 変な事を言われたとか、些細な事なら何でもいい」
「こういう事を言ったら変に思われるかもしれませんが」
「何だ、言ってみろ」
「意識が一部消える事が多いんです、それがどこか不思議な感じで……戻った時には立ち位置も持っている物も変わった事はないので特に変に思う事はなかったのですが」
意識が一部消えているか、恐らくそれは気のせいではないだろう。ジンの実力ならサーブミラーに気付かれず意識を絶たせる事はそう難しい事ではない。そして能力に興味を持ったのが事実だとするならば、こいつを巨大隕石を作るために利用した。だとするならば、地界ヘルワールド側の能力者の仕業か……。
サーブミラーが3か月間の間昏睡状態だった事を考えると、能力強化アビリティブースト系の能力者。しかし、そんな能力者が果たして本当にいるというのか。
テンザーの能力は絶対的支配力アブソリュートディレクション、近くにいる対象を操る能力であり関連性は無い。一方のジンも異次元空間を作り出す能力であり全く類似性が無い。
更なる化け物がテンザーの手中にいるというのか、そもそも爆発した原因すら俺達は分かっていない、もはや天界このくにすらもテンザーの手中にあるという事なのではないか。
「くそっ」
「あの……?」
「いやすまねえな、俺からはこれだけだ、長居しに来た訳じゃないからな、大変だろうけどまた数時間後に部下がここに来るからその時にも同じように質問に答えたりしてくれ」
「そうですね……少し休憩を取ろうと思います」
サーブミラーは胸を撫でおろすよう大きく息をつく、事情聴衆が終わったためにようやく緊張が解けたのだろう。帰って色々と調べなければならない事があるので扉を開けようとした時、サーブミラーが石ころを口に入れている姿が目につく。
「お前何石くってんだ……」
「ふぁっふぇ……パンでふっ! パンッ!」
口一杯にそれを入れていた時に喋っていたため食道に詰まったのか、息苦しそうに胸を二、三度叩く仕草をしている。
「新しく発売されたパンですよこれ、あまりに似てるんで勘違いしますよね!」
「あ、ああ、そうだな」
「いやー本当に面白いパンですよねこれ! 表面は黒砂糖で覆われてるんですよ!」
「……」
サーブミラーは目を輝かせながらパンについて語り始める、さっき喋った時と違ってかなりの饒舌さだ。このどうでも良いような形の石について頭が痛くなる程語りかけるため、「お大事に。」とだけ言い残し扉を閉める。また見舞いにでも行こうと思ったが、この仕事は全部部下に押し付けた方が賢明であろう。
それにしてもあれが石か、勘違いは誰にもあるはあるが……。
「思い込みか」
少しは考えを改める必要が多くなったようだ、サーブミラーが力を隠している事はまずないだろう。ただ秘密保証人イービルバスターですら欺くような何かがこの天界にはまだ潜んでいる可能性は多いにある。特に記憶の一部が消えたとサーブミラーは言っていた。そして執行遠矢が言ったファイヤスターという単語、あそこからあいつは見違える程の変化を遂げた、それを許容していたのは判断ミスと言わざるを得ないだろうが。あいつは急に力を手に入れた訳ではない、想像もできないような大いなる怒りがあるからこそあの変化があったと言えるのだ。
ジンが何かをしたというのも今となっては虚言だと言い切るにはあまりにも無理がある、奴がまず第一にジンを黒幕だと見抜いたのだから。だとすると他に情報を持ってる可能性があるのはミゼッタか。
医療室から抜け出し階段を上がる、すると俺の名前を連呼する部下が二人程駆け寄ってくる。
「スライザー総隊長……大変です! 敵が現れました」
「敵だと?」
「はい! それがテンザー、執行遠矢、わかりませんがそのどっちかと思われます」
「何だと!? 一体どこで!?」
「天門ヘブンゲートから北に向かっておよそ2km先、門の掃除人ゲートキーパー元帥殿が今向かっているとの事ですが、パンクパンサー総統の命によってスライザー総隊長殿にも今すぐ向かって欲しいとの事です」
テンザー……いやそれはありえない、わざわざ向こうのリーダー様が真正面から敵陣に攻めてくる程馬鹿じゃないだろう、それ程の余裕があるのならば無いとは言えないが。だとするならばやはり執行遠矢なのか。
「分かった、今すぐ俺をその場所まで案内しろ」
「っは!」
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