第二十一話「絶対的支配者、テンザーの思惑」
服の着心地、部屋の匂い、全てが懐かしい。
あれから何年ぶりかは知らないがここに来るのも今日で最後になる。
後ろにいたジンの方を振り向くことなく僕は彼の場所に向かう。僕は彼が必要だった、欲しかった、だがもう駄目だ。彼女の体力ももう限界のはず。なんせ天界にいる全員の記憶を塗り替えたのだ、生きていただけでも奇跡といっていいだろう。
誰もいない廊下を一人で歩く、ここも懐かしい、僕が彼からトレーニングを受ける時はいつもここを通っていた。僕は昔彼に憧れて剣術を極めていたんだっけ。
―――まあ能力面で僕が彼に劣ることはありえなかったけど。
「よう遠矢」
コンクリートでできた壁を見回していると、いつの間にか誰もいなかったはずの廊下に一人、彼の姿が見えた。相変わらずの鋭い眼光だ、姿は何も変わっていない。
「ああ」
「たく、お前とジンがトレーニングルームに行ったって言うから心配したんだぞ、明日は祝辞会だっつーのに勝手なことしやって」
「すみません」
「それでジンは?どこ行った?」
「ジン様なら後ろにいますよ」
「そうか」
目前にいた彼は納得したように僕の横を歩いていく。彼と話すのは何年ぶりか、相変わらず背は伸びていないようだったが雰囲気はまるで変っていなかった。彼は僕の後ろを通りすぎると首元を一瞥する。そして次の瞬間、腰に付けていた鞘から両剣を光速の如く引き抜き、僕の首元めがけてその刃が向けられる。線のように動く刃の軌道を読み取り、何とか間一髪避ける。
少しでも油断していれば首が吹っ飛び、今頃心の中でこうやって喋ることもできなかっただろう。大した挨拶だ。しかし鈍った体には良い運動とも言えた。こんな気持ちになったのは久しぶりだ、心臓がドクドクと高鳴り始める。興奮しているのだ。
「遠矢はどこにやった?テンザー」
「流石だねスライザー…こうもあっさり僕の正体を見破るなんて」
「お前の首襟に十字架の線が無い、こんな事もあろうかと俺は遠矢に凝視しないと見えないくらい薄く十字架を刻んでいた」
スライザーは自分の首襟を人差し指で数回叩くような動作をしていた、だが生憎手鏡を持ち合わせていなかったので、僕にそれを見る事はできなかった。
「ははは、そんな小細工をするなんて正直驚いたよ、だけど次の攻撃は避ける事ができるかな?」
「なに?」
スライザーの真上には勢いがついた組まれた両手が、彼の体に向かってハンマーのように叩き落とされる。スライザーの体が地面に叩きつけられると共に一度宙に跳ねる。
「ぐはっ!」
敵は僕一人と思っていたのだろう、しかしそうではない。どうやら少し彼を高く評価しすぎたようだ。僕と行動を共にしていた頃はあんな攻撃を気づく事なんて容易かっただろうに。彼は僕以上に体がなまっているのかもしれない。
「やあテンザー~いや~今のは気持ちいいね~いつか君を叩き潰したいと思ってたんだけど、今その願いが叶っちゃったよ」
「ジン…そうか、お前まで裏切っていたのか…」
ジンは両手で口を塞ぎ、不気味な声を押し殺しながら笑っていた。その笑いはあまりにも不気味な故に、僕の前ではしないよう教育してある。
「はぁ、気づくのが遅すぎるよスライザー。たく、あまりがっかりさせないでくれ、平和ボケも良いとこだ」
しかしジンが来るのは随分と遅かった、僕が殺されかけたというのに、その後に出てくるのだから、僕が殺されるのでも狙ってるんじゃないだろうか。これはまた教育が必要なのかもな、まあ今はいい、目的を果たす事が先だ。天界は少し人が増えすぎた、僕の手で数を絞らなければならない。
「最後の挨拶にきた、君にじゃない、僕がお世話になった天界にだ」
「はぁはぁ…何が目的だテンザー…」
「ちょっとばかり数を減らすだけさ、でもその無様な姿を見る限り君も死にそうだね、いやー残念だよ、かつての親友には生き延びて欲しかったたんだけど…」
