第二十三話「覇王降臨、その名は執行遠矢」


その後の記憶は一切残っていない。ただ暗黒色に染まった無の世界で時が過ぎてゆくのを感じる。もう自分は死んだのだろうか、もしここで目を開ければすぐにその結果は分かるだろう。




だが、そんな事どうでも良い程までに目に見えてるこの真っ暗闇の世界は気持ちが良い。このまま一生をこの空間で過ごしていたい。しかし、そんな望みは果無く砕け散り、頭部からは激しい鈍痛が走り始める。その痛みより先に来たのは衝撃、金槌が落下するくらいの衝撃が頭部にぶつかる感触があった。目は自分の意思とは裏腹に何者かに無理やり開けられる。




「おはよ~遠矢ちゃん~ドッキリじゃないんだけどごめんね~こんな形で起こしちゃってさ……それにしても君、やってくれたよね……」




薄気味悪い笑みを浮かべながら正面に立ちつくしていたのは先ほどまでの快楽を忘れさせる程の不気味な形相。思い出したくもない般若面だった。




「本当だよ、まさか何の取り柄もないと思っていたもう一人の僕ががここまでやってくれるなんて、評価したい限りだけどね、でも今はちょっと空気が読めなかったかな」


「っ」




何か言い返そうとはしたが、言葉が詰まりうまく声を発する事ができない。だが、その場でも笑みをつくることはなんとかできた。できるだけ憎たらしい笑みをこいつらにぶつける。直接言う事はできなかったが、『ざまあみろ、お前達の計画は終わったんだ』と目で語りかける。すると、その表情を察し取ったのか、無表情を装っていたテンザーの頭に欠陥が浮き上がる。自分はもう死んでもいい。




今まで周りの人間に散々咎められながら生きてきた人生だった。だがようやくヒーローと言えるに等しい事を最後の最後でできたのだ。これで死ねるなら本望と言ってもいいだろう。目を瞑りゆっくり、ゆっくり閉じる。今は神経も脳も何もかもが麻痺していた。だからこそこのまま痛覚を与えられて死ぬにしても怖くはなかった。痛みが感じない程この体を操る意識が遠のいてるのだ。




「おいおい~このまま簡単に死ねると思っちゃ駄目だよ遠矢君」




そのごつい指に生えた爪先に無理やり目を開かされる。そして見たくもない鬼の顔が鮮明に目に映る。ファイヤスターのメンバーを殺した張本人、疾風のジン。そして全ての発端であるもう一人の自分。「っ!」相変わらず声は出ない。殺すべき相手がここに二人もいるのに何故動かないのか。




「そうだ、君もミゼッタみたいな目にしてあげるよ、彼女の苦しみ君も少し味わってみるべきだよね」




決して力をこめてないのに腕が上がっていくのが分かる。奴の煽りによってクレイジ―アンガーの力が勝手に解放したのだろう。


ならば丁度良い、殺す、殺す。


目の前にいるこいつを殺す。さっきまで動かなかった腕も動き、気づけば奴の喉元まで腕が伸びつつあった。




「やめろジン」




伸ばす腕に警戒したジンがその大木のようにでかい腕を限度まで伸ばし、振りおろそうとした矢先、それを制したのは味方であるはずのテンザーだった。




「どういう方法であの巨大隕石を壊したのかは知らないが、こいつが戦力になる事は事実に他ならない、だからこそスライザーを見放したんだろ、それをお前は忘れたのか」


「あ、ああ~そうだった」


「ふふっ執行遠矢、君にふさわしいとっておきの暗黒を僕からプレゼントするよ」




ジンの首を掴もうとした手は真っ直ぐに落ち、一切力の入らない状態に戻る。手を動かす事も、思考を巡らせる事も、もう何もかもができない。


これで何度目だろうか、視界が徐徐に霞み始める。本来の目的はどうでもよくなり、ただただ今はこのまま眠りにつきたかった。




テンザーの言う暗黒というものが気持ちいいものなら素直にそれを受け入れるつもりだ。自分の寿命が残りわずかだという事はこの場にいる誰よりも知っている。そしてテンザーの言う暗黒というものかは分からないが、目には決して見えない『何か』が体内に纏わりつく感覚が襲う。その『何か』を拒否する事も、受け入れる事も両方できるような気がした、いやできたと言っていい。しかし勿論僕はそれを受け入れる。これが敵の罠だとしても、生きている事自体もう気力が失われていた。




もう何もかもを受け入れよう、希望も絶望も、今の僕にそれを拒む理由は無い。




起きるまでの前触れは一切無く、目が見開かれると同時に意識が戻る。体を起こそうとすると、と見に覚えの無い暗黒色の鎧を身に付けている事に気づき体の重さと共に目は覚める。




「おはようございます、目覚めはいかがですか」




声が聞こえたのは、視界から外れた下方にいる目前の者だ。そしてその黒尽くめの姿からして見覚えがあった。しかし何かははっきりと思い出せない、何か自分にとって良くない出来事だったはずだ。過去の事を思い出そうとすれば暗黒色が絵の具のように全ての色彩を塗りつぶすような感覚に陥る。




「おーい! 覇王様のお目覚めだ! 今すぐにテンザー様に知らせるのだ!」




覇王……?テンザー?




その言葉を読み取ろうと四方八方に記憶を飛び交わせるも、何も思い出す事ができない。だが、その名前はどこかで聞き覚えがあった。自分の中にある直感がその言葉に敏感に反応しているのだ。しかしまた思い出そうとすればする程頭からはズキズキと痛覚が襲い始める。




「うわああっ!」


「覇王様! 大丈夫ですか? 今すぐに治癒できる者を呼んできますので」




霞みがかった視界から段々と意識が遠のいていくのが分かる。


それにしてもこいつは今、僕の事を覇王といったのか?訳が分からない、自分というものが何もかも。




『いい加減目覚めたらどうだ』




お前は誰だ……?


脳内に語りかけてくる相手を捉えようとする懸命に探すも、その姿は見つからない。




『僕は君だよ、テンザーだ』




テンザー?さっき黒尽くめが喋っていた時にも出てきた名前だ。そしてこいつの名前はちゃんと聞き覚えがあった。それにしても僕は君とは一体どういうことなのか。




『君には呪いをかけてある、これは僕がその呪いをかける前に送った脳内メッセージだ、君が一度目覚めた時には記憶を失い、もう一度目覚めた時には体内に眠らせておいた黒龍によって君は殺され、覇王が生まれる』




覇王?黒龍?知らない単語が次々と出てくる中、目覚めによって背後から体は真っ二つに斬られる。痛みは感じなかったが、それは僕が僕でいられる最後であるような気がした。




「くくく……なるほどな、面白い……帰還したぞテンザーよ」


「は、覇王様? 大丈夫ですか? もうまもなく治療班が来るのでしばらく」




覇王に近況を伝えた黒尽くめの体は瞬間的に粉々に破裂し、体の中にある器官はバラバラに飛び散り、床や壁を赤く染め上げる。




「我が名は覇王なり、世界を殺す者だ」

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