僕はその場で倒れているスライザーを跨ぎ、この部屋を出る。死にそうな声で「待て…」と言うかつての友人の声が聞こえたが、ジンに今度は腹を三回蹴られ、彼の意識は完全に消えた。
後ろに歩くジンと共に外を出たところ、一人の少年が外で待ち伏せていた。
その少年はスライザーとほぼ同じ大きさとかなり小柄である。
眼はあまり見開けれておらず、少しばかり眠そうに感じたが、彼には体力を最大限に眠ってもらえるよう強制的に眠らせていたのだ。寝起きで連れてきたのは少しまずかったかもしれないが、それでも力の解放に使う分のエネルギーは十分と言えるだろう。
「お留守番ご苦労ミラーストーン、もうあまり時間も無いんだけど出来るよね?」
「はい、できます」
「そうか、期待してるよ」
彼を知ったのはミゼッタという女を通しての事だった。彼女がジンにもう一人の僕のトレーニングを付けていた事を伝えてくれたおかげで、彼を知ることができたのだ。それにしても彼を鍛えれば、かなり優秀な能力者アビリットになれるというのに何故鍛えていないのかが疑問だ。
三人で天の門まで近づくと、門番は僕達の正体に気づくことなく頭を下げる。もし気づかれたら少し厄介なので殺そうかと思ったが、その必要もどうやら無さそうだ。
門番に行き場所を悟られないよう、僕らは彼らの死角の方へと進む。別に場所がばれた所でどうと言うことはないが、今からやる行為を見られる訳にはいかなかった。何せ、誰一人例外無く弱気者を抹殺するのだ、それは門番といえ例外ではない。この世は弱肉強食なのである、強い者だけが生き残り、弱い者は淘汰される。ならば彼らも平等の条件で挑んでもらうしかない。この先生き残れるのは強き者だけだ、あまり弱い者にうろうろされると虫唾が走って仕方がない。
「じゃあやるよミラーストーン、できるな?」
「はい」
ミラーストーンの能力アビリティを使い、三人が乗れるサイズの平らな岩で天空から天界を見下ろす。この場所では天界の全てを一望する事ができた。天門ヘブンゲートから天の街ヘブンタウンの奥まではっきりと見える。
「さて、お別れの時間だね…何だか寂しいな…」
限界解除リミットブレイク、絶対的支配力アブソリュートディレクション。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
喉が張り裂けそうな声で叫ぶミラーストーンを見て、思わず自分の喉を抑えてしまう。そして彼の両目は爆発し、血が地面に飛び散る。そして口からは紅色に流れる血が溢れ出ていた。彼の本来の意識は完全に無くなってはいるが、もしここで彼の意識を元に戻せばどうなるか、少しだがそんな好奇心が僕の中で芽生える。痛覚に苦しみ、死ぬ人間は山程見てきたが、未だにこうやって苦しんでいる姿を見ると興奮が冷めないでいた。しかし、ここでへまをする訳にはいかない、ここは抑えるべきだろう。それに今から天界ではその意識を持った人間が恐怖に怯えながら大量に死んでいくのだから。
気づけば僕達の視線の先では巨大な隕石が雲を貫き、天界に向かって落ちているのが分かった。その大きさは天界全域を覆いつくすには十分で、ひょっとしたら僕達も被害を被る可能性がある。
でもそれはそれでいいのかもしれない。全員が悲鳴をあげながら死んでゆくその痛みを少しでも分けて貰えるのだ。そんなにも気持ちいい痛みを知ることはこの先絶対にありえない。
「ふふっ、執行遠矢クレイジーヘッド、隕石が見えるかい?君の大切な人が今から少しずつ全員、恐怖に怯えて苦しんで死んでいくんだよ。これは僕が、この世界の君がやったことなんだ、僕は楽しみで仕方がないよ、この絶望に君がどこまで狂えるかが…怒れ、怒るんだ…怒って僕を…殺してみてよ…」
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